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(旧:幻惑のアレース)10年間森の中でじっちゃんに稽古をつけられたあと、友達を作ってこいと能力者の学園に入学させられた  作者: MRプロジェクト
<< 1章 1節 >>【芽吹く入学1日目】

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#22【青峯さんと電話】

(めっちゃうまい…)


レンチンしたレトルトの白米と惣菜。

それらが美味し過ぎて舌鼓を乱打せざるを得なかった。


食堂で食べたご飯も美味しかったが普通のご飯もすっごく美味しい。


時刻は18時30分。


実に2時間も要した大規模な荷解き。


能力の行使に伴う軽い身体的疲労感と、今日蓄積された頭の疲労に上乗せされた重たい精神的疲労。


今平然とした雰囲気を醸し出してはいるが、精神的な疲労は想像以上に思考力や手先の動きを鈍化させていた。


「あっ…」


箸を落としたり、トイレに行こうとして頭と小指をぶつけたり、さっきまでの記憶が記憶がなくなったりしていたり。


実はかなり限界だったりする。


(今日からここが、俺の部屋……)


お風呂用の支度をしながら、もう一度部屋を見渡し実感する所有感。


丁度いい部屋の広さ。


部屋の壁に目を当てて、少し何かに似ているなと考えながらボーッとして、そして色調が食堂と似ていることに気がついた。


壁の下側1割程度がブラウンに染められていて、色調全体でみて見るとデザインの一つとして映えている。

緑色の観葉植物もちゃんとあるので見栄え的にも単調な色味になりにくかった。


床にはホイップベージュのモフモフするカーペット。

その上には白色の机を置いている。


白いカーテンは網戸から入り込む風に揺られてはためいている。中々カーテンをつけるのが大変だった。


ブラウンカラーの小さな棚は、ベッドの近くやクローゼットの近くに置いている。


ベッドのフレームは焦げたブラウンなのだけれど、枕やマットレスは真っ白だ。


キッチンの戸棚には包丁やまな板といった、各種用品と古いレシピ本を保管。

お風呂場やトイレにも備品を締め込んでいる。


特にお風呂場の棚の中には、洗濯用の漂白剤がたんまり息を潜めている。


それもこれも真っ白な色ものばかりだからだ。


これら全てじっちゃんが取り揃えてくれたもの。

だからきっとじっちゃんの好みなんだろう。


(さて、お風呂はーいろ〜)


足取りかるく、ホログラマーの取扱説明書を読みながらやってきた我が家の脱衣所。


新居初のお風呂。

そして人生初の浴槽付きのお風呂。


(すっごい楽しみ…!!)


俺の人生において【お風呂】と言えば、ただただ冷たい水に体を放り込んで雑に洗うことだった。


それに対する感情は苦痛極まれりと言う一点のみ。

心地よさは皆無だ。


その気持ちや苦痛の感じ方は何年経っても変わる事はなく、特に冬場は最高に最悪だった。


【1週間の断食する代わりに風呂に入らない】か【ご飯が毎日出る代わりに風呂に入る】かの選択を迫られれば、俺は咽び泣き喚き断食に感謝しながら土下座する。


それくらい嫌な時間だった、お風呂の時間というのは。


でも、そんな森の中での風呂とは事情が違うことを俺は知っている。


現代のお風呂は、そう。

とても、暖かい。

暖かい水が出てくるのがお風呂と聞き及んでいる。


(すっごい楽しみっ)


足はとても軽い。

浮いてしまいそう。

鼻歌が頭を突き抜けて空を舞う。


ご飯を食べている間に沸かしていたから浴槽には温かいお湯が溜まっている。お風呂に入るれるようになるまであと少し。


使い捨ての乾燥容器に、洗浄液でよく洗ったコンタクトレンズを入れることにも成功した。

後はホログラマーを取り外すだけ。



そんな時だった。



いきなりピピピピと機械的な音が聞こえ始めた。


一体何事かと辺りをキョロキョロ見渡し、とにかく頭を守って姿勢を低く保ってみる……が、何かが起こるわけでもないまま音はなりやまず。


どうしようと混乱しつつ、とにかく誰かに助けを呼ぼうとメガネ型を探しにいくとメガネ型も音を鳴らしていた。


怖いもの見たさでメガネ型を耳にかけてわかったこと。それは。



着信音だったこと。



誰からの着信かといえば青峯さんからで、俺は応答のボタンを押すことにした。



「…華園です、電話に出るの遅れた。ごめん」


【あ、昇也くん? ぜんっぜん気にしないで、というかほんと急にごめんねっ、今大丈夫?】


「……うん、何もないから大丈夫だよ」



今から風呂に入るところだったー、なんて言うのは野暮だろう。


「それでどうしたの?」


別に今日電話しようみたいな話はしていない。

それ故に要件を俺は知っていない。

急にかけてくるのも相当な理由があるのではないのだろうか。


俺は脱衣所に戻りながら心配気味に問いかけた。


その言葉に青峯さんは、とても、とても言いにくそうに言葉を濁していたのだけれど、少しして気持ちが固まったのだろう。



【あ、あのねっ】


「は、はい」


【あぁー……。あの、あのねっ、昇也くんのグループに…その、米田くん、いるじゃん?】


「いるね、それがどうしたの?」


【あの子、なにか私について話してたりしない?】



微量の焦りを織り交ぜた、怯えの孕んだそんな声。

問われる内容を元に米田くんとの会話を思い返してみるが、俺の記憶の中には青峯さんの名前は存在していなかった。



「何も言ってなかったよ」


【ほ、ほんと…? ほんとにほんと……?】


「うん。嘘ついてないよ」



なにか後ろめたい事があったのか。

やけに不審な物言いだ。



【朝! 朝、に…怖い…人に会ったとか…も?】


「…え? あぁうん、ほんとに青峯さんらしき人の話はなかったよ。何だったらグループの中でも出てなかった」



そう伝えると、気持ちの中に安堵の余白が生まれたのかホッとした吐息を吐いていた。

少し、耳がこしょばい。


【そう……なら良かっーー】


と思ったのも束の間。


【ーーいやよくないなぁ。それはそれで良くない気がするぅ】


なんだ、青峯さんは一体何に困っている。

何に悩んでいる。

話の内容が全く掴めない。


「米田くんと何があったの」


脱衣所の壁に背を乗せて、ストンと地面に座り込みながら聞いてみる。


(あれ、床が冷たくない)


寒い時期の床が冷たいことは知っている。

だから多少の覚悟はしていたのだけれど、あの度し難い冷たさはやってこなかった。


むしろ暖かいまである。

さすが現代建築。


そんなことを、青峯さんの躊躇いと葛藤を待ちながら思っていた。そうして少しして、青峯さんは口を開いた。



【……じ、実はねっ朝の話なんだけどね! いや。えっとまず私ね、すっごい朝弱いんだ】


「そうなんだ。まぁ朝って起きるの辛いもんね…」



今はもう起きてしまえば目が完全に冴えるようになってしまったが、この習慣が身につくまではそれはもう大変苦労した。


毎朝、日が昇る前だというのに起こしにくるじっちゃん。その声を無視して微睡むままに眠っていれば、じっちゃんが割と本気で殴り飛ばしてくる。


どんなに強い眠気があっても、昨日の疲れが残っててぐっすり眠っていても、何がなんでも起こされる。


それで機嫌が悪くなれば、それこそさらに手痛い暴力が降ってくる。


今思えば理不尽そのものにも思えてくるが、それはそれで俺の私生活の姿勢を正すきっかけともなっていたから不要な事だったとは言えなかった。



【いや本当に辛い。それにその起きる時の辛さの反動? ダメージが私普通の人より凄くてさ】


「うん」


【なんて言うかなぁ、ほんと性格が180度変わるって言うか、凄く荒々しくなっちゃうんだよね】



そう、ちょっとばかし笑い話のように話しながら青峯さんは言った。


「うそ、全然想像できないや」


何と言うか、青峯さんは今もそうだけど少し活気があって楽しそうな声色で話している。

その声の質感に偽っている様子は伺えず、なにより、その柔らかくて優しい性格は顔にも出ていた。


だから本当に粗野な青峯さんの姿が思い浮かばない。



【いやほんとほんとっ。私家族に寝起きの様子撮ってもらったことあるんだけどこうっ、がおー! って眉間に皺よってて目がほっそいの! メチャクチャ睨んだ感じでっ、後ほぼ無口! 家族には朝日の狂犬とか二つ名付けられて怖がられてる】


「家族が狂犬って言うって相当だよ」


【それくらいわたしヤバいんだってー】


少しおかしくて、軽く笑いながら言葉を返す。

するとケラケラと青峯さんも笑いながら言った。


やはりそんな彼女の声を聞いていると、当人の口から出ている話なのに想像できない。


「ちょっと興味あるなその動画」


そういうと【えー】だとか【どうしようかなぁ…】だとか、恥ずかしそうな気持ち半分、怖がっていそうな気持ち半分で悩み声を上げていた。


「だめ?」


だから、そう一押しする。

その一言は、意地悪だったのかもしれない。


すると青峯さんは何か吹っ切れたように【明日からも仲良くしてね!】と投げやりな言葉をぶつけてウィーコネクトへ一つの動画を投下した。


「あ……んー…」


朝食の並ぶ食卓。


トーストにサラダ、スープ。

4人分の食器が並ぶ卓上を視覚的に跨いだ先に、後頭部を描き、猫背のまま歩いてくる青峯さんの姿がそこにはあった。


丁度机に着こうと歩みを寄せて来ているから顔がよく見える。


端正な顔立ちにミディアムボブの灰色髪。

背丈からして青峯さんで間違い無いだろう。


着込んだ寝巻きはかわいい色味の物。

肩にはベージュ色のモフモフなブランケットを羽織っている。

髪には寝癖がついているが全く気にしてない様子。


【おはよ葵】

【……】


女性の声が聞こえてきた。

お母さんの声なんだろう。


しかし、そんなただの普通の朝の挨拶のはずなのに、青峯さんと言えば実の母親に向けてはいけない目を向けて口をムスッとさせていた。


青峯さんが言っていた通り眉間の皺もすごい。

なんだったら声をかけられてからと言うもの、般若そのものの顔をしている。


その目力は画面越しだと言うのに恐ろしく感じる。


食事にありつく様子へ映像は続くのだが、そっちは普通だった。


不機嫌そうに食べているだけで食べ方が汚かったり、ご飯が気に入らないからと言って投げ捨てたりはしていない。


嫌いものは終始そこに放置されていた。



【ね、やばいでしょ】


「やばいねこれ、確かに青峯さんだけど別人すぎる。…正直、ごめん。ちょっと怖いまである」


【あはは! 正直でよろしい!】


快活に笑う青峯さんの声は、親指を立てて言ってくれている様に思えるほどだった。


「でもあれだね」


【なに?】


「これ、性格が変わったというより寝起き期間だけ全てが悪に見えているって感じがする」



その悪に見える感覚というのは実体験からの見解だ。


朝起きてすぐに頭を覚醒させることができなかった頃。無理やり起こされるとそれから半日程度はこの世の全てが悪者であるのように捉え、全ての事象や存在に対して憎みを抱いていた。


階段一つ、手すりひとつをとっても存在していること自体が苛立たしくて仕方ない感覚。


別にそれが常日頃の気持ちや思考回路じゃないのは本当のこと。


だから多少性質が違うことも、青峯さんのこの様子は深く共感できるものだった。



【全部が悪に見えてる感じか……確かにそうかも】


「俺も朝起きが苦手な時同じ事で悩んでたから、本当にわかるよ」


【あ、ほんとに朝が辛い側の人間だったんだ昇也くん】


「え? うんそうだよ」


【あ、ねぇねぇ、じゃあさ人の命を救うと思ってこの寝起きワルワルモードの治し方をどうか教えてくださいっ】



パンっと叩かれた手。

とても強い言葉の感触。

心の底から頼み込まれているのが伝わってくる。


そして相手は青峯さん。

朝の恩義がある人。

それがなくとも人として優しくていい人。

尽くしても苦はない人。


だから、答えは決まっている。



「教えられない」


【え】


「教えられない」


【な、なんで】


「あれは下手すれば世界を憎しみかねない」


【昇也くん、君は一体どんな苦行をこなしてきたの…】



これはなんの誇張表現でもない。

俺も一歩間違えればヤサグレ一直線だった。

そうならなかったのは絶対に敵わない力を振い続けたじっちゃんがいたから。


家出しようとしたら地の果てまで追いかけられて瀕死になるまで追い込まれるし、不機嫌でも同様の仕打ちを受ける。


仮面を上手に付けられなかった俺は、頑張って朝起きを習得するしかなかった。


そんな危ない苦行を青峯さんにさせるわけにはいかない。青峯さんは残念そうにしているが仕方ないことなのである。



【私ね、これ割と本気で悩んでてさー……。こんなの絶対シワになっちゃうし、将来彼氏ができたり旦那さんができたりしたら絶対見られるんわけじゃん? それが理由で好きな人に嫌われたりするのほんとに無理なの……って違う違う。そんな話じゃない】



青峯さんは自ら軌道を修正した。



【あのね、それでね、私こんなんになるんだけど、これが収まるの1時間後くらいなの】


「うんうん」


【けどぉ…ちょっとぉ今日ぉー、朝寝坊しちゃったんだよねぇ、昨日緊張して眠れなくって】


「あ、そうなんだ」



わざとらしく言い訳をする青峯さんにクスッと笑いが溢れる。



「青峯さんってなんか雰囲気とか俺の面倒見てくれたりとかしてくれたからさ、俺からしたらもうしっかりしたお姉さんって感じするんだよね。だからそう言うので緊張してるのすっごく意外」


【ひゃっ、そんなっお姉さんとかー、しっかりしてるとかー、かわいいとかー、美人とかー、人間国宝とかっ。言葉にしないでよ恥ずいジャーン】


「別にそこまでは言ってない」


【言ってよケチ!】



そしてすぐ、青峯さんは話題を戻した。



【それでなんだけどね! まぁ目つきも雰囲気も最悪のまま通学したわけ。その途中に曲がり角があったんだけど、ちょーど! ほんっとにたまたまちょーど曲がってきた米田くんとぶつかっちゃったの。それで米田くん吹き飛ばしちゃって…】


「吹き飛ばした…? 青峯さんは…大丈夫だったの」


【え? わたし? あ、うん! 大丈夫! みんなにゴリラって言われてるから!】


「ご、ごりら…」


【体幹が強いだけなんだけどね! 乙女なのに困っちまうよてやんでぇい】



アハハと笑う青峯さんはそのまま話を続けた。



【まぁ、多分わたしが来た道の所に自販機があるから、米田くんはそこに立ち寄ろうとしてただけだと思うの。そんな時に私とぶつかった感じ】


「なるほど」


【それでね、普通さ、そうなったら手を貸して謝ったりするじゃんっ】


「うん」


【でも私その時余計にイライラしちゃって、私なんかに吹き飛ばされるとか『お前ザッコ』って思っちゃって】


「うん」


【それが、そのまま口から出ちゃったん、だ…。それも、目つき悪いし…姿勢もちょっと前屈みでポケットに手を突っ込んだ歩き方のまま……】



そこまで綴って、青峯さんは急に声を上げた。



【あぁ…!!! 私もぉ絶対ヤバいやつって思われてるー! 明日から学校にいけないー!!】


「うん、絶対思われてるね。少なくとも俺も今朝方そんな強烈な仕打ちに似たこと経験して、現に今も根に持ってるから」


【やっぱそうだよねぇええ!! あぁあさいあくだぁああ!!!】



そうあれは今朝のこと…。

赤髪の女は言いました。


『別にほっといて死んだらそれまでよ』


『は?』


『マヌケね』


『死んだ方がいいんじゃない』


『生きてる価値ない』


『貸しひとつね』


一部捏造の気色があるが本質はこれらに収束している。あいつが放つ言葉全てに、これらが真意として組み込まれていたことだろう。


多分捏造ではない。


うん。



【ねぇお願い!】



そんな時、青峯さんの追い縋る声が耳の中で反響した。



「んぇっ、あ、はい。え、ごめん聞きそびれた。なにかな」


【米田くんの連絡先教えて! 米田くんにとって青峯葵は学園の中で猫をかぶってる人になっちゃってると思うのっ! 誤解を解きたいの!】



どんどんボルテージの上がっていく嘆きは、もう泣きべそに移り変わっていた。


【ねぇ助けてぇええ】


今日、青峯さんにはたくさん助けてもらった。

いつかお礼はすると言ったしこれはそのチャンスだ、と思ったがそれはなんか違う気がした。


だから、今からすることは単純な俺の好意だ。



「いいよ。ただ、先に米田くんに連絡先渡していいか聞かせてもらえるかな」


【うん! うん!! 全然!!! 待つ!!!! まつまつまつ!!! ありがとう昇也くん!!】


「どういたしまして」


【じゃあっ、じゃあ連絡待ってるね!!】


「うん、遅くなったらごめんね」


【全然大丈夫!! あ、てか今日のオリエンテーションのメモ送ってなかった! ごめんね送っとく!】


「ありがと、助かる。じゃあ一旦切るね」


【うん! 本当にありがとね! じゃあまた!】



コロンっと鈴が転がる様な音と共に、通話は終了した。

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