#8【西条さんと電話】
帰って早々にレンジを回し、雑に服をハンガーにかけていく。今朝方脱ぎ去った衣服でいいだろう、着る物は。
そうして服装も家色に染めた後、レンジで温めた弁当やスープを中心に、机に収まりきらない量のお菓子、スイーツ、ジュースを展開する。
俺の目の前には逆蜂の巣みたいな光景が広がっていた。
「いただきますっ」
この赫糸によって植え付けられた胸いっぱいに広がっている不快感。
それを拭いさるべく、一つ一つ堪能しながらもたくさん口に放り込んでいく。
口の中は大パニックだ。
サクサク、フワフワ、モチモチ、ぷにぷに、ザクザク、ガリガリ。
数多もの食感という情報が脳細胞全体に行き渡り、新たな知識として記憶すると同時にとんでもない多幸感を放ち出す。
食感以外にも味や風味もそれを助長させてくる。
なんだこの幸せは……と、吹き飛びそうな意識をギリギリのラインで留め置き、ジュースを喉奥へぶち流す。
ヒンヤリ、シュワシュワ。
「ぷっはぁああ!!」
炭酸飲料というものを初めて飲んだがびっくりするほど美味しい! 美味しくて倒れてしまいそうだ!
今まで自動販売機こそ見かけたが、お茶や水以外に挑戦する気にはなれなかった。
興味は多分にあったが、何分知らない物。
そこにあるという事は商品として価値があるという事なんだけれども、誰かからこれは美味しいと名言してもらわないと不安で手を出すことができなかった。
そんな至極のご飯を終えれば、俺をお風呂が待っていた。
やはり2日目であっても浴槽の気持ちよさは変わらなかった。むしろ、さっそく体がこの高い温度に慣れてきたのか心地よさが以前より増していた。
だからだろう。
俺はかなりのぼせてしまった。
それを補う為にジュースを口に流し込むと少しずつ意識がはっきりしてきた。
「………最高」
時刻は21時。
洗濯物も回したし、今日はもう勉強をやらない。
というか師匠から停止命令が下っていた。
『勉強は焦って身につくもんじゃないから』
とのこと。
疲れがひどい俺にはひどく甘美な言葉で、そんな言葉を甘んじて受け入れない訳がなかった。
そうして生まれた自由時間。
【……も、もしもし】
俺はとある人に電話をかけた。
「あ、夜分遅くにすみません華園です…。お時間ございますか…?」
【は、はいっ、ありますっ……て、約束してたちゃんとあるよ…!】
「へへ、ついつい」
こちらから連絡をとっておきながら返信を明日にすると言っただけに飽き足らず、今朝は遅刻もあって連絡を一切しなかったそんな相手。そう。
西条さんだ。
結局休み時間に西条さんに会いに行き少し話をした。
その際に電話の約束を取り付けたのだ。
「いやほんとごめんね昨日は。昨日はと言うか今日もか」
【全然気にしないでください、話を聞けば頑張った反動みたいですし。頑張ったら体も休みたくなりますからっ】
全然気にしていない、そんな風に優しく返答してくれる西条さん。
赫糸とは全然違う。
西条さんの様子を思い浮かべながら俺は礼を述べた。それと同時に昨日のことを思い出す。
「あ、そういえば昨日別れ際になにか言いかけてたけどなんだったんですか」
相川先生に会いに行く必要があったため急いでいたあの時だ。俺の話を優先してくれたから聞けていなかった。
【あー……。なんだったかな…】
話したかった事、とはいえもう昨日のこと。
少し思い出せず唸っていたが、すぐに思い出したようだ。
【あ! 友達できたよーって話でーー】
それからゴロゴロと電話して。
案外と続く会話の応酬はとても楽しくって。
【私の能力は二つあって、一つが精神を落ち着かせる【精神安定治癒】。もう一つが【超回復領域】って能力】
「一つ目のやつが初めて会った時にしてもらったやつかな」
【そうです!】
「二つ目は…あれですね。なんか名前がすっごいかっこいいですね。凄く尊大というか凄い能力って感じがします」
【ふふーん、実際のところ凄いんですよこの能力! 自負してます!】
「へぇ……じゃあその凄さについて語ってもらいましょうかねぇ。どうなんですかそこんとこ、西条さんっ」
少しずつプライベートな話に移り。
「俺のとこも優しい人ばっかだよ。初日から助けてもらったし、仲良くしてくれるし、今日だって保健室に運んでもらったし。ほんと恵まれてるよ人に」
【ねー。ほんとにそう思う。みんな協力的だし。中学の時と比べちゃうと余計思っちゃう】
「……中学の時ってそんなに、あんまりよくない感じだったの?」
【うん…。まぁ仲のよかった友達はいたんだけど、やっぱクラス全体で見るとって感じで…うちのクラスの2割くらいは能力者だったんだけど、その2割と一般層とで派閥みたいなのできちゃってて、能力者が一般人と仲良くしてたら口聞いてもらえなくなる! とかあったんだよね】
「え、なにそれ。それはなくない?」
【ほんとにないよねぇ。だからね私1回先生に相談したんだけどーー】
ちょっとずつ西条さんの一面を知っていく。
それと同時に俺の内面も知られていく。
【灰田さんって人、凄いノート綺麗にまとめてるね】
「だよね。俺も凄い綺麗だなって感心した。こういうのを自分で自然に書けるようになりたいんだよね」
【華園くんの始めの1ページ、凄まじかったかったもんね…】
「や、やめてよあれはあれで努力の結晶ってやつだよ」
「あははっ、努力の結晶なのは確かにそうだねっ」
2時間が経つころには。
【これが小学生の時の私】
「鉄棒か……てかこの写真すっごい躍動感だね」
【ふふん。実はお父さんがカメラマンでさー、画角? とか撮影する瞬間とか見極めて撮った力作らしいの】
「本職の技か…かっこいいなぁ。他の写真もすごく西条さんが映える撮り方してて、より可愛く見えるよ。お父さんすごいね。…俺もいつか撮ってもらいたいな」
【へへ。なんかお父さん褒められると私まで嬉しくなってきちゃった。お父さんに褒められてるよって伝えとこー】
時刻は23時になっていた。
西条さんの部屋からアラームの音が聞こえてくる。
【あ、もうこんな時間。なんかすごい時間過ぎるの早いね】
「ほんとだ……まぁ楽しかったからね、電話」
そういうと、西条さんは少し押し黙った。
けれどすぐ、勇気を振り絞っているような声を出した。
【あのねっ華園くんっ】
「ん?」
【私もすっごく楽しかった! だから、あの…ね。またっ、華園くんと…電話、したい…】
なんとか全部伝え切ったのであろう。
電話越しに聞こえてくる西条さんの息は少し荒かった。緊張して息が詰まっていたんだろう。
「うん全然いいよ。また電話しよ、たぶん21時とかからはお風呂も上がったりして暇だから連絡してもらえたら」
【わかったっ。じゃあしたくなったら連絡する】
「俺も連絡します」
そういうと西条さんは嬉しそうに【はい…待ってます】と言った。
【じゃあまた明日、だね】
「うん、また明日」
コロンっと音が鳴って、通話が終わる。
「………」
学校で話す時よりも近い距離感。
少し電話を止めた事にもの寂しさを感じる、なんとも不思議な感触。
メガネ型ホログラマーを外し、天井を眺めながら楽しかったという余韻に深く浸り、目を瞑る。
(友達って、こう言う関係の事なんだろうなぁって分かってきた)
言語化するのはかなり難しいけど、仲良くなると心の開き方が変化すると言うことを感覚的に理解してきた。
それに倣ってじっちゃんが友達を作れと言った理由も分かってくる。
もちろん助けてもらえる、という打算的な面もある。
そして俺はそれを今いっぱい享受している。
けれども、それ以上に友達と過ごす事で得られているものはとても多い。
その中でも1番は、今がとっても楽しいって思える事。
きっと友達という関係を続けていくならば何かと衝突は起こるんだろうけど、それでもそれがずっと続くわけではない。
また仲良くなって、また楽しい時間が始まり出す関係性。長く強く続いていく、そんな縁。
それに、誰かがそばにいてくれているという安心感は、独り身の俺にとても沁みるものだった。
きっと、じっちゃんはそんな俺の心細さも案じて友達を作れなんて言ったんだろうな。
(まったく、余計なお世話だっての)
ほんと、俺は人に恵まれている。
そう思うばかりだ。




