(31)レスキュー国営化(1)
その日、議会ではダンジョン法の改正についての議論が繰り広げられていた。
「昨今問題になっている民間レスキューによる救助時に掛かる費用の増加、それに伴う財政破綻者が増加している問題を早急に解決しなければなりません。
それはここに居る皆さん、異存は無いと思います」
「その事もだが問題は他にもある。
近年、救助要請数が増加の一途を辿っている。まずはそちらを解決するのが先ではないか」
「探索者人口が増えているのだ。それに比例して救助要請の数が増えるのも仕方がない」
「ならば探索者を減らせば問題が解決するのではないかね」
「お待ちなさい。探索者が減れば当然、ダンジョン産の素材が減り、値段が上昇する。
経済的にはその方が問題でしょう」
「探索者のレベルの底上げこそが重要ではないですか。
モンスター如きにやられる低レベルな探索者が減れば、自ずと救助要請も減るでしょう」
「能力者専門学校は大丈夫なのか。先日も生徒が行方不明になったとニュースになっていただろう」
「あれは生徒の暴走であって学校側に非は無かったはずでは」
議論は汲々として纏まらず、様々な意見や問題点が挙がり、更にはそれぞれの思惑により話を自分の都合の良い方向へと持って行こうとする為に泥沼と化していた。
そこへそれまで傍観を続けていた議長が立ち上がり話し掛けた。
「皆さん、お静かに。
現状まだ多くの問題を抱えている事はよく分かっています。
今すぐその全てを解決出来れば良いのでしょうが我々は神ではありません。
ですから。
まずは今回の主題である救助費用の増加問題について話すことに致しましょう」
「そうですな」
「異議なし」
議長のカリスマによるものか、彼の発言に次々と賛同の声が続く。
「では濱田君。
事前に君から提出されていた資料について説明をお願いします」
「はい」
濱田と呼ばれた男性が立ち上がり手を振り上げると、それに合わせて幾つもグラフや映像が表示される。
「まず事実として近年どれほど救助要請が発生しているか、またそれによる要救助者が負担した額がどれ程かをグラフにしましたのでご覧ください」
示されたグラフには右肩上がりに増え続ける要請数と、二次関数的に増加して行く救助費の情報が記されていた。
これを見れば年々要請を出した人の負担が重くなっていることがよく分かる。
「続いて救助要請数と救助成功率、救助失敗者数の推移です」
そこには要請数は増えるのに大した変化が見られない成功率と、急勾配で増加して行く失敗者つまり死亡者の情報が載っていた。
ただ、本来なら成功率が変わらないという事は要請数に比例して救助に成功している回数も増えているのだが、それに気づいた人はほとんど居なかった。
「見て頂いて分かる通り、救助費用は増えているにも係わらず救助に失敗しているケースが増加しています。
続いて映像を流しますが少々刺激の強いものとなっていますのでご注意ください」
流れる映像はダンジョン内で救助活動が行われているシーンだった。
『おい、救助に来てやったぞ』
『キリキリ歩かないと置いてくぞ』
『ポーション? 持ってる訳無いだろ』
『文句があるなら言っても良いんだぜ別に。
ここから自力で帰れる自信があるならな』
『げへへっ。助けてやるんだ。ちょっとくらいサービスしてくれても良いよな』
傲慢で尊大で、一部には恐喝すら含まれるそれに、議員たちは顔を顰める。
それは紛れもなく実際にダンジョン内で起こっていた出来事で、彼らの持っていたドローンカメラが撮影したものだ。
もちろんそんな人ばかりではないと思うが、この場に映されるものはどれもそう言ったものばかり。
自分に都合の良いものだけを見せるのはある意味当然とも言える。
濱田は途中で映像を止めて話を続けた。
「同様の事例はまだまだありますが、これくらいで止めておきましょう。
ご覧いただいた通り、昨今の民間レスキューの質の低下は明らか。
それなのに請求額は増え続けている。
このような状況がなぜ起きたのか。
その一番の原因は救助活動を民間の企業や個人が請け負っているからだと私は考えます。
専門家に問い合わせたところ、同様の回答を得られました」
「確かに、企業ならともかく、個人になると能力も品格もばらばら。
先ほどの映像にあったような事も頻繁に起きるのも無理はない」
「企業でも大金が動くなら裏でヤクザが手を回しているということも考えられる」
期待した通りの方向に皆の思考が流れたことにほくそ笑む濱田。
事前に根回しした何人かも良い感じに声を上げてくれている。
もちろん彼も本気で探索者の生命や財産を守るためだけにこんな事を言っている訳ではない。
自分の出した案を通し、議会での発言力を高めると共に、これから告げる事業での収入を見越してのことだ。
「皆さんの仰るように、民間に人命救助の仕事を任せている現状を変えねばなりません。
そこで私は、現在の管理委員会に救助隊を増設し、国家機関によるダンジョンレスキュー部門の設立を提案致します」
これまであったのは、レスキュー時における手順の明確化、各工程に掛かる費用の基準値ならびに限度額の制定、資格の発行など、管理を主に行う部署があるだけで、実際の救助活動は全て民間に委託していた。
これを救助活動も含めて国で運用しようという事だ。
だけどそれにも当然課題はいくつもある。
「なるほど。確かに国で運営すれば先ほどの問題は大分解決するか」
「しかし予算はどこから捻出するのですか。国家財政にはもう余裕はありませんぞ」
「それに人員の確保も問題です。日本中のダンジョンに派遣するとなると数万人は必要になります」
「ええ、分かっています」
何をするにしても人物金が必要になってくる。
それくらいは中学校を出ている程度の頭脳があれば思いつく。
「まず予算の問題ですが、こちらは現在自由に出入り出来ているダンジョンに対し、入場料という形で徴収することを考えています。
ダンジョンの1階には転送ゲートがある訳ですが、そこに関所を設け、向かう階層ごとに設定した金額を支払って頂きましょう。
そして人員については現在活動中の民間のレスキューに対して募集を掛け、厳正な審査を行ったうえで採用し、適切な教育を施した後で活動を行って頂きます」
大まかなプランを説明した後、質疑応答の時間を設ければ幾つも(予め用意しておいた)質問が飛び出してきた。
「探索者の方々から反発がありそうですな」
「そこは料金に見合ったサービスを提供すれば納得してもらえるでしょう」
「既存の民間レスキューがこちらの募集に応じてくれるだろうか」
「準国家公務員になれるのです。
収入もこれまでと違って安定すると考えれば断るはずがありません」
国家公務員。それはエリートを表す一種のステータスであり、その内の9割以上が結婚をしている事からも異性から魅力的に映る職業である。
反面、探索者の中でも配信中心に活動を行っている人たちの結婚率は5割を切っており、更に人気の低迷や探索中の負傷により生活が儘ならなくなると途端に離婚の危機に直面するという。
その2つを比べればどちらがより良い職業かは一目瞭然だ。
「草案は既にできていますので、詳細が決まり次第告示を出し、救助隊への募集、その後1か月の猶予期間を経て実効に移す予定で計画を進めたいと思います」
その発言に特に反論は出ず、計画は進められることになった。
通常こういう議会などがあっさり終わることは無いと思いますが、そんな難しい話を延々とする気も無いのでご都合主義のダイジェストという事でお願いします。