#15【積み重なる期待】
「どっせいやぁ!!!!」
大きな木目がよく見えるまな板へ投下された小麦粉の塊は、バゴンっと音を立て、まな板と共に少し浮き上がった。
真っ白な割烹着に身を包む、ふくよかな体型のお兄さん。頭は綺麗に剃られていて、少し青みがかった様子が伺える。
彼の手元は小麦色の光に覆われていて、今もなおなんらかの能力を行使しているようだ。
そしてまたもや、とてつもない音が厨房から聞こえてくる。
「すごいなぁ……」
学園の食堂には大きなテレビモニターが受付近くに設置されている。
どうやら料理における衛生面などを見える化する一環なのと、待ち時間の娯楽化を目的としたものらしい。
また、各アルバイターの仕事ぶりを知る事で、料理の過程も含めて料理であることも知ってもらいたいと言う意向もあるらしい。
この厨房を撮影するカメラに映りたくない人は希望でき、AIが自動で消してくれるとのこと。
新人の人などが多く利用するらしい。
「どっせぇえ"ええい!!」
マスク越しに空気を太く震わせるトップアルバイターの曽根田山さん。彼の表情は非常に真剣で、学生とは思えない貫禄をしている。
目元を見ればわかるがあれはもう何十年もやってきた職人の目だ、と力説する古賀くん。
誇張や過大評価と思えてしまう言葉だが、まぁでも確かにそんな風味は感じる。
じっちゃんも本気で鍛錬に取り組む時、ああいう感情を伴わない冷静に集中する目をしてた。
その道に長かったり経験が深かったりすると、ああ言う目力のようなものが身につくのだろう。
そんな様子を見ていた灰田さんは感嘆の声を吐いていた。
「力も気迫も段違いね…。でも力任せにやってるだけじゃなさそうだし。というか私ならそもそも…こう……うどんをエイッてするだけで疲れちゃうかも」
「なんだお前か弱可愛いかよ」
「もぉうっさいっ」
灰田さんは古賀くんによくいじられる立ち位置になっていった。
それに対してそこそこ拒否反応をだしているが、なんだかんだ灰田さん自ら古賀に声をかけたりしているから今の所問題視するほどではなさそうだ。
そんなおり。
「虎宇治!」
その声に古賀くんはビクンッと体を震わせた。
蘇我さんにかける古賀くんの声は不安定そのものだった。
「ま、まじでお前の声びびんねん、なんとかしてくれ」
「無理ね!」
「俺の鼓膜が老朽化してまうって」
「建て直せばいいわ! 現代の能力医療・一般医療技術の進歩は目覚ましいわよ!」
「鼓膜を壊さないっていう手段を選ばせてはくれませんかねぇ蘇我さん」
そんな古賀くんのジトーッとした目。
「五感は5つあるのよ!」
「五感は予備じゃねぇんだよ!」
そうしてすぐのこと。
「んで、なんだよ」
と、古賀くんは遮った話の路線を組み立て直し、歩き始めた。そんな歩幅に追いついた蘇我さんは言った。
「私があの厨房に立ってうどんを叩きつければ一振りで厨房を破壊できるわ!」
「お前のその急なボケはどう拾って欲しいんだよ!? 重たいよ俺の責任!?」
「可愛いって言って欲しいわ!」
「お前の可愛さの基準どないなっとんねん! なんもしやんお地蔵さんの方が全然かわいいわ!」
「お供物はボーリング場にするが吉ね!」
「誰がお地蔵様でストライクすんねん!? お地蔵さんでピン倒した後 油塗りたくられてブイーンって手元に戻ってくるとこ想像してみぃ! ……地味におもろいな…」
「不敬ね!!」
「お前のせいでな!! ……ぁあーもう負担重すぎて心臓バルクアップしそう」
なんと言うか楽しそうな空間だ。
「蘇我お前一旦ボケとツッコミについて勉強しよ? な? ええか? まずボケってのはなーー」
しかし古賀くんは結構真面目に蘇我さんの元へ歩み寄り、真剣に講義を始めていた。
どうやらこういうノリには理論があって、特に古賀くんにとっては大事にしたいものらしい。
「それにしても一年生だけらしいのに混んでるね」
こんなに騒いでも周りの喧騒が掻き乱してくる。
並んでいる列の後ろを覗けば、人間で作った蛇の様相が生まれている。
席もだんだん埋まってきている。
それもこれも俺が来るのが遅かったからなんだけど。
あと予約注文組の人が多数。
「ねぇ米田くん」
「んー?」
「確か、学園の食堂アプリ? に、予約注文ってのがあるんだったよね」
「うんあるね」
「なんで整理券が必要な料理って予約注文できないの?」
そんな純粋な疑問。
それを前に米田くんは少し思い出すようにうなって、チラリと厨房を見た。
「なんか小難しい戦略みたいな話もあるんだけど、1番は承認欲求なんだって」
「承認欲求…? なんで?」
この話に関係性があるのか疑問に思い問うと米田くんは言った。
「そもそも学園でアルバイトする理由って学園内の施設で使えるポイントを稼ぐためなんだよね。だから元々の原動力は手元に残るポイントだったんだ」
ーーけど。
「非公式ランキングに名前が乗り始めると知名度が凄くなるんだよね。そうなってくると学園外にSNSとかで情報が発信されて、拡散されて、あっという間に有名人。自分に対する評価もつきやすくなる。どうもこの評価の数や質がいつの間にか自身の料理人としてのアイデンティティに変質し……あぁ、ごめん、大丈夫? いっぱい喋り過ぎたね」
「だ、大丈夫…まだ意識がある」
古賀くんの曽根田山さんについての熱弁もあってちょっと容量オーバーギリギリだ。
一度眼を閉じて、深く息を吸い込み吐き捨てる。
聴覚もなるべく捨てて。
触覚も切って。
嗅覚も離し落とす。
そうやって新規に取り入れる情報から体を隔離して。
休める事を優先させる。
「………」
うん。
試験的な取り組みだったけど……うん。
どうも具合は良さそうだ。
「ちょっと、落ち着いた。……聞かせてもらう側なのに図々しくて申し訳ないんだけど、こう…ぎゅって出来たりしない……?」
「うんん、申し訳ないとか思わないで。……んー、っとね。まぁ要するにみんなちゃんと楽しみに来てくれてるのが分かる! 嬉しい! 頑張ろう! みたいな感じになるみたい」
「へぇ……。ねぇ、そういう話って直に聞いてるの?」
結構詳しく教えてくれた話だけれど、話の出どころは不明だった。米田くんを疑うつもりは全くないがどう言う経路で知り得た話なのかに興味があり、問うてみると。
「白熱大陸っていう結構幅広い職人を密着で取材してるチャンネルなんだけど、そこでのトップアルバイターに取材してる回があったんだ。そこで知った」
と、簡潔に答えてくれた。
「へぇー」
職人と呼ばれるほどの地位に立つ人達が取材されるようなチャンネル。それに取り上げられるくらい凄い人が手がける料理、か。
それも多くの人が虜になる程の美味しさで、高い評価と高い信頼を受けている。
本当にそんなものがこの世に存在するのか? と言う真偽の究明はもう済んでいる。
「みんな揃ったわね!!」
目の前に佇むお盆に乗った食事たち。
それを囲む俺たち5人、蘇我ファミリー。
空きっ腹はもう勘弁。
美味しいご飯、是非とも楽しまさせていただきます。




