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#2【嫌いだ、この女】

森の…青臭い、匂いが、した……気がした。


ふと脳裏に浮かぶ、思い出の詰まったあの空間。


澄み渡った新鮮な空気。


川を流れるおいしい飲み水は冷たくって、身体にスーッと溶け込んでいくあの飲み心地はとてもよかった。


そんな良質な生水であってもたまに腹を壊したが、そういう時の便所はどこでしてもよくて、解放感はいつも俺の隣に居座っていた。


生活空間が比喩ではなく自然そのものだったから、俺は獣や虫とも仲が良く、でも時に捕食しあう関係だった。


俺が持っていた服は白いシャツと紺のジーパンのみ。


漂白剤もないから汚れたら手洗いでも全然落ちない。

でも石鹸みたいな香りのする樹液があったから臭いとは一度も思ったことはなかった。


辛かったことと言えば、冬のお風呂位。


入りたくないといってもじっちゃんに入れさせられた辛い記憶。


死ぬかと思った。

いや何回か死にかけた。

冬の川の水は場所によっては凍っているんだから当然か。


フワフワする、そんな今までを刻んだ記憶達。


「まもなく、日本能力者学園前。お忘れ物がないようご注意ください」

「……んあっー…」


永い眠りから覚める感触。

するとすぐに意識がはっきりとした。


もう少しまどろみたいという欲は、じっちゃんに矯正されたせいで今は感じていない。


背をまっすぐ伸ばし、足を揃えて姿勢を正しく保ちなおす。


車内を怪しく無い程度に見渡せば、同じ制服を着た生徒が幾数人と座っていた。

みんな総じて耳と腕に何かつけている。


「もんだーい、日本の三大都市は何処でしょう!」


あまり声が大きいわけではないのだけれど、聞こえてくる女の子の声。


「何急にー。京都と名古屋と東京でしょー?」

「あれ…正解だけど……七海でも答えれるもんなんだね」

「え、処してよろしいか?」


言葉はどこか危なげだが、雰囲気は悪くなさそうで少し楽しそうだ。


「てかそんな問題よりもさ! 今日学園に曽根田山さん来てるんだって! ……ほら!!」


そうして女の子は空を指先でピッピと掻いた。

一体何をしているのか……よくわからない。


よくわからないがーー


「え、ガチじゃん。授業受けてる暇なくね?」


ーー意思疎通が出来ているらしい。


(え、こわ)


奇々怪界の異世界に投棄された気持ちだ。

こんな世界に馴染んでいけるのか、不安でいっぱいになってしまう。


(じっちゃん……怖いよ……)


甘い香りが立つあの空間。


大樹と木の二階建ての家と、じっちゃんと。

昨日の事のはずなのに、もう結構前の出来事かのように思えてしまう。


もうとても寂しい気持ちだ。

これがほーむしっく? というやつか。


いやほんと、異様に不安が積もる。


(……まぁでもじっちゃんがお前はできる子って言ってくれたし、大丈夫だろ)


後ろを向くよりも前を向こう。

猪突猛進、崖があるなら飛び越えろだ。


「よしっ…」


一呼吸、肺にぶち込んで席を立つ。


「日本能力者学園前。お忘れ物のない様にお気をつけ下さい」


それにしても初めて乗るはずなのに体が電車の使い方を覚えている。不思議な感触だが、気にするほどでもないか。


なんだって俺はできる子。

森の中でも直感的に何でもできたことが多い。


雑踏ひしめく駅のホームの中、エスカレーターの独特な香りに顔を顰めつつ、目の前に立つ男性の耳についてるものを凝視する。


目を凝らして眺めてみても……いやほんと見覚えが一切ない。

じっちゃんも知らないものだったのか、入学前に仕込んだ情報には含まれていないものだ。


「うわっぁ!? とっとっと……!!」


そんな風にギューと視野角を狭めて突っ立ていれば、いつの間にか階層に到着したエスカレーターの勢いにつまずき飛び出でてしまった。


「す、すみません…」

「あぁ…いえ。てか、大丈夫ですか」

「あ、はい大丈夫です、ボーッとしてしまっていただけなので」


が、なんとか身のこなしで衝突を避け、軽く頭を下げて改札へと向かう。


(ちょっと喉乾いたな…)


改札口を目の前に、俺は近くにあった赤い色の自販機でお茶を購入し、木のような見た目の冷たい石の壁に背を預けて……少し考えに耽る。


(友達……かぁ…)


じっちゃんは俺を送り出す時、学園で生活をする中で【1人でも多くの友達を作ること】という課題を打ち立てた。


もちろん友達なんていたことのない俺にとって、摩訶不思議に挑戦するほどの無理難題で、友達を作るにはどうすれば良いかわからずじっちゃんに問うた。


んだけど、じっちゃんもわからんとキッパリ言っちゃった。


えぇ……っというのが俺の感想だ。


絶望が小躍りしながら俺を手招きしている。

だが、無理だと駄々を捏ねたところでこれはいずれ必要になる要素。

諦めろと嗜められた身。


(まぁ頑張るしかないよな…)


そう再度覚悟を入れ直して、ゴミ箱にゴミを捨てる。


(……とりあえず学園に向かわないとな)


学園へ向かう道を知らない為地図に行き道を描いてもらっている。


(これを見ながら……)


バサッと開いた、新聞紙くらいの大きさの地図。

赤色のマーカーで引かれた線をたどれば問題なし。


(さぁ行こう)


晴天と朝日が俺を照らす。

空模様は快晴だ。

軽い気持ちと足取りで、新しく買ってもらった靴の音を唸らせながら闊歩する……。


(あれ…)


…する。


(え、え、いやあの、こ、ここ)


のはずなんだけどなぁ。


(どこおおおおおおおお!!!!!!!)


なんか、道迷っちゃった。


「え!? ほんとに! ……え!?」


辿り着いた先にあるのは壁!

暗がりの壁!

細い道!

建物と建物に挟まれて作られた虚無の空間!

深淵に通じるような重圧を感じる!


「あれ? …でも、え、あれ?」


地図を傾けたりガシャガシャしてみたりしてみるが、それで居場所がわかるわけもなく、立ち尽くす。


「……あ、あの……」


そんな時、俺の肩を軽く叩きながら声をかけてくれた人が1人。


状況も状況と言うこともあるが、なにより急に人に話しかけられたと言う事に俺は。


「あっ、え!? あ! あっ!」

「おちっ、おちつ、おちついてっ」

「あ、うんはい!! あいや、はい! なっ、なんでしょうか!!」


ついさっき人と一言交わしたばっかだというのに、人と初めて喋るかのように戸惑ってしまっていた。


「え、えっと一旦お、落ち着きましょう。ね、いったん。深呼吸」

「し、深呼吸っ、し、しし深呼吸ってなななんでしたっけ!!」

「え!!!? ふ、深く息を吸ってゆっくり息を吐く感じ!!」

「あ、はいえっとーー」


息を吸う。

そう考えて俺は、息を、吐ききった。



あ、やべ。



「呼吸の仕方わかんない」


何とか出た、声に似た何か。

助けを乞うために青い顔を向ける。


そんな折。


「えぇ………」


声をかけてくれた人は、泡を吹いて倒れていた。


「……あ…呼吸できた」

「ごぼぼぼ」

(いやそれどころじゃない!! え、こういうときどうすれば!)


俺よりも非常事態の状態!

泡を吐くなんてとんでもない重症のはず!


「ぁっ…!」


そして、その時思いだした、じっちゃんの言葉。


『初対面の人間とは敬語で話せ、それが社会のマナーだ。仲良くもないのに敬語のないやつは嫌われる』


(いやそっちじゃなくて!)


『困ったときは人に助けを求めろ。緊急時ほど助けてもらいやすい』


(これだ!! え、えっと人! 人!)


「あ! そこの人!!」


とても鮮烈で強烈。


一目見ただけですべてを飲み込んでしまいそうな風貌。紅蓮の髪にショッキングピンクの瞳。

細身で身長も高い。

けど、どこかかわいらしさの残るきれいな女性。


ただ、強者の風格が強くある。

すこぶる感じる。

生半可な力では勝てない様な、覇気を感じ取っているような直感。


ただ、今は害意を感じない。

あまり警戒することもないだろう。


着ている制服は今から俺が向かう日本能力者学園のもので、俺のと一緒。

同じ学園生ということなら尚更助けてもらえるだろう。


「……え、急に何」

「ひ、人が倒れてて! 助けてください! 泡吹いてるんです!」

「それって学園生?」

「え、あ、え」


そういわれて、そういえば慌てすぎてなにもあの人のことを記憶していないことに気が付いた。

えっと、服は何を着てたっけ……。


「時間かかるの、思い出すのに」

「いやぁー…あー……」

「まぁいいわ、喉が詰まらないようにうつ伏せにして安静にさせとけばいいわ。死んだらそれまでよ」

「は、いや、え!?」

「てかどうせ救急車呼んでるんでしょ、別に私いらないじゃない」


なんだろう。

自己完結に走らないでほしい、呼んでねぇよ。


「救急車!! よ、呼んでない!」

「……はぁ?」


そうして向けられるいかめしい目線。

ドキッとするような重く低い声。


けど、少ししてなにか理解した様子で「倒れてる人どこ」と催促した。


声をかけた場所からほんのちょっぴり歩いてすぐ。

か弱そうな男の子を見つけた。

学園の制服を着ていた。


(よかった、これで助かる)


そう思って安堵したーー途端、赤毛の女の子はか弱そうな男の子をグンっと軽く蹴り上げた。


「は!? んちょおま、え!?」


少し浮き上がる体。


「ねぇあんたホログラマーなくしたの?」


そして体はズンっと地面に打ち付けられて軽く転がっていく。顔は地面に向いていた。


「いや待てよ! なんで蹴った!」

「汚いからよ。…そもそもあたし潔癖なの。手荒なのは認めるけど許しなさい」


なんだこの高飛車女。

確かに救いの手を差し伸べてくれているのだけど、流石に乱暴はいただけない。

発言内容から見下しているような感触もある。


非常に不愉快。


すりおろした渋柿を舌に擦り付けられた時の事を思い出した。それくらい不愉快で、同じくらい顔が歪んでいるんだろう。


そんな顔で見つめる先にいる赤髪の女の子。


彼女は少ししてため息を吐くと、渋々と左手に着けていた腕時計に似た真っ黒い液晶の物を人差し指でたたき。


「救急に連絡」


そういって続けざまに言葉を発した。


「……あ、救急搬送お願い。学園生の男性が泡吹いて倒れてる。外傷なし、原因は……」


そう言いながら俺にめんどくさそうに目を向けてくる。

まぁ、取り敢えずはいい。


「えぇっと……お、おれ、俺が道に迷って、それで、えっと慌てふためいて…そしたらその、いっ、息ができなくなって! えっとそれで死にかけた俺をみて、急に倒れたと言うか……だから…えっと…」

「はぁっ…要領を得ないわねぇ…。端的に話してくれない?」


吐き捨てられる不機嫌そのものをまとった言葉。

トントントントンと地面から鳴り響く、苛立ちの音色。


「えーっと原因は極度の緊張とストレス。現状はうつ伏せにして呼吸できるようにした。場所は日本能力者学園駅前西口からまっすぐ10分ほどの地点。以上」


恐らく誰かにこのことを伝えているというのはなんとなくわかった。


なんというか色々と不快に思う相手ではあったが、やりきってくれた行為そのものは本当のものでお礼は欠かせないものだ。


「あ、ありがとうございます」

「……あぁ…」


だからちゃんと、礼儀を持ってして一礼。


「…まぁなに。あんたも学園生ならどこかでまた会うかもね」


赤髪の女はそう言った。


……正直、俺的にはあんまり会いたくない。

しかしそれを表に出すと何されるかわからない。

心を半ば殺す形で「あー……まぁ」と相槌を打つと、赤髪の女は言った。


「てことで貸しね。私の貸しは高いわよ。じゃ」

「……はい、また」


あー、なんだろ。なんか、別に貸し借りは良いんだけどなんて言うか、うん。


嫌いだ、この女。

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