表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/41

(7)ダンジョンの清掃活動

 スラム街の更に奥まった一角。

 見る人が見れば人払いの結界が張られていると分かるその場所にやって来た俺は、とある壁の前に立った。


コンコンッ

「合言葉は?」

「『クソ虫共は焼却だ』」


 壁をノックすると聞こえて来た質問に答える。

 だけど何も起きない。


コンコンッ

「合言葉は?」

「『この作戦が成功したら結婚するんだ』」


 再び聞こえて来た質問に別の回答をする。

 しかし音沙汰なし。

 普通2回同じ質問をされて反応が無ければ間違えたと思って引き下がるだろう。


コンコンッ

「……合言葉は?」

「『俺を愛していると言ってみろ』」


 3度目の質問に答えた瞬間、周囲が暗くなり、地面が消失した。

 1秒ほどの落下の後、俺は薄暗い部屋の中に立っていた。

 部屋の中には俺の他に黒いローブを纏った人物が1人。


「久しいな"シンク"。今日は何の用だ」


 男とも女ともとれる中世的な声で話しかけてくる。

 シンクというのはこちら側での俺の通り名だ。


「最近ゴキブリが増えていると聞いた。

 発生源の情報があれば買いたい」

「あいつら、駆除しても幾らでも湧いてくるだろ」

「まあな。だが増え過ぎると畑を荒らすどころか家の中にまで入ってきやがる。

 そうなる前にデカいのとメスを始末したい」


 俺の返事を聞いてため息をつく彼。いや彼女?どっちでも良いけど。

 ちなみにここで言うゴキブリっていうのは能力犯罪者、それも他人に迷惑を掛けるタイプの犯罪者を指している。

 大きさは強さを、メスは組織的に行動している者の事だ。


「じゃりの相手をしてくれるアンタが相手だ。

 出来るだけ安くしてやりたいが、さて」

「これで足りるか?」


 コトリとテーブルの上に上級ポーションを置いてみると、彼の目が細められたのが分かった。


「……大掃除でもする気か」

「そんな気はない。俺は身の周りが綺麗になれば十分だ」

「ったく、これだから物の価値が分からない奴は面倒なんだ」


 言いながら上級ポーションを回収する。

 つまり交渉は成立ということだ。


「多すぎた分は適当にサービスしてくれ」

「はいはい。お帰りはあっちだよ。しっし」


 話は終わりだと追い出された。

 出口はどこかのビルの地下。

 扉を抜けて後ろを見れば壁しかないのだからどうなっているのかは謎だ。

 必要な事以外は聞かないし踏み込まないのが彼らと接する際のルールだ。

 どうせ聞いても理解出来ないだろうし。


ピッ

「仕事が早いな」


 端末に先ほどの情報屋から連絡が届いた。

 どうやらゴキブリは既にダンジョンに幾つも巣を作っているらしい。

 俺は足音も無くその場を立ち去った。



~~ 京都ダンジョン9階 ~~


 階段から離れた一角で若い探索者を囲むように仮面の男達が立っていた。


「おら薬草とか持ってんだろ? さっさと出せや」

「おっと救助要請出そうとか考えんなよ。そんなことしたら即ぶっ殺すからな」

「ダンジョンで死んでも死体は残らないから安心しろや」

「ドローンのお陰で家族には死亡通知は届くからな。良かったなぁ」

「ひぃぃ~~~」 


 脅されている方は尻餅をついて青褪めている。

 そして震える手でストレージから今日の探索で何とか手に入れた薬草を取り出そうとした。

 その背中を容赦なく蹴られる。


「ぐあっ」

「遅えんだよ。クソが」

「おら、まだあんだろ?」

「ごめんなさい、許してください」

「うっせぇ。こんなんじゃ腹の足しにもならないんだよ」

「ぎひっ」


 更に数度暴行を加えられ動かなくなる探索者。

 仮面の男たちはそんな彼をゴミのような目で見下していた。


「ちっ。マジでなにもねえのかよ」

「こいつぶっ殺す?」

「やめとけ。そんな事しても1円にもならんし」

「それよりも。次会った時もこれっぽっちだったら骨の2、3本へし折るからな」

「……」


 唾を吐きかけて男達は去って行った。

 こうした犯罪行為はダンジョンの上層、特にボスを倒せる実力のない低能力者しか行かない8階~10階で頻繁に行われていた。

 それより上の階だと保護者付きだったりするので面倒になるし、11階以降になると見た目に反して強力な能力者が探索をしている場合があるのでリスクが高くなる。

 特に京都ダンジョンは11階以降にはそういった犯罪者を秘密裏に消す『掃除屋』が居るともっぱらの噂だ。

 なのでちゃんと情報を得てからダンジョンに潜る初心者探索者は、ベテランに依頼して10階のボスを突破し11階で探索を行っている。

 わざわざ9階で探索しているのは、そういう情報を得ようともしない人ばかりなので襲われてもある意味自業自得だったりする。

 そしてそう言った場所を塒にしているのはチンピラだけではない。


「ボス、今日はしけた探索者しか引っ掛からねぇぜ」

「そうか」


 部屋の奥で愛用のバトルアックスを磨くボスと呼ばれたその男は、元ベテラン探索者パーティーに所属していて、37階で見つけた宝を独り占めする為に仲間を皆殺しにし、今では十数人の能力犯罪者を纏め上げていた。


「やっぱもっと下の階に行った方が良いですかね?」

「行くなら21階以降にしろよ。そうじゃないと『掃除屋』に消されるからな」

「って、ボスも『掃除屋』の噂を信じてるんですかい?」

「まあな。事実先月、下に活動拠点を移した奴らは全員既に消されている」

「……マジですか」


 犯罪者には犯罪者なりの情報網が存在する。

 そこでは主にダンジョン内を巡回する捜査官の情報や、お互いの縄張りがぶつからないようにするための大まかな活動範囲の情報が交換されている。

 偽情報ブラフも混じるそれを信じるなら、先月だけで3組の犯罪者グループが下に降りた後、音信を断っていた。

 殺った相手は不明。

 もしかしたら無言でダンジョンから引き揚げて姿をくらませた可能性はあるが、全員何も言わずにというのはおかしい。

 

「賞金稼ぎって線は? ほら『銀の弾丸』とか」

「あいつの活動拠点は関東だ。俺達くらいの賞金額の為にわざわざこっちまで来ないだろう。

 それに消された奴らの中には賞金が掛けられていない若いのも居る」

「そうなんすね」

「ここもボチボチ引き払った方が良いかもしれねぇな。

 よし、一度全員呼び戻せ」

「…………」

「どうした、聞こえねぇのか」

「…………」

ばたり


 急に無言になったかと思えば、そのまま前に倒れ込む男。

 その後頭部には黒塗りのナイフが突き刺さっていた。


「!」

キンッ


 ボスは咄嗟にバトルアックスを振り抜いて自分に向かって飛んできたナイフを叩き落した。


「誰だ!」

「……」


 通路から現れたのは黒尽くめの男。

 顔も隠されておりドローンも飛んでいない事からカタギではない事は一目瞭然だ。

 そして先ほどのナイフを投げたのもその男で間違いないだろう。


「貴様、賞金稼ぎか!」

「……」


 答えず自然な足取りでボスへと近づいていく。

 まるで散歩してるだけのようなその姿は、しかし一切音がたってない所為で幽霊のように不気味だ。


「くっ。死ねや!」

ズバッ!


 30階のモンスターすら両断するバトルアックスの1撃が、ダンジョンの床に突き刺さった。

 同時にぼとりと落ちる2つの手。

 それはバトルアックスを持っていたボスのものだった。


「あ?」


 一瞬何が起きたのか理解出来なかったボスは、それを知る前にこの世から退場することになった。

 黒尽くめの男はボトリと落ちたボスの首には目もくれず、金目のものを回収するとその場を立ち去った。

 残された死体は数分もすればダンジョンに吸収され跡形もなくなるだろう。


「これで24人。掃除も小まめにしないとダメだなやっぱ」


 その24人がどれ程の犯罪を犯してきたのかを俺は知らない。

 もしかしたら痴漢やスリ程度の軽犯罪者だったのかもしれない。

 だけど俺は検察官でも裁判官でもない。そして当然、正義の味方でもない。

 ただ俺の敵だと認定した相手をこうして消していくだけだ。

 最大の問題は、こいつら殺しても1円にもならないんだよなぁ。

 むしろ情報料とかで赤字だし。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ