(30)抗議活動
時刻は15時を回った所。
今日の俺は何をしているかと言えば、散歩だ。
流石の俺も毎日ダンジョンに篭っている訳ではない。
とは言っても特別何か趣味がある訳でもないので特に目的も無くぶらぶらと商店街を練り歩く。
50年前の大災害は多くの死者も出たが、同時に古い建物も軒並み破壊してしまった。
お陰で古き良き時代の建物はほとんどない。
倒壊した建物を撤去して新たに建てた場所は、どこも似たり寄ったりだ。
「もうちょっと個性を出しても良いと思うんだけどな」
規格を統一すると建設が楽なのは分かるけど、建売住宅かと言いたくなる程、同じ形状の建物がずらりと並ぶのは、まるで自分が機械部品の中に紛れ込んでしまったような錯覚さえ覚える。
看板が出て無かったら即刻迷子になるだろう。
これに比べたらダンジョンの中の方が自然だと思えてしまう。
まあ俺の場合は地上よりもダンジョンに居る時間の方が長いから余計にそう思えるのかもしれないけど。
そうして街を眺め、時折お店を冷やかしてみたりしながら歩いていると見慣れた建物が見えて来た。
探索者ギルドの入ってるビルだ。
「帰巣本能というよりも、職業病みたいなものか。
それより、なんだ? 今日はイベントでもやってただろうか」
ビルの前には大勢の人だかりが出来ていた。
年齢は学生から大人まで幅広い。
その内の何人かは看板を掲げ、たすきを掛け、そして全員で口々に何かを輪唱している。
「探索者達に救済を!」
『救済を!!』
「民間レスキューの横暴を許すな!」
『横暴を許すな!!』
「ダンジョンに救う追いはぎに正義の鉄槌を!」
『正義の鉄槌を!!』
それを聞いた俺はため息をついた。
なんてことはない。年に数回行われているデモ活動だ。
内容はその時々によって少しずつ違うけど今回は民間レスキューに対するもののようだ。
デモに参加しているのは、探索者も居ればその家族もいる。そして全く無関係な人や宗教団体なんかも混じっている。
それと多分だけど何処かの企業から依頼を受けた工作員なんかも混じってるんじゃないかな。
こういうデモ活動のほとんどは、参加している人自身に何か見返りが返ることは少ない。
強いて言えば堂々と街中で大声を出して憂さ晴らしが出来る程度か。
本気で何かを変えたいのであれば、こんな事よりも署名活動でも行って役所に嘆願書を提出する方が賢明だ。
それなのになぜこんな事をしているか。
多分裏で扇動している人もしくは組織が居るからだ。
俺には理解できないが何らかの利益が発生するのだろう。
「ま、俺には関係のないことだ」
俺も民間レスキューとして活動しているが、だからと言って彼らが直接俺に何かをしてくることは無い。
仮に地上で文句を言ってきても無視するだけだし、物理的に攻撃してきたら過剰防衛にならない範囲で撃退するだけだ。
昔は能力者が非能力者に対して少しでも手を出すと即逮捕になる時期もあったけど、それで増長した人達が我慢し過ぎてブチ切れた能力者にボコボコにされたのをきっかけに法整備が行われた。
法の内容はどちらかを擁護するものではなく、物理的精神的どちらにおいても手を出したなら反撃されるのも覚悟しろ、というもの。
『右の頬をぶつなら左の頬を爆散されても文句を言うな』
ちょっと過激なプロパガンダだけど、分かりやすくて市民からの受けは良かったらしい。
お陰で今はそれほど能力者と非能力者での争いは聞かない。
代わりに能力者同士のバトルが公式スポーツ化してたり、裏闘技場みたいなのがあるって噂も聞く。
俺の場合、他人の能力にはちょっと興味もあるけど、自分で戦いたいとは思わないな。
っと、それよりも早めにここを離れた方が良さそうだな。
「あのすみません。アンケートにご協力いただけますか?」
しまった。
離れるのが遅れたせいで面倒なのに声を掛けられた。
声を掛けてきたのは20代半ばの女性。
顔やスタイルも良く、服装も芸能レポーターっぽく決まっている。
純粋な好意で話し掛けられたのなら喜ぶ若い男性は多いだろう。
だけど俺からしたら打算と下心にしか見えない。
なのでこういう時の返事は決まっている。
「お断りします」
「簡単な質問に答えて頂くだけでいいんです。
1分も掛かりませんから」
「そうですか」
すげなく答えてそのまま歩き去ろうとする俺に追い縋ってくる女性。
俺の「そうですか」を「ご自由にどうぞ」とでも受け取ったのか、横に並んで更に話しかけて来た。
「お兄さんは現在のダンジョンレスキュー制度についてはご存じですか?」
「ええまあ」
「民間レスキューに救助を依頼した場合、100万円以上の高額請求をされる場合があることはご存じですか?」
「そうですね」
上の空で適当に返しておく。
というか俺も民間レスキューの端くれだし知ってて当然なのだけど。
高額請求だって例えば50階で6人を救助して全員にポーションを配りつつ転送ゲートまで搬送したとなれば、ダンジョン保険に入って無ければ100万どころか200万超えの請求になる。
保険に入って3割負担となれば、それでも60万以上だ。決して安くは無い。
「全国で数十万人の探索者がこの救助費用の支払いの為に困窮している事はご存じですか?」
「それは凄いですね」
何が凄いってそれだけ多くの人が民間レスキューによって救助されていることがだ。
全国の民間レスキューの皆さん頑張ってるんだな。
だけどそのインタビュアーは俺の返事を別の意味で捉えたようだった。
「それなら民間レスキューは救助費用の請求を取り下げる、または減額すべきだと思いませんか?」
「思いませんね」
「え?」
いや「え?」じゃないから。
そんな当然のことに驚かれても逆にこっちが驚くって。
「なぜ思わないのですか?」
「当然の権利だからですね」
「権利!? 不当な請求をする権利が民間レスキューにはあるというのですか!」
「正当な請求なら問題ないのでしょう?」
例えばA地点からB地点まで荷物を輸送する金額が100万円だとして、その条件で契約をして荷物を輸送したとする。
いざ荷物を輸送し終えたら、やっぱり100万円は高いから安くしろって言われても、事前にその条件で契約したんだから100万円を請求するのが正当ってものだ。
民間レスキューによる救助費用だって、ドローンカメラ購入時、探索者ギルドに登録する時、ダンジョン保険に加入する時の3回は説明を受けてる筈だし、学生なら学校の授業でも教科書に記載されている。
それなのに聞いてない、不当だと言われても困る。
「それより、どこまで付いてくる気ですか?」
「もちろんアンケート調査が終わるまでです!」
清々しいほどに言い切ったよこの人。
ちなみに最初に言ってた「1分も掛かりませんから」は余裕でオーバーしている。
あまりにも邪魔なら走って突き離すのも手なんだけど、もっと楽な方法がある。
俺はドローンカメラを起動しながら彼女に問いかけた。
「この先はダンジョンです。
俺はあなたを守りませんから、付いて来るなら自分の身は自分で守ってくださいね」
能力者以外はダンジョンに入ってはいけないという法律は無いし、3階くらいまでなら能力者じゃなくても腕に覚えのある人なら生き抜くことが出来る。
銃火器で完全武装してれば中層くらいまでのモンスターも倒せる。トラップで死ぬけど。
それに彼女が実は実力のある探索者な可能性は0.001%くらいはあるし、俺に何か彼女の行動を強制する権利はないので警告だけして返事を待たずにダンジョンに踏み込めば、恐る恐るという感じで付いて来た。
「あなたまさか、民間レスキューなの?」
「さあ。それに答える義務はありません。
救助要請を出してみればもしかしたら救助に行くかもしれませんよ」
「そんな事言われてもどうやって救助要請を出せば良いの?」
「ドローンカメラか端末のアプリで出せます」
それくらいは探索者であれば小学生でも知っている。
つまり彼女は探索者ではないということだ。
そしてそんな話をしている間に転送ゲートに到着した。
俺は振り返って軽く睨みながら冷たく言い放つ。
「この先はモンスターも居ればトラップもあります。
分かりやすい言葉で言い換えるなら、戦場です。
無防備に立ち入れば死にますよ?」
「わ、私を脅すつもり!?」
「いいえ、ただ事実を伝えただけです」
「民間レスキューを擁護するあなたの言葉なんて信じません!」
……ん?なにか変なスイッチが入ってるっぽいな。
謎の正義感と、怒り?
幾つかの感情が入り混じった視線を感じる。
この様子だと彼女自身が民間レスキューに何か思うところがあるようだ。
まあ俺が気にすることでも無いか。
「ではこれから11階に飛びます。
そこに居ると転送に巻き込まれるので1歩下がってください」
「ふんっ。私の事は気になさらず」
「そうですか」
ならそうするか。
俺はゲートを操作して11階に飛んだ。
その後ろにはインタビュアーの彼女も居た。
「ここが、ダンジョンの深層」
いやまだ上層だから。
ダンジョンの雰囲気に中てられて変な事を言わないで欲しい。
「1階に戻る時はその石に手を置けば戻れますから。では」
彼女を置いてサクッと先に進む。
流石にこれ以上は冗談にならないからな。
彼女だって1人だけで先に進もうとは思わないだろう。
しかしその思いも虚しく少しもせずに後ろから悲鳴が聞こえて来た。
「きゃぁぁああ」
しかもその悲鳴がこっちに近付いてくる。
振り返ればさっきの人がモンスターに追われてこっちに走ってきていた。
はぁ。仕方ない。
俺は彼女の方に踏み出し、そしてすれ違うと同時に彼女の腕を掴んだ。
「え、何で!?」
「それ以上離れないでください。死にますよ」
答えながら近づいて来たモンスターを蹴散らす。
所詮は11階のモンスターだ。片手が塞がっても問題なく倒せる。
それより恐怖で前を見ずに走られると今度こそ助けが間に合わないかもしれない。
ただそのせいですぐ近くでモンスターが切られる所を観戦することになったけど。
「あ、あ、あの」
「もう満足ですか? なら帰りますよ」
「……はい」
顔を青くしながら大人しく従ってくれた。
これでまだブツブツ言うようなら今度こそ捨てていくところだった。
「民間レスキューっていうのはこういうモンスター蔓延るダンジョンから負傷した探索者を救助する仕事です」
「……」
道を戻りながら言ってみたけど返事はなし。
もしかしたら少しは民間レスキューの印象が良くなるかなと思ったけどこれは期待薄かな。
「じゃあ気を付けて帰ってください」
ぽいっとダンジョン外に放り出してきた。
流石にこれ以上は付き合っていられない。
彼女も若干放心状態だしもう付きまとってくることも無いだろう。
俺はその足でまたダンジョンへと戻るのだった。




