(18)トラップ階(1)
遅くなりました。
1話で終わる予定が3話になってしまった・・・
ダンジョンレスキューという仕事は、はっきり言って成功率は高くない。
というのも救助要請が出されるのは、何らかの理由で自力でダンジョン外への脱出が困難になったか、罠やモンスターに襲われて死を覚悟した時だからだ。
前者の場合はまだ何とかなることが多い。
しかし後者の場合、要救助者が救助要請を出してから生存している時間はそれ程長くは無く、救助に駆け付けた時には既に死んでいるケースがほとんどだ。
生きている間に辿り着けたとしても負傷していることが多く、初級ポーション程度では自力で歩く事も儘ならない、なんてこともザラだ。
そして民間レスキューのほとんどがソロで活動している為、要救助者が複数人居た場合、その全員を担いで連れ帰るのも厳しい。
帰り道にも当然モンスターは出るので、それらの対処も同時にしなければならず、救助に向かう側も自分の実力を考慮に入れて救助に向かうかどうかを判断しなければならない。
結果として、深い階層で大人数の救助要請に応じられるレスキューは極少数となる。
~~ 京都ダンジョン22階 ~~
その日も俺はいつものようにダンジョンで薬草採取を中心に探索を行っていた。
ピピピピッ
【救助要請:52階。生存6名】
その通知を見た瞬間、俺は頭を抱えたくなった。
「52階。ということはあれか」
この救助要請は俺では助けられないかもしれない。
たとえ時間的に間に合ったとしても俺1人で6人全員は無理だ。
だけど助けられる可能性がある以上、俺は行くと決めている。
52階なら一度21階の転送ゲートを経由するのが早い。
俺は端末を操作しながら急ぎダンジョンの通路を走り抜けるのだった。
~~ 京都ダンジョン52階 ~~
俺が彼らを見つけた時、全員が身を寄せ合うように通路の片隅で座りこんでいた。
出血量からして何人かは急がないと命に関わるだろう。
彼らの近くにはモンスターの姿はないが、しかし俺は慎重に彼らに近づいていった。
「民間レスキューの井上だ。
まずは初級ポーションを人数分渡すから飲んでくれ」
「ありがとう」
「助かった」
俺はストレージからポーションを取り出して彼らに渡す。
その間、俺はずっと周囲の警戒を続けていて彼らの方を見てはいなかった。
視線は通路の奥。その状態のまま彼らに話しかけた。
「それだけで命は助かりそうか? 中級ポーションもあるが」
「本当か!? なら1本頼む。ユリナが危ない」
ユリナというのは血を流し過ぎて顔を青くしている女性か。
今は血はほぼ止まってることから事前にポーションを飲ませていたのだろう。
そうじゃなかったら今頃死んでいる。
リーダーと思われる男性に追加でポーションを渡した時、通路の向こうがキラリと光った。
「ちっ」
キンキンキンッ
俺は右手の短剣で飛んできた矢を叩き落した。
するとぞろぞろと片方の通路を塞ぐように現れるモンスター達。
しかし近づいては来ない。
「ゲッゲッゲッ」
恐らく笑い声なのだろう。
不気味な声を発しながらその手に持つ弓で次々と俺に矢を射かけてくる。
その全てを叩き落したがしかし、救助者たちから悲鳴が上がった。
「ひぃぃぃぃっ」
「だめだ。殺される」
「にげっ、逃げないと」
「落ち着け。まだ大丈夫だから座ってろ」
宥める為に声を掛けたが、そこへ更に矢が飛んできた。
「ぎゃああっ。殺される。助けてくれ~~」
「あ、待て!」
恐怖が限界を超えたのだろう。
要救助者のひとりが叫びながら立ち上がりモンスターが居るのと反対側の通路へと走って行ってしまった。
彼がこの後どうなるのかは分かっているが、助けに行けばここに残っている人達がモンスターに襲われるので放置するしかない。
【生存5名】
残り5人の内、満足に動けそうなのはリーダーと思われる男性1人のみ。
後の4人は1人が意識も失っていて重体。それ以外も足を負傷していて自力で歩けるかどうかってところだ。
つまりモンスターを振り切って逃げる選択肢は無い。
「な、なぁ。レスキューの君。
魔法か何かでモンスターを一掃出来たりしないのか?」
「悪いが俺は近接型なんだ。
遠距離で使えるのは投げナイフが数本あるだけだ」
「じゃあ、奴らの懐に飛び込んで切り倒せば良いんじゃないか?」
「倒すことは出来るが、その間あなた達を守れなくなるが大丈夫か?」
「それは……」
ポーションを飲んだとはいえ、今俺が離れたら彼らはモンスターの襲撃を防ぎきれないだろう。
ここは袋小路では無いので俺が通路の片方へと行けば、その間に反対側からモンスターが来ない保障はない。
かと言ってこのままここに留まっていても弓を持つモンスターがわざわざ近づいてくれる訳もなく、こちらはひたすら遠距離から矢を放たれ続ける事になる。
俺1人ならそれでも何時間でも耐えれるんだけど、要救助者の彼らは無理だ。
特に重体の1人は出血量が酷いのでポーションだけでは助からないかもしれない。
「歩けるのは何人居る?」
「俺は大丈夫だ。他は……ガルムとギガンツはどうだ」
「ああ、歩くだけなら」
「走るのはまだ無理だけどな」
「よし」
動けないのが2人ならまだ何とかって所だな。
しかしそれでもまずは応急手当をしないとダメか。
「ちょっと消えてろ」
「ギガッ」
俺の投げナイフがモンスター数体を吹き飛ばした。
残っていた奴らも慌てたように逃げて行く。
「よし今のうちに」
「撤収か」
「いや、手当が先だ。
動ける人もそのまま座って体力の回復に努めてくれ」
答えつつテキパキと重傷の2人の応急処置を済ませて行く。
ポーションで出血を止められたって言っても、初級じゃ深い傷や骨折とかはくっつかない。
何より流し過ぎた血は戻らない。
地上の病院まで行けばきちんとした設備もあるし、専用の治療薬などを使えば1週間くらいで完治出来るけど、そこに辿り着く前に死なないようにしてやらないと。
俺が治療をしている間も動ける3人はソワソワと周囲を警戒している。
「な、なぁ。そんな悠長に治療してないで早く脱出しよう」
「そうだよ。またいつモンスターが襲ってくるかもしれないんだし」
「また襲われたら今度こそ死んじまうよ」
怯えた声で俺に話しかけてくるが、俺は首を横に振る。
なぜならそんなことをすれば生きて帰れないからだ。
「気付いて無いようだけど、ここはトラップ階だ。
俺が救助に来るまでお前達が生きていられたのはモンスター達に生かされていたからだ」
「生かされて? そんなことがあるのか?」
「俺達を生かしておいてモンスターに何の得があるって言うんだ」
うーん、けっこう有名な話だと思うんだけど、彼ら勉強不足だな。
「下層までくるとモンスターも賢くなる。先日も人間の言葉を操るモンスターに会って来た。
で、ここでお前達が瀕死で生きていると俺みたいな新たな獲物が釣れるんだ。
更に俺も動けなくなると追加で応援が釣れたりする。
そうして芋づる式に探索者を罠に嵌めているんだ」
ダンジョンがどういう仕組みなのかは正直分かっていない。
モンスターは倒しても現れるしトラップもいつの間にか設置されている。
ただダンジョン内で死んだ探索者の死体が数分で消えるのは確かだ。
学者はダンジョンが死体を養分として吸収してるんだって言ってるけどあながち間違いではないと思う。
ダンジョンで手に入る素材は探索者を呼び寄せる為の餌であり、モンスターはやって来た探索者を殺してダンジョンに食わせる為の兵隊みたいなものだ。
そして効率的に探索者を呼び込むには今回みたいに自力では脱出出来ないくらいにダメージを与えて救助要請を出させるのが良いと考えたんだろう。
事実、俺一人なら余裕で歩き回れるところを、重傷者を抱える事で動きを封じられている。
「釣り餌が脱げ出そうと動き出せば一気に攻撃を仕掛けてくるだろう。
とは言ってもこれ以上援軍が来ないと分かれば止めを刺しに来るけど」
「じゃあどうするんだ?」
「負傷者を抱えて強行突破。
したいのだけど3人で殿出来るか?
多分今までで一番の猛攻撃を受ける事になるけど」
「「……」」
「まぁ無理だよな。万全の状態って訳でもないし」
さてどうしたものか。




