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(旧:幻惑のアレース)10年間森の中でじっちゃんに稽古をつけられたあと、友達を作ってこいと能力者の学園に入学させられた  作者: MRプロジェクト
<< 1章 2節 >>【炎天無比】

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#11【それを考えるほどに、手が、震えた】

目を開けた先。


そこに広がっていたのは、この仮想戦闘施設を目の前に据えていた広場だった。


「……」


いつの間にか戦闘を終えて帰路についていたのだろうか。


俺は最近よく記憶を飛ばすことがあって、急に変な所にいた、なんて事は別に初めての事じゃなかった。

むしろいつものことと解釈できた。


と、すれば。


(もうあとは帰るだけか)


身体的な疲労は特にない。

気持ち的な余力もあるし帰ったら勉強でもしよう。


そんな思いでなんとなく見上げた青い空。


淡い青色のいつもの空にかかる、ふわふわと自由に揺蕩う雲の群れ。白い帳を強く落とす太陽は真上にあった。


(昼にしちゃあ、お腹空いてないのは珍しいな)


今日は朝ごはんを食べてからここに来た。


量はそこそこ。

菓子パン2つとシュークリームだ。


最近コンビニの食べ物にハマっていて、自炊に手なんてつけていない。

おかげさまで貯金の減りがとても凄い。


とはいえ、特段たくさん食べてきた訳じゃない。


それに、この腹持ちに疑問を抱くには体調が悪くなさすぎた。


「何ぼーってしてるの、準備運動しなさいよ」


お腹をさすって惚けていた折り、そんな声が目の前にある大きな白い噴水より奥からやってきた。


その声はやたらと聞き覚えのある声で、ついさっきまで聞かされていた嫌な声。


そして、噴水から離れ、声の主がよく見える位置まで動くと、いろんな金具がついた厚手の黒い服に身を包む赫糸がそこにいた。


(可愛くて綺麗な服…着てたよな……)


今朝方の様相は間違いなくおしゃれな服装だった。


ブーツやスカート、タートルネックの紅いニット。


そうした服装を記憶から掘り起こしながら、マジマジと見つめて見比べる。


「なに。…やめないわよ」

「え、なにが?」

「……挑発はやめて、おもしろくない」

「いや真面目に……てかその服なに。あの可愛いくて綺麗な服は?」

「あーもう! なんなのその偶に褒め言葉入れてくるやつ!! ムズムズするからイヤ! やめて!!」


赫糸は不機嫌な色を強く出すと、そっぽを向いて柔軟体操を再開した。


俺はそこで、ようやっと気づく。


(今から、なんだ)


今目にしている景色全て仮想世界のものであり、現実ではない。


確かにそう考えれば、やけに人を見かけないのも納得した。


ここら辺は雑踏が少なく、喧騒も小さかったこともあり気にかけていなかったが、よくよく耳をすませば異変は近くで起きていたわけだ。


でもその代わり鳥が飛んでいたり、雲が漂っていたり、風が吹いていたり。

噴水の水飛沫からくる霧のような冷たさだとか、服への染み付き方とか。


そんな生な感触があったせいで現実だと信じ込んでしまっていた。


俺も取り敢えず柔軟体操だけでもしておこうと、定位置に戻り屈伸を軽くしてから地面に座る。


そうして足先を見て、自分も赫糸と同じ服装であることに今更ながら気がついた。


腰元の金具には滑り止めのついた手袋がついていた。


これも同じく真っ黒だ。


(柔軟体操、ちゃんと伸びてる感じする)


脚をめいいっぱい開脚させ、身体を地面にベターっとくっつける。その上で反動をつけると気持ちよさが感じられた。


石を綺麗に寸断したスベスベした地面は、とても冷たく固かった。


他にも服の布地を触った時の触り心地や、手を揉み込んだ時に伝わってくる指の感触、髪の毛を触った時に聞こえてくる音、服の音。


全て、これはありえない音だ、偽物だ、と断定できる要素を含んでいない。



見た目も、音も、温度も、感触も。



全部が全部、本物と遜色がない。



これが、今の世界の技術レベル。



現実と紛うほどの世界の構築。



仮想世界。


「あんた柔らかいのね」

「まー、ねー。これくらい出来ないと危ないから」


赫糸が珍しく褒めてきたことに驚いたが、まぁそれだけ。ググーっと身体が手前へ引っ張られるように伸ばしながら体をひねる。


じっちゃんは肉体の基礎的な鍛錬において、柔軟性は何においても大事だと口酸っぱく言っていた。


どうやら柔軟性の欠如は怪我の可能性に繋がる、だとか、身体機能を十全に扱えない状態にさせる、だとかの諸問題に繋がるとのこと。


実際、その見解は合っていたと思う。


全身の可動域が狭かったら大怪我をしていた場面が多々とあった、そんな遠い日のあの頃を思い出す。


「よっこいしょっと」


この服、柔軟をしていて思ったがあまり余裕のなさそうな密着感のある質感なのに想像以上に生地がよく伸びる。


そのおかげで腰ごと体を捻ってもつっかえる事はなく、動きに淀みが出ることはなかった。


【……あー、聞こえますか。聞こえるなら手を挙げてください。うるさければその状態で手を振って下さい、音量を下げます】


どこからともなく聞こえてきた黒絵お兄さんの声。


うるさくもないので何も言わず手だけをあげる。


【はい、二人ともありがとうございます。えー、ゲーム条件の確認を行います。間違いがあれば手をパーに広げてください】



【仮想戦闘におけるゲーム条件】


「ゲーム内設定」

○オブジェクト関与 <有効>

○人体損壊 <有効>

○グロテスク表現 <有効>

○人オブジェクトの配置 <無効>

○動物オブジェクトの配置 <有効>

○風レベル <レベル1>

○痛覚レベル <レベル3>

○各ポイントに武器やアイテムをランダム配置<有効>


「ゲーム終了条件」

○生物上の死



事細かに告げられた条件事項。


要はちゃんと痛いし、本当に殺すか殺されるかしないと終わらない、そんなデスゲーム。


【間違いありませんか。間違っていれば手を挙げてください】


間違いはないので手を上げない。


【ありがとうございます。ちなみにですが、この世界は本学園の建物や敷地を全て再現しています。ただ、学園の敷地の外にはいけないので注意してください。ではこちらで状況の最終調整を行います。合図をするまでもう暫くお待ち下さい】


そこで声は聞こえなくなった。


(もう、暫くね…)


ついに始まってしまうのかという億劫な気持ち。


それと同時に、間近に迫る、人を殺さなければならないという重圧。


どちらかが死ぬまで終わらない、という事はつまり相手は本気で殺しにかかってくる。


当然、俺は殺されたくない。


だから仕方なく殺す。

今からするのは仕方のない殺し。

それは、森の中で十二分にやってきた思考。



でも、その時と比にならないほどの抵抗がこの手にはあった。



やはり生き物を殺した経験が多分にあるといっても相手は所詮は動物。


同じ種族の命ではない。


人間と、広義に動物という区分を意識的に設けていた時点で、そこに垣根があることは明確だった。


それは、でも、仕方のない事。


動物ですら備えている価値観。

人間に向けているものと別物である事をおかしいとは思えなかった。


(そもそも動物を殺すの、苦手なんだよな……)


命を奪い、それで命を紡いできた過去は変わらない。

殺し慣れていると言う事実も変わらない。


殺しの実績を列挙して、殺しに対する嫌悪感を今更怯える事はないと払拭しようとするが、やはり根本にある殺しの感触に対する拒絶感は拭えなかった。



殺す時の感触は、この手がしっかり覚えている。

鼻も、目も、耳も、忘れてはいない。



生ぬるい肌温も、血生臭さも、肉の食感も腐敗臭も、知っている。



でも。



俺は、知らない。



俺は人間を殺す感触を、まだ知らない。



肌の温度の変わり方も、血の臭いも、腐敗した時の顔を顰めてしまうほどの悪臭の強さも、なにも、何も知っていない。全然知らない。



まさに未知そのもの。



知らない事への恐怖を俺は誰よりも強く持っている事を自負している。だからこそ、今、それを目前にして強い迷いに苛まれている。



もともと乗り気ではなかった戦い。



覚悟なんて毛頭ない。



それに、痛いんだ。



人体損壊だとか痛覚レベルだとか、それを有効にしている時点で確実に生々しい痛みを感じる事になる。


俺は痛みに対する恐怖心が人一倍鋭く大きい。


あの全身を焼き尽くしてくるような痛みが怖い。

あの息ができなくなるほどの痛みが怖い。

あの感覚が鈍くなっていく痛みが怖い。

あの、体が徐々に冷めていく痛みが。



怖い。



それはあの日に植え付けられた、どうしようもないほどの恐怖と苦痛。



俺がじっちゃんと森で鍛錬に励んでいた理由は、もちろん。


○強くなる事。

○森での狩猟を安定的に行えるようになる事。


それらの為にやってきたのも事実だが、核となる部分には、体に刻まれた、怨嗟のように冷たくまとわりついてくる痛みへの恐怖が存在していた。


大昔。


滝での一件から幾許かの日を跨ぎ、なんとか傷が癒えて歩けるようになった頃。


森の事を何にも知らないからとじっちゃんに連れられて散策した森の中。


当時は今よりも背が低くて、目に映るもの全てが異様な大きさをしているように感じられた。


木一本ですら化け物であるかのように映った。


そんな空間に対する怯えに拍車をかけたのは暗がりだ。

真昼間だというのに草の屋根が太陽を遮って、歩く道全てを薄暗く彩ってしまっていた。


風も強かった。

木々のさざめきが、とてつもなく不気味で、怖かった。


その風に乗ってやってくる強烈な青臭さと獣臭。

おしっこのような強い刺激臭も相まって、顔を顰めずにはいられなかった。


足元は獣道。

木の根が露出していたり、木のみがたくさん転がっていたり。


道として歩くだけでも危なくて、だからこそじっちゃんの背中側の服を強く掴みながら注意深く歩みを進めていた。


けれど、やはり自分が背の小さな人間であるのに対して大きな世界がそこにあるわけで。

ただの木の実と言えど、かなり大きい障害物として足元に存在していた。


だから、その障害物によって体勢を崩すなんてあり得ない話じゃなかった。


地面には、硬くて先のとがった葉が意地悪に集まっていた。ボウボウと生い茂るその草むらに、手が向かう。


それと同時に、乱雑に引き裂かれた皮膚一枚。


もちろん薄皮程度。

血もすぐ乾くくらいの量だった。


なのだけれど、それは間違いなく痛くって、それだけで俺はおしっこを漏らして気絶してしまっていた。


それからというもの、森への恐怖心は強まっていくばかり。


逃げたいと思っても家の周りには森しかない。

だから怖がる当時の俺には、けれど、逃げ場なんてなかった。


じっちゃんも逃がしてくれなかった。


結局、だから俺は痛みに慣れることから始めた。


そうした日々を積み重ねて、なんとか石ナイフで深くえぐっても気を失う事がないほどには慣れることに成功した。


でも、痛みを恐れる気持ちが薄れる事は全くなかった。真に慣れはしていたが、それを易々と受け入れられる度量が俺にはなかった。



俺は、知らない。



四肢がもげる苦しさを。

指が弾け飛んだ時の悶絶してしまう強烈な痛みの応酬を。

耳が聞こえなくなる不自由さを。

顔を抉られた時の感触を。

視界が失われる時の恐怖を。

内臓が飛び出る異常さを。

首を裂かれる非日常を。



俺は、知っていない。



唯一知っているのは、体が冷め上がって死に近づいていく、あの、感覚だけ。



殺しもまた、同じだ。

俺は何も知らない。その感覚を俺は知らない。

殺しという行為が肯定されていても、体全てがそれを拒んでしまっている。



考えれば考えるほどに、手が、震えた。



背筋がやけに寒い。

息もかなり荒いかも知れない。

心臓の音がすこぶる喧しい。

気分も悪くなってきた。


もう何に恐怖しているのかわからなくなってきてしまっている。


『調整を終えました。ではーー』


どうしよう。


痛いのは嫌だ。


だからもうこの際恥を忍んでやめさせてもらおうか。

死んでしまうほど痛めつけられたくなんかない。

人が死ぬほどに痛めつけたくもない。


人を殺したくない。


まだ、俺にはその覚悟がない。

だから、今は、今ばかりは、やめさせてもらおう。


『ーー始めてください』

「ぅ"っ」



刹那、赫糸の獰猛な声が。



「っ"ぬぁ"あ"!!!!」



顔面に伝う衝撃と共に鳴り響いた。

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