(2)警護依頼(前編)
ダンジョン探索を終え、帰宅した俺は途中のスーパーで買ってきたから揚げ定食をレンジに入れ、PCの前に座った。
プシッ。ゴクゴクッ。
一緒に買って来た缶ビールを飲みつつメールをチェックして行く。
えっと重要なメールは……お、あったあった。
【警護依頼:〇月×日19:00~ 鈴木 綾香】
この鈴木綾香という人物は誰かというと俺の顧客だ。
俺は自分でダンジョンに潜って探索をするほかに、他の探索者と契約を結び、報酬を受け取っている。
契約内容は主にその探索者がピンチの時に救助することだ。
契約の種類は幾つかあるが、基本的には顧客である探索者がダンジョンに潜っている間、俺もすぐに駆け付けられるように同じダンジョンで待機しておくことになる。
また支払いは毎月の固定額+探索1回につき幾ら、救助要請を出した時に幾らと項目が分かれている。
契約相手としては救助要請を出さなくても支出があるのである程度の収益が見込めないと厳しい。
それでも救助要請を出した場合を考えれば格段に安く抑えられるし、要請を出してから到着までの時間も短くなり、なにより救助者の質という面でも信頼できることになる。
なので、特に実力ギリギリのラインで探索する人の多くがレスキュー契約を結んでいる。
同業者の中には警護役の探索者を数十人抱えている大手もあるが、俺は個人経営だ。
お陰で同時に契約を結ぶのは1組か2組が限界になる。
もちろん1組も契約を結んでいない期間もあるし、契約してても週に1回しかダンジョンに潜らないって探索者も居る為、それだけでは食っていくのは厳しいのが現実だ。
「で、行き先は比叡山ダンジョンの27階か。
まぁ彼女の腕前なら十分探索できる場所だろう。
『了解』っと」
俺はメールに返信して、他にめぼしいものが無い事を確認するとPCを落としてシャワーを浴びに浴室へと向かった。
そして依頼当日。
俺は比叡山ダンジョンの27階に続く階段前であくびをしていた。
対面の壁には顧客の探索者:ミスティが華麗にモンスターを討伐しながら自らのドローンカメラに語り掛けている様子が映っている。
『行くわよ【トルネードショット】!』
『『GYAAAっ』』
彼女の放った竜巻の魔法が数体のモンスターを纏めて吹き飛ばしていった。
それを観た視聴者からのコメントが画面の左側にずらずらと流れて行く。
<ミスティ強すぎ~>
<モンスターも運が無かったな>
<ミスティならもっと深い階でも行けるんじゃね?>
<あのふわりとたなびくスカートに俺の心臓はバクバクだぜ>
などなど。
称賛の声から欲望丸出しの声までさまざまだけど、基本的に好意的なコメントが多い。
同時接続は20万人超の、個人としては有名配信者の一人だ。
決して深い階層を攻略する訳でもないが、可憐な容姿と風魔法を使った戦闘姿が視聴者を魅了しているらしい。
その後も無難な展開が続き、見事その場にいたモンスターは壊滅した。
『みんなありがとう』
ミスティもコメントに返事をしながらモンスターが落としたドロップアイテムを回収して行く。
そうそう、ダンジョン内でモンスターを倒すとその死体は光となって消える。
代わりに時々アイテムをドロップするんだ。
ドロップする物は基本的に倒したモンスターによって決まっている。
時々レアアイテムも落ちる様だけど500個に1個とか酷いものになると万に1つも落ちない、なんて激レアアイテムもあるらしい。
『レアアイテム出るまで帰れま10』
なんて企画は毎日どこかしらのダンジョンで開催されている。
『あら階段だわ。
今日はこの階層を回る予定だったのだけどどうしようかしら』
どうやらミスティが次の階に続く階段を発見したようだ。
コメント欄はほとんどが次の階に行くのに賛成派なようだ。
と、そこで彼女から直通チャットが届いた。
≪ ミスティ:行っちゃってもいいかしら? ≫
≪ エンカ:ああ、大丈夫だ ≫
エンカというのは俺の探索者名だ。
ミスティからの確認に短く返事を送った。
こうしてこちらに確認を取ってくれる顧客は非常に助かる。
中には予定階層を無視して一気に深い階層に飛び込んでモンスターに囲まれる馬鹿も居るからな。
画面の向こうで階段を下りる彼女を見ながら俺も階段を下りて行った。
そして27階に到着すると同時に通路を駆け抜ける。
別に彼女の身に何かがあった訳ではない。そういう契約なだけだ。
彼女のような配信をメインにダンジョン探索をしている場合、俺みたいなサポーターが一瞬でもカメラに映ることを嫌がる傾向にある。
よって彼女との契約内容には『護衛対象者の居る階の1つ上の階で待機すること』という1文があるのだ。
その為俺は、もしもの時は出来るだけ早く救助に駆けつけられるように階段で待機している訳だ。
そうして探索開始から2時間ほどが経過した頃。
『そろそろ良い時間だし撤収します。
今日はレアアイテムはなし。次回に期待ですね。
帰り道ではいつものように1つ上の階から質問を受け付けま~す』
<乙カレー>
<今日も美しかった>
<ミスティの技はまるで踊ってるみたいで見てて飽きない>
どうやら撤収を開始する様だ。
こうなると今度は登り階段側へと俺は移動することになる。
その際、道中のモンスターを出来るだけ間引いていく事も忘れない。
彼女もそうだけど、大半の配信者は帰り道は雑談配信をするのが最近の流行だ。
雑談に気を取られる分、当然周囲への警戒は薄まるし、雑談を中断されるので帰りは出来るだけモンスターには会いたくないと考える。
とは言っても契約内容には帰り道の間引きは含まれては居ないので、これは俺からのちょっとしたサービスだ。
このことは別に言い触らしてはいないので彼女が気付いているかは知らないが。
ともかくのんびりとコメント欄に書かれた内容を読みながら25階を歩く彼女は、カチリとスイッチを踏んだ。
同時に彼女を覆うように光が放たれた。
『えっ、これってもしかして……』
言い終わる前に彼女の姿はその場から消え、取り残されたドローンカメラがその場に落ちた。
その光景を見た瞬間、俺は左手の端末を見ながら走った。
(さっきのは転移系トラップ。彼女の現在位置は……30階か!)
よかった。さっきまで潜っていた階層よりは深いとは言え、極端に離れている訳でもない。
30階ならミスティの実力があれば十分に自力で帰還が可能なレベルのはず。
ピピピピッ!
なんて思っていた直後にミスティからの救助要請信号が送られて来た。
くそっ。ドローンが離れたせいで状況が掴めない。
(頼むから俺が辿り着くまで持ちこたえてくれよ)
俺は途中待ち構えるモンスター達を極力無視しながら通路を走り抜ける。
そして5分ちょいで30階に辿り着いた俺が見たものは。
「くそっ。モンスターハウスか」
モンスターハウス。
ダンジョンは複雑な通路と大小さまざまな部屋から出来ているが、時々1つの部屋に大量のモンスターが集中する場合がある。
偶然の場合もあるけど、今回は恐らく上の転送トラップと連動したトラップだ。
確かにこれじゃあ流石のミスティだって抜けるのは厳しい。
(ミスティは……いたっ!)
魔物の向こうに微かに風魔法の発する光が見えた。
≪ エンカ:あと1分。何とか耐えてくれ ≫
読めているかは分からないけどチャットを送りつつ、俺はモンスターハウスへと飛び込んだ。
「祭の混雑に比べればどうということはない。【スロウフィールド】!」
「GI、GUGA?」
「ピピッ」
俺のスキルを受けて部屋の中のモンスターの動きが2ランク遅くなる。
その隙に俺は奴らの脇をすり抜けながらミスティの元まで駆け抜ける事に成功した。
彼女は風魔法で自分を包み込みモンスターの攻撃を防いでいたようだ。
俺の姿を見てあからさまに安堵した顔をしていた。
「無事か?」
「は、はい! エンカさん、来てくれたんですね!
私MPがそろそろ切れそうでもうダメかと思ってました」
「シールド系スキルはMPで敵の攻撃を受けるようなものだしな。
通常戦闘はともかく今みたいな籠城は無理がある」
「はい。これならMPが減る前に1か8か突破するべきでした」
「反省は後だ。ひとまずここのモンスターを片付けるから、もう3分だけここで待っていてくれ」
「3分!?」
驚く彼女をその場に残し、俺は手近なところからモンスターを倒していった。
そうして部屋の中に居たモンスターを全滅させて彼女の元に戻ると、彼女は俺に向けて呟いた。
「……うそ」
「あーすまん。3分21秒も掛ったな」
3分だけ待っててと言ったのに21秒もオーバーしてしまった。
これは嘘つき呼ばわりされても仕方ない。
宣言した時間より早くするのが俺の信条だったんだけど、若干腕が鈍ったか。