(25)惨劇の秋葉原事件
それが起きたのは、ドローンカメラによる配信が始まって少しした頃だ。
配信映像は新しいもの好きの先駆者たちにより少しずつ広まって来てはいたが、まだまだこれからと言った所。
そこで当時人気だった探索者だけで結成されたアイドルグループを配信動画の宣伝に起用することになった。
それだけだったら新商品を流行らせるために有名人のネームバリューを使うのは良くある話だっただろう。
だけど何を思ったのか企画部長が暴走した。
『そうだ。折角ならボス攻略の映像を使おう』
もちろん危険だという声も多く上がったが、結果としてその案は通ってしまった。
アイドルグループの普段の探索階層は46階前後。
なら安全を取って40階ボスに向かうのかと思いきや、50階に向かう事になった。
その結果は、今回の事を反対していた人達が最も恐れていたものとなった。
50階ボスとしては異例のユニークボスの登場。
そしてモンスターによる蹂躙劇の生配信。
泣き叫ぶアイドルたちが生きながらにしてモンスターに食べられていくのだ。
せめてもの救いは人間の暴徒に襲われた時のように凌辱されることも無ければ、彼女達が恐怖する姿を見て楽しむ事も無かった事くらいか。
その映像を見せられた人の多くは早い段階で映像を閉じ、それでも夢にうなされることになった。
残りの、映像会社が配信をストップするまで見続けた人たちは大きく2つに分かれた。
1つはトラウマになってダンジョンも配信も見れなくなりうつ病のような状態になる人達。
そしてもう1つは、惨劇映像に興奮を覚えてしまった人達。
これによりダンジョン配信には新たに惨劇企画モノというのが登場し、自ら惨劇を起こしに行く人、そういった配信に多額の寄付を送る人が現れ一種のブームを巻き起こした。
ただそれは、配信する側の多くが帰らぬ人となる為すぐに下火になる。
だけど同時に能力者同士のバトルや襲撃行為の配信が増えるなど、ダンジョン内の治安が極端に悪化することになった。
これによる被害者を救うために民間レスキューが活躍してその名が有名になったのは皮肉な話だ。
これらの事件が一端の終息を迎えたのは、発端となった秋葉原ダンジョン50階ボスを第3次攻略チームが攻略に成功してからとなる。
言い換えると2回失敗しているのだけど。
以降はユニークボスが確認されることはなく、通常のボスが出現されることも配信によって証明された。
だけどやはりまだ皆の心にはあの恐怖映像が残っていた。
50階以降のボスは魔王級のモンスターが出るかもしれない。
探索活動を配信するだけなら中層くらいまででも十分見栄えの良いものが撮れるじゃないか。
そんな風潮が日本中に広がることになる。
更には。
『51階以降の配信は9割方グロ画像だ』
などという根拠のない噂が広がった。
普段から下層や深層に潜っている探索者からしたら、モンスターをぶち殺している時点でグロ確定なんじゃね? と思う訳だけど。
なお上層中層で配信している人たちはその辺りオブラートに加工処理を入れる事でモンスターはグロくなる前に光になって消える。
まぁ実際はともかく、51階以降を探索している人たちへの世間的な風当りが悪くなり、それを気にした下層の人達は中層まで引き揚げ、逆に深層を攻略している人達は自分達の情報を非公開にしてダンジョン攻略を継続した。
結果として51階以降の探索者はメディアから消え去った。
それから数年後。
過去の事件は思い出となり。
『俺達トップ攻略チーム【銀の斧】は東京ダンジョン50階ボス攻略に乗り出します』
<おおぉ~~>
<遂に50階かぁ>
<こりゃ関西も負けてられないな!>
などという配信が世間を賑わせることになる。
表に出てこない一部の探索者からしたら酒のネタでしかないが。
これらの現象により表向き日本のダンジョン攻略が後れを取ったのは痛手ではあったが、お陰でダンジョン内での死亡事故数は事件発生前の半数以下になり、ダンジョンは能力者なら誰でも気軽に入れる場所という認識が強まったことは良かった事といっても良いのかもしれない。
それに一番需要のある初級ポーションの材料は主に上層で採れるので、その納品数で言えば先進国の中では日本はトップ3に入っており、外資獲得の一翼を担っていたりもするのだ。
ただ。
ピピピピッ
【救助要請:13階。生存6名】
こういった上層階での救助要請が頻発するのを見てると俺達は子供の引率じゃないんだから、もうちょっと腕を磨いてから出直してきて欲しいと思ってしまう。
ちなみに20階までで救助要請を出す人のほぼ全てが派手なスキルや魔法を使える。
「なあレスキューのおじさんはどんな凄いスキルが使えるんだ?」
「俺は自分と触れた相手を強化出来るだけで、他は出来ん」
「うわ、だっせぇ」
ごんっ
「痛ってぇ」
「そういう生意気は40階層超えられるようになってから言え」
「はぁい」
生意気な子供には時折こうして鉄拳制裁を加える事もしばしばだ。
なおこの時に「暴力反対」などと言い出した場合は「じゃあ今からお前達をモンスターの巣に招待しようか」と笑顔で首根っこを掴むことにしている。
教育機関でも高等部でようやく20階越えだというのだからまだ数年はこの状態は続くと思われる。
「……腕が鈍らないように下層や深層に潜る頻度を上げるか。
最近は若者で民間レスキュー資格を持っている奴も増えて来たみたいだし」
探索者人口が増えれば当然レスキュー活動を行う人口も増えている。
高卒でそのままレスキュー資格を取って活動してるって人も増えているし、いっそのこと中層までの救助活動は彼らに任せてしまうのも手だ。
俺があまり頑張り過ぎて彼らの活躍する機会を奪うのも問題があるし。
「よしそうと決まれば今日は救助活動は他の人に任せて61階から下に降りて行ってみるか」
ポーション類の在庫を確認し転送ゲートで京都ダンジョン61階に降りてきた。
通路を進めば早速モンスターのお出ましだ。
「グルルルッ」
「ふっ」
出会い頭にスパッと首を切り落として倒す。
モンスターは倒されると光になって消えるとは言っても、やっぱり一瞬首が刎ねられたり血しぶきが飛んだりするのは明らかにグロ映像なのだけど。
探索者ならそういうのも見慣れてて当たり前、ってそうか。
派手なスキルや魔法で倒すとその派手さに目が行ってモンスターの惨殺映像は気付かないんだ。
スキルや魔法にそんな効果があったとは盲点だった。
思えば強い人達ってザコモンスター1体1体にわざわざスキルとか使わないし。
それでグロ画像とか言われてたのか。
今更になってちょっと納得だ。




