(6)午前中の活動
探索者ギルドからの帰り。俺はまっすぐには戻らずにぶらぶらと街を散策する。
平日の午前中という事もあって出歩いている人はまばらだ。
どこかの営業マン風のスーツ姿の男性。
夜勤明けの看護師風の女性。
学校はどうしたのか中学生か高校生くらいの若者たち。
そして能力者と思われる人がちらほら。
ダンジョン探索に行く人は午前も午後もそれなりに居るのだけど、目的によって時間が分かれている。
平日の午前中から昼過ぎに掛けてダンジョンに行く人は主に俺みたいな薬草採集やモンスタードロップを狙う人だ。
その人達は自分の実力を弁えているというか、ほぼ毎日同じくらいの階を周回しているので負傷したり救助要請を出すことは滅多にない。
また探索者同士も顔なじみが多く喧嘩が発生することも無いので平和なものだ。
逆に夕方以降や土日に探索をする人の多くは配信を目的としている。
まぁ視聴者がアクセスしやすい時間を考えれば必然的に夕方18時から24時がピークになるのは仕方がない。
ダンジョンの入口付近には配信上がりの探索者をターゲットにした深夜営業中心の居酒屋が立ち並んでいるのも必然と言えるだろう。
そして救助要請が発信されるのは21時以降に集中している。
これは探索開始からある程度時間が経って予定より深い階層に行ってしまったり、疲労が溜まって集中力を欠いたところをモンスターに襲われたりするからだ。
だから俺がダンジョンに潜るのも昼食を食べてから薬草採集を行いつつ、そのまま深夜までってことが多い。
なので昼前の今は比較的余裕のある時間帯なのだ。
「よっ、いらっしゃい!」
行きつけの飯屋に入るとすぐさま店主のおやじから威勢のいい声を掛けられた。
「やあ繁盛してるかい?」
「まぁボチボチですわ」
「そうかい。まあ潰れずやっていけてるならいいさ」
軽口を叩きつつカウンターに座る。
店内はまだ早い時間だからか俺の他は2組居るだけだ。
ここはオフィスビルも近いし昼休みになったら混み合う事だろう。
「お水、どうぞ」
「ん、ありがとう」
小さな子供が水の入ったコップを俺の前に置いた。
そして緊張した面持ちで俺に問いかけてくる。
「今日は、何にしますか?」
「うーん、肉が食いたい気分なんだが」
「え、えっと……」
教えられてない回答をされてちょっと困っているようだ。
普通ならAランチとかB定食って注文を受けるだけだからな。
そこでふと、先日良いものを手に入れたのを思い出した。
「あ、そうだ。おやじさん、この肉を使って大盛り焼肉定食とか頼めるかい?」
言いながら先日ダンジョンで手に入れた霜降り肉の塊をストレージから取り出してカウンターに置いた。
5キロ以上あるそれを見ておやじは目を見張った。
「こりゃまた良い肉じゃないか!」
「200、いや400グラムほど頼むよ。
残った分は店で出すなり賄いにするなり好きにしてくれていい」
「本当に良いのかい!? こりゃ値段付けたら余裕で20万以上するだろ」
「おやじさんにはいつも美味い飯食わせてもらってるしな。
それに俺が料理したら折角の良い肉が台無しになる」
俺は料理が出来ない訳じゃないけど大雑把だからな。
特上の肉を使っても安売りのバラ肉を使っても結果は大して変わらないんだ。
ならやっぱりプロに使ってもらった方が肉としても本望だろう。
「まぁそう言ってくれるなら有難く受け取るが。
代わりと言っちゃなんだが、今月も飯代はタダにするからいつでも食いに来てくれよな」
「ああ、そうするよ」
受け取った肉をまな板の上に置いたおやじさんは、1センチくらいの厚みでするりと肉を切り分けた。
あの包丁、俺が使ってる短剣並みに切れ味が良さそうだ。
実はおやじさん、能力者だったりとか?
まあ料理の腕は確かなのでそこはどっちでも良いのだが。
残りの肉は丁重に保管しつつ、切り分けた肉は豪快にステーキに。
やっぱり良い肉程、シンプルに調理した方が良いのだろう。
ただ自分で焼くと微妙になるんだけど。
「ただ焼いてるように見えるかもしれないが、火加減を始め色々技があるからな」
そうなのか。
見ててもさっぱり分からないけど、結果は明白だからな。
焼き上がった肉がデデンと俺の前に置かれる。
やっぱり400グラムはちょっと多かったかもしれない。
更に山盛りのご飯と吸い物が並んだ。
「いただきます!」
言いながら早速切り分けられたステーキ肉を箸で掴み、専用の塩を付けてパクリ。
噛んだ瞬間、確かな噛み応えと共にじゅわっと広がる肉汁の旨味。そしてそのまま舌の上で溶けていくような柔らかさ。そしてそこにふっくらとした白米を頬張る。
この至福はパンでは味わえないよな。日本人で良かった……。
なんて考えながらひたすら箸を動かしてたらあっという間に食べきってしまった。
「ごちそうさま。今日も美味かった」
「おう、お粗末様だ」
美味い飯に無駄な美辞麗句は不要。
一言心からの感謝を告げて俺は席を立った。
「また来るよ」
「ありがとう、ございました」
入口まで見送りに来てくれた子供に手を振って外に出た。
無事に腹を満たした俺が次に向かったのは下町、と言えば聞こえは良いけど、要はスラム街だ。
世界的に見て日本は圧倒的に治安が良いし景気は安定しているけど、それでも職に就けない人、親に捨てられた子供、借金苦で夜逃げした人、そして犯罪者が隠れるように住んでいる区画がある。
そこは過去の災害で倒壊した建物が今もなおそのまま放置されていて、地面もあちこちひび割れているのでいつ倒壊や崩落が発生するかも分からない場所だ。
当然治安も良くない。
俺が一歩踏み込めば、あちこちから値踏みするような視線が飛んできて、すぐ興味を失って消えて行く。
かと思えばわらわらと小学生くらいの子供たちが集まって来た。
「エンカのおじさん!」
「おじちゃんこんにちは」
「おじさんだっこ~」
「よおガキ共。まだ生きてやがったか」
「あったり前だい。ってうわっ、こら撫でるな!」
「はっはっは。捕まる方が悪い」
「ずるい私も~」
聞こえ方によっては悪者っぽいが、子供たちも口ではギャーギャー言いつつ自分から手の届く範囲に来る当たり、そこまで嫌がってはいないようだ。
実は俺、ここの常連なんだ。
最初に来たのはもう5年くらい前か。
その頃は子供も大人も警戒心全開で俺の事を見て来たし、正面から俺に「人攫いは出ていけ」って襲い掛かって来た奴もいた。
どうやら過去に何度か能力者の子供を狙った人攫いが来ていたそうだ。
そのうちの何度かは大人の能力者たちで撃退したそうだけど、犠牲者はゼロではないらしい。
今でこそ警戒は解け、子供たちからは慕われるようになったけど、こうなるまで色々あった。
「それより、ちゃんと約束は守ってるだろうな?」
「もちろんだ」
「よしじゃあ整列!」
俺の声でそれまで子供らしく無秩序にわちゃわちゃしてたのに、ババッと整列する子供たち。
「約束その1。みんなで力を合わせて今日も元気に生きる」
「「みんなで力を合わせて今日も元気に生きる!」」
「約束その2。おはよう、ありがとう、ごめんなさいを忘れない」
「「おはよう、ありがとう、ごめんなさいを忘れない!」」
「約束その3。喧嘩はしても明日には仲直りすること。いじめは禁止」
「「喧嘩はしても明日には仲直りすること。いじめ禁止!」」
「約束その4。勉強大事。悪者に騙されないように賢くなること」
「「勉強大事。悪者に騙されないように賢くなること!」」
俺の言葉に大きな声で復唱していく。
過酷な環境だからこそ、守らなきゃいけないルールがあると思っている。
この約束もそうだし、俺が合図したら整列して静かにすることもそうだ。
「よし。じゃあ今日はみんながちゃんと勉強してるかテストな」
「げげげっ」
「高得点の子には肉まんをプレゼントします」
「「おおお~っ」」
飴と鞭じゃないけど、頑張ったらご褒美があると思えば苦手な勉強も頑張れる。
出来ればそんなの無くても自主的にやってくれる方が良いんだろうけど。
単純な読み書き計算は学校で教えてくれるけど、ここの子達は学校に通えない子も居る。
俺はそういう子供たちの為に定期的にここに通っては勉強を教えたり、働いてみたいって子には馴染みの店に紹介したりしている。
そして能力者の子にはダンジョンの浅い階で薬草採集をしてお金を稼ぐ方法を教えたりしている。
これで将来この子たちが犯罪に手を染めずに幸せに生きていけたら良いなと思ったりもするが、どうなるかは5年10年先の話だ。