#20【我々の過保護が加速してしまいます】
その後、暫くして古賀くん達が合流した。
結局古賀くんに灰田さんの捜索を任せてる間、俺たちといえばここで待っていた。
特別、誰かがそうしようって言った訳じゃなくて、自然とそうなっていただけ。
そんな空間では誰も、一言も喋らなかった。
いや、喋れないと表現する方が正しいか。
少なくとも俺たちから蘇我さんに言えることはもうなくて、これ以上とやかく言うのは余計な事だとわかっていた。
打って変わって蘇我さんは、なんとも言えない表情で手首をさすりながら静かに長椅子に座っていた。
あの明朗快活な勢いは今は落ち着きを見せている。
そんな調子だからだろうか。
灰田さんが帰ってきてもあまり口は交わさない様子だった。
いや、それもそうだろう。
なんてったって喧嘩の最中なんだから、仲がたがっていないはずがなかった。
そんな息苦しい中、初めに動いたのは灰田さんだった。
「ちょっと、感情的過ぎた、ごめん」
目は、蘇我さんに上手く合わせられていなかった。
蘇我さんもまた、それは同じ。
「わたしも…悪かったわ!」
一応、そうして表面上は言葉を交わし合った。
どっちが悪いとか言ってしまえばどうしても蘇我さんに目が向いてしまうが、わざわざ俺たちが善悪をつける必要はない。
それからというもの会話は弾まず、空気が軽いかと言えば首を縦には振れなかった。
遺恨は取り除きたい。
けれど話に介入するには会話能力も、対人能力も、俺にはないもの過ぎた。今下手に動けば火に油どころじゃないのは目に見えている。
流石の俺もそれは不味いと感取った。
だから俺はただ、ないものねだりをするばかり。
結局もう1時間くらいはここで固まっていたが今日は帰ろうと言うことになった。
時刻は15時30分くらい。
4月の太陽と言えど、まだ夕陽は拝めなさそうだ。
下校は蘇我さんを除いて寮暮らし。
それもあり、蘇我さんの帰路までは一緒となった。
そうした間も仲を取り持ってくれてたのは古賀くんだった。
あまり無理をしていることを感じさせないように自然に、それでいて、なるべくみんなが話せる話題をそっと投げてくれている。
俺はと言えば、それを受けとり誰かに投げ返すだけで精一杯。
古賀くんへの負担は必死だった。
そんな折。
「蘇我がリムジンで来てるの知ってたか」
古賀くんがそんな話を振った。
「リムジン…?」
「…あー、リムジン知らんとかある?」
「物知らずでごめんなさい」
「昇也の守備範囲って見極めるのむずいなぁ……。なんつーか、金持ちの横に長い車、スッゲーかっけーやつ」
「ほへぇ」
どんな車なんだろうか。
横に長いと言っていたがどれだけ長いんだろう、想像が全然つかない俺。それに対して半分ほど沈黙を保っていた灰田さんが一変。
瞳を瞬かせて「それほんと!?」と、信じられないほどの勢いで話に飛びついた。
目はとてもキラキラと輝いている。
「おう、ほんとほんと」
どうやら昔からリムジンに憧れがあったそうで、特にリムジンの中でジュースパーティーやアフタヌーンティーパーティーをする事が夢なんだそうだ。
そんな話を聞いて古賀くんはちょっと笑っていた。
「夢は優雅、中身はド庶民」
「庶民的で悪かったわね! でもわたし! 庶民だもん!!」
「そうやな、庶民だもんな、しゃあーねーよ」
「すっごいバカにされてる気がする!!」
「気のせい気のせい」
そうしてリムジンに対しての憧れを膨らませる灰田さんは、リムジンを拝むべく蘇我さんに見送りを相談した。
結果は「もちろんよ! ありがとう!」との事だった。
目的地は学園正門付近。
そこには関係者のみが利用可能な道路が広がっていた。
食堂もかなり大きかったのだけれど、それに負けず劣らずの敷地の広さだ。
そんな中をゆったりとした速度で進みくる黒塗りの車体。それは体がとても長く、けれど細い。
鳥の形をしている銀色のボンネットエンブレムが、夕陽になれない白い光を反射してキラリと輝いた。
「おぉー…」
「すごいっ! 本物のリムジンッ! ねぇ古賀リムジンリムジン!」
「オシャレで優美って感じでええな」
「ね! ね! わかるわかるっ!」
まるで欲しかったおもちゃを与えられて興奮鳴り止まない子供のようにはしゃぐ灰田さん。
そんな声を背中に受け止めて手を挙げる蘇我さんの前にリムジンは静かに停車した。
少しして、運転席のドアがゆっくりと開く。
「わぁっすごいっ、すごい!!」
灰田さんの歓喜が鳴り止まない。
それに合わせて1人、脚を外に踏み出した。
カツっという革靴の音と共にスッと現れたおじいちゃん。その姿勢は、歳を感じさせないほどにとてもピンとしている。
白髪の髪はオールバックに。
丁寧に剃り、形成された顎髭の形は、この人の生きた年数を色濃く示しているようだ。
着こなしている燕尾服はこの人の格の高さを更に演出していた。
「…お嬢様、お迎えにあがりました」
「お疲れ様じいや! 今日も苦労をかけるわ!」
「滅相もございません。私目らのわがままでございます故」
とても畏まった言葉遣い。
ツラツラと淀みなく出てくる言葉たちに歴を感じる。
「ありがとう! とても嬉しいわ!」
蘇我さんの感謝の一言にじぃやさんは感涙していた。
それを観測した瞬間のこと。
じぃやさんは胸ポケットからシュッと取り出したハンカチで涙を拭いた次には、目にも止まらぬ速さでとんがり帽子のようにそれを折りたたみ、定位置に戻していた。
その後の表情に感情の震えは残っていない。
切り替えがすごい!!!
そんなじぃやさんの一挙手一投足に見惚れていると蘇我さんが声を上げた。
「みんな! 紹介するわ! 私専属の執事、じいやよ!」
「じいやで御座います…。この度は帰りの道もお嬢様とご同行くださったこと、感謝するに絶えません。厚手がましい申し出ではございますが、これからもお嬢様と交友関係を築いていただけると幸いと存じます」
姿勢良く会釈するじいやと呼ばれた執事の動きに釣られて、バラバラながらと会釈をする俺たち。
「本物の執事はやっぱちゃうなぁ」
「ほんとにね! すっごいかっこいいし優雅!! 見れて嬉しい!」
「まるでアイドルと顔があったみたいなはしゃぎ方やな」
「わたしにとってはアイドルそのものよ! あぁ……私の夢の1ピースが思いもよらぬ形で埋まったわ。次の夢は執事にお茶を注いでもらう事だけど、そんなのは夢のまた夢よね……」
古賀くんと灰田さんとのコソコソ話。
今回は人1人分の距離ではなく5人分程度の距離が空いている。流石にこの距離での話ならバレないと踏んでいるようだが。
「じぃや!」
しかし残念! 蘇我さんは思ってるよりも地獄耳だ!
「かしこまりました」
そしてじぃやさんも地獄耳だった!
蘇我の名を冠した者、それに仕える者はみな地獄耳なのかもしれない。
この人たちの前では隠し事なんて出来なさそうだな!
蘇我さんの一声に無駄のない足捌きでリムジンに向かってすぐ、じぃやさんは高級感のあるお盆にティーカップとマカロンを乗せてやってきた。
「ではこちらを…」
差し出す相手は予想通り灰田さん。
「い、いやあの!」
なんとなく予想はしていたが、いざ本当に目の前にくると思うような反応ができないようだ。
雰囲気に圧倒されるままにアワアワする灰田さん。
「ご遠慮なさらず」
そんな一言は、触れないようになんとかギリギリまで避けていた灰田さんの心にトドメを刺してしまった。
「あ、あっ、あり、ありがとうじぃや、さん。じゃあ遠慮、なく…」
「昇也覚えとけー。人間、願望が叶う時は遠慮なんてなくなるってこと」
「うん、目に焼き付けとく」
「遠慮はしたけど好意を無碍にするのもダメでしょ! やめてよもう!」
「こちらはアールグレイで御座います、マカロンと合わせてご堪能ください」
「あ、はい………」
流されるままにそれらを嗜む灰田さん。
リムジンの中で、ではないがとても幸せそうにマカロンを齧りお茶を飲んでる姿はとてもかわいらしかった。
「そのティーカップは抄子に上げるわ! 後、じぃや!」
「はいお嬢様、こちらですね」
「ええ合ってるわ! 流石ね!」
「ありがたき幸せ…」
「抄子! 受け取りなさい!! マカロンの詰め合わせよ! 今日はほんとに悪かったわ! 意地っ張りでごめんなさい!!」
今日は悪かった。
俺は蘇我さんの口からそんな言葉が出てくるとはもう思っていなかった。一応謝罪の言葉はあったけれど、やはり上辺を繕った程度の気持ちしか感じ取れない言葉だったから。
「………」
その言葉を向けられた当の本人も面を食らった様子だった。
そうして少しの沈黙の後、灰田さんは言葉を紡ぐ。
「……許します」
「ありがとう!」
「だけど。だけど、次自分を貶す言い方したら1日口聞かないから。自分の心もちゃんと大切にして」
灰田さんの言葉。
それを受けて蘇我さんが声を発する……よりも早く。
「お、お嬢様、貶す言い方とはどう言った経緯があっての事なのでしょうかっ」
じぃやさんが声を上げた。
「静かにしなさいじぃや!」
「受付兼ねます。お父様よりそのカードは無効化して良いと許可が下りております故」
「話す事じゃないわ!」
「ですからお嬢様っ」
それからもひたすら食い下がるじぃやさんの詰問。
それに動じず、蘇我さんは折れる事なく拒否をし続ける。
この家あって我の強さありというのがヒシヒシ伝わってくる。
そして、蘇我さんがこれは埒が開かないと判断したのだろう。じぃやさんの説得をやめこっちに足先を揃えると言った。
「みんな! じぃやも含めうちの人間は私に対して酷いくらい心配性なの! ありがたいけどかなり過保護ね! たまに鬱陶しく思う時もあるわ!」
「お嬢様っ、そんな調子では我々の過保護が加速してしまいます」
「もうっ! 鬱陶しいわ! 1m離れなさい!」
「かしこまりました」
じぃやさんはそう言われ、大きく2歩。後ろと横に向かって脚を旅立たせ、軽やかに蘇我さんの隣に足を揃え置いた。
蘇我さんはそれを見てから続けた。
「でもみんないい人達よ! もし関わりがあった時は遠慮せず頼って頂戴! それが蘇我ファミリーの特権よ!」
「お嬢様、蘇我ファミリーとはどう言ったものなのでしょうか」
「彼らも同じ蘇我家の者として扱うと言う事よ! 問題事含め私が対処するし彼らの信用を私が保証するわ! じぃや達は可能な限りお願いを聞いてあげて頂戴!」
そんな傍若無人な強権行使に、じぃやさんであっても流石に表情を崩して言う。
「…それは気随が過ぎるのでは」
「お父様には連絡済みよ!」
「「「「まさかの公認」」」」
「それは大変失礼いたしました。では、御意に。…皆様の中でリムジンの手配が必要な方はおられますか」
俺たちはそんな至れり尽くせりの好意を目の前に、遠慮する事を選択した。
そもそもその必要がなかったと言うのもあるが……。
「古賀くん」
遠のいていくリムジンを目の前に、俺は一言古賀くんに声をかけた。
「んー?」
「人って…大き過ぎる好意には申し訳なさがついてくるもんなんだね…」
「あぁ。気持ち的に返せる借りと返せない借りってのがあって後者がこれやな」
世の中には学びがたくさん転がっている。




