(14)ライセンス更新(その後)
チーム【エクスカリバー】による東京ダンジョン60階ボス攻略は様々な反響を呼んでいた。
その1つが80階のボスが60階に出てきたことだ。
これは他のダンジョンの60階攻略情報と照らし合わせても、初めての事例だった。
<他の60階攻略動画と比べても明らかに難易度高かったよな>
<ボス部屋なのに物量で押してくるとか反則でしょ>
<以前別のダンジョンで探索者側が30人の大人数パーティーで挑んだ事はあったみたいだぞ>
<それ知ってる。確か半数近くが戦線離脱しながらも何とか勝利を納めたやつだろ>
<ヒドラみたいに複数の頭がある巨大モンスターだったな>
<普通はそういう大型モンスターがボスなんだよw>
<そう考えると今回はボス不在?>
<デーモンロードは戦わずに帰っちゃったしな>
<いやあれでデーモンロードまで相手するって鬼畜過ぎるから>
<80階のボス部屋はあれと戦うのか>
<その時はマジで無限召喚なんじゃね?>
<勝てる未来が見えない>
今回のボス部屋はデーモンロード1体と召喚されたモンスターが300体。
それを元々エクスカリバーの4人で相手するところだったのだ。
ボスを抜かして1人あたり70体超を倒す計算だ。
通常の通路などで戦うなら一度に5体程度を相手にすればいいので時間さえかければ何とかなったかもしれない。
しかし大広間になっているボス部屋では壁を背にしたとしても10体以上の相手をし続ける事になる。
到底捌き切れるものではない。
だけど彼らは無事に生還した。
それは決して彼らの実力ではない。
いや運も実力の内と言えばそうなのかもしれないが。
『民間レスキューの井上だ』
もう勝ち目がないと諦めかけた時にやってきて、まるで散歩に来たような軽い足取りでそう話し掛けて来た男性は、たった1人で全てをひっくり返してしまった。
鮮やかな手並みでエクスカリバーの4人に応急処置を施し、そしてあっという間に残っていたモンスターを蹴散らしていく。
それまで苦戦を強いられていたエクスカリバーの面々にとっては到底信じられない光景だ。
<えっと、俺達は何を見せられてるんだ?>
<これ生放送、だよな>
<画像加工とかはされてないはずだけど>
<ドッキリでしたって言われても信じるレベル>
<いったいどんなスキルを使ってるのかまるで分らない>
<熱したナイフでバターを切るようにモンスターが切断されていく>
<ちょっ、ダイヤモンドビーストまで一刀両断とかありえねぇって>
<肩から先が消えて見えるんだけど、本当に人間の動きなのかこれ>
<残ってたモンスター壊滅するのに3分掛かってないんだけどw>
息ひとつ切らさずに最初に出てきて残っていた70体近くのモンスターを殲滅し、追加で出てきた200体も1人で倒してみせた。
しかも驚くことに一切の攻撃スキルも魔法も使った形跡が無い。
唯一バフと思われる光が彼の全身から発せられていただけだ。
それでも常識的に考えればありえない話だ。
<実は人の姿をしたモンスターだった説>
<人間社会にモンスターが紛れ込んでるってか>
<どこのラノベだよw>
<デビールマンみたいに人の愛を知った正義の味方かな>
<もしかして民間レスキューが化物の巣窟なのか?>
<恐るべし民間レスキュー!!>
いつの間にか民間レスキューに風評被害が及んでいた。
当然だが民間レスキューの全員が同じことが出来る訳ではない。
このまま放置されれば民間レスキューを弾劾する動きもあったかもしれない。
だけどそこは人気配信チームのエクスカリバーだ。
ダンジョンから脱出した後、問題の投稿を見つけてすぐにフォローを入れていた。
『皆さん、民間レスキューの方々を憶測で悪く言うのは止めてください。
確かに中には悪質な方も居るとは聞いていますが、それは100人も居れば数人は善人も極悪人も混ざっているのと同じ理論です。
一括りに民間レスキューだからこうだ、という話ではありません。
少なくとも今回俺達を助けてくれた井上さんは実力が桁外れだっただけで救助行為は的確でまさにプロと呼ぶべきものでした。
俺達は彼に心から尊敬と感謝の思いでいっぱいです』
<同業者だけど、確かに文句ない救助だったな>
<そうだな。実力が異常なだけで救助自体は100点満点だった。実力が異常なだけで>
<やっぱ同業から見てもあの強さは異常なのか>
<50階以降に救助に行ける奴なんてほとんど居ないからな! あんま期待しないでくれよ>
<うむ、変な事言ってすまぬ>
真摯な言葉は人の心を打つ。
同業者からのコメントも入ってこの件は炎上することは無かった。
代わりに1つ。
<ところであの井上さんって誰? 俺見た事無いんだけど>
<それ俺も思った。東京ダンジョンは広いけどあんな短剣使いがいたら噂になるはずなのに>
<普段から50階以降を回ってるなら知られてなくてもおかしくは無いか?>
<探索者ギルドで素材納品する際に騒がれそうな気もする>
<確かに毎回下層の素材を納品してたら隠してても噂は広まりそうだ>
<それすらないって事はまさか冒険者?>
ここでいう冒険者というのは、探索者の中でも1カ所に留まらずに各地を転々と巡りながらダンジョン探索をする人の事だ。
ダンジョンが変われば出てくるモンスターも変わるし手に入る素材も変わる。
そう言った変化を求めて一部の能力者は冒険者になるのだ。
路銀は手に入れた素材を探索者ギルドで売れば何とかなる。
『冒険者か。じゃあもう会う事もないだろうか。
もっとちゃんとお礼を言いたかったし、出来る事なら俺達のパーティーに入って欲しかったんだけど』
<民間レスキューだって言ってたしパーティーは無理じゃね?>
<だな。エクスカリバーはバリバリの攻略パーティーだし>
<最深層攻略中に救助要請入って抜けられても困るっしょ>
<それに彼が入ったらパーティーのバランス崩れる>
<女の子達、彼に取られちゃうかもよ?>
<泥沼の愛憎劇は好きだけどそれでこのパーティーが崩壊するのは嫌だな>
<でもま、情報募集くらいはいいんじゃない?>
『そうだな。じゃあ民間レスキューの井上さんの情報求むってことでよろしく!』
<あいあい>
<ま、情報網の発達した今時代、世界の裏側の情報だって手に入るんだからすぐ見つかるだろ>
その予想はしかし、大きく裏切られることになる。
なぜならば。
<俺が民間レスキューの井上だ>
<え、俺も井上だけど?>
<私だってそうよ>
<いやお前は女だろw>
<オレオレ、俺もだよ>
<オレオレ詐欺はひっこんでろw>
こんな感じで東日本を中心に『民間レスキューの井上』を名乗る人物が多数現れたからだ。
中にはわざわざこの為に短剣を準備した者や背格好などが似てる人物が改名して名乗り出す始末。
もう完全にお祭り騒ぎで、本物というか探し求めていた人物はなかなか見つかることは無かった。
なお、当の本人はというと。
「あ、しまった。
東京土産買ってくるの忘れた。
急ぐ訳でも無し、静岡辺りで一度降りて適当に買おう。
子供たちには無難にお菓子の詰め合わせかな」
などと言いながら帰りの新幹線で途中下車しているのだった。