(32)レスキュー国営化(2)
そして。議員たちの考えた法案は、序盤から躓くことになった。
「東京都で募集に応じた民間レスキューはたったの7名。
関東全域でも42名しかいないだなんて!!」
「関西はもっと酷いです。21名ですよ?!
関西にあるダンジョンの数より少ないじゃないですか」
「わ、私に当たられても困る」
日本全国のレスキュー資格を持っている探索者全員にメールを送り、今回の計画に協力するように要請を掛けたのに、返って来たのは全体の1%にも満たない。しかもその多くが拒否の回答だった。
これでは各ダンジョンにレスキュー隊を1人常備することも儘ならないし、当然1人で24時間365日勤務させるというのは無理な話だ。
最低でも1ダンジョンに5人。出来れば10人は居ないと全ての救助要請に対応出来ないだろうというのが専門家の意見である。
現状では5人どころの話では無いのだが。
「どうするのだ。試験運用開始は来週に迫っているのだぞ」
「もう一度返信のない探索者に打診してみますが、それでも望みは薄いかと思われます」
「ならば資格のあるなしに関係なく全探索者にメールを送れ。
教育なら集まった後に行えばよい」
「わ、分かりました」
追加で送ったメールにより、何とか1ダンジョンあたり4人は確保できるだけの人員を確保するに至るのであった。
…………
【要返信:国営ダンジョンレスキュー隊への参加依頼】
そんなタイトルのメールが俺の元に届いた。
内容を軽く流し読みした後、俺は不参加の旨の返信を行った。
なお、不参加の場合は理由も述べよと記載があったのでこう答える事にした。
『自身の人権を保護する為』
幸い今の時代でも人権の尊重は日本国家として第一に優先しなければならないものとされている。
故にそれを守る為というのは、国家からの依頼を断る正当な理由となりえるはずだ。
「というかこんな話に乗る奴が居るのか?」
独り言ちりながら他に2つも来ている【重要】の文字が付いたメールを確認した。
1つは日本の全てのダンジョンで転移ゲートを有料化するというもの。
料金は行く階によって異なり、11階なら1万円、21階なら5万円。そして51階なら100万円だ。
これで徴収したお金は主に先ほどの国営ダンジョンレスキュー隊の運営費に充てられると説明されている。
「性善説を唱える人なら、9割方が運営費に回ると考えてくれるんだろうなぁ」
実際には51%が回れば良い方。残りはどこぞの議員たちの懐に消えて行くのだろう。
その51%だって事務費用など今まで掛からなかった諸経費に使われ実際にレスキュー隊に還元されるのは何%になることか。
それにこの金額を考えた奴は分かっていない。
恐らく各階に潜っている探索者の収入から割り出した額なんだろうけど、今でも生活がギリギリの探索者達にこんな要求をしたら暴動が起きるぞ。
仮にそこまで行かなくても支出が増える分、収入を増やさないといけない。
そのために何をするか。今までの倍の探索を行う? 無理に決まっている。
ならどうするか。出来る事は1つ。ドロップ品などの買い取り価格の値上げだ。
例えば今は5000円程度の初級ポーションの材料となる薬草も1万円程度まで上がると予想できる。
すると原価が値上がりするんだから製品のポーションも値上がりする。
ポーションが値上がりすれば病院の治療費も値上がりして、結果として探索者以外の生活も苦しくなる。
当然ダンジョンから手に入るのは薬草以外にも各種生活必需品の材料が存在するので、それらも軒並み値上がりすることになるだろう。
つまりこれからハイパーインフレが起きることになる。
「……関連企業の株を今のうちに買っておくか」
製薬会社を始め、幾つかのダンジョン素材を扱っている企業の株を買い漁る。
うまく行けば来月には株価が倍になることだろう。
続いてもう1つの重要メールはと言えば。
【民間レスキューの段階的廃止のお知らせ】
読んで字のごとく、レスキュー活動を国営で行うので民間でのレスキュー活動を段階的に廃止するということだ。
第1段として個人での活動を廃止し、救助要請が送られてくることが無くなり、俺達がレスキュー活動を行っても費用の請求は行えなくなるらしい。
それで困る民間レスキュー従事者が居たら先ほどの国営のレスキュー隊に所属しろってことか。
「国は死体の山を築きたいのだろうか」
以前見た資料では、個人で行っているレスキュー従事者は全レスキュー従事者の8割近い。
それがごっそり無くなるとなれば、ダンジョン内で救助要請を出しても全然救助が来てくれないって事が頻発するだろう。
残りの会社で運営しているレスキューは大都市に集中しているので地方は壊滅的だろう。
まぁ、これを機に無理なダンジョン探索をする人が減れば良いんだけど、意識改革の前に物理的に減る未来しか浮かばない。
政治家からしたらそれはどうでもいい話なのかもしれないが。
俺としては、収入源が1つ減ることになるので痛手と言えなくもない。
が、実際の所そこまででもない。
通常の探索で薬草採取とモンスターのドロップ素材で食うだけなら困らないし。
「ひとまずは様子見で良いかな」
恐らく血気盛んな奴らが勝手に動くだろう。
その時に応援してやるくらいで十分だ。
一番の問題はそう、この政策が何カ月持つかだな。
~~ 京都ダンジョン1階 ~~
先の政策の試験運用が稼働し、ダンジョン1階の転送ゲート前には空港の保安検査場に設置してあるような機械が設けられていた。
先に向かった人の話によれば、そのゲートを通過する際に何階に転移するかを入力して料金を支払う仕組みの様だ。
ただ。この機械だって無料ではないだろう。
製造元を確認すればどこぞの議員と関係の深い企業のものであることはすぐに分かった。
それを確認した俺は、転送ゲートを通らずに階段へと一直線に向かった。
(走れば1階降りるのに1分くらいで行けるんだよな)
勝手知ったる京都ダンジョンだ。
各階の階段の位置、そこに至る最短ルートなどは頭に入っている。
探索者として毎日のようにダンジョンに潜っている俺達は自動車並みの速度で走ることが出来る。
「おっとごめんよ」
途中何度も他の探索者を追い抜かし、通路を塞ぐモンスターを蹴り飛ばして先へ先へと進む。
そうして1時間後。
俺は51階に辿り着いていた。
探索時間を1時間もロスすると考えると悩ましいが100万円払うかと言えばお断りだ。
「さて、久々にのんびり探索と洒落こもうか」
俺は鼻歌交じりに、とはいかないけど自然な足取りでダンジョンの探索を開始した。
それにしても。
「救助要請が無いダンジョンってこんなに楽だったんだな」
普段ならいつ救助要請が来ても良いようにと警戒しながらの探索だった。
俺がよく20階より手前で薬草採集ばかり行っているのも、薬草が不足しているっていうのもあるけど、それ以上にその付近での救助要請が多いからだ。
出来るだけ早く要救助者の元に駆け付ける為には、それより上の階に居た方が良い。
そうすれば救助に向かう途中で帰りのルート上にいるモンスターをついでに殲滅出来るし。
「今頃は俺達がやってたことを国営の奴らが頑張ってやってくれているんだろうな」
見えはしないが視線を上にやって独り言ちる。
今回の国策にどれだけの探索者が賛同して、今このダンジョンに何人のレスキュー隊員が活動しているのかは知らないが、間違いなく今までよりも少ないだろう。
各階に分散しているのか地上に事務所を構えて待機してるのかによっても到着までにかかる時間が変わるので救助成功率に大きく影響してくる。
まぁ間違いなくこれまでのようには救助は来ない。
配信してる奴らもそれを理解して危険な階には行かない様にしてくれてれば安心なんだけどな。
俺だって若者たちには元気で探索活動を続けて欲しいとは思っているし、助けを求められたら応えるつもりだ。
問題はその救助要請が国によって止められてしまった事なんだけど。