(4)救助要請してみた配信
~ 京都ダンジョン25階 ~
小さめの部屋の中では今、5人組の配信系探索者が視聴者に向けて今日の企画の内容を説明している所だった。
「さあて、無事にダンジョン25階の袋小路になっている部屋に到着した訳だけど。
今日はここからがお楽しみだ」
「今日の企画はズバリ!
『金の亡者、ダンジョンレスキューの実態調査』だぜ!!」
その発表を聞いて沸き立つコメント欄。
そのほとんどが聞くに堪えない罵倒だ。
「まあみんな落ち着いてくれ。
これからの手順を説明するからな。
まずは俺が今から救助信号を出す。
続いてレスキューが来るまでの間に2人が通路を塞いで時間稼ぎだ。
これによってレスキューの奴らは冷静さを失い偽善者の仮面に傷が付くだろう。
そして通路を突破されたタイミングで残り2人が俺と合流。やってきたレスキューより若干早く救助に駆けつけたってことにする。
さらにここに仕掛けを考えてあるけどそこは後のお楽しみだ。
さあて、無駄足を踏まされたレスキューがどういう反応をするかお楽しみに!」
~ 京都ダンジョン17階 ~
今日も俺はホームと言える京都ダンジョンで薬草採集を中心とした探索活動に精を出していた。
今日は上の階層は人が多いみたいで仕方なく17階まで来ている。
やっぱり土曜日は若者が低階層に多く集まるんだな。
学生は学校もあるので週末に遊び感覚でダンジョンに来る子供が多い。
その子らは経験が少ない分、事故を起こす可能性も高い。
そんな彼らを救済するためにレスキューに掛かる費用にも学生割や新人割なんていう制度がある程だ。
ただその子たちを騙して深い階層に連れて行き、わざとピンチにさせて救助信号を出させて、近くで待機してすぐさま救助して金を巻き上げる、なんて奴らも居るから注意が必要だ。
またレスキュー活動には国家資格が必要になるんだけど、なかにはモグリでレスキュー活動をする奴もいる。
そいつらは国が定めた基準額を無視して法外な請求をしたり、要救助者を乱暴に扱ったりするのでトラブルになりがちだ。
良心的なモグリの場合は救助はするけど見返りは求めない、っていう人も居るんだけど、そんな人が多くなったら有料で救助してる俺みたいなのが肩身が狭くなるので困る。
ピピピピッ
っと、言ってるそばから救助信号か。
【救助要請:25階。生存1名】
25階か。ちょっと遠いな。現在位置からだと直接降りた方が早いか。
ここからだと間に合わない可能性が高いけど行くしかないか。
そうして25階に降りた俺は信号を頼りに通路を駆け抜けた。
(ん?なんだあれは)
なぜか通路の真ん中でのんびり佇む2人組が居た。
モンスターと戦うでもなし、わざわざこんなところで雑談に耽ってるのか?酔狂なことで。
ただ、不思議な事に彼らが俺の姿を見つけてニヤリと笑った。
「おっと兄さん。ここは今俺達が狩りをしてるんだ」
「悪いが通行止めだぜ」
は?狩り?モンスターも居ないのにか?
よく分からないけどこっちは救助活動中だ。
「すまんが通り抜けさせてもらう」
「そうはいくか、あれっ?」
「うぉっ、はええ!!」
俺は速度も落とさず彼らの脇を通り抜けた。
抜けた先で戦闘をしてる訳でも無し、何がしたかったんだろう。
もしかして「ここを通りたければ通行料を払え」的なやつだったのか?
まぁいいや。救助信号はすぐそこだ。
そして通路から広間へと飛び込んだ俺の視界に入って来たのは4人の男性。
広間には俺が入って来た通路以外に道は無い袋小路なので、どうやら彼らの内の誰かが救助信号を出した人で間違いなさそうだ。
ただ。4人共怪我をした様子はない。
近くにモンスターが居る気配も無いし直前まで戦闘をしていた様子もない。
あと救助信号で受けた人数と合わないんだけどどういう事だ?
なにより何か揉めているようなんだが。
よく分からないけど、まずはいつものように声を掛ける事にした。
「俺は民間レスキューの井上だ。
救助信号を出したのは君達で間違いないか?」
「あ、信号を出したのは俺です。
だけど見ての通り今しがたこの3人が救助に駆けつけてくれたところです」
奥に居た少し恰幅の良い男性が答えた。
彼が要救助者らしいけど、やはり見た限り救助が必要とは思えない。
まあいいや。
「ひとまず危険はないようだし救助信号を止めるぞ」
「ア、ハイ」
なんだ? 急に白けたような顔をしたけど。
ちなみに救助信号は信号を出した本人じゃなくても駆け付けた者が操作することで止める事が出来る。
じゃないと本人の意識が無くて信号出しっぱなしって事態になるからな。
今回みたいに救助が到着してるのに更に呼ばれても困る。
「で、そっちの3人は何を揉めてるんだ?」
俺が声を掛けると一斉にこちらを向いた。
「ちっ、またハイエナが来たのかよ」
「汚らわしい金の亡者め」
なぜか2人は最初から喧嘩腰だ。
そして残りの1人はというと。
「あ、井上さん。お疲れ様です」
「誰かと思えば斉藤さんか」
顔見知りだった。
斉藤さんは俺と同じレスキューの資格を持つ探索者だ。
以前にも何度か救助の現場で顔を合わせているし、その内の何回かは協力して救助活動を行った事もある。
俺の印象では真面目で仕事熱心な人だ。
「それで、揉めてる原因は?」
「いやそれが会話が成立しなくて」
「んん?」
見たところ日本人だし日本語が通じないって感じでもない。
突然の喧嘩腰といい、モグリのレスキューだろうか。
「おい、おたくら知り合いか?」
「ああそうだ」
今度は俺の方に絡んできた。
「あんたも人助けで金を巻き上げてやがるんだろう?」
「まったく人の命を何だと思ってるんだ」
えっと?
あ、もしかしてこの人達。
「お二人はレスキュー活動時にお金を受け取らない派ですか?」
「あったりまえじゃないか!」
「人命救助は尊い行為だ。
それに金銭を求めるなど恥を知れ!」
あぁ、そういうタイプの人達か。
俺としてはそこまで毛嫌いすることも無いんだけど突っかかっては来ないで欲しい。
出来る事なら関わり合いにならないならそれに越したことはない。
続けてあれこれ言っているが、文脈がおかしいし、彼らの言葉には信念が感じられない。
ただ俺達に文句を言いたいだけって感じだ。
これは確かに会話が成立しないな。
「言いたい事が色々あるのは分かった。
それより要救助者を安全にダンジョン外に連れ出すことが最優先だと思うのだけどどうだろうか」
「え、いや、まあ、それはそうだろうが」
「なら話は脱出した後で。斉藤さんもそれでいいよな」
「あぁもちろんだ」
幸い今回の要救助者は命に別状はない。
そうじゃなかったら俺はこいつらを蹴り殺してでも要救助者を搬送していたことだろう。
でも第一救助者は俺じゃないし搬送はその人の役目だ。
ただその前に1つ確認しておいた方が良さそうだ。
「そちらの要救助者のあなた。少し確認を良いだろうか」
「なんだ?」
「救助を要請した理由を確認したいのだけど、見たところ健康そうだし、魔物と戦った形跡もない。
他の理由が思いつかないので後学のために教えて欲しいんだ」
「いやそれはその……」
俺の問いにしどろもどろになる要救助者。
この様子だと黒かな。
「あ、どうしても聞かなきゃならないって程ではないから。
代わりにこれを渡しておく」
「これは?」
「イエローカード。
無効化手続きはレスキュー協会のサイトで30秒で終わるからよろしく。
じゃあ斉藤さん。俺達がここで出来る事はもう無さそうだし撤収しよう」
「そうだな」
「お、おい。待てお前達!」
面倒くさい話し合いからは逃げるに限る。
ここに居たって1円にもならないしな。
元気に呼び止めようとする要救助者たちを残して俺と斉藤さんはその場から撤収した。
…………
残された男達は呆然と走り去る後ろ姿を見送った後、ドローンカメラに向かって呟いた。
「くっそ逃げ足の速い2人だったな」
「あれ絶対俺達に糾弾されるのから逃げてたぞ」
「だな。ということはやっぱり自分たちが普段からボッタクってる自覚があるって事だ」
「出来れば奴ら自身の口から証言が得られればベストだったんだがな」
そこへ通路を塞いでいた2人も合流してきた。
「おつかれ~」
「おう、出てった奴らの顔は撮影は出来たか?」
「すまん。速すぎて無理だった」
「まあいいさ。こっちの撮影分だけでも奴らの顔は公開出来たしな」
<そこへ悲しいお知らせがひとつ>
<彼らの顔は終始モザイクが掛かってて判別不能だったw>
「「はあっ!?」」
コメントで書かれた通り、救助に現れた2人は視聴者からはかろうじて男だったと分かる程度の解像度だった。
これはトラブルを防ぐために自分以外のカメラにはレスキュー時には自動でモザイクを掛ける処理が施されているのだ。
彼らは自分達の企画がほとんど失敗に終わったと分かって悔しがることになった。
「ところで、奴らが去り際に渡してきたこのイエローカードってなんだ?」
「3枚でレッドカードになって退場とかかな」
「いやいやダンジョンから追い出されるとか聞いたこと無いから」
「視聴者で誰か知ってる人いる?」
<ああ、まぁ。こういう【救助信号を送ってみた】系の配信では時々見かけるよな>
<あるある。むしろ何で知らないの?>
<3枚どころか次でレッドカード>
<レッドカードを渡されたら以降、救助信号を出しても誰も助けに来ないらしい>
<【レッドカード後に救助信号送ってみた】って配信も時々あるよ>
<俺この前見た。結局信号送ってから3時間経っても誰も来なかった>
このイエローカード、レッドカードはレスキュー隊員に要救助者が意図的に損害を与えた場合に発行される。
主な例としては今回のように必要もないのに遊びで救助を呼んだ場合や、駆け付けたレスキュー隊員の活動を妨害した場合、そして直接危害を加えた場合だ。
これらのカードが発行された場合、救助要請を出した際にその情報も表示されることになる。
レッドカード持ちの場合はレスキューに向かってはならない、という決まりはないが、トラブルになると分かっていて敢えて行く者も居ないのは当然のことだ。
イエローカードは3カ月、レッドカードは1年で時効になるが、全世界数百万人いる探索者のうち、レッドカードが発行されてまだ生存している者は千人も居ないと言われている。
その理由はレッドカードが発行された枚数が少ないから、ではない。
都市伝説的な噂ではレッドカードを受け取って尚探索者として活動していると死神がやってくるというが、真実のほどは定かではない。
ただ確かなのはレッドカードが時効になったケースは数える程しかないということだけだ。