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(29)欲望の檻(後編)

 通路の隅にゴロンと転がるドローン。

 俺はそれを拾い上げ、そのカメラレンズに映った景色に目を見張った。


「青薔薇がない」


 振り返れば確かにそこには青薔薇が咲き誇っていた。

 だけどレンズ越しに見れば全然違う。

 地面には不気味に赤く明滅する茨があるばかりで世界樹もない。

 5人の要救助者の足はその茨に絡みつかれている。

 2つの全く異なる光景。

 それが何を意味するかと言えばあれだ。幻覚。ダンジョンの代表的なトラップの1つだ。

 ただそうだと分かっても解けないっていうことはかなり強力な幻覚だな。

 

(俺も幻覚を見てるってことはここに居たら危険か……いや)


 軽く目を閉じて自分の体調を確認すれば正常だ。

 さっきまでの催眠状態は解除されたし残ってるのは視覚異常だけ。

 多分ここを離れればすぐに回復するだろう。

 しかしそうなると次の問題は。


(彼らを救助できるだろうか)


 民間レスキューとしては救助要請が出されているし、その要請を受けてここに来た俺には彼らを助ける義務がある。

 彼ら自身が救助を求めていないとしても、それは正気を保っている確証があればこそだ。

 今もさっきの俺みたいに催眠状態になっているなら彼の言葉は聞くに値しない。

 なら後の問題はどう助けるかだけど。


「ふっ」

スパパッ


 ひとまずさっきから俺に怒鳴っている彼に巻き付いていた茨を切り落としてみた。

 これで問題なければ後はここから遠ざければ回復する可能性はある。

 しかしその期待はあっさりと破られた。


「ぐおおおおっ」


 突然、苦悶の叫びを上げたかと思えば、ばたりと倒れてそのまま動かなくなった。

 どうやら命を落としてしまったらしい。南無。

 と冷静に状況を見ている場合じゃないな。

 残りの4人が殺気を纏いながらゆらりと立ち上がった。


「おいみんな。ユウトの奴があの男に殺されたぞ」

「ええ見たわ。きっと私の宝石を横取りする気なのね」

「私の美しさに心を奪われたのかしら」

「俺様のハーレムは渡さねぇ!!」


 それぞれ別の事を言いながら俺に武器を向ける4人。

 対する俺はどうすれば良いか迷っていた。

 なぜならまだ彼らを助けられないと決まった訳ではないからだ。


「おら死ねこの泥棒野郎!」

「っと」


 男の大剣を弾きながら考える。

 単純に茨を切っただけではダメ。ならポーションを飲ませながらならどうだろう。

 といっても元気にこっちを攻撃してきてるのに飲ませる余裕はないか。

 そもそも茨を切り離したら死ぬってどういう状態だ?


「くらいなさい『アイスニードル』」

「逃がさない『フローズンウォール』」

「あぶなっ」


 退路を塞ぐ氷の壁を切り飛ばすことで何とか2人がかりの氷魔法の連携を回避した。

 この魔法の冴え、流石は56階まで来れる探索者なだけはある。

 言動や操る武器の鋭さから考えて、死体を操られているって事は無いと思う。

 ならこのトラップを正しい方法で解除すれば助けられるか?

 それを調べるにしても彼らに一度攻撃を止めてもらう必要がありそうだけど。


「もらった!」

「あっ」

すぱっ


 考えながら動いていたせいで俺と同じ短剣使いの動きに対応が遅れた。

 足元の死角から影が伸びるように短剣が突き入れられるのを寸前で身を回転させることで避けた。

 ただ咄嗟の事につい反射的に俺も短剣を振り抜いていた。

 すれ違うようにお互いの位置を入れ替えた時、そいつの腕がボトリと落ちた。


プシュッ


 一瞬遅れて切り口から青い血が噴き出した。

 それを見た瞬間、俺のやることは決まった。


「この野郎。よくも俺の腕を」

「……」


 腕を切られて振り返った男の首を無言で切り飛ばす。

 その切り口からもまた、青い血が流れ出ていた。

 崩れ落ちる体を無視して残り3人に迫る。

 

「ひ、ひぃぃぃ」

 

 今、彼らに俺はどう見えてるんだろう。

 その瞳は明らかに恐怖に染まっている。


「くそっ。来るなこの殺し屋がっ」


 剣を振り上げて近づいて来た男性の首を、その両腕ごと切り飛ばした。

 思った通りこちらも青い血をまき散らしながら倒れて行った。

 残る女性2人は泣き叫びながら後ずさっている。


「いやっ。来ないで。私達が何したって言うのよ、この人殺し!」

「ここにあるお宝は全部あげるから、命だけは助けて」


 慎重に歩みを勧めながら、彼女らの命を絶って行った。

 いや、恐らくこのトラップに強引に生かされていただけっぽいから既に人としての命は終わっていたと言っても良いのか。

 やっていることは命乞いをする女性を襲う殺人鬼のそれなのだけど。


「こういうのは犯罪者を殺すのとは違って後味が悪いな」


 放置しても良かったのかもしれないけど、成仏させるという意味ではきっちり息の根を止めるべきだろう。

 そして。この悪質なトラップの本体は……あれだな。

 俺は世界樹に見えていた木の根元を短剣で突き刺した。


『オオオォォ』


 暗い叫び声を上げて茨が消えていく。同時に探索者達の遺体も。

 それを見届けた俺は足早にその場を後にした。



~~~~



「結局どういうトラップだったのかしら?」


 俺の話を最後まで聞いたミスティは、恐らくほとんど分かっては居ても視聴者にも分かるようにと質問してきた。


「あれは人間の欲望を利用した罠だ。

 多分かなり広い範囲があの罠のテリトリーだったんだろう。

 そこに足を踏み入れた探索者の潜在意識を探り、近付いて来たところでその探索者が苦手だと思っているモンスターを用意して接近を妨害する」

「って、そこから既にトラップだったの!?」

「まあな。

 だから俺の時は小型の数で攻めるモンスターだったし、救助要請を出した彼らの時はデーモン型のモンスターが出てきたんだ。

 きっとミスティ相手だったらゴーレム系の防御力が高いモンスターが出て来ただろう」

「うっ、確かに苦手ね。風魔法あまり効かないし」

「ちなみに催眠作用を引き起こす薬も薄い霧状にしてこのモンスターが撒いてたんだろう。

 戦闘中はそこまで意識を配れないからな。

 そして苦労して倒した先に、その人が最も求めるお宝の幻影を用意しておく」

「その人が求める……あ、だから人によって見ているものが違ったのね」

「そうだ」


 そのお宝が俺にとっては青薔薇や世界樹だったし、要救助者の彼らにはお金だったり宝石だったり絶世の美女だったりしたのだろう。


「そしてそれを見て思う訳だ。

 『苦労してモンスターを倒した甲斐があった』

 『さっきのモンスターはこれを護っていたのか』

 ってな」

「ボス部屋で良いものがドロップしやすいのと同じ原理ね」

「ああ。そうして無警戒に近づいて来たところを茨で絡めとり、棘から毒を流し込んで生きたまま自分の養分にしていたんだろう。

 もしくは宝を守る番人に仕立て上げたか」


 催眠状態でなおかつ自分が求める最高のお宝が手に入ったんだ。

 もうそこから動きたくないって思うだろうし、後からやって来た奴に奪わせてなるものかと全力で戦ってくれる。

 それと青い血が流れてた事から、血液ろ過装置のようにあの茨が心臓の代わりに血液を循環させていたのかもしれない。

 そのせいで最初の男性は茨から開放された瞬間に死んだ。

 そして体中の血液が人間のものでなくなっている以上助かる見込みは無い。

 だから残りの4人も一思いに殺した。

 その説明を聞いて、そこまでは納得していたミスティが1つ疑問を口にした。


「あの、それじゃあどうして救助要請を出したデクさん(?)は幻覚に捕らわれなかったの?」

「幻覚に対する強い耐性があったとも考えられるけど、多分あれだ」

「あれ?」

「物欲が全く無かったんだろう」

「え」


 どこの僧侶だって感じだけど、それが一番説明が付く。

 現状に満足していただけかもしれないが、ともかく物欲が無くてただそこにあるがままを受け入れた。

 だから最初からトラップの存在にも、それによって仲間がおかしくなっている事にも気付けたけど1人では引き留めることも出来なくて急ぎ救助要請を出したんだ。

 トラップからしたらその人は脅威でしかないから他の5人に殺させたんだろう。


「この話の教訓としてはだ。

 欲を持つなっていうのは無理な話だから置いておいて。

 レスキューとして、要救助者が一見生きているように見えても死んでる場合もあるし、助けられないと確信した時点で救助は諦めろってことだ。

 一縷の望みに賭けて助けようとは思わない方が良い。

 それをしようとして死んだレスキューは結構多いからな」

「そう、なんですね」


 これは多分頭では分かっているけど納得は出来ていない感じだな。

 仕方ないか。

 失敗する前からダメだと言われても反発したくなるものだ。

 俺みたいに何度も失敗を繰り返して悟るしかない。

 ……歳を取ったとも言うけど。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] えっぐい罠ですね 死んでも生かされ利用されて凄く気の毒です
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