(39)ユニオンの余波
俺達が発足したユニオンは、実のところ新しいものではない。
探索配信が主流になる以前は地方のダンジョンで活動する探索者の間でよく結成されていたものだ。
初期の頃は都会でもユニオンがあったんだけど、とある理由で解散となり、個人またはチームでの活動プラス民間レスキューによる救助という形に落ち着いた経緯がある。
そして今、民間レスキューが事実上廃止になった結果、改めてユニオンという仕組みが見直されることとなった。
そのきっかけになったのが俺達の配信だというのだから驚きだ。
また、普通に考えればユニオンの波及は俺達が居る関西圏から徐々に広がって行くように思えたが実際にはまず関東に飛び火した。
しかも関東の立役者が俺の名前を挙げているのだ。
『チーム【エクスカリバー】は関西で活躍中のエンカ氏の活動に賛同します』
うん?チーム【エクスカリバー】?
聞き覚えが無かったので調べてみたら先日東京ダンジョンの60階ボスの攻略に成功したチームだった。
更にその時の配信動画を見て、原因が分かった。
(そうか、あの時の勇者パーティー)
そう言えば先日のライセンス更新の際に東京のダンジョンで会ってたな。
男子1人に美女3人のリア充パーティー。
彼らは俺の顔を直接見てるし声はそのままだし、名前はあの時は井上って名乗ってたけど俺だって分かるか。
今の盛り上がり具合からして、むしろよく今まで俺の所に話が届かなかったな。
そしてチーム【エクスカリバー】というのは関東ではかなり有名な探索者であり配信者であったようだ。
彼らの配信を見た多くの探索者達によってあっという間に数十人規模のユニオンが幾つも結成された。
そして人が多く集まれば問題も多く出る。
その問題の苦情は、なぜか俺に寄せられてきた。
『ユニオン内で派閥争いが発生してる』
『スケジュール共有を悪用してストーカーや待ち伏せ被害が起きた』
『フォロー中に消費したポーションの代金を誰が支払うかで喧嘩が絶えません』
『とあるユニオンが近所のダンジョンを独占しようとしてるんです』
などなど。
更には。
『隣のユニオンの方がうちのより好待遇なんです』
『ユニオンリーダーの横暴が許せません』
『リーダーの口臭が耐えられません』
『うちのユニオン、男しかいないんです』
いや知らないし。
俺に訴えてどうしろって言うんだ。
嫌ならそのユニオンから脱退すれば良いだろう。
さて、なぜこんなに問題が幾つも出てきたかと言えば。
どうせ表面上の良い所だけを見てマネしたからだろう。
例えば『ユニオン内でスケジュールを共有してフォローしあおう』という言葉だけをマネたとする。
それだけでも幾つも問題が起きる下地が出来るんだ。
【1.共有するスケジュールはどこまでか】
プライベートな部分も共有するのか、探索計画を全部包み隠さず共有しないといけないのか、ユニオンメンバー全員に共有するのか、などなど。
俺達の所ではまず、プライベートは一切共有する必要はないとしている。
共有するのはダンジョン探索の分のみだ。
続いて別に全部を共有しないといけないとも考えていない。
偶には一人でのんびりしたい日もあるだろう。
共有先についても全体共有用の掲示板とダンジョン単位での掲示板をそれぞれ用意している。
また個別にフォローを頼みたい場合は個人間で連絡を取り合ってもらっている。
【2.共有された情報の扱いについて】
普通に考えればユニオン外の人に伝えるのは無しだ。
だけど一部の人は「やってはいけないとは言われていない」=「やって良い」と解釈する。
その結果、悪気も無く「明日俺が行くダンジョンにはAさんは32階、Bさんは26階に潜ってます」とか自分の配信でペラペラ言ってしまう訳だ。
酷い人だとユニオンメンバーの学歴や使用スキル、女性遍歴に至るまで配信のネタにしてしまうだろう。
もちろん、俺のユニオンではユニオン内で知り得た情報の一切の口外を禁止している。
【3.フォローしあおうって具体的には?】
一言でフォローって言っても何をどこまでするのかは不明確だ。
またフォローする側される側の権利や義務についても分からない。
これに関しては俺達のところでは「全て自己責任」としている。
例えばどちらかがモンスターの攻撃に遭い負傷したとする。その責任は負傷した本人のせいだ。
フォローを頼んだ相手がトラップを発動させて、結果怪我をしたとしても自己責任だ。もちろん故意にトラップを発動させたというのなら怒って当然だが。
同様にフォロー中に使用したポーションについても基本的にポーション代を請求する権利はない。
ポーション代が勿体ないなら使わなければ良いだけだ。
とは言っても重傷を負った場合、咄嗟にポーションを使わないといけない場合もあるだろうから、フォローを頼んだ相手と合流した時に、個人の判断でポーションを使って良いか、代金を請求しても良いかなどの話し合いをしてもらっている。
こんな感じでルール1つ取っても細かく決めておかないと問題が発生する。
昔あったユニオンの多くが解散になったのも同じような原因だったそうだ。
……その辺りの歴史って学校の授業じゃ教わらないのかな。
いずれにしても俺に文句を言われても困るが。
あ、それとこれだけは言っておかないと。
『ダンジョンの独占はダンジョン法違反だから探索者ギルドに通報してください』
ダンジョンの中は治外法権みたいなところがあるけど、それでも転送ゲートや階段の封鎖は災害時を除いて禁止されている。
なぜなら物凄く危険だからだ。
ピピッ
【ダンジョンニュース:本日未明から京都ダンジョン21階が複数の探索者によって封鎖された模様】
もっと地方の人口密度の低いダンジョンでやればいいのに、なぜ京都ダンジョンなんだろう。
ニュースの詳細を見ればどこぞの300人規模の大人数ユニオンが行っているらしい。
目的は21階から30階までのダンジョン資源をユニオンで専有する為だとか。
「……馬鹿なのか?」
その階なら薬草で言えば初級ポーションの素材が8割、中級の素材が2割。
モンスターのドロップ素材もそこそこの値段にしかならない。
300人で山分けすると無理して専有するほどのメリットは無い筈なんだが。
これが例えばほぼ全員が20階ボスをソロ討伐出来ない程度の実力だというのなら分からなくも、いややっぱダメだな。
専有は他のほぼ全ての探索者を敵に回す行為だから50階超えの探索者に目を付けられれば文字通り死ぬ。
京都ダンジョンの常連にはこういった他人に迷惑を掛ける行為を許さない人も居るから。
「仕方ないな」
あの人が動いたら本当に300人分の死体の出来上がりだ。
俺はため息をひとつ吐いて京都ダンジョン21階へと向かった。
~~ 京都ダンジョン21階 ~~
20階のボスを倒して21階に降りれば、20歳そこそこの青年がたむろしていた。
……ここは深夜のコンビニかな?
彼らは俺を見つけるとにやにやと笑いながら武器を手に俺を囲んだ。
「おうおっさん。ここから先は俺達『アヌウェイ』が占拠してるんだ。
痛い目に遭いたくなかったらそこの転送ゲートから地上に帰りな」
「いや痛い目って、そもそも探索者はモンスターと殺し合いをする仕事で怪我は日常茶飯事じゃないか?」
「そういう意味じゃねえよ。
俺達の邪魔をするならぶっ殺すぞって言ってんだよ」
「あー、なるほど?」
言いたい事は分かった。実現できるかは別として。
見たところ彼らの実力は、20階ボスを倒せるかどうかというくらい。
30階ボスは無理だろう。
そんな彼らでは俺に傷一つ付けられない気がする。
「よく分からないんだけど、ダンジョンの占拠なんかして意味あるのか?
普通に探索した方が稼げると思うんだけど」
「はっ。これだからおっさんは。
俺達のユニオンは『グループボリューム制度』ってのを導入してるんだ。
要するにユニオンに自分の仲間を登録すると、その登録した人数に合わせて配当が増える仕組みなんだ。
更にその仲間が別の仲間をユニオンに参加させると更に配当が増える。
そうやってデカいグループをユニオン内に構築出来れば自分自身はたいして頑張らなくても大金が手に入るって寸法だ」
「あ、そう」
「もしおっさんも俺の紹介でユニオンに参加するなら参加費15万円で口利きしてやるぜ」
「いや結構だ。
ところでユニオンリーダーはここに居るのか?」
「今日は用事があるって言ってたから事務所の方に居るはずだ」
「そうか。じゃあ帰るわ」
彼らはあっさりと踵を返して転送ゲートに向かう俺を不思議そうな目で見ていた。
すまんな。軽くよしよししてダンジョンから叩き出そうかと思ってたけど急ぎの用事が出来た。
彼らの事は別の人に任せてリーダーの方を逃げる前に捕らえよう。
まさかダンジョン探索で『ねずみ講』をやる奴がいるとはな。
その1時間後。
京都の某所で『無限連鎖講禁止法』によりユニオン『アヌウェイ』のリーダーおよび幹部が逮捕された。
同時に京都ダンジョンを専有していたユニオンメンバーも何者かに撃退され、全員国営レスキューによって病院に搬送された。
奇しくも国営レスキュー初の大仕事であった。




