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(旧:幻惑のアレース)10年間森の中でじっちゃんに稽古をつけられたあと、友達を作ってこいと能力者の学園に入学させられた  作者: MRプロジェクト
<< 1章 1節 >>【芽吹く入学1日目】

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#10【米田くんの昔の話】

(もっと早くから能力に頼らない思考力を身につけるべきだったな…)


目が塞がっているから見える景色は真っ暗だ。

けれどやけに意識がはっきりしていて、思考もちゃんとしてしまう。だから今俺は結構重たく後悔をしていた。


(はぁ……)


少なくともさっきまでの話は瞬間的に覚えておく必要のある情報じゃないと思った。

あくまで反復して覚えられる範疇のものであり、生死に関わる位置付けの話でもない。


時間的にもこれから何度も反芻して知識として定着させられる余裕がある。


だから能力を使わず聞いていたが、もうなんだろう。



曖昧だ。



今では聞いていた話を思い出しきれない程にうっすらとしている。


山田や高貴がくれた助言を参考にはしていくつもりだが、努力の仕方が上手く掴みきれないこともあり助言を思うように活用しきれていない。


「はぁ……」


そうして項垂れていると、はっきりしていた意識がようやっと身体と繋がった。


俺は重たい体を起こしながらこめかみに親指をあてがう。頭痛がひどい。


「いてぇ……」


幾度か瞬きながら目のピントを合わせていけば、足元に薄い白色の毛布がかけられていることに気がつく。


「ここは……」

「あ、起きた。ここは保健室だよ」


声がする方向に目を向ける。

そこには灰色の髪色の男の子……えっと、名前が…なんだっけ。


「……ぁ…よ…米田……くん、だった、よね」


だめだ。

さっきまで頑張ってなんとか覚えきれていたのに、名前すら断言して判断できない。


くそ……。


そんなダメダメな俺を見て、男の子は怒る……わけでもなく、どちらかといえば優しい口調で頷いてくれた。


「うん、あってる。僕は米田健二です」

「よ、よかったぁ……」

「名前忘れちゃってた?」

「………ごめんなさい。なんか、他の事もそうなんだけど、上手く思い出せなくて」

「覚えること、多かったもんね…」


米田くん。

優しい顔の米田くん。

細身の米田くん。


忘れるなぁ、俺。


名前を間違えるのも禁止。


「………」

「……」


なんとも言えない時間。

どっちかが話し出すこともなく、けれど間違いなくゆったりと過ぎていく時間。


どちらかといえば気まずいな、と感じる間。


それは米田くんも同じだったんだろう。

膝の上で重ねていた指はこの無音の中で、よくサスサスと音を立てていた。


「ぁー、お、覚えるって、難しいよね…。僕も多分華園くんと一緒だったから、わかるよ。覚えよう覚えようって思ってもどうしても限界があって、それ以上頑張っても頭に入りきらない感じ、だよね」

「そう、まさにそんな感じ。その上一度頭から弾けたら全部わかんなくなる」


米田くんは言う。


「つらいよね」


と。


「僕、実は後天的に能力が発言した人間で、それまでは非能力者として生きてきたんだ。それも、猛勉強を要してくるような家のタイプ」

「猛勉強……」


その言葉を聞いて思わずげっそりと顔がこけていく。

えずきそうになる口に手を当てると米田くんは背中をさすってくれた。


「大丈夫…? トイレ行く?」

「う、うんん。大丈夫。……それよりも米田くんの話聞きたい」

「ぁー……。うん。わかった」


米田くんは思いふけるように声のトーンを少し落として、重ねた指に目を向けた。


「まぁ………うん。勉強しろー! って家なのは僕が生まれる前から見たいで……あ、僕の上に2人お姉ちゃんがいるんだけど、2人目が幼稚園に入学する頃にはそうなってたみたい。それで3人目の僕も例に漏れず勉強しろーってビシバシ」

「厳しそうだね、ご両親」

「いやぁー。厳しいってもんじゃなかったよ」


その目には。


「怖かった。ただ……怖かった」


陰りが見えた。


「そんな家だからさ、やっぱり頑張らなくちゃいけなくて。でも、僕すっごい要領悪かったんだ。1+1を2って理解するのに1日2日かかったりするくらい。だから余計に頑張る必要があったんだ」


言葉の一言一言から滲み出る過去の憧憬。けれどその目に映る日々の数々は恐らく全て真っ黒い。

そう思わせるほどに、さっきまで見ていた米田くんの柔和な顔は強張っていた。


「辛かった」


だから、吐き出す言葉に質量を強く感じた。


米田くんは吐き出す。


「頑張って覚えよう覚えようってしても、頭は話を聞いてくれない。ページを進めても進めても、記憶に残るのはページを進めたっていう事柄だけ。1番大事な内容の部分はまっさらだったよ」


その感覚はまさに今の俺そのものだった。


ただ、間違いなく米田くんほどの重圧はない。

記憶の問題も、友達を作る目標も、俺にとってはただの一つの目標程度でしかない。


だから、俺の感覚と並べるべきではないと思う。

烏滸がましいんだ、流石に。


「勉強、やめようと思わなかったの?」


ただ、逆にだからこそ思った。

その言葉。


辛ければ辛いほど逃げたくなる。

俺は逃げたことが多々とある。


嫌な修行からは逃げて文句をつけた。

嫌なご飯は食べないようにして文句を吐いた。

嫌な暮らしには文句を垂らした。


逃げて逃げて。



……あぁ、でも、そっか。



俺、逃げたと言っても結局その輪からは抜け出せてないじゃん。



まぁそうなっていたのも、じっちゃんが俺の意見と向き合って取り入れてくれたりしてくれたからなんだろうけど。


でもじゃあ、ならば米田くんにはそんなことがあったのか。


「それは……」


とても言いにくそうに唸る米田くん。

けれど、過ぎたことだからいいやと言った風な面持ちで口にした。


「まぁ…うん。逃げたいって思ったことはー……ある。なんだったら一度家出したり……。そしたら死ぬほど怒られて、でも勉強の拘束力が緩くなるわけでもなくて」


ーーそれなのに。


「僕があの家から本当の意味で抜け出せなかったのは…多分、僕は両親に期待されているのが嬉しかった……んだと、思う」

「期待……?」

「2人の姉よりも賢くなれる。いいところへ行ける、頑張ってくれるって言う偶像崇拝的盲信。僕はこれにとても酔ってた。そのキッカケはよく、覚えてる。いや、忘れられないだけか」

「……どんなキッカケなの?」

「……。まぁ、とっても面白みのない、小さな…出来事だよ、ほんと。初めてテストで100点を取った。ただそれだけ。でもその時の褒められ方が、顔が、声が、忘れられない。それくらい鮮烈で、強烈な感覚」

「………」

「まぁそれが逆に悪さしたんだろうね。怖くて逃げようとする僕の心を離してくれなかった」


米田くんは「宝箱に閉じ込められたみたいだったよー」と戯けた口調で軽く笑いながら言った。


「まぁね。まぁ、うん。そんな時とかに2人のお姉ちゃんが助けてくれてまぁなんとか頑張って来れて、中学受験をいい感じに終えて、よしっじゃあ次は高校受験だー! って時に、能力が発現したんだ」


どこか悲しい目をしていた。

でもこれでよかったとも思っているような、難しい顔。


「能力者はあまり勉強を必要としないって言われていて、それもこれも能力者は半強制的に能力者学園に入れられるからで……。能力者が就ける仕事って大体決まっちゃってるじゃん? そのせいで一般に超優良って言われてる会社には就職できなくなっちゃってさ、まぁそれ以前に普通の高校に行くための僕の努力は水の泡になっちゃってたわけだけど」


米田くんの口から溢れでる言葉たち。

それらはどうも今まで抑えてきた気持ちの端々のようで、とても生々しい気持ちで構成されている純度がかなり高い本心なのだろうことは声色で伝わってきた。


やはり何処にも気持ちの捌け口がないと言うのは辛いものなのだろう。


閉鎖的な空間。

重たい空気。

過去と期待に縛られて、心を殺していきてきた。


それは俺とは真反対の環境だった。


「あ、あーごめん!! なんていうか暗い話をしたかったんじゃなくて、その、ぼ、僕も、本当にその覚える大変さを知ってるって伝えたかっただけなんだ!」


言葉を吐き切ってすぐ、米田くんは手を合わせながら声を荒げてそう言った。


「保健室ではお静かにー」

「あっ、す、すみません…」

「米田くん怒られたー」

「いやぁ…お恥ずかしい……」


咎められた米田くんは頭をさすりながら顔を赤くしていた。


「そ、そうだ。華園くんは、どうなの。学園に入る前とか、どう言うふうに過ごしてたの?」


そんな折、米田くんは俺の方を見てそう問うてきた。


「どう言うふうに……か…」


その質問は、答え難いもの、ではない。

でもこれが普通じゃないのは認識している。

だからそう、驚かれるのは承知で言う。


「俺は……ずっと森の奥でじっちゃんと2人で暮らしてた」

「も、森……? え、本当に森で暮らしてたの?」

「うん、ほんと」


そう強く頷けば、米田くんは何か色々な言葉が頭の中を駆け巡ったのだろう。しばらく口を閉ざしたまま目を泳がしていた。


少しの静寂の間。

そして言葉がまとまったのだろう。

たどたどしくも。


「……そっ、か。それもずっと、なんだ…。あれだね、すごく、自然なところで育ったんだね。……つまるところあれだ、天然のターザンだ」


そう言葉を連ねた。


「たー…ざん?」

「…ターザンは、わからない、のか。そっか。……まぁ、昔の有名な作品に出てくる登場人物で森の中で動物たちと一緒に育った人」

「あー、じゃあ俺ターザンかも。弱肉強食だったけど、共存はしてたし、飲み水飲むために鹿と川に行った時に鉢合わせた熊から鹿を守ったりしてた」

「リアルターザンじゃん」


慄く米田の表情は心の底から驚いているようでおもしろい。


まぁ俺の生活は間違いなく普通の人が経験していない生き方だ。物珍しさには誰にも負けないだろう。


「それにしても弱肉強食か…。なんか、生々しいな……。あ、森で暮らしてて起きたとんでもないこととかない?」


そう言われて、少し目を瞑る。


10年間だと、じっちゃんには言われた。

森に来てから。


俺に、それ以前の記憶というものは存在していない。

だから米田くんが語った両親や姉についての造形や小話なんてもっていない。

そもそも居たのかもわからない。


その代わりと、俺には森で起きた沢山の事。感じたこと、習ったこと。それらは多分に記憶している。


良くも悪くも、鮮明に覚えている。


記憶の海を泳ぎ、とんでもないことかぁ…。と唸りつつも、思い出したこと。


「クマが木のみのために三つ巴してた」

「なにそれすっごい気になる」

「その様子を見てた俺に気づいた3匹の熊が俺に襲いかかってきた」

「まさかの休戦協定」

「その日から1週間のごはんが熊肉になりました」

「ギャグ漫画かな?」


少しの間をおいておかしそうに笑った米田くんは言った。


「なんか、あれだね。華園くんって外界と離れていた割には難しい言葉とかはわかるんだね。三つ巴とか、弱肉強食とか。なんか不思議」

「あー…」


そう言われて確かに、と思った。


俺はこの語彙や言語の操り方をどこで学んだのだろうか。知識だってどこか偏ってる感覚がある。そんな謎。


けれどそれは直ぐに解明できた。


「……あ、いや、じっちゃんが見た目にそぐわず饒舌でさ、博識なのもあってなんか歪な形で覚えたって感じがする」

「ぁー…なるぅほど…? それなら、そういう事なのかな。だとしたら知識がチグハグと言うかキリハリされた感じなのも理解できるな」


それから少し談笑して俺たちは教室に戻る事になった。


「あ、おかえりー! 昇也ー! 健二ー!」

「「すっごい恥ずかしい、やめてよ蘇我さん」」


米田くんとハモるくらいにはかなり恥ずかしい思いをした。


なんだこれ公開処刑か?

ただでさえ注目を浴びるだろう教室に入る行為に緊張しているというに、こうも目立たせられると心臓がギュンっと縮んでしまう。


今にも死にそうだ。


「………」


あぁー…視線がすごい……と思ったのも束の間。

直ぐに向けられた視線の雨はサッと引いて行った。


よかった…。


「米田くん看病ありがとう。日常点に加算しておくね」


そうして教室に入ってすぐのこと。橋田先生は俺たちを見るなり米田くんにそういった。


「え? ああ、ありがとうございます」


そんな彼はそこまで評価されることなのかと、なんとも言えない声色で頭を下げる。


「えっと……じゃあ、戻ります」

「あぁ」

「じゃあ僕も」

「…華園くんはこっちに」

「え、俺ですか」


橋田先生に呼びとめられた。

え、なんだろう。


なんかしたっけ。

いやしたな、保健室へ行った。

となると、保健室行ったから減点、とか?

チームワークを見出した的な理由でお叱り…?


……そんなことはないか。


……ないよな、流石に。


先生は……うん。

普通の顔をしている。


そんな危ぶむ俺の意に反して、橋田先生は申し訳なさそうな面持ちへと変えそれを俺に手渡した。


「…これは…」

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