(33)国営化対策(1)
彼女からメールが届いたのは試験運用が始まってすぐのことだった。
『鈴木です。井上さん、大丈夫ですか!?』
そんな始まりから綴られたメールは、今回の政策でレスキュー活動が出来なくなったことで俺の生活が立ち行かなくなってるんじゃないかという心配が書かれていた。
こうして知人から安否を気遣われるというのは何とも嬉しいものだ。
俺自身は問題ないと返事を出したら何故か会って話すことになった。
「やあ、鈴木さん。
ダンジョンの外で会うのは先日の配信ぶりかな」
「こんにちは、井上さん。あの時はお世話になりました」
今日の鈴木さんの服装はアイボリーの半袖シャツにデニムパンツでスポーツ女子って感じだ。
探索者としてもスピード重視で舞うようにモンスターを翻弄するので、普段から動きやすい恰好を好むのだろう。
実際彼女には良く似合っている。
俺達は適当な喫茶店に入り……ここはまずはカウンターで注文をするタイプか。
「豆乳のカフェミルクを1:9で。あ、コーヒーが1ね」
「は、はい。あの、ホットミルクもございますが?」
「コーヒーが入ってる方が好みなんだ」
「畏まりました」
ほぼミルクのコーヒーを頼む人は普通居ないよな。
困惑気味の店員を置き去りにして受取カウンターへと回り商品を受け取って奥の席に陣取った。
鈴木さんもロイヤルミルクティーを注文して向かい側に座った。
「えっと、お好きなんですかそれ」
「ええまぁ。コーヒーが入ることで豆乳のエグ味が緩和されるんだ」
「なるほど。今度試してみます」
俺の注文したドリンクに興味を持ってくれたのか話の取っ掛かりが欲しかったのか。
このまま雑談だけして解散、でもいいんだけどちゃっちゃと本題に入ってしまおうかな。
「今回の政策で配信者の皆は大丈夫か?」
「正直、かなり厳しいと言わざるを得ませんね。
転送ゲートの有料化だけでも、黒字で居られるのは一部の有名配信者のみで、底辺配信者は軒並み赤字です。
かく言う私も赤字すれすれで、生活費を考えれば配信以外で収入を得ないと食べていけなくなりそうです。
今はまだ、多少の貯金がありますので大丈夫ですけどね」
それでもジリ貧に変わりない、か。
予想通りと言えばその通りだ。
毎回の視聴者からの|お布施≪スパチャ≫を大量に貰えるような人で無ければ1回の配信で合計1万円とかむしろゼロだって人も多い。
配信中のドロップアイテムや薬草の採取をしたとしても、それをメインに動いてないと大した量は確保できない。
ゲート通行料は全探索者の平均収益から計算したんだろうけど上と下の格差を考慮してないものだから、このまま行けば全体の半数以上の配信者は廃業に追い込まれることだろう。
「お金の面もそうだけど、救助要請の方はどう?」
「そっちも酷い有様ですね。
現在『救助要請してみた』系配信が増えてるんですけど、まず呼んでも全然来ないがほとんどです。
他にも救助が来ても弱すぎてむしろ邪魔、ポーションを持っていなくて重症化した、対応が下手過ぎるなどと散々な評価です」
「やっぱりそうか」
今は試験運用期間って話だけど、俺が集めた情報の限りだと元々レスキュー活動を行っていた人で今回の話に乗った人はほとんど居ない。
足りない人員は通常の探索者から広く募集を掛けたらしいけど、まだ教育が追いついておらず、人数すら十分とは言い難いらしい。
そこへ多くの配信者がいつも以上に救助要請を出せばパンクするのは当たり前だ。
「鈴木さんも先日レスキュー資格を取ったばかりなのに災難だよね。
結局、救助は出来た?」
「はい。5回中1回は無事に要救助者の方をダンジョンの外に護送出来ました。
残りの4回のうち、3回は別の方が先に救助に駆け付けたのか私が辿り着く前に信号が消えました。
そして1回はその……」
「まあ無理に言わなくても良いよ」
レスキュー活動なんて間に合わない事の方が多い。
現場に着いた時にはもう助かる見込みが無かったとか、スプラッタな状況でしたって事は良くある。
信号が消えた3回だって、救助されたのではなく全滅して救助の必要が無くなったのかもしれない。
その現実を突きつけられてレスキューを辞めるって新人は多いらしい。
「あの、私からも聞いて良いですか?」
「どうぞ」
「今後の私達の関係ってどうなってしまうんでしょう。これっきりになったりとか?」
「それ、聞きようによっては卒業を機に疎遠になる学生カップルの会話みたいだな」
「あはは」
『卒業したら今後はなかなか会えなくなっちゃうね』
『入社したては覚える事も多くて会う暇なんてないんだ』
『お互い休みの日が合わないし仕事終わる時間も遅いから、いつか休暇が取れたらその時に、なんて言ってもう半年以上会えてない。このまま別れた方がいいのかな』
などなど。ありがちと言えばありがちなパターンだ。
といっても別に俺達は付き合ってる訳でも卒業する訳でもないんだが。
「実際の所、鈴木さんが望むなら以前と変わらないよ」
「そうなんですか? でも個人での救助活動は禁止になったんですよね」
「まあね。だけど、俺達の結んでる契約は俺が鈴木さんの探索活動を支援するというもので、救助に限定したものではないから。
探索者同士で活動を支援した際に見返りを求めてはいけないなんて法律もない」
「なるほど。探索時に知人にフォローを頼んでいるだけと考えれば何も問題は無いわけですか」
「あくまで民間への救助要請が禁止になって救助費用の請求が出来なくなっただけだからね」
念のため契約書の中から『救助』の2文字を別の言葉に変えておけば文句を言われることも無いだろう。
俺の説明を聞いてほっと胸をなでおろす鈴木さん。
かと思えばため息を一つ。
「はぁ。今後のダンジョン探索はどうなってしまうんでしょうね」
「俺の見立てでは今のやり方は早々に頓挫するだろうと思ってる。
少なくとも転送ゲートの有料化は数日もすれば機械の故障で無力化すると思うよ」
「え、そうなんですか!?」
「探索者って脳筋というか機械音痴が多いから」
操作が分からず気合を入れてディスプレイをタッチしたらヒビが入ったとか普通にありそう。
ちなみに京都ダンジョンのゲート前の機械は導入2日目で故障した。
監視カメラとかドローンカメラとかあるけど、それらを掻い潜って内部構造を破壊するくらい中級探索者なら可能だから誰かが意図的に破壊した可能性もある。
今頃製造元はひぃひぃ言いながら故障の原因を調べている事だろう。
そして機械が壊れたから通行禁止だ、なんて言ったら暴動の危機だし、代わりに人を派遣してってなるとまた人件費が嵩むことになる。
まだ碌な収入が得られていない今の段階で出費が増え続けるのは避けたいだろう。
結果として転送ゲートの使用料を徴収する計画は早々に頓挫するはずだ。
ゲートの代わりにダンジョン入口で入場料を徴収しようとすると一律幾らになってしまうので、低所得者に合わせようとすると全然利益にならないし高所得者に合わせたり平均を取ると高くなり過ぎる。
そしてやっぱり機械で徴収しようとしても人員を配置しても同じ問題に陥る堂々巡りだ。
それなら所得税でお金を集めてるんだから救助費用も税金から賄えばって話になりそうだけど、国家予算にそんな余裕はないと突っぱねられるのも目に見えている。
考えれば考える程、あまりにも杜撰な計画だ。
「井上さんだったらこうしたらいいとか案あったりしますか?」
「そうだなぁ。
根本から見直すと考えればやっぱり救助要請の数を減らす必要があるだろう。
救助要請はその多くが経験が浅くて実力が足りないのに深い階に行ってモンスターにやられたとかトラップに掛かったとかだ。
だから無理をさせない為にライセンス制にするとかかな」
「ライセンス? それはどういうものですか?」
「例えば35階以降に潜るなら30階ボスをソロ討伐しないといけないとか、40階ボスに挑戦するならその階で1時間ポーションなしで探索出来る事とかだな。
それらのテスト時には上位探索者が監督に就くことで事故も防げるだろう」
「なるほど」
「後はそうだな。
今の探索者って、基本ソロかチームで他の人達との連携ってほぼ無いだろ?」
「そうですね。配信者も時々コラボをするくらいで、それ以外は連絡を取り合ったりすることはありません」
「全員で仲良しこよしとまでは言わないけど、探索者同士で助け合える環境を整えれば救助要請も減らせると思うんだ」
ダンジョン内で他の探索者と距離を置くのにも意味はある。
獲物の奪い合いもそうだし、もしダンジョン内で喧嘩になった場合、殺し合いに発展するケースもある。
それらを避けるために探索中は不用意に他の探索者に近づかないのが暗黙のルールだ。
そのせいで怪我をしても近くの人に助けを求めるって事がなかなか出来ないんだけど、何とか出来ないだろうか。




