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双生のインプロア  作者: クロレキシスト
序章:超常の邂逅
7/34

EP7:緋色の血と黒いインクと推敲された過去


          《1》


「……俺が知っている、君の過去を話す。覚悟して聞いてくれ」

 フェニックスはかつてないほど真面目な目をして、ヒロの隣、話を始めた。もちろんヒロは、同じように真面目な顔で話を聞いた。

「俺が君を見つけた時、既に君は『ヒロ』を名乗っていた」

 フェニックスがヒロを見つけた時、彼はすでに精神的に衰弱していた。顔は涙でぐちゃぐちゃ、目も泣き疲れて腫れ上がっている。それなのにその顔面に表情らしい表情を見つけることはできず、それは全ての感情を、奥底へ封印しているように見えたという。

 そしてその少年が背負うリュックサックの中身は、少し鉄臭い財布と、家から持ち出した食用油とライターだけ。何かを求めるようにして、街の中を四六時中彷徨っていた。

「《ツインズ》はその人格や能力がどれだけ宿主の望むものからかけ離れていようとも、その宿主の内側から湧いたものだ。《サイダーズ》は一見、《ツインズ》の一種に見えるかもしれない。だが、《サイダーズ》はぼんやりとした意識だけの状態で世を渡ることができる。気に入った人間を見つけたなら、それを依代にして人間社会に溶け込む……寄生虫じみた本質を持つ、悪趣味な連中なのさ」

 フェニックスからすればこの時のヒロは、取り憑く側からしたら完璧にも近い、都合の良すぎる状態に見えた。強い自我を持たずに機械的で、尚且つその鉄皮面の中に、餌となる負の感情をたっぷりと蓄えている。その場しのぎとなる体を探していたはずのフェニックスは、あまりにも要求に沿った「体」が現れ、目を疑ったらしい。

「そして俺は君に……『ヒロ』の体に入り込んだ」

 だが、フェニックスは後悔することとなった。彼の体を動かしていたのは虚な本能などではなく、巨大な罪悪感と後悔に満ちた、絶対に揺らぐことのない覚悟だったのだ。

「君は俺が話しかける隙すらないような、並々ならぬ覚悟を持っていた。それに従って、『何か』を行う場所を探していた。今思えば、その覚悟の果てが君の見た、あのシーンだったんだろうね」

ヒロは思い返す。《ディア・マイ・シスター》の能力で見せられた、自分の酷い表情を。惨たらしいその末路を。

「……焼身自殺」

 フェニックスが出会った時点で、この少年はすでに「ヒロ」を名乗っていた。彼の知りうるヒロは、すでに望んだ死へと突き進むだけの機械と化した後だったのだ。

 それはヒロの記憶を取り戻すための過程において、フェニックスの一つ目の役目が終わったことを示していた。フェニックスが知っていたのは、たった数日の短い間のことだけだったのだ。

「……君の言いたいことはわかる。でも俺が知ってることは、全て言い切った。あとは君も知る通り、俺は君の不安に漬け込んで、『不殺人鬼』になる道を歩ませたってわけさ」

 フェニックスはシニカルに笑った。それはヒロへのものではなく、フェニックスが自身に向けて放ったものであった。

「……いいよ、どうせ期待してなかったし」

「こういう時はもっと前向きな慰めが欲しくなるんだけど……仕方がないか。君も思ったよりショックを受けていないみたいだし」

「え? ……結構ショック受けてるんだけど……分からない?」

「本当かい? ……あぁ、よく目を凝らせば、分からなくもなくもない、ってところかな……記憶喪失やら度重なる死やらで、感情表現の能力が低下しているのは前々からわかってたけど……あの三人に会ってなおこれとは、なかなか抜けないもののようだね」

 フェニックスはヒロの前髪を掻き上げるようにして、彼の額に触れた。ヒロの体はほのかにフェニックスよりも体温が高かった。

「……さて、俺のやるべきことは終わった。ヒロ、この後はどうするつもりだい? 本当に、あのスイコウとやらを助けに行くのかい?」

「もちろん……スイコウは、ルリの友達だからさ」

 ヒロがそう言い切るとともに、緋色の空間に亀裂が入り、徐々に風景が消えていく。フェニックスはヒロの手を取る。

「……俺は君の覚悟を尊重しよう。だけど、君の役割を忘れないでね、『不殺人鬼』?」


 次の瞬間、ヒロは自らの足で、あの空き家の中に立っていた。

「……スゥ……ふぅ。行くか」

 血仮面の奥に覗くヒロの瞳が、『不殺人鬼』のものに変わる。

「《スーサイド・フェニックス》」

 ヒロは手首を指の爪で切り裂き、その溢れ出た血と炎の中から、殺戮の剣を取り出した。


          《2》


「俺は《サイダーズ》第一座、《スーサイド・フェニックス》を宿す者、俺は自分を日暮飛路と呼び……人々は俺を、『不殺人鬼』と呼ぶ」

 全身からありったけの殺意を吹き出し、ヒロは剣先を地面に「ガァン!」と突き立てた。ヒロはまだ名を知らぬ、写絵風鈴と紙魚綴幸……否、その体を乗っ取った、ペンパルへの威嚇の意を示して。

「さ、《サイダーズ》、第一座……まさか、お前がオウル様が言っていた、あの不死鳥だって言うのかい!?」

 フウリンは明らかに動揺している。隣でヒロが来る前から息を荒げていたペンパルは、彼女の言葉の意味がわからないのか、「フウリン様、どうされたのですか……?」と、首を傾げている。

「チッ、私たちで相手取るにはあまりにも分が悪い……ペンパル、ここは君に任せるよッ!」

 ペンパルが一切状況をつかめていない中、フウリンは突如踵を返して、道路の果てへと走り出した。

「——逃がすかっ!」

 ヒロがその背を追って、大きく一歩を踏み出そうとした直後、彼の足元に「刺」の文字が横並びに浮かび上がった。

「お待ちください、『不殺人鬼』様」

 ペンパルの声と共に、「ザザザザン!」と、塀を作るように極太の棘が並んで地面から生えた。ギリギリでその棘の発生に気づけたヒロは、強引に体を捻って塀から離れた。

「あなたもルリ様たちと同じように、我々《焚書図書館》の障害となる人物です。どうやらあなたの手によって、ルリ様たちの体は復元されてしまいましたから、また始末し直さなければいけなくなってしまいましたが。フウリン様は自分の能力では対抗できないと思い逃げ出したのでしょうが……私ペンパルは、そうはいきません」

「スイコウ、何を言って……そうかお前、スイコウの《ツインズ》……! 確か名前は……《レター・フロム・ブラックワールド》」

「おや、そこまで覚えて頂けているとは……私が説明する手間が省けましたね。改めて、自己紹介の方を……スイコウ様の《ツインズ》にして《焚書図書館リコール》所属、ペンパルと申します」

「……ああ、そうか。スイコウをリコールの連中が誘拐したのは、お前のためだったってわけか」

「ご名答でございます。さて、『不殺人鬼』様。どうされますか? ルリ様のご友人であるスイコウ様の体、私を倒そうと言って、簡単に傷つけるわけにはいかないでしょう?」

 ペンパルは性悪な、ささやかな笑顔を作った。彼の言う通り、「普通なら」、友人の体を攻撃することはできないだろう。

「……いや、」

 だが、ヒロは剣先をペンパルの喉元へ向けた。

「丁度、スイコウにやり残したことがあった。俺が殺せなかった数少ない《ツインズ》能力者のうちの一人が、お前の宿主、紙魚綴幸」

 ヒロは、身を沈めた。グググ……と力を込め、そして。

「ここでお前を殺せば、俺の未練が晴らせるってなァ!」

 勢いよく飛び上がった。フェニックスの血のおかげで、彼の体は損傷しても即座に再生できる。人間の筋肉は自壊を防ぐため、平常時に出せる力は二十パーセント程度だと言われているが、彼には関係がない。無限の治癒力を以てしてブーストをかけた肉体は、生半可な肉体強化系ツインズ能力を軽く凌ぐ勢いで空に飛び出した。

「……『不殺人鬼』の本質はやはり、獣のようですね」

 ペンパルはザザザザッと俊敏に指先を動かし、空中に「刈」の一字を刻んだ。そして彼が空中から襲いかかるヒロに目掛け、アッパーカットの構えをとる。

「《血落(けつらく)(はやぶさ)》ッ!」「《刈》」

 ヒロの地面めがけた刺突と、ペンパルの視界を遮るように伸びたインクの刃が激突する。「バギィン!」と重量級の金属音が道路にこだました。

 初撃を弾かれたヒロは空中で即座に体勢を立て直し、着地と同時にまたペンパルへの接近を試みた。地を滑るようにして敵の足元を狙い、横薙ぎ一閃を放ったのだ。

 だがペンパルはそれを目で追っており、またしても凄まじいスピードで、地面に「鋸」の文字を書き込み、バックステップを踏んだ。

 ヒロの剣がギリギリペンパルのアキレス腱を逃した直後、地面から出現した漆黒の丸鋸が、ヒロの手首から先を勢いよく抉り取った。

(——俺のこと、落とさないでくれるかい?)

 フェニックスがヒロの脳内に語りかけると、彼の体から離れた両手首が、緋色の炎を伴って爆散する。その炎がまっすぐヒロの手首に延びて、彼の手首を復元する。彼の剣・《ツインズ》も、元通りに彼の手に収まっていた。

「……ごめん、フェニックス」

(——謝るなら後でまとめてだ、今は殺し合いに集中した方がいい)

 ヒロは剣を構え、またペンパルの姿をじっと見た。ヒロは紙魚綴幸という人間のことをほとんど知らない。だが確かに伝わってくるのは、ペンパルに操られた体の節々から漏れ出す、彼の激しい気配。

 ヒロが《スーサイド・フェニックス》を通じて感じたスイコウのそれは、焦燥と激情と悲壮がぐちゃぐちゃになって、強い粘り気のようなものがあった。肌で感じているだけで一挙一動が重くなるような負担が、ヒロの精神に響く。

「どうされたのです、『不殺人鬼』様。スイコウ様と相対した時はもっと無謀な戦い方をされていたと記憶しているのですが」

「そっちこそ、俺と殺り合った時みたいな気迫が感じられねェぞ」

「あれは、スイコウ様の演技力の賜物でございます。元々のスイコウ様は、決してあのような正義の暴走など起こさない、理性的な人物でございますから。ルリ様が関わらなければ、こうしてあなたと殺り合うことも、なかったのでございましょうか?」

「……だったら何だ?」

「いえ、単なるもしもの話でございますよ」

 ペンパルは咳払いを交えながら、地面に文字を書き込んだ。だがヒロはその文字を視界に捉えることができなかった。ペンパルは左の膝をついた状態で、右足の踵の後ろ、つまりヒロの死角に文字を書き込んだのだ。この短い会話の中で瞬時に策を巡らせたのか、それが彼の常套手段なのかは分からないが、ヒロからすればこれでは、ペンパルから何をされるか把握できないことに変わりはない。

 しかも今は空に星が瞬く時間。灰色のコンクリートに黒いインクで書かれた文字は、ほぼ不可視と言っていいだろう。

「行け」

 ペンパルの冷たい掛け声に合わせ、彼の足の陰から、文字が地面を滑るようにしてヒロに迫る。

 ヒロは文字が読めないことを察すると、すぐに左手首に犬歯を突き立てた。ぷしゅっ、とそれなりの勢いで、緋色の血が彼の体外へと飛び出した。そして空気に触れてすぐに、それは炎を生み出す。その炎が、地面を照らす。暗闇から浮かび上がった文字は……「鎖」。しかも、彼を取り囲むように、四つ。

 それから時を待たずして、地表から漆黒の鎖が四本、湧き上がるようにしてヒロに襲いかかった。その軌道は四本全てで螺旋を描くようであり、ヒロの体を締め上げることが狙いと取れた。

「《血風・鳶》!」

 彼は即座に構えをとり、回転斬りで四本の鎖全てを断ち切る。巻き起こった炎の渦に乗って、鎖の破片は空へと舞い上がる。

「ッたく、油断も隙も……」

「ありゃしない、ですか?『不殺人鬼』様」

 炎の渦が消えた直後、ヒロの目と鼻の先に、ペンパルの顔があった。彼は鎖にヒロの注目を集めながら、静かに彼のすぐそこまで接近していたのだ。

 ——ドゴッ!

「ぐふッ!?」

「スイコウ様は臆病でしたが、貧弱ではないのですよ」

 ペンパルはヒロの脇腹にチョップを繰り出していた。高速で文字を書き殴ることで鍛えられた精密性によって、放たれた衝撃はヒロの内臓にまで響く。

 思わず体をくの字に曲げたヒロのその鳩尾に、鋭い突きが襲いかかる。肉の奥、心臓を狙って放たれたその一撃に、思わずヒロは嗚咽を漏らした。

 最後に彼を退けるように首の横にチョップを入れて、ペンパルは一つ、ため息を漏らした。ヒロは無意識にフェニックスの実体化を解除していた。

「はぁ……『不殺人鬼』様、《サイダーズ》をその体に宿しているのであれば、もっと強くてもおかしくはないと思うのですが」

「こちとら《サイダーズ》のことなんかついさっき知ったんだよ……そんなこと言われてもわかんねぇから……アァッ!」

 ヒロは自棄気味の大ぶりな殴打を繰り出した。

「正確さが足りませんね」

 ペンパルはそれを外にいなし、首筋にチョップをまた叩き込んだ。

「あなたの拳……勢い任せで威力が分散しています。これは私の推測になってしまいますが、あなたは今まで剣術に頼りすぎていたのでしょう。素拳での戦いはあまり得意ではないのですね」

「……っ」

 ヒロは否定の声を上げようとしたが、込み上げる嗚咽に息もままならない状態だった。

 彼の《スーサイド・フェニックス》の力は「不死」だが、それは一般に知られる「不死」とはやや違う。具体的に言うならば、彼の「不死」は、基本「傷」を伴うものにしか有効性を持たない。

 能力の発動を順を追って見ると、まず彼が傷を負うと、そこから出血が起きる。そしてその血が燃え、焼けるような痛みを伴って傷が癒える、というようになっている。つまり能力が発動するためには、ヒロの血が血管の外に出る必要がある。そしてそれが発動したところで、彼は体の損傷しか治癒することができない。

 これらのことを裏返して言えば、彼は出血を伴わない傷は治療することができないし、そもそも「損傷」に含まれない、酸素欠乏や毒物の中毒症状には無力だ。

 ヒロが常に実体化状態のフェニックスを武器にして戦う理由も、そこにある。一度「死」から蘇る際に、彼の体は再構築される。つまり、先ほど述べたフェニックスでカバーしきれないダメージも、彼が自ら条件を満たせば、内部の傷も治せるし、体に侵入した異物や毒素はそのまま排出される。

 自殺の不死鳥・《スーサイド・フェニックス》の名前は、この自傷を前提にしたファイトスタイルを表しているとも言えよう。

 だがあまりの衝撃にフェニックスをしまってしまったヒロは、打撃で攻められては回復することができない。この状況はヒロからすれば、不利としか言いようがない状態だ。

 剣が使えない時は自分の爪や歯で血管を切ったり、思い切り足を踏みつけたり腕を叩きつけたりして血を出しているが、現在の戦況では不可能だろう。

 ペンパルの打撃は小さな表面積で、的確に弱点を狙ってくる。「点」の衝撃、その言葉で表現するのが的確だろう。その時折チョップ、すなわち薙ぎの攻撃が繰り出される。腰を捻って生み出される遠心力を腕のしなりで強化して繰り出される打撃は、体の内側に響く。

 ペンパル、つまり《レター・フロム・ブラックワールド》の実体が槍の姿をしていることに起因しているのか、そのスタイルは槍術を体術で代用しているかのような代物だった。

「——ハアッ!」

「がはっ……!」

 そうこうしているうちに、ペンパルの突きがまたヒロの鳩尾を捉え、彼の体が衝撃でふわりと浮かんだ。その丸まった背中に容赦なく振り下ろされたチョップが、またヒロの体を地面へと叩きつけた。

「……勝負は、決したようでございますね」

「…………クソッ……回復ができれば……ッ!」

 ヒロは弱々しく拳を握りしめた。カタカタと震えるその手には、血の一滴もついていない。アスファルトの欠片で汚れた、薄汚い手だけがそこにあった。

 体感ダメージの割に、ヒロの体は随分と綺麗な状態にある。それはペンパルの打撃がヒロの内部にダメージを与えつつも、出血に至らないような絶妙な加減を保って繰り出されていたためだ。おそらく彼はスイコウ対『不殺人鬼』のあの戦い、そしてルリとの会話によって、彼の能力の性質を見抜いていたのだろう。

「《スーサイド・フェニックス》、『日暮飛路』、『不殺人鬼』……あなたの肩書きは、スイコウ様越しにおおかた把握しておりますが……それら全てに泥を塗る時が来たようでございます。覚悟は、よろしいでしょうか?」

 ペンパルは倒れるヒロの服をめくり、露出した彼の背中に指を這わせた。あえてなのか、それともルリの《バタフライ・テキスト》のように丁寧に仕上げれば仕上げるほど精度が上がるものなのか、ゆっくりと、ペンパルは文字を背に描いていく。指先から滴る黒いインクの感触は酷く不気味で、まるで異形の怪物のじっとりとした舌に、背中の汗を舐め取られているかのようだった。

 そしてペンパルはゆっくりと仕上げていく……「死」の字を。それによってもたらされるのは、傷も、痛みも伴わない、ただ機械的に命が奪われるだけの、「死」。

「無抵抗に死んでくださいませ。ご安心を、後処理は我々が……」

 ペンパルは次々と筆を進めていく。そして彼はついに、最後の一画にたどり着いた。その最後の一画を綴ろうとした、その瞬間。

 ——ズバッ!

 倒れるヒロの手首が、何かに切断された。断面からは当然、血液が流れ出る。つまり——

「まずい——ッ!」

 焦って最後の一画を書き込もうとしたペンパルの手に、火傷の痛みが鮮明に刻み付けられる。物理的なダメージは一切なく、むしろ傷は瞬時に癒えているのだが、「癒え」の実感は全く伴っていない。

 苦しみに思わず数歩後ろに下がったペンパルが見たのは、倒れたヒロの体からメラメラと立ち昇る緋色の炎。そしてその火柱の周りを旋回する、一羽の青い蝶。その羽は、先端だけがわずかに血に濡れて、微かな焔を灯している。

「スイコウの《ツインズ》。まさか、私たちのことを忘れていた、なんてことはないだろうね?」

 ペンパルの後ろから、少女の声が響いた。声にはハリがあり、自身があり、余裕がある。そう、先の戦いで即死ダメージを負ったとは、到底考えられない声。

「本当にもう……お姉ちゃんの精神治癒がなかったらどうなってたことか……でも、勝手に体使ったのは許してないからね!」

「ヒナギ。姉への恨み節を吐くその前に、俺達を蘇生したヒロに感謝を述べるべきだろう。……その手段は不本意なものだったがな」

 続けて彼の耳に入ってきたのは、強気そうな少女と、堅物そうな少年の声。ペンパルは眼前の敵を排除することに夢中で忘れていたのだ。自分が始末したはずの三名が、その敵の力によって息を吹き返していたことを。

 彼らの体に傷はない。汚れや衣服へのダメージは依然として残っているものの、彼らの本体には胸に空いたはずの風穴どころか、擦り傷の一つすらも見つけられなかった。

「ヒロ! 君は『不殺人鬼』として《ツインズ》能力者を亡し続けていただろう!? なら、《ツインズ》を宿主から引き剥がす方法くらい知っていても、おかしくないんじゃないのかい!?」

 蘇ったルリは、火柱に向かって叫んだ。その声に呼応するように、火柱が爆ぜ、中心から少年の姿が現れる。少年は仮面をつけていて、その奥に潜む瞳には、殺意が宿っていた。だがその殺意の源は、怒りでも憎しみでもない。

「……あまりにも強い生命力を流されると、人の体は元々自分の中にあった生命力を排出してバランスを保とうとする。だから、生命力の塊である《ツインズ》を弾き出すことも可能だ。今まで俺たちはそうして《ツインズ》を奪い、破壊してきた」

 一瞬の死こそが救済になり得ることを知っていた彼だからこその、澄み切った「スイコウを助けたい」という意思によるものだった。


         《3》


「要するに、君がペンパルにトドメを刺せばいい、ってことかい?」

 ルリはヒロの言葉を反芻した。ヒロは体の火の粉を払い、剣を再び手に取ると、無言で頷いた。

「俺がスイコウの体を殺す。そうすれば、ペンパルは弾き出される」

「本当に……それでいいのですか?」

 二人が立つ位置のちょうど中間、挟まれる形になったペンパルは、自身が立たされた状況を冷静に噛み砕くと、ルリの方を振り向いてそう言った。

「私が殺される時の痛みは全て、スイコウ様にも伝わります。『不殺人鬼』様は無情な方でしたが……あなたは違います、ルリ様」

 ペンパルは一歩、ルリに歩み寄った。

「あなたは飄々とした態度で取り繕っておられますが、誰よりも他人を大切にする方のはずです。数少ない友人の一人であるスイコウ様を助けようとそのスイコウ様を葬るのは、本末転倒では」

「スイコウは!」

 ペンパルの言葉を、ルリは遮った。ルリは笑っている。その表情に見えるのは、覚悟だ。

「スイコウは大切な友人だ、だからこそ! 私は手段を選ばない、貴様のような余所者からスイコウを取り戻すためなら!」

 そう力強く宣言した後、付け足すように静かに呟いた。

「……もしスイコウが私のことを許してくれなくても、決別の言葉くらいは交わしたい……だから、このままいなくなるのだけは、絶対に避けなければいけないのさ」

 彼女は《バタフライ・テキスト》のページを開いた。先の戦闘での消耗が嘘のように、みっちりとページが並んでいる。

「ヒロ、頼む。全力で、あのスイコウもどきを潰してくれ」

 ページが独りでに本から離れ、蝶に変わっていく。青い微かな光を放つ鱗粉をその羽からこぼしながら、蝶はまっすぐペンパルへと向かっていった。

 ペンパルはその殺傷能力を知っていたため、すぐに「壁」の文字を地面に刻み、漆黒の防壁を築き上げてそれを防ごうとした。

 だが、その蝶々たちは全て、ペンパルを素通りして、後ろの少年へと向かっていく。少年は無言で、両手を広げた。

「わかった。全力を尽くす」

 ——ズシャァァァァアアッ!

 ヒロの全身が、薄い蝶の羽に切り裂かれる。浅い傷が無数に体に刻み込まれ、その全てから、緋色の爆炎が噴き出す。ヒロは全身の痛みに、思わず叫び声をあげそうになるが、

(——発狂するのは、使命が終わってからにした方がいいさ)

 力の主の言葉によって、炎上する痛みは計り知れないにも関わらず、ギリギリ理性を保つことができた。

「……ペンパル……スイコウ……覚悟はいいな」

 ヒロは剣を構える。その切先はまっすぐ、一切の迷いなく、ペンパルの喉を狙っている。

「バカな真似を……あなた方が何をやろうとしているのか、わかっているのですか!?」

 ペンパルがその姿を見たのは二度目だったが、それでもその気迫は尋常ではなく、指先が震え、そこから黒いインクがこぼれ落ちていく。そのインクはただアスファルトに黒い染みを作るだけだ。

 怯えるペンパルを、ヒロは鼻で笑い、言ってみせた。

「……分かってるさ」

 ヒロの足が、アスファルトに小規模なクレーターを作り出す。ペンパルとの距離が一瞬にして詰まる。炎がたなびき、空中に緋色の線を描いた。

「   」

 ペンパルが息を呑む前に、ヒロは剣を高速で突き出し、また引き、さらに突き刺す。炎を伴った剣の残像が全て、ペンパルの肉を抉り、骨を砕き、「ジャギジャギジャギジャギ!」と酷い音を立てる。その惨状を炎が覆い隠し、二人の体を焼き、その剣がつけた傷全てを凄まじい速度で塞いでいく。

「うオォォォオオオオオオォォォォォォオオオオオオオォッ——!」

 想像を絶するラッシュは、噴き出す炎と共に最高潮を迎える。

「《血突(けっとつ)啄木鳥(きつつき)》ッ! そして——」

 攻撃の勢いで空に舞うペンパルの体。壮絶な痛みを味わってなお無傷という不可解な状態に脳がパニックを起こしたのか、その体は微動だにしない。虚を見る瞳だけが、わなわなと震えていた。

 ヒロはその目と、視線を合わせた。それを通して、ヒロの体に恐怖が流れ込む。ペンパルの感じていた恐怖、それが全身に流れたのをひしと感じると、その感情を乗せて、まっすぐに剣を突き出した。

 剣はラッシュで繰り出された全ての突きと異なる、力強いものだった。その突きは紙魚綴幸の肉体の肋骨を破り、心臓を貫く。彼の背中か吹き出す血と共に、万年筆をそのまま巨大化したような見た目の槍——《レター・フロム・ブラックワールド》が排出され、カランと軽い音を立てて地面に転がった。

「——《血刺(けっし)百舌鳥(もず)》」

 紙魚綴幸は、殺された。


       《4》


「……俺が……殺……した…………」

 ヒロは突き出した剣に刺さった少年の体を数秒間見つめると、力を使い果たしたようにその場に倒れた。同時に手の中のフェニックスも彼の体へと戻り、スイコウの体は地面に落ちる。そして二人の全身を覆っていた緋色の炎も、完全に鎮火した。

 最初にその異常に気づいたのは、ヒナギだった。その場に倒れたヒロが、何かをボソボソと呟いているのだ。

「ヒロ……?」

「俺が殺した……俺が殺した……? 俺が……俺が殺した!?」

「——ッ、何かヤバい!」

 ヒロが弾かれるように天を仰ぎ、瞳孔が開き切ったその目で星々を見つめたその瞬間、その異様な気を察したアクトの姿がヒナギの隣から消え、次の瞬間、アクトは立ち上がり空に吠えるヒロを羽交締めにしていた。

「殺した……ッ! 俺が……俺が殺したんだ! 俺がッッッッ……!」

「落ち着けヒロ! 暴れるな!」

 ヒロはアクトに拘束されているのも分からないといった様子で、スイコウが倒れているのと反対の方に進もうとしていた。その姿は見えない何かに魅入られたかのようで、明らかに正気ではなかった。

「俺の言うことを聞け!」

 ヒロはアクトの言葉には耳を貸さず、空に手を伸ばしている。

「……ヒロ」

 そんなヒロの額に、歩み寄ったヒナギが指先を当てた。

「《ディア・マイ・シスター》」

 彼女が軽く念じると、ヒロの体を光の帯が包み、弾けた。するとヒロの気が狂れた瞳はたちまち元に戻り、彼は正気を取り戻した。

「ハァ……ハァ……また……取り乱したみたいだな……」

 ヒロは三人の目を見ると、無言で頭を下げた。

「そんなことしないでくれ、無理をさせた私が悪いんだ。……さっきも言ったけれど、スイコウを取り戻すためには、手段を選べなかったものでね……」

 ルリはそんなヒロに、頭を上げるよう促した。そして彼と目を合わせるのを避けるように、倒れるスイコウへと目線を向けた。

「きっとあの時の私と同じように、肉体的な傷は癒えても精神的な傷は深く残っているはずだ。ヒナギ、ちょっと頼まれてくれるかい」

「言われなくても分かってるわよ」

 ヒナギはまた軽く詠唱をして、光の帯をスイコウへ向けて飛ばした。光の帯はスイコウの体を包み込み、ヒロより長い時間をかけて彼の心の傷を癒やし、そして散り散りになって夜闇を照らしながら消えていった。

 その光の帯を目で追いながら、ヒナギは小さく首を傾げた。

(——なんだかやけに手応えが軽かったような……?)

 ヒナギが使う光の帯は一種類だけではない。外見では分かりにくいどころか全然区別がつかないが、風邪薬が熱風邪用と鼻風邪用と喉風邪用に分かれているように、彼女の光の帯も「記憶喪失特効」だったり「精神負荷特効」だったりと、対象の状態に合わせたバリエーションがある。

 今ヒナギがスイコウに使ったのは「精神負荷特効」と「自我弱化特効」の二つ。だがどうにも、「自我弱化特効」の力がうまく働いていなかったように感じた。

 今まで表に出る素振りすら見せなかったスイコウの《ツインズ》が突然表面化したのは、あのニュースライターがスイコウの意思の力を弱めたためと踏んでいたのだが……何かが、おかしい。

 そんなことはつゆ知らず、ルリはスイコウの体を揺すって、彼の意識の覚醒を促していた。

「スイコウ、返事をしてくれ!」

 彼女は一際強く、スイコウの体を揺らした。彼の首がカクン、と傾き、その頬がアスファルトに触れる。

 スイコウが、わずかに目を開いた。小さかった呼吸も少し強くなり、瞬きをしてピントを合わせている姿からは、状況を把握しようとしているのが見てとれた。

「……ん…………あ……ルリ……?」

「スイコウ……! もう…………私を心配させるんじゃないよっ!」

 ルリは倒れるスイコウの体を少し持ち上げると、その体に手を回して抱きついた。彼の胸に頭を押し付けるルリの目には、一筋の涙が流れている。

「よかった……本当に……」

「…………ごめんね……心配かけるようなことになっちゃって」

 スイコウは目を覚ました直後だというのに、優しい口調でルリを落ち着かせようとしていた。その時のスイコウは実年齢以上に大人びていて、ルリと兄妹であるかのようだった。

 いつもの二人の、振り回す姉と振り回される弟のような様子を見ているヒナギやアクトからすれば、スイコウの行動は意外というか予想外というか、とにかく見たことない姿だった。

「謝るのは私のほうだ…………君を取り戻すために君を殺すなんていう、本末転倒な真似をしてしまったんだから」

「気にしてないよ。それに僕を殺したのは……『不殺人鬼』でしょ?」

 スイコウは、ヒロを見た。ヒロが最初敵対した時に見たあの純黒の殺意は、スイコウの瞳には存在しない。翠玉のような瞳からは、蝋燭の炎のような柔らかな温かみを感じることができた。

「でもなんだかんだ、僕を助けるために動いてくれたんですよね、ありがとうございます……ちょっと複雑ですけど」

「……俺は礼を言われるようなことはしてない。いつも路地裏でやってるのと同じように、殺しただけだ」

「やり方は一緒かもしれないですけど、動機が違うじゃないですか」

 スイコウは柔らかく笑う。ヒナギの力もあってのことだろうが、どうしてそんなに優しくできるのだろうかと、ヒロは不思議でならなかった。彼の体に与えたあの痛みは、記憶にあるだけで害をなすレベルのもののはずなのに。

「……でも、よかったよ。ルリにこんな頼もしい仲間がついてさ」

「今更かい? 私の自慢の友人たちだよ? もちろん、君も含めて」

 ルリは笑う。だが反対に、スイコウは俯き、相変わらずじゃれついてくる彼女の頭を、少しでも力を加えれば破れてしまう蝶の羽を触るように、震える手で撫で、そして、言った。


「これなら、僕が《焚書図書館》に行っても大丈夫だよね」


「……え?」

 ルリの涙が止まった。それだけでなく、空の星々が、空き地を吹き抜ける夜風が、世界の全てが止まったとすら錯覚させるほどの静寂が訪れた。

「スイコウ……。君、今なんて言ったんだい?」

 ルリはスイコウから途端に離れ、静かに聞き返した。目は赤く腫れ上がり、涙は乾いていて、顔色は青い。

「……やっぱり、受け止められないよね」

 スイコウは立ち上がる。彼の右手には、地面に落ちていた彼の《ツインズ》、《レター・フロム・ブラックワールド》が握られている。

「フウリンさんが言ってたことは、本当なんだ。僕は、《焚書図書館リコール》の『書記官』、紙魚綴幸。正確には、僕自体はペンパルのおまけみたいなものだったんだけど、《サイダーズ》同士の関係が悪化してて、急遽僕も正式メンバーに加わることになったんだよ」

「……嘘だろ……? じゃ、じゃあ、君は自分の意思であの《焚書図書館》の人間についていっていたってことかい? 私たちがしたことは、ただの無駄足だったって言うのかい!?」

「……」

 スイコウは黙り込む。《レター・フロム・ブラックワールド》は、いつの間にか彼の中へと戻っていっていた。

「なんとか言ってよ、ねぇ……! スイコウってば!」

 ルリは、いつもの浮世離れした、数奇者じみた口調をすっかり忘れて、スイコウを問いただしていた。いつしかルリの目尻は、先ほどとは別の色の涙で濡れていた。

「……ペンパルが僕の体を勝手に使ってたことは本当だ。でも、そのまま体をペンパルに貸しっぱなしにして、ルリに真実を伝えるのをチキってたのは……僕だ」

 ルリとスイコウは、静かに互いの姿を見つめている。その二人のいことを、残りの三人は静かに見届けている。

「……図書館に行ったら、今まで通り学校に行って、ルリに会えるかどうかはわからない……怖かったんだよ、僕がそんなこと急に言い出したら、ルリは取り乱しちゃうでしょ? ……結局、結末は変わらなかったけどね」

「…………どうして………どうしてこんなことに……?」

「それは……オウル様たち《サイダーズ》にしか分からないんだ……僕たちみたいなただの《ツインズ》能力者じゃ知り得ない領域の話だから……」

「君一人じゃ……どうすることもできないのかい……?」

 スイコウは首を縦に振った。

「そんな……」

「………………僕は、」

 スイコウが何かを言いかけた、その時。

「……なんか寒くない?」

 ヒナギが不意に口を開いた。そう言われてみると、とヒロは全身を覆うどことない寒気に気づいた。そしてそれは、どんどん強くなって、渦を巻いているように感じられる。それも、今何かを言いかけたスイコウを中心に。

「スイコウ——ッ!」

 ルリは咄嗟にスイコウの手を掴んだ。だが、その寒気は無常にも、嵐のような突風を巻き起こして二人を引き剥がそうとしている。そして、更に巻き起こったのは——

「これは……雪!?」

 季節外れの、粉雪。だがそこに儚さはなく、暴風に舞い踊る細雪は、全てを凍らせるかのような凄まじい殺気を帯びているのだ。

「まさか……これも《ツインズ》!?」

「……トウジくんだ」

 スイコウは、ルリの知らない誰かの名前を口にした。

「ごめん、《リコール》から迎えが来たみたい」

 スイコウは切なく笑った。誰よりも優しそうで悲しそうな笑顔が、吹雪で奪われていく視界に、微かに映り込んだ。

「待ってくれ、スイコウ!」

 ルリはまだ彼の手を掴んでいた。だが、スイコウはその手を握り返さない。スイコウは、吹雪にかき消されないよう、叫んだ。

「ルリ、約束しよう! 僕、オウル様に君に会えるよう頼むから!」

「スイコウ——っ」

 ルリの手が、離れた。吹雪の中に消える、優しい少年の姿。

 ——ビュゴアアァァァァァッ!

 吹雪は渦を巻いて、そして爆ぜた。粉雪は全て空中で跡形もなく溶けて、そこにスイコウの姿はなかった。

「……これは……ハッピーエンドではないね」

 ルリは拳を握り締めた。脚本家の商売道具に、深い傷がつくほどに強く、声を出さずに握り締めた。

 ヒロは、ヒナギは、アクトは、ルリの背中を眺めた。季節外れの雪が残した、冷えた空気を全身で受けて、見たことのないルリの姿に、息を詰まらせた。


         《5》


「全く、《ラメント》の連中も《オースト》の連中も、騙されやすくって仕方がないねぇ〜! あハハハハハハハハハハ!」

 無数の本が壁一面にびっしりと並んだ、刑務所などを連想させる黒鉄で作られた堅牢な建物。建物自体は無骨だが、本棚にならぶ本の背表紙はカラフルで、ミスマッチさ、歪さを感じさせる。そして天窓の上に広がる天蓋には、オーロラのように輝いて見える時空の揺らぎが、絶えず発生していた。

 そんな異質な光景の中心で、異質な女が高笑いを上げる。その姿は狂気に満ちていたが、この空間ではむしろ正常に見えてしまうのは何故だろうか。

 女は手元のスクラップブックに貼り付けられた、プリントしたネットニュースの切り抜きをニタニタしながら見つめている。

 ニュースの見出しは、「《焚書図書館リコール》、『書記官』紙魚綴幸の回収に乗り出す!」だ。糊が染みて少し湿気った紙には、他でもないスイコウの写真が載っている。

「《ゴシップ・オーシャン》……君はやはり素晴らしいよ……」

 その女、写絵風鈴はスクラップブックを愛犬を愛でるように撫でた。スクラップブックは反応しないが、フウリンは満足げだ。

 察しのいい人はもう気づいているかもしれないが、彼女の持つスクラップブックこそ、彼女の《ツインズ》、《ゴシップ・オーシャン》。


 そしてその能力は……「宿主が書いたフェイクニュースの内容に沿って現実を書き換える」こと。ニュースという体裁を保っていて、その内容が読者を納得させられるならば、彼女の思うがままに現実を揺るがすことができる。


 スイコウは本来、《焚書図書館リコール》の人間ではない。図書館のメンバーは少数精鋭、他の《サイダーズ》直下の組織に比べ、少ない人員で構成されている。

 だがフェニックスを除いた《サイダーズ》六人の争いが激化してきたことを受け、この荒廃した図書館の館長、即ち《クロノサイド・オウル》は、新しいメンバーを一般人から選び抜いた。それが、スイコウだった。

だがいきなりただの一般人であるスイコウの前に現れ、概要を話したところで彼が簡単に納得し力を貸すとは思えない。

 そこで白羽の矢が立ったのが、《ゴシップ・オーシャン》の力だった。その力は本来、《焚書図書館》の正式な業務、具体的に言うならば、一般人に《ツインズ》絡みの事件がバレないよう、それを隠蔽する際に、事件の証拠どころか、「事件があったこと」そのものを消し去るために使われる。

 《ツインズ》八大分類の中で、あったはずの事実を歪める《改変系》に区分されるその力によって、スイコウはただの高校生から、謎の図書館に身を置く裏世界の人間へと、立場を歪められたのだ。

「この世界は……都合のいい紙面の上の物語のようだねぇ〜。気に食わない内容があれば修正液をぶちまけてしまえば、簡単に書き直せる、そんな世界だ……最ッ高かなぁ!?」

 フウリンは大声で笑う。夢のため、生活のためと言って、ちまちまと働いて毎日を浪費していく悲しい社会人への侮辱を込めて。

「……フウリンさん、何してるんですか?」

 不意に、少年の声が聞こえた。彼女は後ろを向いて見る。果てしなく続いていそうな本棚に挟まれた道の真ん中に、心優しい少年が、万年筆のような槍を携え立っていた。

「いやぁ? ただ《ツインズ》のことを知らずにのうのうと暮らしている人間サマたちが急に馬鹿馬鹿しくなっただけさ」

「……相変わらず、性格悪いですね」

「ハハハハハハ! なかなか酷いことを言うじゃないか!」

 フウリンは笑う。たった二度目の邂逅を果たした程度の少年が、自分との存在しないはずの思い出を自分から語りだす様が可笑しくて可笑しくてしょうがなくて。

「まあ、軽く流してくれよ。『おかえり』、私たちのスイコウ君?」

「……『ただいま』、フウリンさん。……これで満足ですか」

 スイコウはその些細な挨拶を済ませると、図書館の奥へと歩みを進めていく。この異質な空間に、彼はよく馴染んでいる。

「どこへ行くんだぁ〜い?」

「トウジくんの所です。転送してもらったんで、お礼を言いに」

 その後ろ姿を、フウリンは趣味の悪い笑顔を浮かべて眺めた。

「そうだ……『満足したか』という問いについてだが……」

 また、その口角がニギィと釣り上がった。


「……私はとぉ〜っても、満足したよ……!」


 フウリンは、爆発のように高らかに、狂った笑い声を上げた。

十月は日曜日が5回あるそうですね。とりあえず今月も月2回投稿にしようと思ってます。ご無沙汰してます、作者のクロレキシストです。

先日近所に彼岸花の群生地を見つけて、その光景のあまりの禍々しさに思わず写真を撮ってしまいました。なんというか、子供が連れ去られる感じの森の中、深緑がほとんどを占める情景の中に突然ぽつりぽつりと彼岸花の鮮烈な赤が現れるものですから、それはもう……恐ろしくも美しかったですよ。

今日は折角本編内で軽い言及があったので、「《ツインズ》の八大分類」についてお話ししましょうか。本編内でもじきに解説する予定ですが、ここを見てくれる人への特典ということで、話させていただきます。

劇中世界に存在する《ツインズ》は、その能力の方向性から、大きく八つに分けることができます。

・宿主の体の構造を別の生物のものに置換したり、身体そのものに特殊な力を与える《異形系》。

・物体の構造を組み替える、もしくは物体を別の物体に変換する《変質系》。

・自然現象や実態の存在しないものを操る《事象系》。

・意思を持つ存在を呼び出して使役する《召喚系》。

・対象者の知覚に干渉し、幻覚を見せたり、感覚をシャットアウトしたりする《認識系》。

・対象者の精神状態に変化を与え、ダメージやバフを与える《精神系》。

・未来を捻じ曲げ、自分の思った通りの結果に誘導する《因果系》。

・過去を歪ませ、実際には存在しなかったはずの現在を作り出す《改変系》。

以上の八つです。ちなみに今能力が判明している《ツインズ》たちは、

《スーサイド・フェニックス》、《ザ・ピンク》が《異形系》。

《レター・フロム・ブラックワールド》が《変質系》。

《ホーンテッド・ファング》、《ジャンキー・ナイト》が《事象系》。

《リバイバル・チャリオット》が《召喚系》。

《ディア・マイ・シスター》が《精神系》。

《バタフライ・テキスト》が《因果系》。

《ゴシップ・オーシャン》が《改変系》となっています。

話数一桁台にして、残るは《認識系》のみとなりました。流石にペースが早いでしょうか?

今後もたくさんの登場人物と共に、ヒロたちの物語は進んでいきます。作者、頑張りますので、読者の皆様、今後とも彼らの日々をどうぞご贔屓に。

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