(34)国営化対策(2)
話の流れ的に丁度良いので、俺はここに来る途中で考えていた事を話してみる事にした。
「ところで鈴木さんって他の探索者や配信者に知り合い居たりする?」
「え、あ、はい。それなりには」
「それならちょっと配信のネタになりそうな提案があるんだけど聞く?」
「ぜひ!」
俺の言葉に乗り気な鈴木さんに考えて来た案を披露した。
そしてその3日後。
俺と鈴木さんことミスティは揃って京都ダンジョン1階へと来ていた。
俺達の他にはミスティの呼びかけに応えてくれた配信者が7名ほど来てくれた。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう!」
「どういたしまして」
「何か面白い企画をするっていうから楽しみにしてるわ」
「国のせいでどこもお通夜モードの配信業界を盛り上げたいしな」
<中堅の配信者が8人。と+1人は誰?>
<おっさんはサポーター?>
<配信はしてないみたいだし>
<同時接続数の合計は約60万人か>
<みんな最近の救助要請してみたネタは飽きたみたいだからね~>
よしよし。思い付きで提案してみたけど、まずは数は集まってくれたようだ。
配信者の顔ぶれも20代前半~半ばくらいでやる気に満ちている。
「では今日の企画内容の発表ね。ズバリ、タイムトライアルよ!
これからここに集まってくれた皆には1分置きにここを出発して、20階のボス部屋を目指してもらうわ。
あ、20階のボス部屋前がゴールだから間違って部屋の中に入らない様に。
第1回の今回は純粋なスピード勝負で妨害とかはなし。
途中遭遇したモンスターを倒す倒さないは各自の判断で良いけど、モンスタートレインで無関係な人を巻き込むのは厳禁よ。
万が一、途中で事故って救助要請がしたい場合はここに居るエンカさんに連絡をすること」
「俺は全員が走り始めるまで1階に居るから、呼ばれても到着まで少し時間が掛かるだろうから注意してくれ。
それと俺以外も前を走っている人が救助を求めていたら競技を中断して助けること。
これが絶対条件だ」
俺の発言にちょっとコメントがざわついた。
<レース物って言ったら他の走者に手を貸すのは普通無いよな>
<勝利の為ならむしろ相手を蹴落とせが当たり前>
<その妨害し合いが楽しいって奴もいるけどな>
<そんな殺伐としたのは俺のエミリたんにはいらぬ>
<だな!>
<お前のエミリたんではないがな>
<それに今って救助要請だしても来ないから>
<そのための救済措置か>
<ソロでタイムアタック中に事故る話は良くあるし>
<確かにこれなら万が一事故ってもお互いにフォローし合えるし安心して見ていられる>
今回の視聴者は大半が良心的というか、普段からこの配信者達が好きで観ている人なので殺伐としたものよりもアットホームな雰囲気の方を好んでくれているようだ。
「今日集まってもらったのは全員30階ボスを討伐した経験のある人だから大丈夫だとは思ってるけどね。
で、最後。
ここにいるエンカさんがアンカーを務めるけど、エンカさんよりも早いタイムを出した人にはエンカさんから100万円が贈呈されるわ」
「「おぉ~~!!」」
<太っ腹だな>
<だいじょうぶおっさん、無理してない?>
<全敗したら800万円>
800万、800万かぁ。
ミスティから何か勝者への景品は無いかって聞かれてじゃあって答えてみたんだけど早まっただろうか。
一応ホームの京都ダンジョンで開催してるので若干有利ではあるが、事前に20階までのマップは共有済みなので全員が最短ルートを走るのはほぼ確定だ。
その中で勝たないといけないので気合をいれねば。
「なお、エンカさんは私以外の皆の実力を知らない、で良いわよね?」
「ああ。直接会ったことは無いし、失礼だが配信も見たことは無い」
「それと皆には前情報だけど、私はエンカさんに勝つ自信は全くないわ!」
「ちょっ、そこはそんなに力強く言う所なのか!?」
<ミスティより速いっておっさん何者!?>
<確かミスティはスピード特化型だったよね!>
<先日のミスティの30階ボスの配信を見てた奴はおっさんのチート具合を知ってる訳で>
別にチートは使ってないけどな。
探索者の中では俺は上の下くらいだと思う。
俺くらいの実力なら丹念に探索を繰り返してれば誰だってなれるだろうし。
「では説明はこれくらいにして早速始めましょう。
走る順番はくじ引きで決定するわよ。
といっても一番モンスターに遭遇する可能性の高い1番目は私が担当するから2番目以降を決めて行くわ」
「よっ、俺は3番か」
「私7番♪」
「ふむ、2番か。ミスティ追い越してしまっても構わんのだろう?」
「もちろんよ」
順番にくじを引いて順番が決まる。
ちなみに今、配信画面は9分割されて俺を含めて全参加者の様子が映し出されている。
「じゃあ行ってくるわ。
後のこっちの段取りはエンカさんよろしくね!」
言うが早いかミスティが走り出していった。
それと同時にストップウォッチが計測を始めている。
俺達はミスティの走りっぷりを眺めながら、1分経ったところで次の走者がスタートした。
「これ見る側は段々大変になって行くんだな」
「そうだな。
ただモンスターとの戦闘もそんなに無いし、見てる側は退屈してないだろうか」
<マラソンの観戦よりもずっと楽しそうだから大丈夫>
<ミスティとグレソンだけ見ても走り方が全然違うし面白い>
<分かってはいたけど、ミスティの風魔法による疾走は速いな>
<もう3階に到達してるし>
<てかグレソン追い越すどころか引き離されてるんだけどw>
ふむ、素人企画だったけど意外と好評なようで良かった。
第3走者が走り始めたところで残っているメンバーで雑談配信みたいな感じになって来た。
「今回の話の企画はエンカさん、だっけ。
これはやっぱりあれかい?国の政策への当てつけみたいな」
「ちょっとはそういう側面もある。
それと20階や30階までなら走り抜けてもそれほど時間は掛からないっていうのを広めようかなと思ってな」
「確かに頑張れば30階まで急げば2時間掛からず行けるだろうし十万円以上払うより走った方が良いってなるか」
「え、2時間? 30分の間違いじゃないのか?」
「いやいや30分じゃ20階もギリだろ」
「え?」
「え?」
何やら話がかみ合わなかった。
そうこうしている間に順調にスタートして行く参加者達。
配信画面を見れば今だトップを走りつつ、モンスターを倒しているミスティの姿が映っていたり、第2走者のグレソンが第3走者に追いつかれそうになっているのを視聴者がコメントで煽っていたりとなかなか面白い事になっている。
ただ、思ったよりも全員の進みが遅いな。
このまま走り始めたら発案者の俺がぶっちぎりになって白けそうだ。
「あーあー、予定変更して俺のスタートは計測開始はそのままに動き出すのは先頭のミスティが10階ボスを倒してからにするから」
『『なんだって!?』』
<言葉の意味は分からんがとにかく凄い自信だ>
<おっさんどんだけ!?>
<これで雑魚だったらウケるな>
結局競技開始から13分経過したところでミスティが10階ボスの討伐が完了した。
ハンデは5分か。
20階のボス部屋手前がゴールなのでおおよそ25分くらいがボーダーとなるだろう。
……まぁ行けるか。
「よし、じゃあ今から走り始めるぞ」
ちゃんと宣言してから俺は一歩を踏み出した。
流れる景色を横目にコメントを眺めてみる。
<ちょっ背景の動きが1人だけ変なんだけどw>
<競輪だと思ってたらF1だった件w>
<ミスティでも十分速いと思ってたんだけど桁が違うだろ>
<マジでチート案件>
<おっさんの皮を被ったモンスターだったのか>
なんか酷い言われようだ。
ともかく競技開始から21分、走り始めてから8分で無事に10階ボス部屋へと到着した俺はボスをなで斬りにして走り抜ける。
11階に降りたところで俺の前を走っている参加者の後ろ姿を捉えた。
<うわ、みっちー後ろ後ろ!>
<追いつかれる!!>
「ちょっ、嘘でしょ!?」
「また後で!」
<並ぶ間もなく走り去っていったし>
<赤い彗星も真っ青だな>
<いや赤なのか青なのかどっちかにしろやw>
後ろから「ぬおおおっ」って気合の入った声が聞こえる。
よしよし、やっぱりそれくらい本気になって貰わないと盛り上がらないしな。
レース物は熱いデッドヒートが観客を喜ばせるんだけど、現在の所、第4走者~第6走者がお互い近い位置で競い合っていた。
どうやら第4と第6が瞬間加速系のスキルを持っていて抜かし合いつつ、魔力とスタミナ切れで第5に追いつかれるのを繰り返しているようだ。
爆発力って意味では第4や第6が優勢だし、パワーって意味では恐らく第2のグレソンが勝っているので一概に誰が一番強いとは言えないところだ。
こうしてみると最初から今に至るまで継続して風魔法で速度強化しているミスティの走りが安定しているのが分かる。コーナリングも鮮やかだし。
そして開始から25分。
無事にミスティが1番乗りで20階ボス部屋前に到着した。
『こっちは到着したわよ』
『くっ、25分て、普通にレース出れる速度だぞ』
『しかも道中のモンスター倒しながらでそれとかヤバいな』
『私らほとんどモンスターの居ない道をひたすら走ってるのに追い越せるか怪しいわ』
<風魔法使いは速さが命だからな>
<ちなみに20階までの到達最速時間って何分?>
<ダンジョンによって各階の広さが違うから一概には言えない>
<京都ダンジョンは確か22分くらいだったはず>
<ミスティより速い奴がいるのか>
<いやおまえらあのチートなおっさんを見ろよw>
<22分どころか20分切るんじゃね?>
いやうん、上層は大体1階1分フラットでいつも走り抜けてるから20分足らずで20階に行ける見込みだけどさ。
多分俺みたいに特に申告してない奴が居るから、俺より速い奴も世の中沢山いるだろう。
なんて考えながら走ってた俺の視界の端で赤いものが見えた。
「チッ」
慌てて急ブレーキを掛けつつ横の路地に飛び込んだ。
<え、どうしたおっさん>
<突然のコースアウトw>
<トイレか?>
<まぁルート決められてる訳じゃないから反則負けではないけど>
<どこまで舐めプすれば気が済む、って違った!>
<人が倒れてるし>
<モンスターにやられたんか?>
<救助要請しないと>
<いや今国のアホのせいでレスキューほぼ機能してないし>
<この中にお医者様はいらっしゃいませんか~>
炎上中のコメントを無視して俺は倒れている探索者に駆け寄り、周囲に居たモンスターを蹴散らしつつ初級ポーションを取り出して飲ませた。
「うっ、あなたは」
「無理に喋らなくて良い。
重傷だがこれならまだ助かる。安心しろ」
「はい、ありがとう、ございます」
テキパキと止血して負傷者を担ぎ上げた俺は先を急いだ。
18階のここなら21階まで降りて転送ゲートで戻った方が早い。
ちらりと見れば彼の端末から救助要請が出ていたのでそっと止めておいた。
(ここからは全力で行く)
そして20階ボス部屋前では状況を把握していたミスティ達が待ち構えていた。
「エンカさん。その人は無事なの?」
「今のところ命に別状はない。
それより企画の途中で済まないが俺は彼を地上まで運んでくるから後を頼む」
「ってその人抱えた状態でボスの相手をするの!?」
「そうだぜ。俺達でボスを倒して道を空けるぞ」
「こう見えても探索者の端くれだからな」
既に到着していた全員でボス部屋に突入し、瞬く間にボスは討伐された。
みんなにお礼を言いつつ俺は一足先に地上へと戻り、負傷者を近くの病院へと送り届けたのだった。
ただ、俺が去って行った後で、俺の救助姿を絶賛するコメントが大量に送られてきてたらしい。
あとミスティから1言。
『エンカさんのゴール時間、21分なんだけどどうしようか』
あ……ハンデで5分追加だから26分。
それより早くゴールしたのは25分のミスティか。
俺より早くゴールしたら100万円って言ってたな。
モンスターも障害物なら要救助者もそうだろう。
ここは男らしく払うしかないな。




