(40)ダンジョン。ユニオン。そしてレスキュー
民間レスキューの国営化に端を発した変革は、良い事もあれば悪い事もあった。
いやそれは当然か。
ただその良い悪いは人によって解釈が変わることだろう。
俺にとっての良い事といえば、救助要請が出なくなったお陰で気兼ねなく深層のダンジョン探索が出来るようになった事だ。
レスキュー活動の為に上層を中心に探索していた頃を思い返せば、弱いモンスターばかりを相手にしていたせいで腕が鈍っていたようだ。
今はリハビリ代わりに60階ボスの周回をすることで全盛期の状態まで戻ってきている。
(久々に80階ボスに挑戦するか……いや必要ないな)
これを他の人に言うと不思議がられるんだけど、別に俺は最強の探索者になりたいとか、ダンジョンを制覇して世界に名を残したい、みたいな願望はない。
無茶しない程度の程々で十分だ。
人によっては「諦めたのか」とか「老いたな」とか言ってくるけど、そんなつもりはない。
ただ俺にとってそれらが俺の幸せには繋がってないってだけだ。
「じゃあエンカさんの幸せってなんですか?
その、素敵な女性と結婚して円満な家庭を築く事とか?」
なぜか頬を染めたミスティからそんな質問をされたこともある。
あ、ミスティとはユニオン結成以来、何度も一緒に探索している。
元々は専属の護衛契約という形だった彼女との関係は、今はどちらかというと師匠と弟子に近い。
彼女は俺の指導を素直に受けてコツコツと探索を続けた結果、無事に50階ボスのソロ討伐に成功していた。
その時の配信映像と、その後の雑談配信でミスティが俺に師事したお陰だって言ってしまった所為で、なぜか俺の元に弟子入り志願者が大量にやってきた。
その結果、今は最初に立ち上げた相互互助ユニオンとは別に道場ユニオンを開講することになってしまった。
開講日は週4回。初級コースと中級コースに分けて行っている。
初級は20階ボスをソロ討伐出来たら卒業、中級は40階ボスのソロ討伐で卒業だ。
受講生には厳格なルールを設け、その一部は卒業後も遵守するように伝えてある。
「もし万が一お前達がルールを破って闇落ちした場合、責任をもって俺がその首を頂戴しに行くから覚悟しておくように」
「「はいっ!!」」
厳しいようだけど、他人に迷惑を掛けないように活動していればまず問題はない。
ただ早い人だと1か月掛からず卒業していくので受ける意味があったのかは謎だ。
卒業生たちからは後日お礼メールが送られて来た。
『先生の指導のお陰で今までの自分が如何に危険な事をしていたのか分かりました』
『ダンジョンの攻略って意外と頭使うんですね』
『ポーションは弱さの証明だとか言ってた過去の自分の滑稽さが辛い』
『先生の教えが世界中に広がればダンジョンももっと安全になると思います』
『救助要請出す人って絶対この基礎を学んでないんでしょうね』
『先生、能力者学校の講師やりませんか?』
などなど
幸いにして今の所、受講生や卒業生で死んだ人やレスキューのお世話になった人は居ないらしい。
ちなみに、ユニオンの時と同じように道場についてもマネして開講した人達が居たが、その結果がどうなったかは知らない。
少なくとも俺は前回の轍は踏まないようにするために予防線を張っておいた。
『講習の内容は非公開であり、その奥義もしくは成功の秘訣は受講生にも伝えていないので、仮に配信された内容をマネしても上手く行く保障は一切ない事を明言する。
受講生、卒業生にしても、習った事を実践し後輩に伝えることを禁止はしないが、結果問題が起きても責任は本人にあるものとする』
これだけハッキリ言ってるんだから、マネて失敗して俺に責任追及されても突っ撥ねて良いだろう。
それと最初に立ち上げたユニオンは今も無事に機能している。活動内容は若干変化しているが。
メンバーはそれぞれの事情で出て行く人も居れば新たに参加する人も居て、30~50人くらいをキープしている。
中にはメンバー同士で結婚する人も居て、まことしやかにユニオンは結婚相談所代わりになるという噂もされているらしい。
ただ俺の所ではないが、関東などではユニオン同士の派閥争いが時々起きていた。
『俺様は○○ユニオンに加入してるんだから狩場を譲れ』
みたいな感じだ。
要するに虎の威を借る狐って奴だな。
ダンジョン内に特別狩りに適した地形ってそんなにないんだけど。
強いて言えばボス部屋とかか。
あとはトラップ階を逆手にとってモンスターを嵌めるとかかな。
京都ではそういう迷惑な奴が湧いてこないのは何でだろうかって他のユニオンリーダーに聞いてみたら一言。
「京都は鬼が出るから」
と返って来た。
確かに京都近郊のダンジョンには鬼型のモンスターって多いけどな。
俺は会った事無いけど、余程強い徘徊型ボスモンスターが居る様だ。
「具体的にどんな鬼なんだ?」
って聞いたら鏡を渡された。解せぬ。
俺が不誠実な探索者相手に暴れたことなんて片手で数えられる程しか記憶にないです、はい。
げふんげふん。
まあそれはともかくだ。
これらのことが功を奏したのか、日本全体を見ても救助要請が出される件数は大幅に減ったらしい。
お陰で立ち上げ当初からパンクしていた国営レスキューも何とか機能するようになったとか。
ただ当初計画していた転送ゲート有料化による資金確保は予想通り多くの場所で頓挫した。
このままではレスキュー隊員への給与の支払いも滞りそうになり、苦肉の策として国はゲートによる集金が出来ているダンジョンにのみレスキュー隊員を派遣すると発表。
これにより人員の集中が行えたことも国営レスキュー正常化の一助になったのだろう。
代わりにゲートで集金が出来ていないのは国の怠慢が問題ではないか、レスキューが常駐するダンジョンとしないダンジョンとの不平等が発生するのは認められないなどと抗議する団体が生まれ、見苦しい争いに発展している。
そんな政治団体の争いはともかく、今では国営レスキューが居るダンジョンとユニオンが中心となって管理するダンジョンとで住み分けが完了し、野良で活動したい探索者は国営レスキューのダンジョンに向かうようになっている。
もちろんそれ以外のダンジョンに行くことを禁止している訳ではないので、どのダンジョンにも1割くらいはユニオンに参加していない探索者が居る。
そしてユニオンが管理すると言ってもそのユニオンがダンジョンを独占するという話でもない。
あくまで無茶な探索を続ける人への注意喚起であったり、ダンジョン内での犯罪行為の撲滅が目的だ。
ユニオン同士でも非常用の通信網を共有することでもしもの場合にも備えている。
だから。
ピピピピッ
【救助要請:44階。生存3名】
こうして非常時の救助要請が時々発信される訳だ。
俺はすぐさまダンジョンを駆け抜け、現場へと急行した。
「『私設レスキュー』ユニオンのエンカだ。救助に来たぞ」
今日も俺はダンジョンでレスキュー活動をしている。
人によっては「突然!?」と思われるかもですが、これにて
『こちら私設ダンジョンレスキュー事務所』
完結となります。
ここまでお付き合いありがとうございます。
最後に明日の朝にあとがきを投稿します。
完結に至った経緯やちょっとした裏話などを書く予定です。
次回作は
『「あなたも早く婚約破棄なさったら?」って大きなお世話よ!』(仮)
https://ncode.syosetu.com/n8236io/
異世界恋愛、と言いたいところですがラブ要素は当分ない予定のゆったりしたお話になる予定です。
良かったらチラ見して行ってください。