(5)探索者ギルド
世界にダンジョンが誕生して50年。
そのダンジョンに潜る者たちを『探索者』と呼ぶようになったのはそれから10年が経った頃だと言われている。
そしてその探索者を纏め上げる組織もその数年後に誕生した。
ダンジョンという呼び名に合わせて『探索者ギルド』と呼ばれており、世界中の主だったダンジョンのある都市に支部が存在している。
もちろん俺が住んでいる京都にも探索者ギルド京都支部がある。
探索者ギルドの主な業務は、探索者の管理はもちろんのこと、ダンジョンで収集された素材やアイテムの買い取りにポーションや装備品の販売、探索者同士の喧嘩の仲裁やパーティー仲間の斡旋、災害発生時の緊急要請など多岐に渡っている。
またギルドと言えばこれ、というどこぞの風習を取り入れて、1階は酒場やカフェテリアが併設されている。
人によっては毎朝ギルドに顔を出してからダンジョンに顔を出すらしいけど、俺の場合は毎週月曜の朝に行くと決めている。
今日も朝9時を過ぎた頃にギルドに顔を出してみれば、早くも酒場でビールをジョッキで飲んでいる奴らが居た。
そんな彼らが俺の姿を見て声を掛けて来る。
「よう、【たんぽぽ畑】のエンカじゃないか。
今日も相変わらずたんぽぽの納品かい?」
「おはようジプシー。
決まってるじゃないか。今日もたんぽぽ山盛り摘んできたぜ」
【たんぽぽ畑】っていうのは俺の二つ名みたいなものだ。
初級ポーションの材料になる薬草がたんぽぽに似ていて、俺が毎回そればっかり納品しているからそう呼ばれている。
「まったく偶にはもっとデカい獲物を狙ったらどうなんだ」
「良いんだよ。俺にはこれくらいが合ってるんだ。
下手に大物狙って死んだら意味無いからな。
無理せず元気に生きて帰って美味い酒を飲む。それが大事だろ?」
「ちげぇねえな。はっはっは」
軽口を叩きながら受付カウンターに行けば馴染みの受付嬢(40代のお姉様)のリートさんが俺を待っていた。
「ようこそエンカ様。今日も素材買い取りとポーションでよろしいですか?」
「おはようリートさん。
いつもどおりまずは買い取りを頼む」
「はい。では物をこちらに」
ストレージから取り出した薬草を始めとした素材の山を、カウンターの上に置かれた買い物かごに移し替えて行く。
「……もう少し頻繁に納品に来て頂けると助かるのですが」
かごから溢れそうになる素材を見て苦笑いを浮かべるリートさん。
「いや済まない。我ながら無精者なもので」
頭を掻きながら惚ける俺。まぁいつものやり取りだ。
素材の入ったかごを後ろの職員に回して査定してもらう。
「では査定が終わるまでの間にポーションの販売を致しましょう。
今回はいくつ必要ですか?」
「解毒と初級を50、中級を10頼む」
「はぁ……困ったものですね」
「全くだ」
俺が挙げた数を聞いてリートさんの口からため息が漏れた。
なぜならたった1週間でそれだけの数のポーションを消費したということは、それだけ救助要請が頻繁に発生した証拠である。
俺自身に対しては1本も使ってはいないのだから。
「どうも最近は無茶な探索をする奴が増えたんじゃないか?」
「それはありますね。特に配信をしている方々は人気商売ですから。
無理してでもリスナーを増やそうと分不相応な階まで突撃したり変な企画を実行したりする方が後を絶えません」
「それで救助要請出してたら赤字どころの騒ぎじゃないだろうに」
有名どころの配信者なら1回の配信で数万どころか100万近く稼いでる人も居るらしい。
だけど配信だけで裕福になれる者はほんの一握りだ。
底辺配信者は儲けが出るどころか救助要請で数十万の請求が払えずギルドが運営する消費者金融のお世話になる者も多数居る。
配信者っていうのはハイリスクハイリターンなのだ。
なおギルドの消費者金融にお金を借りると、返済が完了するまで15階よりも先には進めなくなる。
結果として低階層でこつこつ薬草を採集して借金を返済するか、探索者から足を洗って別の事でお金を稼ぐことになる。
まぁ探索者が出来る能力者な時点で体力は一般の人よりも多いので、現場仕事なら十分に働き口はあったりする。
ただ、そうやって真っ当な道でこつこつ返済する奴らは良いんだ。
中には自業自得なのにグレて犯罪者になるケースもある。
そうした能力犯罪者を摘発するのは一般人には厳しいものがある為、能力者のみで構成された専門の警察機構もあったりする。
「最近治安が悪化してますので、エンカさんも気を付けてくださいね」
言いながらチラリと横の掲示板に視線を向ける。
そこには犯罪に手を染めた能力者の顔写真と金額が張り出されていた。
いわゆる賞金首というものだ。
更には『DEAD or ALIVE』(生死は問わず)と書かれた高額賞金首も何人も居た。
この情報は手元の端末にも共有されていて、狙った相手が人違いでないことも確認できる。
「……エンカさんの実力なら彼らを検挙することも可能なのではないですか?」
「いやいや、リートさんは俺を買いかぶり過ぎだって。
俺は万年低ランク探索者『たんぽぽ畑』のエンカだぜ」
「ご謙遜を。今日の買い取りにも青薔薇が混ざっていましたよね」
「運が良かっただけさ」
青薔薇ってのはあれだ。上級ポーションの材料。
当然買い取り額もたんぽぽとは比べ物にならないけど、採取できる場所もそれなりに深い階層まで行く必要がある。
「俺以外に青薔薇を納品してる人っているのか?」
「……」
俺の問いかけに何も言わずに首を横に振った。
これは答えられない、ではなく居ないって意味か。
「需要に比べて圧倒的に供給が足りてませんので、幾らでも買い取りますよ」
「俺に頼るよりも他に取って来れる探索者を育成することに力を注いだ方が良いんじゃないか?」
「一応定期的に研修は行ってるんですけどねぇ。
募集掛けても集まらないのが実情です」
「能力者ってのはどいつも自分だけは大丈夫だって思ってるからなぁ」
能力者は他の一般の人に比べて優れた身体能力があるものだから中には「自分は選ばれた人間なんだ」なんて勘違いするアホもいる。
そうでなくても他人よりも優れている自分がモンスター如きに負けるはずがないなんて考える自信家も多い。
まぁそういう奴に限って初めての探索で命を落とすんだが。
「何年か前に出来た探索者向けの専門学校はどうなんだ?」
「あまり期待は出来ませんね。
そりゃあ20階までの上層で生還できる程度には鍛えてくれますけど、一番人気は『配信学科』ですから」
「なるほどな」
要するに探索者としての腕を磨くよりも如何に視聴者を稼げる配信者になるかを教え込んでるのか。
薬草採集は地味中の地味だからな。
若者や配信者が自ら望んでやるとは思えないし、その為に深い階層に行こうとも考えないだろう。
そんな話をしている間に査定も終わった。
「ポーションの代金を差し引いた分は口座に振り込ませて頂きます。
こちらが今回の明細です」
「ああ、ありがとう。じゃあまたな」
「ご無事のご帰還をお待ちしております」
レシートを受け取って内容を確認すれば、無事に黒字になってくれていた。
青薔薇の買い取り額は7桁か。
上級ポーションの販売額が1000万を超えることを考えれば妥当かむしろ安いと言えるかもしれない。
世の中には億出しても欲しいって人も居るらしい。
そんな大金貰っても使い道がないのだが。
「今日は久しぶりに朝から焼肉と行くか」
俺の贅沢なんてこれくらいが丁度いい。