#0【模擬仮想戦闘訓練】
ども、鍵ネコです。
○本話は0話であり、読み飛ばして頂いても構いません。
○本話は6400字程度あります、ご注意下さい。
【注意点】
○ガッツリ戦闘を始めるのは【1年生】7月からになります。
○能力でチート無双! みたいな展開ではなく、チートを基軸に戦略を立て、武器や防具を用いて戦っていきます。
よろしくお願いします。
夕立ちの上がった、黒く、よく湿ったアスファルト。
アスファルトが意外にも柔らかいと言う事に気付けるのは、必死で逃げる為に地面を強く蹴り上げた時くらいだ。
規則正しい横断歩道に引かれた白線の配列。
へし折れ、火花を散らす向かいに立っていた信号機。
その下には、自分は献花だと錯覚している俺の左腕が落ちている。
吐き出している血の量は夥しく、色味はもう恐らく土器色か真っ白か。
いずれにしても俺の左腕が欠損した事実は塗り替えられない。
(まっじで、くそがっ…)
音を立てないように走り、裏路地や物陰を巡りながら、ようやっとキュッと包帯を締めて止血を終える。
道中は血がダラダラと溢れてしまっていて、移動の痕跡を残してしまっていた為にあいつから逃げ切れなかった。
「出てきなさい! 木っ端微塵にしてあげるわ!! ……って…あら、居ないわね。止血を終えたところね!!」
耳をガンッとつんざいてくるこの大きな声。
相変わらず蘇我という女の声はうるさく、俺はその声量に慣れきれていない。
「べっ……」
口の中で溜まっていた血を吐き出し、ついでに鼻血も拭う。
あいつが止血に気付いたからと言って特段不利になるわけじゃない。血を頼りに追っかけられない状況になった時点で俺の勝ちだ。
(この負傷は負いたくなかったが)
少し呼吸を整えて、転移の呪符を起動する。
途端、呪符を握る右手を起点に全身に青い光がまとわりつく。酷く、強く発光するその輝きは、周囲の影を怪しく照らし上げる。
そしてその輝きが一段と増した時、建物の狭間、資材の影の裏という薄暗い景色から。
一変。
夕陽が強く差し込み、風がビュウビュウ舞う、高層ビルの奥上へと移り変わっていた。
「っはぁぁあーーぁあー…」
力任せに背を後ろに押し倒せば、びちゃっと雨だまりを弾き飛ばしてしまった。
じんわりと染み込んでくる不快感。
けれど、それ以上に満ち満ちる充足感と解放感。
(あーもう最高)
後俺がやらなきゃいけない役回りは高いところから攻撃すること。これだけ。
雨上がりに充満する苔むした臭いとはもうおさらばだ。俺はあの臭いが大っ嫌いで仕方ないんだ。
霧散していく体にまとわりついていた青い光。
手に握っていた呪符は端の方から焼き切れる。
「……いててて」
全身打撲だらけに加えて左腕欠損。
深手を追い過ぎた。
柄じゃない役回りを担ってるんだから仕方ないと言えばそうで、想定内といえばそう。
けどやっぱり怪我は負うものじゃない。
うちには治癒能力を持つ人間がいない。
その点、アイツらが羨ましい。
(ちょっと休憩したいけど、そんな暇ないんだよなぁ…)
息を吐き捨てたのも束の間だった。
水の残る屋上の床にぺちっと肘を打ちつけて、脚を上手く使いながらのっそりと立ち上がる。
「………」
俺が転移の呪符を通じてやってきたのは、フィールドの中央にある最高層ビル。
【ポイントABCDの定義】
○フィールドの両端をポイントアルファ、ベータとする。
○フィールド中央を軸に見てアルファやベータよりも近く、なおかつ見晴らしがいい位置であること。
○各ポイントが十字線上に存在していること。
*以上の条件の中で最適なポイントを4つ決定。それらを時計回りにポイントA,B,C,Dと命名する。
そうした各種ポイントを、ここからなら全て見渡せる。
貯水タンクの下側にある隙間。
そこに黒い布を乗せて隠していた、無骨なエネルギー式の白い拡散狙撃銃。
それを取り出しながら連絡を繋げる。
「草加部、具合はどうだ」
草加部ヒナ。
彼女はこのチームにおける本物の狙撃手。
彼女が持つ能力は狙撃環境を整えるのに適していて、まぁただの立ち回りで使っているだけの俺とは訳が違う。
『ポイントB草加部ー、今の所大丈夫、かな。華園くんの捕捉は途切れてないし、建物内の侵入もない、位置もバレてないと思う』
「そうか」
ポイントBはベータ側。
つまりは敵の本拠地側。
本拠地の範囲はそこそこ広く、その中に入っていると事前に設定した恩恵を受けられるようになっている。
端っこから距離が離れるほどに効果は逓減するが、ないよりは全然よかったりする。
まぁそれで要するに、草加部がいるところというのは俺たちが不利になりやすい危険地帯だと言うこと。
油断大敵なわけだ。
『……にしても狙撃の体勢って疲れるね、ほんと』
だが、彼女の言葉の中に緊張の文字は伺えなかった。
「まぁ……頑張れ。俺も頑張るから」
『つーかーれーたー」
「応援してる。終わったらご飯奢る」
『あっ…恋に落ちる…音が、した』
「幻聴だ、気を確かに」
俺はホログラマーにあるマップアプリを通じて草加部がおこなってくれている華園の追跡を頼りにスコープを覗き込む。
ポイントA側に走っていく華園の姿を捕捉。
(華園さえ落とせればあとは問題ないんだ。いや…他の前衛2人も厄介だがどっちも燃費の激しい能力。自力の対応策は華園よりもちゃんとある。)
模擬仮想戦闘訓練とはいえ、実践と同等の試行錯誤であることが授業の意義。
模擬とはいえ甘えればナマな経験になるとは言えない。
だから皆んなと十全に話し合い、考えてきた。
この5人チームがよりよく育っていくために。
『こちらD地点、鳳。古賀の誘導に成功。けどすまんっ、なんかよくわかんない攻撃を食らった』
そんな折、鳳から通信が入った。
攻撃を喰らった割にはいつも通りの平然とした声色だ。
「出血状況は」
『いや、血は出てない。けど痛い、ジンジンする』
「毒か…?」
『なんだろね、俺怖いよ』
「取り敢えず解毒薬を飲んでくれ。経過報告だけ頼む」
『あいー』
よくわからない攻撃……古賀ならもう一つの能力の方もあり得るが、取り敢えず待とう。
そして、その通信に続いて志村から通信が入った。
志村の声はとても小さく、囁くような声だった。
『こちらA地点、志村。交戦を回避しながらではあるが華園を高速道路に誘導完了。恐らく誘導に関してはバレてる』
正直男のウィスパーボイスに価値はない。
(取り敢えず敵前衛3人をABDに分断した。誘導している事がバレるのはまぁ前提として考えてある。だからそこはいい。とにかく第一関門の突破が大事だった。後は第二関門……古賀の拘束と、華園の抹殺)
手に嵌めるグローブの中は嫌に汗が滲んでいた。
どうも俺は緊張しているらしい。
いや、緊張するのも当然だ。
なにせ俺もまたこの作戦における要。
プラン失敗に伴うカバープランと他のプランは用意している。
しているがこのプランのまんま進むことが最良であるには間違いないし、比較しても失敗する可能性はダントツで低い。
『古賀、結界侵入30秒前』
俺は多分いやらしい顔をしているのだろう。
そんな通信を入れる鳳に。
「鳳」
『…なに』
「絶対失敗するなよ。古賀を封じれるかどうかで今後の動きやすさが大きく変わる。くれっぐれも…失敗してくれるなよ。失敗したり想定時間未満の拘束時間なら末代まで皆んなで呪うから」
『ふざけんなプレッシャーやめろー…』
「任せたぞ」
『その重さで任せてくんなー……』
声を潜めながらも叫ぼうとする声に俺は思わず肩を揺らす。
(よし、気が晴れた…)
エネルギー式拡散狙撃銃にエネルギーを充填する。
(どんな状況であっても草加部が頭を撃ち抜いてくれる。とはいえ、相手だってカカシじゃない。狙撃の警戒は常にしているだろうし、何かを拍子に気づいて逃げることだってある。特に華園はあり得る。だから、俺が脚を欠損させる)
あいつは正直言って異常だ。能力の特異性も、練度も、そしてなによりあの身体能力も。
普通に相手をしていては敵わないのは目に見えている。
じゃあこれは負け試合なのか。
いや、違う。
それはあくまで正面から殴り合った場合の話。
今からする事は、脚を地面に引き摺り込み全方位から殴りかかるやり方だ。
(この場面を作るためにトレジャーボックスの争奪を頑張った。全部で10個のうち7つ回収している。それも自陣が必要としていた呪符全てを含んでだ。うん、かなり上々。7つという事は相手の策を2つ潰したのと同義でもあるしな)
乾く唇に水気のない舌をあてがって、音を鳴らす。
(盤面は良い方向に一応向いてる。少し気掛かりはあるが、迷うにしては時間が遅すぎた。もう既にポイントAに全てのアイテムと呪符を注ぎ込んである。後戻りはできない)
『ポイントC地点鉄橋手前、下部知です。鉄橋にてあの匂いを確認。華園くんと距離を取ってるんですけど離しきれっ…ちょ、はやっま、いやぁっ!!!』
耳の中で多重に響く下部知の嬌声。
それと同時にポイントC地点にある鉄橋から爆音と煙の出現を確認した。
いきなり飛び込んできた情報に息が詰まった。
「おい、嘘だろ。な、なんかのアイテムだろ、なぁ? なぁ、おい下部知!! 下部知!!!」
応答は、なかった。
「志村!! お前はなにをひきつけてる!!」
『い、いや! 俺の目の前にいるのは間違いなく華園だ!! ほんとっ、ほんとなんだよ!! お前も見てくれ!! そ、それに匂いも! 匂いもあるんだ!! てか草加部の追跡でそっちも見えてんだろ!! じゃあわかるだろって!!!』
「っち、クソ……」
これは完全にしてやられた。
全員やけに素直に誘導に乗ってきていた。
それ自体そもそも怪しい話で、それに関してはかなり警戒していた。
それに対する算段も考えていた。
だが、今起きている状況は惑わされてしまっていて、適切な采配が難しくなってしまっている。
(あーくそ、やっちまった。あいつらの手にある後3つの呪符、多分あれだ、この状況を作っているのは。もっとちゃんと呪符の勉強しとけばよかったっ…)
転移の呪符ではないのは確かで、考えるなら効力の大きい使い切りの呪符の中から考えるべきか。
いや、そうじゃない。
まだ考えに浸る時間じゃない。
「全員ポイントアルファに集合! 今から陽動の為の赤色の狼煙を放つ! 間違えて助けに来るなよ!!」
狼煙玉の入った銃を空へ掲げ引き金を引く。
ポシュンッと放たれる、煙と光瞬く煌めき。
空へと伸びていくそれは夕焼けと徐々に同化していく。
(ここで少し待機。……恐らくここにやってくるのは前衛を担っている蘇我。蘇我はB地点にいた。どちらかと言えばB寄りのここにいち早く到着するのはあいつのはずだ)
どれくらい待とうか。
そう思案に入り込んだ途端。
「っ"、なっ、ゆ、揺れ!?」
建物が横方向に強く激しく揺れ始めた。
それと同時に一階あたりでとてつもない爆発が発生した。
ガラスが爆散する。
微かに聞こえるジャラジャラとした音。
陽の光に当てられて、白い光を乱反射するガラスたち。そして、浮き上がる体。
倒壊。
(まさか灰田の【振動】? 小規模だと思ってたけどこんな高い威力を持ってたのか…)
感嘆を吐く暇なんて存在しない。
(まぁ仕方ない)
地面へと落下する体。
はためき流れる髪の毛や服、ズボン。
重力に正しく引き込まれていく身体。
ゆっくりと傾きを大きくしていく高層ビル。
それを背に。
俺はバサンッと大羽の毛先を優雅に伸ばした。
紺が混じる真っ黒いカラスのような羽。
それは片翼で俺の体を覆えてしまうほどの大きさ。
だから押し上げる力はとても強い。
ダンッと空気を叩き上げ一気に浮上する。
地面の方角へ引っ張られながら伸びる髪。
頬を掠める重たい空気の塊。
耳の中へ入ろうとしてくる暴れ回る風切り音。
風に全身を抑圧される感覚。
それを感じながら地面や屋上に目をくべる。
俺はいわば的になっている。
ここに近接攻撃は届き得ないが、弓や銃を利用した狙撃は届くだろう。
俺の能力は飛行速度は速いのだけれど、どうも俊敏な動きは苦手。
狙いに気づいてから避けていては当たってしまう。
だから止まる事なく、不規則に飛び回りながら辺りを確認している。
背後で完全に崩れ落ちた高層ビル。日常生活では確実に聞くことがないだろう、歪な轟々の音。
勢いよく立ち上がった土煙や瓦礫たちは、反対に飛行する勢いが落ちて落下気味の俺の顔にひっついてきた。
それがとても邪魔くさくて、バサンッと片翼で土煙を跳ね飛ばす。
「っ…!?」
それと同時に視界の隣を走った、夕陽をまとった一閃。
あれはおそらく、倒壊した建物の鉄骨。
視線を過ぎたものに向ける余裕は今はない。
こんなこと出来るのは、間違いない。
それに、地面からかなり離れているはずなのに微かに匂ってくるこの香り。
(華園お前さっきまでAかCにいたんじゃねぇのかよっ)
ビルとビルの隙間から煙が湧き上がった。
それを観測すると同時に、視界に丸々と映った華園昇也の体そのもの。
(バケモンかよっ)
あくまで華園の身体能力の高さは体由来。
この肉薄も、跳ぶであって飛ぶではない。
身体の軌道を自由に変えられるほど使い勝手のいいものじゃ無い、はず。
慌てず、冷静に。
早く、強く。
そう羽をはためかせ、一瞬で垂直方向に飛び上がりつつバタフライをするように前方へ滑空する。
(攻撃はかわせた。あの勢いと高さ的に最も近い着地地点はどこかのビルの屋上。けどそこにつくまで数秒はかかる)
だから振り返らない。
ただ、それを理解して、その時間を利用して、俺はにげーー
(ぁ……れ)
そう、意気揚々と羽を押し出したはずの俺は、どうも方向感覚を失ったようで、グルグルと洗濯機の中にいるかのような勢いで回転しながら落下していた。
(いや……これ、方向感覚を失ったんじゃないな)
これは、そう。
いきなり下半身が消失したことにより発生した、制御不能のさなかだ。
それも、地面に叩きつける攻撃の一環で失ったのだろう。
じゃないと、こんなバカみたいな勢いで落下するわけがない。
(羽、羽を、とにかく羽を広げろ!)
鳥の羽を生やす能力を持っているからと言って高所から落ちて死ななくなるわけじゃない。
そもそも、羽を有する生き物であっても落下死はするんだから当然だ。
ただ、そうなる可能性が低いのは羽があるから。
(羽はまだ、2枚残ってる)
そう。
だから俺は羽を広げて、無理やり空気を叩いた。
急速な落下に抗うために力強く。
だから、なのだろう。
「ぁ"……ぁあ…」
羽は、無惨にもパキリと折れてどこかへ飛んでいってしまった。
だが、どうやら俺は死にきれなかったらしい。
中途半端に落下死を免れつつも瀕死には変わらず。
ただ、アスファルトの様相を這いつくばりながら見つめるほかなかった。
(ただでさえ左腕を欠損してるってのに、足も…失ったのか)
動かない身体。
冷めていく体温。
浅い呼吸。
うすらぼやけた視界。
感覚の鈍い身体。
強く感じる鉄の味。
そして段々と遠のいていく周辺の音。
その中に混じるアスファルトを踏む足音と、影。
華園昇也という男が俺の目の前に立っているのだろうが、今見えるのは靴とズボン、それまでで。
その視界に映る靴やズボンの色合いは、真っ赤そのものだった。
(あぁもう、こいつのことわかんねぇ……なんなんだよお前、本当はなんていう能力なんだよ。なぁ、華園…)
もしかしたら、今見えている華園の姿も幻惑なのかもしれない。だが、体も口も動かない俺に、それを問うことはできなかった。
ただ、わかることといえば、華園昇也という男のことが全然わからないってことだけだった。