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(24)駆け出しの頃の思い出(後編)

 キングアントはワーカーアントとは比べ物にならない熟練の強者だ。

 生き残るには次の一撃を何とか避けて、その隙に逃げるしかない。


「ギシャアッ」

カキンッ

「おっと危ない」

「!!」


 振り下ろされたキングアントの爪が横から差し込まれた大剣に弾かれた。

 それと同時にすぐ横から年上の男性の声が聞こえてきた。

 ってどこから現れたんだ!?


「よお坊主。

 なかなかに見事な戦いっぷりだったな。

 ここからは選手交代だ。ポーション飲んで休んでな」

「は、はい」


 ニヒルな笑顔と共にポーションを俺に渡してきた。

 ポーションなんて買うと数十万するのに。

 そう思うものの今の俺は飲まないと立っているのもキツイので一息に飲みつつ、彼の邪魔にならないように後ろに下がった。


「キシャアッ」

「どおりゃあっ」

どがっ


 それは、力と力のぶつかり合いだった。

 下手な小細工など不要とばかりに正面から殴り合い、遂に男性の剣がモンスターの頭を粉砕した。


「はっはっはぁ。

 なかなかだったぜ、お前!」


 光になって消えて行くモンスターに向けて言ってるけど、聞こえてはいないと思う。

 っと、それは良いとして。


「あの、助けて頂きありがとうございました」

「おう。良いって事よ」


 お礼の言葉にも豪快な笑顔で返すその人は、その持っている大剣以上に大きい人に見えた。


「動けるようにはなったか?」

「はい、頂いたポーションのお陰で」

「よし、なら今日の所は地上に帰るか」

「え、でもまだ昼過ぎくらいですよね。まだ探索出来ます」

「だめだ。ダメージを受けたら一度地上に戻って万全の体勢を整える。

 安心しろ。ダンジョンは逃げない。

 だが死んだら終わりだ。

 お前さんが今日ダンジョンに死にに来たって言うなら止めないが、戦いっぷりからしてそうじゃないだろう。

 なら無理はしない。それがダンジョンで生き残る最低条件だ」

「分かりました」


 俺はその人の言う事を聞いて今日の所は撤収することにした。

 その人は、お願いした訳でもないのに俺を転送ゲートまで送り届けてくれるようだ。

 帰り道の道中、出てきたモンスターはその人の大剣で一刀両断にされた。


「あの、一つ聞いても良いですか?」

「おうよ」

「なぜさっきからスキルを使わないんですか?

 キングアントの時もスキル使ってませんでしたよね」

「そりゃあお前。俺は身体強化しか出来ないからな」


 まるで何でもない事のように言って笑うその人は、すごく格好良かった。

 俺と同じ身体強化しか出来ないのにこの強さ。

 俺は早くもこの人みたいになりたいと思っていた。


「あ、そういえば名前、言ってませんでした。

 俺はエンカって言います」

「エンカ?えん、えん……おぉ! 縁の下でエンカか。良い名だな」

「いやそんな由縁は無いんですけど」

「なあにゲン担ぎってのは大事だ。

 かく言う俺はフジオ。不死身の男でフジオだ」


 まだ会って少ししかしてないけど、マイペースな人なのがよく分かる。

 というか大剣使いのフジオって言ったら。


「もしかして『鬼殺しのフジオ』ですか!?

 先日80階ボスの鬼神討伐をソロで達成したって言う」

「なんだそのネタもう広まってるのか。

 ありゃ俺の知り合いが飲みのネタに言ってただけなんだがな」

「俺でも知ってるくらいなんで多分ほとんどの探索者が知ってると思います。

 って、そんなトップ探索者がどうしてこんな場所に?」


 80階ボスを討伐出来るんだから普段は深層に居るんじゃないだろうか。

 こんな49階なんて下層に居る理由が無いと思うんだけど。


「最近この階に向かった探索者が立て続けに消息を絶ってるらしくてな。

 原因の究明と、助けられる奴が居るなら助けておこうと思ってな」

「なるほど。

 でもお金にもならないのによくそんな事やろうと思いましたね」

「ん?」

「あ、すみません」


 しまった。今のはどう考えても失言じゃないか。

 だけどフジオさんは怒るでもなく俺の頭に手を置いて笑った。


「俺は欲張りなんだ。金や名誉も欲しいが、他にも色々欲しい。

 だから気になった事は全部やる。全力でな。

 その結果損をすることもあるし得をすることもある。

 お陰様で後悔のない人生を歩めている。

 人生ってのはそういうもんだ。

 ただ1つ手に入らないものがあるけどな」

「手に入らないもの、ですか。それは?」

「それはな……」

「(ごくり)」

「女だ。だーはっはっは」


 ここまで引っ張っておいてそれか。

 いやでもフジオさんって渋おじって感じでモテそうなんだけど、最近の女性からは受けないのか。

 女性はやっぱり派手なスキルで格好良く戦う男性が好きとか?

 なら俺も望みは薄いのかも。


「それよりフジオさん。俺の師匠になってくれませんか?」

「師匠?」

「はい。俺もフジオさんと同じでスキルも魔法も使えないんです」

「あぁ、それで『千本桜っぽいの』か」

「って、見てたんですか!?」

「まあ横取りも悪いと思ってな。

 しかし俺は大剣で君は短剣だ。

 戦い方は大きく異なるし、君の動きは既に完成系に向かっている。

 今から無理に大剣を使っても弱くなるだけだろう。

 よって戦い方は教えられないな」

「そうですか」

「だがまあ、生き方や考え方なら伝えられるかもな。

 少なくとも金の為に生きて死ぬ人生からは脱却できるだろう」


 あ、さっきの。やっぱりちょっと気にしてるっぽい。

 まあ中学生が金金言ってたら大丈夫かってなるか。

 結局その日からフジオ師匠は俺に色々とレクチャーしてくれるようになった。

 気配の消し方や深層での立ち回り方、良い探索者と警戒すべき探索者の見分け方や付き合い方。

 他にも日頃の価値観や人生観なども。

 ただ、女性の口説き方(失敗例)はあまり役に立ちそうなところは無かったけど。

 でもお陰様でその後の探索活動はただの金稼ぎ以上に実りの多い時間になった。



…………


 あれからもう20年近く経っているのか。

 時間が経つのは早いな。なんて思いながら俺は暖簾をくぐってお店に入った。


「いらっしゃい!

 お、エンカじゃないか。元気にしてるみたいだな」

「ええ。師匠のお陰で。あ、これ差し入れです」

「おっ、いつも済まんな」


 ダンジョンで手に入った肉を師匠に渡しながらカウンター席に座った。

 師匠は今、探索者を引退してラーメン屋をやっているのだ。

 引退したきっかけというのがこの人。


「あらエンカくん、いらっしゃい」

「エンカ兄さんだ。ならチャーハンは私が作るね」

「水菜さんこんばんは。菜月も元気そうだな」


 水菜さんとの結婚だった。

 女と縁が無いとか言ってた癖に、あれから4年後に当時シングルマザーで探索者をしていた水菜さんと出会って1か月で結婚し、そのまま二人そろって引退してしまった。

 そして前からやってみたかったというラーメン屋をやってそこそこ繁盛させている。

 菜月は水菜さんの連れ子で俺より8つ年下。

 出会った時は小学生だったのに今では立派な看板娘だ。

 嬉しい事に俺のことは歳の離れた兄のように慕ってくれている。

 ただ親に似たのか浮いた話は聞こえてこない。


「おうエンカ。菜月に手ぇ出したら承知しねえからな」

「もうお父さんはいっつもそればっかり」


 師匠もすっかり親ばかだ。

 菜月に彼氏が出来ないのはそのせいで間違いないな。


「そういえば聞いたぞ。

 最近は60階ボスを討伐しただけでニュースになるんだってな」

「ええ。まぁ。

 15年前だったら60どころか70階を攻略しているパーティーも結構居ましたからね」

「ゆとり教育っていうか、あの配信とか言うののせいなのか」

「さあ、その辺りは何とも」


 俺はラーメンセットを食べながら最近の探索者達の様子を思い浮かべる。

 救助要請は20階前後でも良く出されるし多くの配信者が40階までの中層をメインに活動している。

 41階以降の下層は自称攻略パーティーばかりなんだけど、そこって俺の中学時代の狩場だ。

 そんな状態になった原因はなにかと考えれば。


『惨劇の秋葉原事件』


 あれのせいだろうな。



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