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(22)新人研修(後編)

 自分の普段心掛けている事を伝えた後は実際の救助活動を想定した訓練だ。

 でもその前に。


「この機会に皆からも聞いてみたい事とかあれば受け付けるぞ。

 教本に載って無い事も色々あるしな」

「それなら、はい」

「どうぞ」

「救助活動の様子配信って視聴者数を結構稼げるって聞いたんですけど、実際の所どうなんですか?」

「あぁ、それか」


 民間レスキューの中にはその活動の一部始終を配信している人がそれなりの人数居る。

 その多くが今聞かれたように結構な視聴者数を誇っているのも事実だし、その配信料でレスキューの収入以上に稼いでる人も居る。


「実際稼げはするらしいな」

「おぉ」

「だけどお勧めはしない」

「え、何でですか?」

「幾つか理由はあるが、分かりやすい所で恨みを買うからだ」


 以前鈴木さんに聞かれた時は、配信と救助の両立は出来ないからって伝えたけどそれ以外にも理由はある。

 元々レスキュー費用が高いって事で色々言われがちなのに、更に余計な恨みまで買う必要はない。


「みんなの中で、自分や仲間の失敗した姿や、苦しんでる姿を撮影されて嬉しい人は居るか?」

「「……」」

「カメラの向こう側に居る奴らが、自分たちが死にそうになってる姿を見て喜んでるって、想像するだけでもはらわた煮えくり返るだろう」

「そ、そうですね」

「しかもレスキューは場合によっては助かる見込みのない奴を置き去りにする場合もある」


 例えば両足をモンスターに食われて出血多量でポーションでは延命も儘ならない場合とか。

 パーティーが複数に分断されて自分側に居る者しか助けられない場合だってある。

 いずれもグロ大好きな視聴者としては最高のご馳走かもしれないが、現場の被害者からしたら堪ったものではない。

 それで恨まれて後日闇討ちされたレスキューの人も居るし。

 よって俺は今後も配信する気は無い。


「残念だけど、それが分かっていても配信するって奴の気持ちは俺には分からないし分かりたくも無い」

「そう、ですね。すみませんでした」

「いや、質問してくれて良かった。

 民間レスキューの中にはそう言う事は考えずに配信するやつも居るし、酷いのになると『配信することが彼らの為なんだ』なんて言い出すやつも居るらしい」

「え、なにそれ」

「意味分かんないんですけど」


 うん、俺も分からない。

 世の中変な奴はいっぱい居るから。


「じゃあ他に……」


ピピピピッ

【救助要請:23階。生存4名】


「おっとタイミングよくと言って良いのか救助要請だ。

 ここからは実践だ。行くぞ」

「「はいっ」」


 俺達は一斉に階段に向けて走り始めた。

 走りながらも皆に伝えられるところは伝えていく。


「走りながらでも質問には答えるから何かあれば聞いてくれ」

「はい。って本当にボス部屋を突破する気なんですね」

「そう言っただろ」


 なんだ信じていなかったのか。

 ちょっと呆れつつ飛び出してきたモンスターを切り飛ばして先を急ぐ。


「あのドロップ素材は?」

「放置。拾ってる時間はない」

「うわ勿体ない」


 モンスターを倒すと時折素材がドロップするけど救助に駆け付けてる最中にわざわざ拾ってたら助かる命も助からなくなる。

 時折、そうして放置された素材を回収するために俺達の後を付いてくる探索者が居て、そういう人達は『ハイエナ』と呼ばれてたりする。俺としては邪魔さえしないのなら好きにしてくれと言いたい。


「教官、前方にモンスターと戦ってる探索者が居ます!」


 視線の先で2人組の探索者がモンスター数体を相手に戦っていた。

 通常時ならこの場合、彼らの邪魔をしないように戦いが終わるまで静観するか別の道を行くんだけど、今は非常時なので先を急がせてもらう。


「救助活動中だ! 悪いが通らせてもらうぞ」

「お、おう」

「グルルルッ」

「邪魔するな」

シュッ


 探索者達の横を通り抜けながら前を塞ぐモンスターをなで斬りにして突破する。


「こうして走ってると後ろからモンスターが追いかけて来ることがあるが、その場合は一気に加速して引き離すか、他の探索者の迷惑にならないように適宜妨害したりぶっ飛ばすように」

「ぶっ飛ばすって」

「随分乱暴なんですね」

「追って来ないようにするだけだからな。

 土魔法や風魔法を使えるなら比較的簡単だ」

「そう、ですね」


 などと時折説明しながら走って行けば問題の23階に到着した。

 ボス部屋? 蜘蛛っぽいモンスターだったけど特に気にせず切り飛ばしてきた。

 それより要救助者は、っと。居た!


「要救助者を見つけたら声を掛けながら近づく。

 『民間レスキューの井上だ。救助に来た』

 そして重傷者が居る場合は初級ポーションを渡し、モンスターに襲われている最中だったら即座に撃退する」

「「は、はい!」」


 今回は高校生くらいの少年で重傷3人、無事なの1人。

 今も小鬼系モンスター数体に襲われていた。

 多分この無事な人が居なかったら俺達が到着する前に全滅してたな。

 俺は皆にモンスターの撃退を任せつつ重傷の3人にポーションを飲ませて行った。

 重傷者の3人は腕や足に深めの傷を負ってるけど出血量的にまだ大丈夫だろう。

 出血自体は渡したポーションで止まったみたいだし。

 程なくして無事にモンスターを撃退出来たので俺は応急処置をしながら説明を続けた。


「落ち着いたところで改めて話しかける。

 その際、保険に入ってるかも忘れずに聞くように。

 上層中層で救助要請を出す人は3割近く保険に入ってないから。特に学生は。

 『俺は民間レスキューの井上だ。ダンジョン保険には入っているか?』」

「え、保険はその、入ってません」

「そうか。なら救助費用は全額自己負担になるからな」

「ええっ!? 救助ってお金掛かるんですか??」

「当たり前だ。

 救急車呼んでお金を請求されないのは日本だけだし、外国だったら保険に入ってないって言った時点で救急車は素通りだ。

 もしこれ以上お金を掛けたくないっていうのなら俺達はこれで撤収するがどうする?」

「そんな! 僕達を見捨てるっていうんですか?!」

「『三途の川も金次第』って言うしな」


 冷たいようだがこれが現実だ。

 俺の後ろには何か言いたそうな研修生達が居るけど『現場に着いたら口を挟まず見ている事』と指示しておいたので我慢してくれている。救助が終わったらぶちまけてもらうとしよう。

 その後は結局、要救助者の少年の方が折れて全員を搬送することになった。

 先頭に俺、その後ろに無事だった少年、重傷者を背負った研修生、最後尾に鈴木さんと山岸さんだ。

 俺達は終始無言で移動しダンジョン入口で待機していた救急車に要救助者を引き渡して仕事終了。


「……」


 無事だった少年は去り際に俺のことをじっと見て来たが、何だったのかは謎だ。

 少年なりに色々と思うところがあったんだろう。

 ともかく俺は若干疲れた感じの研修生達に向き直った。


「これが救助活動の一連の流れだ。何か感想はある?」

「教官って意外とドライなんですね。

 治療も淡々と進めてましたし、お金の話もバッサリ行く感じで。

 彼らまだ子供でしたし、もうちょっと優しくしてあげても良かったんじゃないですか?」

「それがダメとは言わない。

 ただ、優しくした結果、また危険を冒して救助要請を出す状況に陥った場合、今度こそ救助が間に合わずに命を落とすかもな」


 今回はたまたま防衛能力の高い人が無事だったから間に合っただけだ。

 こっちもたまたま研修中で人数居たから重傷者3人を安全に搬送出来たけど、俺一人だったら3人抱えてモンスターの相手をするのは骨が折れる。

 手間を掛けている間に重傷者の容態が急変して死んでたかもしれない。

 だから今回偶然運が良かっただけなのに『救助は間に合って当たり前。無茶しても大丈夫』などと思われたら困る。


「保険に関してですが加入を勧めたりはしないんですか?」

「俺達は保険の営業マンではないし、死にかけで判断力が鈍ってる奴に保険を勧めたり結婚を迫ったりするのはNGだろ。

 あと『どうして保険に入ってないんだ』とか『保険に入ってれば良かったのに』とかは言わない方が良い。

 それらは説教であってアドバイスではない」

「帰り道無言でしたけど、それこそ何かアドバイスしてあげても良かったんじゃないですか?」

「求められたら伝えるけど、自分からあれこれ言うのはしないな。

 見た目や年齢で判断して伝えても見当はずれになることの方が多い。

 小さな親切大きなお世話って奴だ。

 俺は探索者っていうのは年齢や経験年数による上下関係や貴賤は無いと思っている。

 配信者だったら登録ユーザ数で比較するのかもしれないがな。

 俺達だって今は研修中で俺が教官だから皆にあれこれ指示してるけど、研修が終われば対等な立場だ」


 居酒屋とかで「俺が若い頃はな」みたいに管を巻いてるおじさんとかは居るけどそれはそれだ。

 ダンジョン内で他の探索者に命令したり行動を強制したりすることもまず無いし従う義務も無い。

 レスキュー活動にしても救急車みたいな緊急車両ほどの強制力は持ち合わせていなく、道を譲ってもらうのもあくまで善意によるものだ。


「さて、そろそろ時間的に終わりだけどもう質問無いか? 無かったら解散にするぞ」

「あ、なら最後に1つ。

 その、今回の救助活動でどれくらい儲かったんですか?」


 お金の話だからか、どこかばつが悪そうだ。

 俺としては堂々と聞いてくれて良いんだけど、何故か日本人はお金の話=賤しいって考えるんだよな。

 正当な対価なんだから胸を張って良いんだけど。


「請求額が幾らかっていうのはレスキュー規約で決められてるから各自で計算してくれ。

 それとは別に、この時間を探索者として活動していた場合と比較するとどうなるかと言えば」

「は、はい」

「はっきり言って赤字だ」

「「ええっ!?」」

「レスキューって儲かるんじゃないんですか??」


 全員から驚きの声が上がったけど、実際はそんなものだ。

 普通に下層でモンスター討伐して素材を集めてた方が金になる。

 救助活動中に落ちた素材は全放置だし。

 特に今回は7人で救助したことになるから振り込まれる額も7等分。


(みんな自分にも振り込まれるって気付いてなさそうだけど)


 更に相手は学生だったから半額になるし使ったポーションは俺が出したから……マジで赤字だな。

 俺としては金儲けがしたくてレスキューになるのはお勧めしない。


「みんな民間レスキューに夢を持ち過ぎだな。

 せいぜいちょっと贅沢な食費が稼げるボランティアって考えた方が良い。

 ではこれで今回の研修は終了だ。お疲れ様。

 レポートは今週中にギルドに提出しておいてくれ」


 呆然とする皆を残して俺はダンジョンの中へと戻った。

 彼らの中から今後民間レスキューとして活動するのは何人居るか。

 あ、そうだ。後で鈴木さんには個別にどうするか聞いておこう。

 今後の契約にも影響しそうだし。



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