EP6:排煙と虚報と万年筆の所有権
※今回はブロマンス的な表現を多く含みます。ご了承ください。
《1》
「《焚書図書館リコール》……俺と同じ《サイダーズ》の、第六座のお膝元……ってところだね」
ヒロの体を乗っ取ったフェニックスは、笑った。それは諦めの混じったような、本当にどうしようもない面倒事にブチ当たった人間特有の、「どうにでもなれ」というニュアンスを含んだような笑い。
「な……何だって? 《焚書図書館》?《サイダーズ》? 何一つ分からないんだが……君は一体何を言っているんだ?」
ルリは文字通り理解ができないといった顔だ。残る二人も、スイコウの身が危険だというのに、この男は何を言っているのか、そこで思考は止まっていた。
「へぇ……そうか。君たちは《ツインズ》能力者だからそこら辺の事情には詳しいと思ってたんだけど……そうでもないのか……お仲間がピンチで急いでいるんだろう? なら、《サイダーズ》第一座である俺が直々に、簡単に説明してあげるよ」
フェニックスはまた三人を嘲るように仮面の奥の口の端を歪めると、得意げな調子で説明する。
「《サイダーズ》は、この俺みたいに、名前に『〜サイド』ってつく強力な《ツインズ》八座七体で構成される組織……いや、『組織』はおかしいなぁ。『特別な《ツインズ》の集まり』くらいで考えておいてくれよ。それで、《焚書図書館リコール》ってのは、さっき言ったみたいに《サイダーズ》七体の第六座、『時殺しの梟』もとい、《クロノサイド・オウル》が統制を取っている《ツインズ》能力者の集団のことさ。……『図書館』を名乗ってる以上それっぽいことをやってるんだろう、でも俺はこれ以上の細かいことは知らないよ」
「……そんな組織があったのね……」
ヒナギは考える。その『時殺しの梟』が、あの胡散臭い女にスイコウを誘拐するように指示をした、と言うことなのだろうか……。
「でも待って、なんでスイコウを誘拐する必要があるの?」
「それは……もしかしたら、ヒロとスイコウが戦っているところを、あの組織の誰かしら……《サイダーズ》はみんな、優れた《ツインズ》能力者を九人くらい従えてるから、そのうちの誰かが見たんだろう。あの戦いを見て、《スーサイド・フェニックス》、すなわち俺に関する情報を聞き出すために拐った可能性は否めない……」
「待て。それだとスイコウは、お前の情報を得るために拐われたと言うことか?」
「そう言っているだろう?」
「つまりそれは、お前がいなければスイコウは連れ去られなかった、ということか……!?」
「そう考えても……なるほど、確かに理にかなっている。いい考察なんじゃないか?」
「……っ!」
フェニックスがまた嘲笑った。それに耐えかねて、ルリが立ち上がる。そしてフェニックスにズンズンと近づいていき、その胸ぐらを勢いよく掴んで吊り上げた。
「……どうしてそうヘラヘラとしていられるんだい……?」
「だって、君たちのトモダチがどうなろうと、俺には関係のないことだろう? ヒロがそれで悲しんだとしても、それはそれで俺に取ってはイイコトだ。俺はあいつの苦痛を餌にしてるからねぇ」
「……どうやら、私の描く脚本に、君みたいな煽りクソサディストは必要ないみたいだ」
ルリはフェニックスを突き飛ばすと、ヒナギとアクトの手を握りしめた。そして空き家の出口へと、一歩ずつ重く踏み出した。
「せっかくならヒロの手も借りてスイコウを助けたかったけれど……ヒロが君の力と存在に依存していると意識している以上、力を借りる訳にはいかない。スイコウは私たち三人だけで助ける。君はどこか適当に高いところにでも行けよ。人の苦しみもわからない阿呆な鳥にはお似合いだろう?」
「さすが脚本家。罵倒のボキャブラリーも豊富なようだね」
「……ヒロ、聞こえてるなら許してくれ。君への取材は一旦中止だ」
ルリたちは家を出た。フェニックスは一人、その家に取り残される。そして彼は仮面の縁をなぞって、また何者かを嘲笑う。
「ヒロ、これでようやく二人きりだ」
(——……!)
脳内で、不死鳥の奴隷は言葉を発さず、静かにしていた。
「……呆れたねぇ。ここは嘆き苦しむシーンだよ?」
フェニックスは、その場で意識を奥へと潜らせた。
《2》
アクトの潜む民家から、二十分ほど歩いた場所。
「《バタフライ・テキスト》、運命を私の望むがまま書き換えたまえ!」
ルリは本を構える。見開きになったそのページが独りでに本から離れ、蝶の形に変わっていく。ひらひらと羽ばたいた無数のページは、散り散りになって町中を飛び回る。
「……これで大丈夫なのね?」
「ああ。……スイコウがこの街から出ていなければ、の話だけどね……こればっかりは祈るしかない」
ルリの《バタフライ・テキスト》の運命改変は、素性の割れていない何者かを相手取る時は、極端に効力が落ちる。それはこの能力があくまで「脚本」、その人物に行動を取らせるという形で運命に干渉するためだ。そこでその人物「らしくない」行動を記してしまうと、その不自然さから脚本に抗われてしまう。……今回書いた脚本の指示は以下のとおりだ。
「紙魚綴幸:《レター・フロム・ブラックワールド》を使って誘拐犯から逃走。その後、稲葉瑠璃らと合流」
見ず知らずの誘拐犯の動向を操作するのはややリスキーだったため、ルリは「あの臆病なスイコウの事だから、なんとしてでも危機を脱しようとするだろう」と考えてこの文を作った。
「……効果が出るのはどれくらい後になる」
「着弾から十分くらいかな……」
「街の中心であるここに来るまでと合わせて、最短でも三十分……街を出るには十分な時間だが……頼む……無事であってくれ……」
「……にしても、ここら辺は相変わらず何にもないわね……」
ヒナギは辺りを見渡した。視界は街中とは思えないほど開けており、十字に走る長大な道路の先に、住宅街があるのが見えた。
籠目市では数年前から再開発事業が進んでおり、ここ一帯もまた、古くなった商店だったり集合住宅だったりが一度取り払われた。そして新たな住宅街を建てようとなったのだが、そのあたりで市有地絡みのとある事件が起き、管理体制を見直さなければいけなくなってしまったという。
その結果、ここ一体はコンクリートで舗装されたきり全く手がつけられず、無駄に明るい色の鉄製フェンスで囲われた、文字通りの何もない土地ばかりになってしまった。その隙間から細々と生えている雑草は、随分と居心地が悪そうだった。
「きっと、市で一番賑わう場所にするはずだったんだろうね。あの事件のせいか……いやいけない、今はスイコウを探さなければ」
ルリは本を構え、また集中する。
「……今の所、運命に引っかかりは感じない。スイコウ、まさか本当にもう街を出ているなんてことはないだろうなぁ……?」
そこにいないスイコウに話しかけるように、ルリは呟く。
「君はよく私の脚本を見て、『いつか実写化されるのを楽しみにしてるよ』って言ってくれてたよねぇ。……絶対に助けるから待っていてくれよ、スイコウ」
——バルルウォオオオオン!
緊迫と静寂を保っていた三人の意識を現実に引き戻したのは、場違いにけたたましいエンジン音だった。
「何!?」
「落ち着けヒナギ、ただのバイクだ。族か何かだろう」
見てみれば、遠くから真紅のボディを夕陽にギラつかせる一台のバイクが、豪速でこちらへと向かってきている。……そう、こちらへ。確かに道路を通っているが、明らかにこちらに突っ込もうとしているのだ。
——バグウォオオオン!
エンジン音はどんどん近づいてくる。その距離が一メートルずつ詰まるたびに、バイクの進路上に、確実に自分がいることが確信に変わっていった。
「なッ!?」
アクトは咄嗟に、隣のヒナギの手を引いた。
「ルリ、ページを飛ばせ!」
「え?」
「早く!」
ルリは言葉に従い、また無数の蝶を舞わせた。群れた蝶は夕陽を遮り、大きな影を生み出した。
「潜るぞ!」
「「っ!?」」
アクトは二人の少女の服の襟を掴んで、そのまま影へと引き摺り込んだ。その瞬間に、主人を失った蝶は力を失い、ページに戻っていく。そうして消えた影のあった場所を真紅のバイクが、勢いよく通り過ぎていった。
その地点を通り過ぎると、バイクに乗っていた男は黒いフルフェイスヘルメットを外し、辺りを見回した。
「……あれ、どこ行ったんだ……確実に仕留めたと思ったんだけど」
「やはり狙いは俺達かッ!」
次の瞬間、バイクの影からルリとヒナギを連れて飛び出したアクトが、鋸のような双剣を唸らせてバイク乗りに飛びかかった。
「噛み砕け、《ホーンテッド・ファング》ッ!」
双剣は「バギィン!」と打ち鳴らされたが、その刃がバイク乗りの首を刈り取ることはなかった。
「あっぶなー……」
男は少し離れた場所に、受け身をとって着地していた。どうやらバイクのシートから跳んで回避したようだ。だが、さっきまで乗っていたバイクが見当たらない。あれほど目立って大きい代物を一瞬で片付けることなどできないはずだ。
「一体何が起きている……?」
「それは……こっちのセリフよッ!」
ドサッ、という音と共に、少し遅れてルリとヒナギが着地した。
「いきなり影の中に引き込むなんて何のつもり!? あの中息できなくてホントに溺れそうになるんだからやめてくれる!?」
「ま、待ってくれヒナギ。アクトも別に無策でやったわけじゃないと思うんだが……これは、聞く耳は持たないようだね」
ぎゃあぎゃあと文句を言うヒナギ……だったが、突然「ガクン……」と電池が切れたようにその首を垂れた。そして起き上がってきた彼女の顔は、先ほどとは打って変わって、呆れるような顔だった。
「……毎度毎度ごめんなさいウチの妹が……」
「ヒナタ……随分突然出てくるんだね」
「突然じゃいけなかった? ちょっとアンタたちに謝りたいと思って、姉であるウチがわざわざ顔を出してあげたんだけど」
ヒナギに似た強気な空気に包まれた、ヒナギの体を使って現れた彼女。彼女は、《ツインズ》、《ディア・マイ・シスター》に宿る人格、伊織日凪の姉にして自称「天使」、伊織日向その人だ。
瞳は天からの光を思わせる金に光り輝き、手の甲には日輪を模したような紋様が現れ、彼女の力を象徴している。
「んで、今はどんな状況なの? ヒナギがギャイギャイうるさいんだけど、そんな怒らせるようなこと、したの?」
「すまない、仕方なかったんだ。あれを見てくれ」
「へぇ……もしかして、あの男に制裁を下すの?」
「それは決めていないが、少なくともこちらに危害を加えようとしていたのは確かだ。処罰はその意思の強さで決める」
「分かった、全力で協力させてもらうわ」
アクトとヒナタは肩を並べて、道路の真ん中で立ち上がる男を観察する。ルリはその後ろで、リンクが切れた街中の「蝶」たちを再び動かそうと意識を送っていた。
「お前、突然突っ込んで来て、なんのつもりだ」
「いやぁー、上から紙魚綴幸を追ってる《ツインズ》能力者をどうにかしてこいって言われたんですけど……気付かれちゃいましたか」
男はジャケットの裾を直して、三人に向き直った。
「初めまして、《焚書図書館リコール》のメカニック、怪炎寺仁っていいます……短い縁になると思いますけど、まあ何卒……」
ジンは腰の低い態度で三人に頭を下げた。
「紙魚綴幸のことに関しては安心してください。一応身柄はこっちにあります……別に危害を加えたりはしないですよ」
彼は気の抜けた声で、スイコウの事に言及した。彼の態度は、この場面のような「面倒ごと」に、幾度となく遭遇したような、呆れているような雰囲気を感じさせた。
「……誘拐までしておいて、『危害を加えたりはしない』……? 随分と矛盾したことを言うんだねぇ! スイコウはあの通り怖がりなんだ。恐怖を与えておいて、『危害を加えたりはしない』だなんてほざかないでほしいなぁ!」
ルリは珍しく声を荒げるが、ジンは動じない。
「ごめんなさいね、でも本当に、僕たちに敵意はないんですよ。組織の目的を果たす都合上、ちょっと強引な手段ばかりになっちゃうだけで……でも、そっちは僕たちのこと恨んでるみたいですから……それに応えないのは失礼に当たりますかね?」
そのセリフを言い切った直後、彼の瞳がギラリと光った。
「《リバイバル・チャリオット》!」
彼が手を伸ばした先に、「ボウッ!」と爆発が起こった。その業火の中から姿を現したのは、先のアクトの攻撃の直後、その真紅のボディの行方をくらませていた、あのバイクだった。
「まさか、そのバイクが《ツインズ》か!?」
「ええ。珍しいですよね、手に持てない大きさの器物の姿をとる《ツインズ》……僕みたいなタイプは、《召喚系》の《ツインズ》に区分されるそうですよ」
ジンは《リバイバル・チャリオット》のシートに跨り、フルフェイスヘルメットを被ると、「ヴオォォォン!」とエンジンを唸らせた。
「僕からすれば足止めですが、全力でかからせてもらいますね」
彼はギアを入れ、アクセルレバーを思いきり捻った。
《3》
「ヒロ。君は自分が何者か、知っているはずだろう?」
フェニックスは、ベッドに腰掛けるヒロの隣に座り、その肩に腕を乗せた。窓の外には、血よりも禍々しい緋色の空が広がっている。
「この空間には、君の心理状態が、強く反映される。具体的に言うならば、その心が潤うほどに、この空間に人工物が増える。そして今まで何もなかった緋い野原に、この家が建った。これが意味することは分かるね?」
「俺がルリやスイコウと関わったから、心が潤った。どうせそう言いたいんだろ」
フェニックスはつまらなそうに頷いた。
「そうだね……でも、それじゃ君はダメなんだよ」
突然彼はヒロの首を掴み、ベッドの上に倒した。そして倒れたヒロの首に反対の手をかけて、更にそこに体重をかけた。
「君は現実から逃げて、何も知らずに悪を殺す『不殺人鬼』だ。それが日暮飛路なんだ。君はそれでしかないんだ。日暮飛路は、それ以上でも以下でもない。人の温もりを求めることなんてのはしない、ただ浴びる返り血の温度だけでしか、君は『人間』を感じられないんだよ。……あいつらのことなんて忘れろ、そして思い出すんだ。この《スーサイド・フェニックス》の肉体としての、俺の復活のための布石としての……使命を!」
「……」
ヒロは抵抗しない。ただ虚な目で、フェニックスの仮面の奥の、自分の緋色に染まった瞳を見続けていた。やがて、彼は言った。
「……俺も、その使命に従い続けたかったよ」
「何……だって?」
「……俺だって、お前の言葉に従い続けたかったよ。でも、運命がそれを良しとしなかったんだ。神様は俺に『稲葉瑠璃』っていう刺客を送ってきた。俺を、『不殺人鬼』のままにさせないために」
ヒロは自分の首に置かれた手に、優しく触れた。
「……お前だって、このままじゃいけないことくらい分かってるんだろ? ……俺はさっき、《サイダーズ》なんて言葉初めて知った。それってさ……お前が《サイダーズ》のことを、思い出したくなかったからなんじゃないか?」
「……それは」
ヒロの首を絞める手が緩んだ。
「俺は自分が誰かを知って、そのせいで苦しむのが嫌だったから、お前に身を委ねたんだ。でも、お前だって同じように、俺を『不殺人鬼』に仕立て上げることに集中して、《サイダーズ》ってやつか何かから目を背けたかっただけなんじゃないのか?」
ヒロは言う。それは課題から逃げるために部屋の掃除を始めるのと同じこと。とある苦しみを逃げるために、人は別の苦しみを産んででも逃げ続けようとする。
「……どうしてそう言えるんだ?」
「お前はよく、俺を『不殺人鬼』にしたのは、自分の力を取り戻すためだって言ってた。でもお前の力を借り続けてる俺には、お前が力を取り戻す予兆もないって分かるんだよ。お前の失った力は、俺がいくら殺しても、その罪悪感に苦しんでも、戻ってこない。そうだろ、フェニックス」
「ッ……」
また、首を絞める手に力が加わった。ヒロの喉が、ヒューヒューとか細い音を鳴らし始めた。それでも、ヒロはフェニックスのことを見続けて、掠れた声で彼に訴える。
「そうなんだなフェニックス……なら、俺の話を聞いてくれないか」
ヒロは、フェニックスの手首を、酷く優しく握った。そして彼はぎこちなく笑って見せた。自分を苦しめ続けてきた、相棒に。
「お前が知ってる俺のことを、俺に話してくれ。それは少なからず、俺に苦しみを与える。その苦しみが生み出す力をお前が吸って、スイコウを助けて、ルリに俺が思い出したことを話すんだ。その苦しみを吸って、お前はもっと強くなってくれ。失った力が戻らなくても、俺の苦しみでもっと強くなってくれ。お前が強くなった分だけ、俺は『不殺人鬼』としてもっと強くなれる」
フェニックスは、どんどん色を失っていくその笑顔に、また首を絞める力を緩めてしまった。その一瞬の隙をヒロは見逃さず、彼の肘をヒロは折って、バランスを崩した。フェニックスはそのまま彼の上に覆い被さった。ヒロは落ちてきた不死鳥の体を、そっと抱きしめた。
「苦しむのは俺だけでいい。だから、お前はその分だけ俺の手伝いをしてくれないか。ルリの力になりたいんだ」
「……どうしてそんな馬鹿なこと言えるんだ……俺は……君のことを操って、大量虐殺をしてきた極悪人だぞ!?」
「それでも、お前は俺の《ツインズ》なんだよ」
「……っ」
フェニックスは、震えながら息を吸った。そして、首にあった自身の手を、そのままヒロの体に回した。
「……まさか、ここまで見抜かれてしまうとはね。俺が依代に見込んだだけはあるよ、ヒロ。でも、俺にも何か支払わさせてくれ」
「フェニックス……」
彼はヒロの体を起こすと、抱きしめていたその手を離した。
「君は不自然だとは思わないか? 君のような高校生が行方不明になって、それなのに人探しの張り紙や、警察の動く気配のひとつも感じられず、更には、名前すら誰も知らないなんて」
「……どういう意味?」
「君の過去、あるいは存在自体が、何者かによって抹消された可能性がある。俺も君について知っていることは全て話すけど……それはきっと、君の核心に至るものじゃない」
フェニックスは、仮面を外した。そこには、瞳だけが場違いに緋く染まった、ヒロの顔があった。
「ウロボロスの統べる《焚書図書館リコール》、あそこには、この世の『葬られた歴史』が全て記録されている。もしかしたらあそこになら、君の過去に関する何かが見つかるかもしれない……俺は《サイダーズ》とは関わりを永遠に断つつもりだったけど……今回ばかりはあいつらを頼るしかなさそうだ」
ヒロの顔で、不死鳥は「ふにゃ」と笑顔を作った。
「苦しむならお互い様……『自殺』じゃなくて、『心中』しようじゃないか、俺の……唯一無二の依代くん?」
《4》
夕焼けの茜色もその範囲を縮め始め、一番星が空に輝いてきた、籠目市中央の、広大な空き地地帯。
アクトの体が、宙を舞った。その体にはタイヤ痕が複数残っていて、彼のダメージの量を物語っている。だが彼はなんとか受け身をとり、目の粗いアスファルトの痛みを感じながら着地した。
「アクト!」
「安心しろ……まだ骨折には至っていない」
「……チッ、何なのよあの《ツインズ》……本当にウチらと同じ原理で動いてるわけ!?」
ヒナタは真っ赤になった拳をさすりながら、ターンする真紅のバイクを睨んだ。上に乗る男は、手首を捻ってエンジンを蒸した。
大方、《ツインズ》が肉体の主導権を握る時、その戦闘スタイルは、徒手空拳か能力の全てを活かしたものかの二択になる。
ヒナタ、つまり《ディア・マイ・シスター》の能力は回復・サポートに寄ったものであるため、そのまま戦闘に応用することはできない。故に彼女は天界仕込みの武術を我流にアレンジしたものに、能力の発動の際に副次的に得られる「発光」を組み込んで、「光で視界を奪いつつインファイトを仕掛ける」というスタイルで戦っていた。
だが相手は鋼鉄のビークル。ジンという男もそれを理解した上で戦ってくる。具体的に言うならば、彼はバイクの車体を盾代わりに防御するのだ。ウィリーでさっきまで体があった場所に、アクトの刃もヒナタの拳も通用しない車体を持ってきて攻撃を受け、更にそのまま前輪の角度を調整して、轢き潰そうと迫ってくる。攻守一体の動きは、二人がかりでも攻略できない。
ルリのページによる全力のアシストがあれば戦況は変わったのかもしれないが、彼女は今スイコウの探知を並行して行いながら戦闘に参加している。すでに全力に近い労働量だった。
「どうしたんですか……喧嘩を売りつけてきたのはそちらなんですから、ちゃんとしてくださいよ」
「……ルリ! 大技を決める、あの配置を頼む!」
「言われなくても……そのつもりだッ!」
アクトの呼びかけに答え、ルリの《バタフライ・テキスト》から更にページが溢れ出す。すでに全体の八割のページを飛ばしておきながら、無謀とも言える量だった。
「《バタフライ・テキスト》……帳は優雅な蝶に変わり、我が味方に勝利の運命を示すだろう……舞え!」
「次はウチの出番!」
大量の蝶が、上空に規則正しく並んでいく。昇っていくうちの数羽を足場にして、まるで忍のようにヒナタが上空へと飛び上がった。
「《ディア・マイ・シスター》、我が親愛なる修道女よ、その体を天使である私に貸し与えるのみならず、私にその体の全力を出させ給え、敬具……輝けッ!」
彼女は両腕を大きく掲げる。その間から光の帯が勢いよく飛び出し、拡散した。その光は蝶々たちにより一部が遮られ、地上に影が生まれる。ちょうど、深紅のバイクを取り囲むように。
ヒナタは光の帯を散らし終えると、着地して叫ぶ。
「決めろ、アクトッ!」
「応ッ!」
アクトは近場の影に潜行する。「どぷん」と沈み、その姿は捉えられなくなる。ジンは全方位を警戒した。
「……何をするつもりですか」
「それは、重大なネタバレになるから言えないなぁ」
ルリがジンの言葉に、ちょけた返事を返した直後。
——ザパァッ!
ジンの死角から、アクトが二本の刃を顎門のように交差させて飛びかかってきた。
「その攻撃はもう通用しませんよ!」
ジンはまたバイクの前輪を持ち上げてウィリーの体制をとり、その一撃を受け止めた……だが衝突後もアクトは勢いを全く落とさず、反対側の影へと飛び込んでいった。
「……?」
ジンは首を捻った。そのせいで、次の一撃への反応が遅れた。
「ハアッ!」
アクトに気を取られていたジンは、横からくるヒナタの拳に反応できなかった。立て続けに、アクトはすぐさまさっき飛び出たのとも、潜ったのとも違う影から姿を現し、同じように飛びかかった。
「!?」
ジンは声も出ないうちにバイクの上で体勢を低くして、その拳と刃を、間一髪のところで避けた。彼のヘルメットに、三本の引っ掻き痕が残る。僅かに避けきれなかったようだ。
「何だ今の速さ……!?」
先の戦いでアクトの能力が「影を扉にしたテレポート」でないことは見切っていたジンだったが、その仮説をもう一度引っ張り出して考えなければならないほど、その動きは素早い。
アクトは一度影に潜った後、その下に広がる空間を全力で泳ぎ、別の影から全力で奇襲しているだけだ。だが彼の極道仕込みの恐るべき身体能力によって、まるで瞬間移動と見紛うほどの連続攻撃を可能としているのだ。
そして地上からヒナタが連続で攻撃し続けジンのヘイトを集めることで、アクトの攻撃の奇襲性を上げている。
ジンのヘルメットや《リバイバル・チャリオット》の引っ掻き跡は徐々に数を増していく。疲労が溜まってきたのか、ヒナタの打撃も数発ジンの腕に当たり、彼は限界を迎えた。
「……くっ……これじゃ……ダメだ……!」
ジンはヘルメットの傷を払いながら弱音を吐いた。そして防御や回避に専念する姿勢をやめ、バイクのハンドルにまた手をかけた。
「アクト、そいつを逃すな!《焚書図書館》について問い詰めろ!」
誰よりも早くその行動の変化に気づいたルリが叫ぶ。彼女の意思に合わせて、上空を舞う蝶の円が、逃げるジンに連動して動き、同時に影の輪もジンを逃すまいと追尾する。
だが、ルリは異変に気づいた。彼女の手元の《バタフライ・テキスト》、その僅かに残されたページに、記述が増えている。
「紙魚綴幸:ルリの背後に立つ」
「なっ……スイコウが!?」
ルリは目を疑った。そして蝶の円の更に上を見上げる。そこには飛ばしていたはずの蝶が戻ってきている。幻想的な、警告の姿。
「ジンに聞かなくても、私が答えてあげますよ」
ルリは声に思わず振り向く。その視界が少年の姿を捉える前に、彼女の視界は真紅に染まった。
《5》
「ルリ……ッ!?」
ルリの体が、引き裂かれた。彼女の血が、路面を染める。空を待っていた蝶が紙に戻り、ひらひらと地上に堕ちた。
「スイコウ……貴様……!?」
アクトは息を呑んだ。思わずジンへの追撃をやめ、その赤へと近づいた。ヒナタはただ茫然と立ち尽くし、その赤を見つめた。
スイコウは顔についた返り血を拭うと、つまらなそうな顔をした。
「……全く、私の宿主は無駄な人間関係を作りすぎです。《焚書図書館》という秘密裏に活動する組織に所属する以上、できる限り他人との接触は控えてほしいのですが」
ルリを殺したことに罪悪感など全く抱かず、ただ服についた返り血の処理をどうしようかと、スイコウは自分の全身を眺めていた。
「……貴様、なぜルリを殺した」
「ルリ様は、《ツインズ》の分類で言うならば《因果系》の能力を宿しております。運命を捻じ曲げて追跡されるのは御免ですので、先に手を打った次第でございます」
スイコウは、他人行儀に、丁寧に答えた。
「もう一つ聞こう……お前は、誰だ」
「……おや、そうでした。この私とは、あなたは初めまして、でございましたね。では改めて」
どくどくと流れ続け広がる血溜まりに靴をつけたまま、彼は言う。
「私は《焚書図書館リコール》所属、名を『ペンパル』と申します。皆様には、『レター』や《レター・フロム・ブラックワールド》という名の方が、馴染みがあるでしょうか」
スイコウのもう一つの人格、彼の《ツインズ》は、老紳士然とした丁寧な態度で、ルリの血の中でお辞儀をした。
「私の責務は、一般人の視点で図書館内の情報の漏洩がないか検査することでございます。故にスイコウ様の体を少しお借りし、主にテレビや新聞といった旧式のメディアの動きを監視しておりました。ですが、最近は《サイダーズ》内の対立が激しくなってきているとの知らせをフウリン様から受け、本部に戻ろうとしていたところ……あなた方の妨害を受けたというところですね」
「……フウリン……?」
「そ・れ・は〜……私のことさ〜」
アクトが困惑する中、スイコウ……「ペンパル」の背後から、若い女性が姿を現した。アイロンがけしていないのか、あるいは何日も着続けた後なのか、シワだらけのスーツがだらしない、若い女性。
「《焚書図書館リコール》所属、ニュースライターの写絵風鈴とは私のことさ〜。どうも初めまして、スイコウのご友人?」
ふざけたような態度のフウリンは、手元のスクラップブックをいじりながら、ルリの死体越しにウィンクをした。
「アンタ……ウチの妹が見たのと同じ……!」
ヒナタが息を呑んだ。どうやらこの女がスイコウを誘拐した、つまりペンパルの意識を呼び覚ましたようだ。
「そんなこわぁい顔はやめてくれよ〜、幸せが逃げてしまうよ〜?」
あははッ、とフウリンは笑った。無邪気で狂気じみた笑みと共に、彼女はルリの傷ついた体を、足で払いのけて、アクトへ近づいた。
「「……ッ!」」
アクトとヒナタがそれを合図に攻撃を仕掛けたのは、全く同時だった。その拳と刃は、フウリンにもうすぐ当たりそうだったが、
「無粋な真似はお辞めください」
ペンパルが空間に、指でサラサラと「刺」の文字を書き上げた。
——ドスっ。
黒い棘がフウリンの足元から真っ直ぐに伸び、二人の胸を貫いた。
「がァッ!?」「ごふっ……」
「……全く、抵抗せずこの運命を受け入れれば、もしくは何も知らなければ、無事でいられたというのに」
「ほんっと、バカだよねぇ」
フウリンとペンパルは彼らを嘲笑った。
「スイ……コウ……!」
「ウチの……妹の……友達を返せ……!」
「……伊織様。黒崎様。私はスイコウ様の《ツインズ》です。《ツインズ》とは、もう一つの人格。謂わば、生物的には私も紙魚綴幸であると言うことなので……私の意思は、スイコウ様の意思でもあると言うことで、諦めてはいただけないでしょうか?」
「ふざ……けるな……!」
「私はふざけてなどおりません。そちらこそ、自分の身を顧みず友人の安全を確保しようとする、無謀で馬鹿な真似はよしたほうがよろしいのでは?」
ペンパルはその指先を、まっすぐ二人へと突き出した。
「私たちの下調べでは、あなた方は四人でいたようですが……最後の一名はどうやら来ないようですね。このまま始末してもよろしいでしょうか……フウリン様?」
「どっちでもい〜よぉ。放っておいても死ぬんじゃない?」
「それもそうでございますね……ですが一応」
ペンパルはあえて時間をかけて丁寧に、もう一度「刺」の文字を書き上げた。新たに現れた棘が、先ほどの棘と交差するように地面より現れて、二人の体を貫いた。
「「……」」
ヒナタとアクトは、静かになった。
「また、トウジ様とフウリン様の仕事が増えてしまいましたね」
「そうだねぇ。私は仕事が好きだからいいけ・れ・どぉー……あの十徹のガキをこれ以上働かせるのはどーなんだろうねぇ……」
フウリンとペンパルは、三つの屍から距離をとる。
「おや……どうやらジン様は、先にこの場を去ったようですね」
「逃走とは無様だねぇ、ジンらしくなぁい。あの三人、それなりにやる奴らだったんだねー……死んだ今じゃ、どーでもいーけど」
フウリンがジンの通ったであろう道路の果てを眺めていると、ペンパルがもう一度、死体の方を振り返った。
「どうしたんだ、ペンパル。顔色が悪いよ?」
「いえ……どうしてでしょうか、あの三人の死体を見ると、どうにも悲しみというか、何か許しがたいものを感じるのですよ」
「……きっと久しぶりの仕事だったからさ! 人を殺すというのは、何度経験しても慣れないものだからねぇ、これから慣らして行けばいいさぁ、だから、気にしない方がいいよ?」
「そうで……ございましょうか……いえ、これは……これはスイコウ様の意思でしょうか? スイコウ様が、この三人が死んだということに、激しく動揺しているような気がしてならないのです。……おかしいですね、スイコウ様にはこれくらいは覚悟してもらわないと困ると話していたはずなのですが……? あれ……私、本当にスイコウ様にそれをお話ししましたでしょうか……そもそも私は、図書館に何のために所属していたのでしょう……?」
「……」
ペンパルが片手で胸を押さえ、もう片方で頭を押さえた。悶えるような声をあげて、込み上げてくる震えに耐えるように、全身をこわばらせている。
「私は一体……一体何者なんでしょうか……フウリン様——」
彼が振り向こうとした、その瞬間——
「《血落・隼》ッ!」
緋色の炎を纏った何者かが、高所から勢いよく死体の辺りに墜落した。炎は爆ぜて広がり、死体を包む。まるでここで火葬を執り行っているかのような、禍々しくも、彼らへの敬意に満ちた炎。
「お前か……スイコウを奪った挙句、三人を殺したクソ野郎は」
炎が退く。火葬が終わったそこには、灰になるどころか、完璧に治癒した三人が気絶して倒れていた。そしてその中心に、剣を地面に突き刺し堂々立っていたのは。
「俺は《サイダーズ》第一座、《スーサイド・フェニックス》を宿す者、俺は自分を日暮飛路と呼び……人々は俺を、『不殺人鬼』と呼ぶ」
……お久しぶりです。クロレキシストです。
読者の皆様に、謝らなければいけないことがあります。この話を投稿〜投稿翌日22:00前までに見ていた方々へ向けての謝罪です。
……《サイダーズ》第六座の名前は《クロノサイド・ウロボロス》ではなく《クロノサイド・オウル》、アクトの《ツインズ》の名前は《ホーンテッド・ブレイズ》ではなく《ホーンテッド・ファング》でした……スゥー
本当に!申し訳!ございませんでしたァァァァァァァッ!(クソデカスライディング土下座)
はい。やらかしました。ウロボロスもブレイズも、構想段階での名前です。それを今回誤って、本編で使ってしまったというわけです。イヤージブンデキヅケテヨカッター
今後はこのようなことがないように気をつけます。はい。
ここ一週間程度で急激に気温は下がり、どことなく秋の気配を感じる……というか、秋本来の気候を取り戻してきましたね。お体にはくれぐれもお気をつけて。私も気をつけたいと思いますので。