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(10)忙しい日

 ダンジョンの救助活動は決して毎日ある訳ではない。

 最近は少し頻度が増えていると言っても1回も救助要請が無い日の方が大半で、週に1回しか要請が掛からない、なんてこともある。

 まあ救助要請が無いのは皆が安全に探索を行っている証拠で、病院が暇なのと同じく歓迎すべきものだ。

 俺を含め民間でレスキュー活動を行っている者の多くはダブルワークでサラリーマンをやっていたり探索者であったりと別口の収入源を持っているので、例え救助要請が全く無くなっても生活に困ることは無い。

 そう無くなるのは別に良いのだけど。


ピピピピッ

【救助要請:33階。生存4名】

「ちっ、またか」


 今日だけで5回目の救助要請があった。これで6回目だ。

 5回のうち3回は俺以外のレスキューが救助したようだけど、2回は俺が救助に駆け付けた。

 しかもいずれも30階越えの中堅探索者。


「それだけの実力があるなら自力で脱出できるラインを見極めて欲しいものだ」


 なんて悪態をつきつつも俺はダンジョンの中を駆け抜けていった。

 要救助者達は……よし、まだ無事だな。

 視線の先では3人組の探索者がモンスターに囲まれているところだった。

 あとよく見れば1人重傷を負って血を流しながら倒れている。


「民間レスキューの井上だ。まずは加勢する!」

「頼みます!」


 サーベルタイガーを真っ黒くしたようなモンスターの群れに突撃する。

 向こうも乱入者に気が付いたようだが若干遅い。

 俺の方に顔を向けた時には既に通り抜けた後で、その際に首を切り落とされた3体が光になって消える。

 走り抜けた勢いのまま壁を蹴って三角跳びの要領で反転、天井も使って立体機動を行いながら残りのモンスターも討伐していった。


「す、すげぇ」

「感心してないで、そっちの倒れてる奴にポーションを飲ませてやれ」

「は、はい!

 あ、でも毒も受けてるみたいで傷口が青黒くなってるんです」

「なら解毒薬で傷口を洗い流せ」


 まずは人命救助が最優先とポーションを渡し、応急処置を済ませる。

 倒れていた男はなんとか呼吸も安定して一命は取り留めたようだ。


「さて、改めて名乗っておくが俺は民間レスキューの井上だ。

 お前達、ダンジョン保険には入ってるな?」

「も、もちろんです」

「よし。3人は怪我とかは大丈夫か?」

「はい。ザイツが庇ってくれましたから」


 ザイツというのは倒れている男の名前だろうな。


「では早急にダンジョンから脱出しよう。

 転送ゲートまで護送した方が良いか?」


 撤退するだけなら3人も居れば1人が重傷者を背負い、残りの2人で護りを固めながら移動すれば行けなくはない。


「それなんですけど……」

「なんだ?」

「ザイツだけ地上に送り届けてもらうってことは出来ませんか?」

「無理だな」

「そんなばっさり」


 こういった相談は多人数パーティーを救助した時に時々される。

 しかし答えは決まってノーだ。


「救助要請を出した者は速やかにダンジョン外へ脱出することと、ダンジョンレスキュー規約でそう決まっている」

「そこを何とか。今回の救助要請はザイツが出したってことにして見逃してくれませんか。

 俺達まだやらなきゃいけない事があるんですよ」


 やらなきゃいけない事、ねぇ。

 思い当たることと言えば重病の家族を救うために上級ポーションの材料の青薔薇を探しているとか、借金の返済の為にレアドロップを手に入れることとかだろうか。

 だがこの付近の階では青薔薇を見たことは無い。俺の知る限り51階以降にしかないはずだ。

 いずれにしても俺の答えは変わらないけど。


「お前達の事情は知らないし、聞く気も無い。

 仮にその倒れている彼だけを連れ帰ろうとした場合、万が一途中で容態が急変して命を落としても責任が持てない。

 初見殺しのトラップや変異種による急襲の可能性も捨てきれない。

 後から彼を見捨てて逃げたんじゃないか、全員で行動してれば助けられたんじゃないかとか言われても困る。

 よって俺が取れる行動は2つだけだ。

 1つはここに居る全員で転移ゲートまで撤退すること。

 もう1つは救助活動は現時点で終了にすること。この場合、当然俺はそいつの搬送を請け負ったりはしないからな」

「くっ」


 冷たいと思われようと筋は曲げない。

 曲げた結果、問題が起きた場合ほぼ確実に「お前があの時筋を曲げたからだ」と言われるのは分かりきっている。

 それに仲間の救助を他人任せにしてってのも俺的にマイナス評価だ。信用に値しない。


ピピピピッ

【救助要請:36階。生存5名】


 何なんだ今日は。

 またしても救助要請だ。


「それでどうする?

 こっちものんびりしている暇は無いんでな。

 今すぐ決めてくれ」

「……分かった。

 後の事は俺達で何とかする」

「了解。じゃあな」


 彼らがそう決断したのなら俺から言う事は何もない。

 俺はすぐさまその場を離れ、次の救助要請へと向かった。

 そうして辿り着いた次の現場は、残念ながらほぼ手遅れだった。

 モンスター自体は俺より先に駆け付けたレスキューが撃退したところで、俺は逃げて来た数体を光に変えただけだ。

 しかし助けに入った時は既にそうだったのだろう。

 5人中3人は頭が無くなっていたり明らかに死んでいた。

 残り2人も虫の息だ。


「応援に来ました」

「その声、井上さんか」

「あ、斉藤さんでしたか」


 先に来ていた人に声を掛けたら知り合いのレスキューだった。

 彼なら遠慮はいらないな。

 俺達はすぐに瀕死の2人の容態を確認したが。


「ダメだな。初級ポーションで塞がる傷じゃない」

「中級の使用許可は……出していないか。

 なら一縷の望みに掛けて応急処置だけして急ぎ病院に担ぎ込むしかないな」


 初級ポーションに比べて圧倒的に効果が高い中級ポーションを使えば1割に満たない生存率が5割くらいまで上がる。

 だけど効果が高い分、値段も高いため、本人の承諾なく使う事は出来ない。

 一応事前に本人が使用許可を出していればレスキューはそれを確認して使用することが出来るのだけど、今回はなかった。

 俺達は救急キットで傷口を塞ぎ失血死したり折れた骨が内臓に刺さらないように固定した後、自分たちの背中に乗せて……いや。


「斉藤さん。こっちの彼は切れました」

「……こっちもだ。ったく馬鹿野郎どもが死に急ぎやがって」


 息を引き取った彼らをその場に横たえる。

 外であれば遺体を家族の元に送り届けたりするんだろうけど、ダンジョンではそれはしない。

 なぜならここは常にモンスターとトラップに狙われている危険地帯。

 そんな場所から死体を運び出す余裕は持ち合わせていない。

 ならせめて埋葬を、と思うかもしれないが、ダンジョンでは生きている者が居なくなった後、数分もすれば死体はダンジョンに吸収され跡形もなくなる。

 一説にはダンジョンは人間を誘い込んで食べる巨大モンスターの腹の中である、なんて言われているがあながち間違っていないのかもしれない。


「ところで斉藤さん。

 今日はやけに救助要請が多いですが、原因って何でしょうか」

「ん?あぁ。井上さんは余り配信ニュースとか見ない方か。

 何でも今日、複数のグループが合同で非公式の大会を行ってるらしい。

 探索階数とモンスター討伐数、ドロップアイテムの評価で得点を競って上位チームには賞金が出る。

 1位になったらなんと3000万円だそうだ」

「……あほらしい」


 つまり彼らはたった3000万円の為に命を落とした訳か。

 30階まで来れる実力があれば安全マージンを確保しつつ探索をしても食べていく分くらいは稼げたはずなのに。


ピピピピッ

「っと、懲りない奴らだ」

「こんな事が今、日本各地のダンジョンで起こってるんだろう」

「イベントを企画した馬鹿をモンスターハウスに投げ込んでやりたいな」

「まったくだ」


 ため息をつきながら顔を見合わせた俺達は、それでも救助要請の出た現場へと急行するのだった。



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