(16)魔獣素材の武器
今回はちょっと最後の方、蛇足かなと思いつつ。
その日、俺はとある工房へと来ていた。
そこは外観だけで言えばボロ屋というか崩れかけで真面な場所には見えない。
売り場も狭く商品の剣や鎧は埃を被っているものさえある。
「おやじさん、居るかい?」
「おう、ちょっと待ってくれ」
工房の奥に声を掛ければ野太い声が返ってくる。
俺は待つ間、売り場に並んでいる魔獣素材の装備を眺めて行った。
「これはカニのハサミ?」
打撃武器? いや、刺突武器か。
硬度だけで考えても通常の金属以上。
重さもかなりのものだから殴るだけでも十分な威力があるだろう。
そこにハサミの先端を尖らせることで柄の短い双頭槍のようにも使えそうだ。
「こっちの弓は何で出来てるんだ?」
金属では無いし木材でもない。
ゆるやかな曲線、硬質ながらもしなる丈夫さ。
「それは魔獣化したバッタの足だ」
奥から出てきたおやじさんが俺の持っていた弓を見て答えを言ってくれた。
「普通の弓とはやっぱり違うのか?」
「まあな。ちょっと、いやかなり癖は強い。
そして魔力を乗せる事でインパクトショットやバウンドショットを放てるようになる」
「それは凄いな」
インパクトショットは通常刺さるだけの矢が、刺さると同時にハンマーで殴ったようなダブルダメージを与える事が出来る。
矢が刺さらない硬いモンスターにも内部から衝撃を与えられる。
バウンドショットはちょっと特殊で一切刺さらない矢だ。
刺さる代わりに跳ね返るのだ。
集団で襲い掛かって来た敵の中に放てば、敵の間を飛び交い攪乱には持ってこいだ。
狭いダンジョン内でこのスキルは実に効果的だ。
それなのに使える人は多くは無い。
弓矢と言えば如何に正確に敵の急所を貫けるかに着目する探索者ばかりだ。
この弓があれば戦術の幅が広がることだろう。
「それでおやじさん。頼んでいた物は?」
「おう、出来ているぞ。これだ」
差し出されたのは1対の剣。
長さは長剣というには短く、短剣にしては長い。
刀身は緑みがかっていて美しい。美術品としても良い値が付きそうだ。
それは先日の観光の際に手に入ったカマキリの鎌だ。
手に持ってみれば羽のように軽い。
「性能は?」
「丈夫で鋭い。それだけだ」
「そっか」
「ああ」
さっきの弓と違って魔力を流したからと言って何かスキルが発動することはないようだ。
丈夫であることも、切れ味が鋭いことも剣としては当たり前だ。
つまり普通。
折角の魔獣素材を使ったのにこの性能。
それは別にここのおやじさんの腕が悪いわけではない。
むしろ下手な鍛冶師が鍛えればゴミクズへと変貌していただろう。
スキルが付かなかったのは素材のせい、ではあるけど質が悪かったのであれば真面な性能にはならなかっただろうし、おやじさんがそう告げてくれたはずだ。
つまり丈夫さも鋭さも胸を張れる程だということだ。
「試し切りがしたいけど、今日は新月なんだよなぁ」
「新月だと何がってそうか。『ダンジョンの休日』か」
「そういうこと」
ダンジョンは月に一度、新月の日にまるで生き物のように内部が蠢き、通路から部屋の位置から階段の場所までががらりと変化する。
その為、その日は半日から1日くらいダンジョンに入ることができないので探索者の間では『ダンジョンの休日』と呼ばれているんだ。
「使い勝手を確認するには実戦が一番なんだけど明日までお預けか」
ピピピピッ
「ん?」
【救助要請:21階。生存1名】
端末に救助要請の通知?
ってしまった。普段、ダンジョンの外では通知をOFFにしてたのに、どうせ明日は休日だからと昨日そのままにしてたんだった。
しかし今日が休日なのは探索者なら誰でも知っているし、ダンジョンに入ってすぐに警告が出るから見落とすことも無い筈なんだけど。
一体何処の馬鹿なのか。
「仕事か?」
「そうみたいだ。
じゃあおやじさん。今回も良い武器をありがとう」
「おう、ちゃんと生きて帰って来いよ」
「もちろん」
工房を後にして京都ダンジョンに向かう。
しかしだ。
「やっぱりまだ入れないよな」
「だな」
俺以外にも救助要請をキャッチした人がダンジョンの入口に集まっていたが、まだダンジョンの変革は落ち着いてないようで今入ると二次被害を招くだけだ。
「しかし今回の奴はどうしてダンジョンの休日にダンジョン内に取り残されたんだ?」
「良くある馬鹿な配信者だよ」
「『ダンジョンの休日に潜ってみた』って企画で配信してたらしい。
すぐに脱出できるように21階の転送ゲート近くに居たらしいけど逃げ時を間違えたって」
「馬鹿だな」
「ああ、馬鹿だ」
その馬鹿の為に俺達が危険を冒す必要はない。
俺達はのんびりとダンジョンが落ち着くのを待ってからダンジョンへと踏み込んだ。
「要救助者はまだ生きてるのか?」
「残念ながら救助要請は切れてないな」
「そっか。悪運の強い奴だ」
死んで救助要請が切れてくれてたなら俺達が無理をする必要がなかったんだがな。
「じゃあ次の問題は間に合うか、か」
「転送ゲートも初期化されたからなぁ」
「階段までのルートも手探りだからな。
1時間で到着できるかどうか」
「口より足を動かす。行くぞ」
「「おおっ」」
一気呵成に通路を駆け抜ける。全員一緒に。
普通に考えれば分散した方が階段は早く見つかるはずだ。
だけど俺達は特に示し合わせた訳でもないのに同じ道を行く。
なぜならこの先に階段があると思っているからだ。
何か目印がある訳ではないが、長年探索者をしていた勘だ。
「よし、階段だ」
「ドンピシャ」
「折角だ。誰が階段ルートを当て続けられるか勝負しようぜ」
「乗った!」
不謹慎かもしれないけど、それで俺達の歩みが遅れる訳でもないので見逃して欲しい。
むしろモチベーションはアップしているのだから良いだろう。
そうして11階まではほぼ全員が階段まで一直線に向かうことが出来たが15階で半数。21階に到着した時には俺を含めて3人だけとなっていた。
あ、もちろん見つかったルートは全員に共有しているので途中で別ルートに行った人達もすぐに21階に来るだろう。
さてそこまでは良いんだけど。
「……おかしいな」
「ああ。信号の反応からしてこの先だと思うんだけど」
「マッピングは間違いない。なのに辿り着ける道が見つからない。つまり」
「「はぐれ部屋か」」
はぐれ部屋。
それはダンジョン内に時々発生するどことも通路が繋がっていない場所だ。
そこに行く為にはどこにあるかも分からない転移トラップを踏む必要がある。
「トラップ探す?」
「止めておこう。目的の部屋に行けるとは限らないし、行けても戻って来れる保障も無い」
「じゃあどうする。諦める?」
「それなんだけど、ちょっと試したい事があるんだ」
「井上さんか。じゃあ頼んだ」
「おうよ」
俺は今日おやじさんから受け取った剣を抜き、壁に向き直る。
ここまで作った21階マップと信号の位置からしてここが問題の部屋から一番近い壁の筈だ。
問題は剣の性能、というより俺の腕か。
「はっ!!」
スパパンッ。
「でいっ」
がんっ。がらがらがらっ。
「「おおぉっ」」
剣を振り抜いた後、蹴り飛ばせば壁が崩れ落ちた。
1発で部屋までは届かないけどこれを繰り返せば行けるだろう。
その様子を見て他の救助メンバーがどよめいている。
「ダンジョンの壁って切れるんだな」
「ツルハシで崩せるのは知ってたがな」
「どれ。(きんっ)
ちっ。俺の大剣じゃ全く歯が立たないか」
ダンジョンの壁は砕いて固め直せば魔力を通すことでダンジョンの外でもちょっとやそっとでは壊れないものになる。
普段使いには重すぎるし魔力が流れてないと普通のコンクリートくらいの強度しかないから、主に軍事施設や能力者専用の牢屋にのみ使われている。
なんて言ってる間にだいぶ掘れて来たけど。
「そろそろか、な!」
スパッ。
「きゃあっ」
きゃあ?
あぁ、無事に抜けたようだ。
切った壁が向こう側に倒れると、その先に小部屋が見つかり、そこに救助対象の配信者が居た。
残念ながら五体満足で元気そうだ。
「民間レスキューの井上だ。
一応聞くが保険には入ってるよな」
「え、えぇ」
「それで転送ゲートまでの護送は必要か?」
「いえ。それは大丈夫です」
ふむ。ならこれで救助は終了だな。
報酬は今回救助に参加してくれた皆で山分けしよう。
「そうか。じゃあこれで」
「え、あ、ちょっと待って」
「?」
なぜか呼び止められた。
通路は作ったし、怪我はして無さそうだから後は自力で帰れるだろう。
「なにか?」
「取材をさせてください」
「断る。じゃあな」
「だからちょっと待ってください」
「断る。救助はもう終わった。今日は疲れたからもう帰って寝る」
まったく何を言い出すかと思えば。
レスキュー業務に取材を受ける義務なんて無い。
今回はダンジョンの休日に引っ張り出されて面倒な壁破壊までさせられたんだ。
これ以上何かをする気は無い。
だけど彼女からしたら俺の態度は許せなかったようだ。
「ちょっとあなた。私にそんな態度取って大丈夫だと思っているのかしら。
この様子は全て配信されているのよ!」
「そう。それで?」
「要救助者を蔑ろにしたことが発覚したらマズいんじゃないかしら」
また随分見当はずれな文句をいう人だ。
まぁダンジョンの休日に警告を無視して潜っている時点で迷惑配信者なのはほぼ確定してた訳だけど。
「それならさっき護送は断られたし、救助は終わったから関係ない。
これ以上の救助を求めるならもう一度救助要請を出せば良い。
当然、救助費用はもう1回分掛かるし、取材などに応じるかどうかは救助にきた人次第だけど」
冷たく切り捨てるように言い放って俺は元来た通路を戻ろうとした。
その背中を捕まえようと彼女が手を伸ばしてきたが空振りに終わった。
「ちょっ、待ちなさいって言ってるでしょこの。
【フリーズジャベリン】!」
「ん」
スパッ。パリン。
俺を引き留める為なのか、こっちに氷魔法を放ってきたので後ろ手に剣を当てれば、良い感じに魔法を無力化してくれた。
どうやらこの剣、ダンジョンの壁を切り裂く強度だけでなく、魔法すら切り裂けるらしい。
前の短剣だったら魔法は受け止めるか弾き飛ばすかのどっちかしか出来なかったから明らかに高性能になったな。
なんて剣の出来に満足しつつ、後ろで自分の魔法があっさりと破壊されて呆然としている彼女にイエローカードを投げ渡しながら俺はその場を去った。




