(11)ライセンス更新(1)
その日、俺の元に1通のメールが届いていた。
【ライセンス更新のお知らせ】
ダンジョンレスキューの資格は取得したら終わりではなく1年ごとの更新制だ。
このメールはその更新依頼のお知らせ。
更新で行う内容は大きく2つ。
1つは単純な筆記試験と担当官との軽い面接。
まぁこれで落ちる奴はまずいない。
小学生でも解けるような問題(=ボケてないか)と、素行不良になっていないか(=精神障害になってないか)を確認するだけだ。
面倒なのはもう1つの方で、最高到達階層と救助可能階層の把握を行う必要がある。
前者は自己申告制で適当な階層を書いて終わりだけど、後者は指定されたダンジョンに潜り申請したい階層で1時間待機した映像を送る必要がある。
この指定されたダンジョンっていうのが毎回ランダムに決定される訳だけど。
「今回はどこかな……げっ」
【東京ダンジョン】
よりによって東京か。
50年前のあの災害によって一度水没した東京は、もちろん今はすっかり復旧し改めて日本の主要都市の1つとして君臨しているのは昔と変わらない。
そして人口が多ければ探索者の数が多いのは言うまでもない事。
人が多ければ探索者同士の衝突も多くなるしガラの悪いのも多いと聞く。
「出来れば近づきたくなかったんだがな」
ぼやいても行くしかない。
父島ダンジョンじゃなかっただけマシだと思おう。
…………
~~ 東京ダンジョン60階 ~~
その日、数多くの探索チームの中でもトップクラスと名高いチーム【エクスカリバー】がその最高到達階層を更新すべく東京ダンジョンに挑んでいた。
ちなみに公式記録での東京ダンジョンの最高到達階層は昨日時点で58階層。
チーム【エクスカリバー】は一気に2階層も更新し、更に60階層のボス部屋にチャレンジしようとしていた。
その偉業を一目見ようという視聴者は既に200万人を突破している。
「行くぞ皆。
この階層をクリアして僕達が東京ダンジョン深層に一番乗りだ。
関西のダンジョンは既に突破されてるって話だし負けちゃいられない」
大声で仲間を鼓舞するのはリーダーのユウト。
若干21歳という若さながらその実力は折り紙付きだ。
金色に輝く鎧と相まってまさに勇者の風格を出していた。
ダンジョンは一定階層ごとに上層、中層、下層、深層と分類分けがされており、東京ダンジョンでは20階ごとに分けられていた。
中層を攻略出来るのは全探索者の内の2割。下層は更にその1%に満たないと言われており、深層に行けるのは一握りの探索者グループのみだ。
「油断は禁物よ。極力戦闘は控えて来たとは言っても既に持って来たポーションはだいぶ使ってしまったわ。
最悪今回はボス部屋の位置を確認するだけに留めてボスアタックは次回にすることも視野に入れましょう」
次善策を提案するのはサブリーダーのマヤ。
白銀の衣装を身に纏い、味方への強化魔法と回復魔法を行使するサポーターだ。
彼女の支援のお陰でチームの戦力は3倍なっているとさえ言われている。
「マヤっちは相変わらず心配性だねぇ。
この辺りの階層は魔法系モンスターが多いみたいだし、あたしがバンバン射落としちゃうから大丈夫だって」
ニカッと笑いながら言うのは弓使いのミミ。
身長145センチの自分よりも長い弓を自在に操り針の穴を射抜くほどの精密射撃を行う名手だ。
魔法系モンスターの多くは物理攻撃に弱い傾向にある為、ユウトが近づくころには大半が彼女によって倒されることになる。
元気よくジャンプすると大きく跳ねる胸も彼女のトレードマークだ。
「ふんっ。道中の小物はミミに任せるわ。
わたしはボス戦に向けて魔力を温存しておくわ。
MPポーションも限りがあるし」
高飛車に言い放つのは魔導士のバーリナ。
身長はミミとそれほど変わらないものの、魔導士にありがちなとんがり帽子のお陰で高身長に見えなくもない。
その代わり胸は慎ましやかだが。
その言動とロリな外見からコアなファンが多くいるらしい。
彼らは60階に踏み込み、凶悪なモンスターを撃退し、危険なトラップを回避して奥へと進んでいく。
しかしその歩みは速くはない。
なにせ東京ダンジョン60階に踏み込んだのは彼らが初めて。当然マップなどないのだから。
何度も行き止まりにぶつかりながら、ドローンカメラを利用したマッピングを元に徐々に空白を埋めて行く。
当然モンスターとの戦闘回数も多くなり、何とかボス部屋を発見した時にはポーションも残り少なくなっていた。
彼らは扉の前で一息入れながらこの後どうするかを話し合うことにした。
「手持ちの回復ポーションは中級が1つに初級が3つだけか。
正直ボス戦は僕たちの実力でもギリギリだと思う。
ここは一度退くべきか、それとも挑戦するべきか、みんなの意見を聞きたい」
「私は退くべきだと思います。
今回でマッピングは無事に出来たのです。
態勢を整えてから改めてチャレンジすべきでしょう」
「えぇ~折角ここまで来たのに。
それに視聴者のみんなだってボス戦を楽しみにしてくれてるんだよ」
<そうだそうだ>
<エクスカリバーの皆なら勝てるって>
<いやでも50階のボスだってかなり強敵だっただろ。
60階はそれ以上だと考えると危なくないか?>
<あの時よりもみんなレベルアップしてるし大丈夫だって>
コメント欄は賛否両論さまざまな書き込みが流れて行った。
ボス扉を前にして同時接続数は250万人に達していた。
その多くはやはりボス戦を楽しみにしている事だろう。
「バーリナはどうだ?」
それまで口を閉ざしていたバーリナへと問いかければ、バーリナはじっと考えた後、答えた。
「……難しい所ね。正直退くとしてもここから51階まで何回モンスターに遭遇するかしら。
それらを撃退するのと、ボス戦1回をクリアして61階の転送ゲートで地上に戻るのではどちらが楽でしょうね」
「確かにそうだな」
ここに至るまでに53階以降は各階でポーションを使用してきた。
それを考えれば帰り道でたった3本の初級ポーションではかなりの強行軍になるだろう。
かと言ってボス戦では即死級のダメージすらあり得る。
せめて中級ポーションが人数分あればよかったのだけど、それも道中で使ってしまった。
「……よし。俺達は探索者であると同時に配信者だ。
どうしても決められない場合は視聴者に決めてもらうっていうのはどうだ?」
「つまり安価ね?」
「良いんじゃない?」
「はぁ。どうなっても恨みっこなしよ」
安価。つまり合図してから〇番目に投稿されたコメント通りに行動するというもの。
大勢の視聴者が同時にコメントを書くので誰の案が採用されるかは運次第だ。
「じゃあ行くぞ。……安価7だ!」
<突撃!>
<ボス行くっきゃないって>
<ここは一度退いた方が>
<ボスの顔だけ見て帰る>
<他チーム呼んで共闘>
<ボス戦観たい>
<救助要請しながらボス戦>
「ストップ!」
「「「……」」」
まさかの結果にエクスカリバーの4人は顔を見合わせた。
なにせここは攻略最前線。
救助要請なんて出したって誰も来れるはずがない。
そんなことは分かっている。
けど安価は絶対だ。撤回するようなら安価の意味が無い。
「じゃあ救助要請出すけど、レスキューが駆けつけることは期待しない。
俺達だけでボスを倒すつもりで行くぞ」
「「「はいっ」」」
力強く立ち上がった彼らは救助要請を出しながらボス部屋の扉に手を掛けた。