#18【蘇我 乃々愛は心臓病を患っている】
ゆったりとかがみ、柔和な顔で花を目で撫でる蘇我さんの姿。そこだけ切り取ったら、お嬢様と言っても誰も何も疑わないんだろうけど。
「ええほんとよ!」
(声が御転婆過ぎるんだよなぁ…)
蘇我さんと俺たちの距離は少し離れているのだけれど、もはや面と向かって喋っているのかと錯覚するくらいにはハッキリと耳に届いてくる。
ハッキリと届いてくるからこそ。
「そんな下世話な冗談私がする訳がないわ! 私は心臓病を患っていて昔から治療をしているわ!」
それが聞き間違えじゃないんだって、改めて思い知らされてしまう。
「ちょっ、ちょっと待ってというか薬は!? 蘇我さんちゃんと飲んだ!?」
蘇我さんの病気に関する情報。
発症時期から今までの分のカルテが、休憩と同時にウィーコネクトのグループチャットに送られてきた。
そこに明記されている薬の必要性。
灰田さんは真っ先にその行為に見覚えがないことに気づき、反応していた。その反応は至極当然のものだった。
どうやらこの病気は薬を常飲していれば簡単に治るような物ではないらしい。
どちらかといえば進行を遅らせる対処の一つでしかないと。
しかし、飲むと飲まないとでは大違いなのは文章からも、明記されている内容からも、分かる。
何も知らない俺でも分かってしまう。
そして蘇我さんは言った。
「もちろん飲んだわ! 薬なんて飲んでるとこ見せられないからみんなの前で飲んでいないだけよ!」
「………そう…。なら…いいの」
灰田さんはそんな蘇我さんの言い方に不満を感じたのか、少し渋い顔をしている。
灰田さんの様子を一瞥する蘇我さん。
それからすぐ目線を外し、声を上げた。
「それでだけど! 大事な話はここからなの! 画像の資料にも書いてる通り9月と11月に出席できない日が多くなるわ! 問題点は特に11月かしら! クラス対抗戦の期間、恐らく最終日以外参加できないわね! こればっかりは手術の予定日だから謝ることしかできないわ! 穴埋めは勿論するわよ!」
「はぁっー……。いや穴埋めとかいらんやろ、たかが学校行事に」
ゆったりとした口調で語る古賀くんは、椅子に座らない蘇我さんを無理やり椅子に押し込んだ。
「んっ…」
「虎宇治! 別に立ってても問題ないのよ!」
「んっ…! おま、力強いってちょっ……ぁああああもうっふん!!」
「あっ……流石男の子ね虎宇治!」
「るっせぇ」
そんな褒め言葉とも取りにくい言葉に悪態を吐き、さらにその上に深いため息を吐くと、パンパンっと蘇我さんの両肩を優しく叩いた。
「……まぁっ、蘇我さんよー。こんな話聞かされた俺たち的に今くらいは安静にしてて欲しいんですよー。その方が安心できるんでねー」
そんな冗長的な喋り方をする古賀くんを前に、蘇我さんは一考挟んでから頷いた。
そしてそれぞれの少しの沈黙の後、蘇我さんが言った。
「ねぇ! 私思うの! たかが学校行事って言ってたけどあれには褒賞があるじゃない! それを掴み取るチャンスを低くさせてしまう事実は変えられないわ! だからお詫びをするのは絶対よ!」
そんな彼女を前に古賀くんは更に呆れた様子。
「アホか。褒賞と人の命を天秤にかけてケチつけられるかよ。まだ出会って1日も経ってへんけどさぁ、そこまで人間性を低く見積もられるんはシンプル腹立つって」
そう腰に手を当てながら、怒気を強めにして言った。
「………」
蘇我さんはそんな古賀くんの一言に食い下がる一言を添えることはなかった。
むしろ謝罪の言葉を差し込まれ、古賀くんはわかったならいいと言ったふうに謝罪を受け取った。
しかし、心臓病…。
心不全と記載されているそれの症状は、繰り返しやすかったり、発生から時間が経過するほどに死亡率が高くなっていく病気なようだ。
昔からという事は、かなり蘇我さんの体が疲弊しているのではないか。
そう思い近くの灰田さんに見解を共有すると、どうやら同じように思っていたようだ。
そうやってコソコソとお互いの耳元で話す俺たち。
そんな俺たちと蘇我さんの間に米田くんを挟んでいると言うのに、どうやら聞こえてしまっていたらしい。
「2人とも!」
蘇我さんに目を向ける俺たち。
「いやみんな!」
そして改めて全員からの注目を浴びる蘇我さん。
「安心しなさい!」
蘇我さんは言う。
「次のお医者様は世界最高レベルの能力医療を行うお医者様よ! 今回はそんな中でも過去の状態に復元! いや! 巻き戻す能力をもってるお医者様も来てくださるの! だから次で入院は最後になる予定よ!」
とても強気で、このまま病にふせそうにもない、意志の強い顔と声。
威張る姿に病弱さはない。
まるでそれは、この庭園に咲く花々やアーチのように元気で、力強く、満開で、頑丈で、枯れる事を知らない。
そんな無敵にも思えてしまう程のヒトとして強い様相。
席から離れ、まだてっぺん近くにある太陽の輝きをその背に携えながら、彼女はこちらを向いて佇んだ。
「予定…ね……」
そうした蘇我さんの一挙手一投足を前に、灰田さんは含みのある言い方で蘇我さんを見つめた。
そもそもこんな病、今にでも手術をしていないとダメなのではないのだろうか。
そんな心配があがるが、外に出る事を許されているという事はまだその心配は薄いという事なのかもしれない。
が、例えそうだとしても「もしも」は無くならないと俺は思う。
もしかしたら明日にでも病が強く出てきて入院ということになるんじゃないか。
もしかしたら今倒れてしまうんじゃないか。
もしかしたら次の瞬間死んでしまうんじゃないか。
症状から考えうる最悪を上手く想像させてくれないのは、やはり元気で明るい蘇我さんという太陽のような像に覆い隠されているからで。
でもその裏っかわには間違いなく存在しているはずだ。
だからこそ思う。
今こうして、カルテとかに載っている医療器具をなにもつけず、医療行為をすぐに行える環境から切り離されたところで立っているのに。
(ーー蘇我さんは、自由に歩いてることが怖くないの)
そんな言葉が、口から出そうになった。
でも、なんとか立ち止まれたら。
そこまで安易に芯に触れていいのだろうか、と言う気づきが俺にあったからだ。
まだ彼女が健気に振る舞っているだけの可能性だってある。なんだったなら、こんな大病を患っていると言うのにこんなに元気な様子な方がちゃんちゃらおかしなこと。
その可能性を疑う余地は漫然とそこにある。
なんたってまだ俺たちは出会って数時間の仲でしかない。
だからこそ見えてこない、彼女の本当の素顔。
だからこそ怖いと感じる、その素顔に触れることが。
「完治する11月まではかなりしわ寄せが行くけど、その次には最高戦力として舞い戻ってくるわ!」
「んんんん! なんか揚げ足取りで悪い! 一瞬でも舞ってくれるな! 縁起が悪くみえるから取り敢えず歩いて帰ってこい!」
古賀くん、たまらず一言入れた。
「わかったわ! 歩くわ!」
今回は聞き分けがよかった。
「とにかく! 私から言える事はこの予定がある事! 後は戦力的な面での話ね! 自己紹介の時に能力の7割で分厚いコンクリート壁を壊せるって話したわよね!」
ーー実は。
「あれが、今のこの体から無理なく出せる限界のなの! それ以上は苦しいし……仮想戦闘においても身体と微弱ながらも同期していると言う点からドクターストップがかかってるわ!」
ーーそれに。
「病気が治って10割の力を扱えるってなっても、大会で十分に扱えないと思うわ! 怪力系統の能力は体に感覚を覚えさせないと色々と危ないもの! そこは許してほしいわ!」
ーー……まぁ、そうね!
「今のわたしを何かに例えるとすれば独楽ね! 盤面に出た時の勢いは凄いけど、徐々に弱まっていって、止まってしまう。生産性は愚か消費するだけ。将来的な価値も高まらない。作戦の駒としてもかなり扱いづらい人間、だと思うわ! そこに関しても本当に申し訳ないと思っているわ!!」
なんの悪気もなしに吐かれた、蘇我さんの気持ち100%の言葉。
流石にその言葉全てが自分自身に向けての言葉であっても、燦々と聞かされている側は気分が良くない。だからみんな空気の色を淀ませて、口をキュッと閉じていた。
ただ。
灰田さんだけは蘇我さんに向かって口を開いた。
それは嘆きだった。
「なんで…なんでそんな言い方するのっ、別に自分を卑下する言い方しなくていいじゃない! 別にっ…別に蘇我さんの事ただの駒だとか思ってないし病気があってめんどくさいなとか全然微塵も思ってない!」
ーー普通に!
「普通に蘇我さんの現状を踏まえてこれからを考えていくだけなのになんでそんな変な言い方するのよ! そんな言い分を聞かされるこっちの身にもなってよ! 心底気分が悪いのよ!」
ーーそれに!
「自分の状況を分かった風に言うのやめてよ! 全然わかってない!」
「ちゃんと分かっているから言ったまでよ!」
「わかってたら自分自身に対してあんな言い方出来るはずない! 当事者意識のかけらもない、まるで自分じゃないナニカを客観的に分析してるに過ぎない言い方のどこがわかってるのよ! それは分析であって理解じゃない!」
心臓がキュッと閉まるような、灰田さんの叫び声。
その全文、丸々俺は肯定したい気分だった。
なんだったらここに居るみんな、思ってる事だと思う。
そんな言葉の雨の最後の方に一瞬だけ、蘇我さんは目元に曇りを見せた、そんな気がした。
そして、そうした言葉を受けても尚。
「そう。でも最終的には戦力面の話は避けて通れないわよね!」
彼女の独歩は止まらなかった。
蘇我さんは1人だけの歩幅を維持して走り去っていく。置いていかれるのは俺たち全員で、歩幅なんて考える余地もない。
ただただ崩壊していく、チームを謳う点と点。
「そこは受け止めてほしいわ!」
「別にそこを考慮しないなんて言ってない! その上で、その上で文句があるって話なの! バカなの! ねぇ本当にバカなの!!」
「私が使い物にならないのは本当の事でしょ!」
「そう言うの本当お願いだからやめてって! 自分を悪い人間に仕立て上げておけばいいでしょみたいなのなんなの!! 自分が満足してるだけじゃない! こっちからしたら心底気分悪いのよ!!」
「満足なんてしてないし全部本心から言ってるわ!!!」
話はそう。一直線上を辿るだけ。
そこに引かれた線を一緒に歩いているつもりだったのに、ある時分かったことが、それは境界線であって同じ道ではなかったと言うこと。
「あぁ……っ! もうっ、いいっ!」
蘇我さんとは相容れない。
灰田さんはもう我慢の限界だと、酷く声を震わせてどこかへ走って行った。
その背をいち早く追おうとする古賀くんの腕を、蘇我さんはギュッと掴み、足を止めさせる。
「離せよ」
猫目の瞳孔が針の様にキュッとしまっていて、眉間に皺が寄っている。古賀くんの声は、酷い怒りを含んでいた。
「………」
「……見つけたら連絡する。お前ら、帰るなら帰っててくれ」
それは気遣いか、蘇我さんを任せたと言う意味か。
意図を汲み取れない俺はただどこかへ行った灰田さんが気がかりで一声上げた。
しかし、古賀くんは首を横に振った。
「灰田もたくさん来られたら困るやろ。それに俺能力のおかげで鼻もええからすぐ見つけれる。心配すんな」
「……そっか。じゃあ、お願いしようかな」
「おう」
古賀くんはそう言って背を向ける。
向けて、少し立ち止まって。
「蘇我」
声に重量を持たせて、発した。
「……なにかしら!」
「お前も言いたいことあったと思うし、言えないこともあったと思う。やけど、それを踏まえても、寄り添おうとしてくれる人の気持ちを無下にするのは違うやろ。そう思わんか…?」
その一言に対する蘇我さんの言葉は。
「…そうね……!」
特別自分の意見を乗っけたわけでもない、ただの相槌。
古賀くんは少しの沈黙の後。
「ま、後は任せてくれや」
颯爽と走って行った。




