(26)偽報
カタカタカタカタ……
薄暗い部屋の中で連続して何かを叩く音が鳴り続けていた。
「うひひひっ。見てろよ金の亡者共。
一泡吹かせてやるからな」
その部屋の主は忙しなく指を動かし、室内に映されている幾つもの映像を眺めてはひとり笑い声を上げるのだった。
~~ 京都ダンジョン38階 ~~
俺は今日もいつものようにダンジョン探索を進めていた。
ピピピピッ
(この音は救助要請だな。さて)
ここ何日か救助要請で謎の現象が時々確認されている。
どういうものかというと。
【救助要請:23階。生存22名】
こんな感じだ。
階数はともかく、人数が多すぎる。
学生の修学旅行じゃないんだから普通こんな大人数でダンジョン探索をする人はいない。
チームを組むにしても多くて10人。それ以上になっても通路では邪魔になるだけだ。
例外としてボス部屋攻略の為にレギオンを組む場合はあるが、それだって少人数のチームごとに現地集合だ。
「23階なら学生とは考えにくいし、トラップ階になってることもない。
とするとあれの可能性が高いがさて」
こんな怪しい要請に名乗り出る民間レスキューはまず居ないのだけど、まぁ煩いし消しに行くか。
そうして23階に降りて救助信号まであと10メートル程まで来たところで、信号がプツリと途絶えた。
普通ならそれは生存者が全滅したことを示しているのでレスキュー活動としては失敗になる。
この時点で報酬は一切出ないのでもう現地に行く必要はないのだけど、すぐ近くという事で様子を確認しておくか。
うまく行けば遺品を回収して遺族に届けるくらいは出来る。
しかし現場に到着した俺はそれらを見つける事が出来なかった。
「遺品どころか死体も無し。直前に争った形跡も無し。
あるのは、ドローンの残骸? しかしこれは……」
1つだけ落ちていたドローンカメラを拾い上げ状態を確認したところ、目立った傷はないが焦げた臭いと煙が出ている事から内部装置がショートしていることが分かる。
これが単純に通路に落ちていただけだというなら、誰かが探索中に落としていったものとも考えられる。
しかし直前まで救助信号が出ていたこと、その人数が22人だったことを考えると導き出される答えは。
「異世界召喚で22人全員が別世界に飛ばされて、このドローン1つが取り残された」
いやそんな訳がない。
それなら救助要請を出したのは召喚の魔法陣が出てすぐの筈だし、俺がここに来るまで5分以上魔法陣が出っぱなしだったことになる。
物語に出てくる異世界召喚は大体が数秒で転送されてたし。
というか、そもそもリアルに異世界召喚が確認されたことは無いのだけど。
あほな考えを振り払い、俺は拾ったドローンをストレージに仕舞いその場を後にした。
こういった話がこれ1回だけなら救助信号のエラーで終わるのだけど、似たような事が今週だけで5回。
階数も人数もばらばらだけど、共通しているのはレスキューが到着する寸前で救助信号が消え、現場には争った跡が残っていない事だ。
ネットでは『ダンジョン内で死んだ人たちの霊が今もダンジョン内を彷徨っていて俺達に救助を求めているんじゃないか』とか『レイス型のモンスターは実は人間の魂がモンスター化したんじゃないか』とか好き勝手言い合っているが、正直好きにしてくれと言いたい。
こちらとしては救助要請が出て振り回されることもそうだが、そのせいで本来救助を求めている人たちの元に向かうのが遅れるのが本当に困る。
早く何とかしないとな。
そして更にその翌日。
ピピピピッ
【救助要請:71階。生存2名】
いやいやいや。71階って。
一体誰だ?
70階を超える人なんて古株のベテランのはずだけど。
彼らが救助要請を出すとか想像できない。
俺はチャットを開いて知り合いに連絡を取った。
『71階で救助要請が出てるんですけど、誰か心当たりありますか?』
<53階なう>
<俺達は62階>
<さっき通ったけど特に異変は無かったが>
『ですよね。返信ありがとうございます。
まぁちょっと行ってみます』
70階を突破してる知り合いに確認を取っても該当なし。
もちろん俺の知らない人も居るかもだし普段は別ダンジョンに潜っている人がたまたま来ている可能性も捨てきれないので無視は出来ない。
<狐です。ちょっと良いですか?>
お、狐さんだ。
狐さんは俺の知り合いの中では一番の情報通、所謂ハッカーだ。
スラムの情報屋が裏の社会専門なのに対して彼女はヴァーチャル専門。
昨日見つけたドローンを渡して解析をお願いしてたんだけど何か分かったんだろうか。
『何か分かったんですか狐さん』
<それなんですけど、最後の確信が欲しいのでその信号止めてきてもらえますか?
ついでに出来ればで良いのですがドローンを壊れる前に回収して欲しいです。
誰かが近付くと自動で壊れる仕組みなので半径10メートル以内に入ってから3秒以内に電源を落としてください>
狐さんからちょっとした無理難題を吹っ掛けられたけど、まぁやってみるか。
ともかく俺は転送ゲートを利用して71階に降りてきた。
「さっきまで居た上層とはモンスターもトラップも格が違うからな。油断は禁物。
それで問題の救助信号は、まだ出てるな」
直線距離にして約15メートル。方角とマップを照らし合わせて考えれば通路の突き当りを左に曲がった先か。
というか本当に救助要請なら、救助要請出す前にダッシュで転送ゲートまで走れよと思う。
「モンスターの気配は、なし。
まぁ人の気配も無いんだけど」
この時点でもう偽報であることは分かりきってるんだけど、狐さんからの依頼もあるし行くか。
『狐さん、今から行きます』
<はい、いつでもどうぞ>
よし、では。
「気配遮断。からの、全力ダッシュ!」
タンッ、タンッ
ゲートから救難信号の出ている場所まで一息で駆け抜ける。
信号はまだ出ている。が、視線の先に人の姿は無く、代わりに浮遊しているドローンが1つ。
走った勢いのままにドローンをキャッチして剣の柄で電源部分だけを破壊する。
俺に他人のドローンにアクセスして電源を停止するなんて芸当はできないし、電源以外が無事なら良いだろう。
「よし、まだショートしてない」
これなら内部データとかは残ったままだと思う。
『狐さん。無事にドローンを確保しました』
<ありがとうございます。
こちらからも通信が途絶えたのを確認できました。
そして問題の星を確保しました。
ドローンは後程証拠物件として提出をお願いします>
星の確保って事はやっぱり誰かが意図的にいたずらを仕掛けていたらしい。
一体何がしたかったのか。
ともかく上に戻るか。
深層は気を抜いた瞬間、俺でも大怪我しかねないからな。
「……」(すらり)
「ま、素直には返してくれないか」
音もなく俺を囲む影っぽい見た目のモンスター。シャドウキラー。
深層に出るモンスターとしては攻撃力は低めだけど死角から毒攻撃を仕掛けてくる厄介なスライム系モンスターだ。
物理攻撃が効くので接近に気が付ければ問題ない。
「グウウウ」
「クレイゴーレムも来たか。やっぱり深層はモンスターの出現率も高いな」
気配は出してないはずだったんだけど、恐らく俺の発する体温を察知して集まって来たんだろう。
シャドウキラーもクレイゴーレムも無機物モンスターだから奴らに体温と言うものは無い。
まぁ奴らのどこに熱を感知する器官が付いてるのかは謎でしかないが。
「ほんとは転送ゲートまで逃げても良いけど、まぁやるか」
俺はカマキリソードを振り抜き、近付いてきたシャドウキラーを細切れにした。
…………
その後、例のドローンを飛ばしていた犯人は捕まった。
その男は昔の同級生が民間レスキューをしていて、自分との収入の格差に怒りを覚えて今回の犯行に及んだと証言した。
リモコン操縦でドローンを動かし、1階の転送ゲートから各階に飛ばしてはある程度奥に行ったところで救助要請を出していたらしい。
この事件、本人が考えていた以上に大事になっていた。
<ドローンのプログラムを改造したってマジ?>
<本人、転送ゲートは21階までしか開通してなかったんだろ?
どうやって71階にドローンを飛ばしたんだ?>
<なんでも転送時に発せられるエネルギーが転送先の階層の選択に影響するのを見抜いてランダムにドローンに転送先を設定して飛ばしたらしい>
<全財産に借金までしてドローン300個飛ばしたんだって>
<で成功パターンが15。多いと見るべきか少ないと見るべきか>
<俺的には多いに1票>
<一気に深層に行ける技術が開発されたと考えれば驚異的>
<でも仮にそれで深層に行けるようになったとして、行ってもモンスターに食われるだけだが>
<ドローンですらその微弱な熱や駆動音で破壊されたらしい>
<俺なら10秒で死ねる自信がある>
そんな訳で犯人の男は転送ゲートの仕組みの解析に貢献したことで若干の減刑と国営の研究所に収監されることが決まった。




