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双生のインプロア  作者: クロレキシスト
序章:超常の邂逅
5/34

EP5:夜盗と影と奇襲の牙


          《1》


 黒崎亜玖斗は、身を強張らせていた。この隠れ家に、顔も知らぬ人間がやってくるからだ。

「……『不殺人鬼』、か」

 彼はかつて、籠目市に名を馳せる空き巣・『夜盗』として生きていた。金に物を言わせる成金だけをターゲットに絞り、金品を新しい順に奪っていた。その動機は、全て「富」に対する恨みと言えるかもしれない。


 かつて彼の一族は、高名な資産家だった。とてつもない富を築き上げ、あらゆる人々から羨望の目を向けられていた。だがその欲望は止まることを知らず、彼の曽祖父の代から、一族は裏社会との繋がりを持つようになった。日陰の人間たちとはそれなりに上手くやっていたようだが、彼の父親が裏社会の人間と政略結婚をしてから、そのシナリオが狂い始めた。

 ——黒崎の血筋は、裏社会と繋がっている。

 その事実が、黒崎家に正真正銘裏社会の血を宿す、彼の母親が嫁入りしたことで公になってしまったのだ。それからというものの、黒崎家は瞬く間に滅びの道を辿った。

 そんな激動の中で生まれたのがアクトだ。彼はその没落劇もいよいよクライマックスという場面で世界に生まれ落ちた。だが彼の両親は彼の誕生を「ケアレスミス」として、その身柄をすぐに母親の本家、すなわち裏社会へと送ったのだが——そんな過去はもう、彼にとって大した価値を持っていない。


 今の彼にとって最も重要なのは、「明日を生きられるか否か」。ルリからの支給物資が底をつかないよう上手くやりくりしつつ、彼女からの依頼を待ち続ける。それがルリの作品の題材に選ばれ、更に『夜盗』を辞めた彼の、今の生活のあり方だった。

 今日ルリが連れてくるのは、なんでも自分が前線を退いた後に、籠目市を騒がせるようになった「都市伝説」その人らしい。あり得ない事象を引き起こすという証言から、自分と同じ《ツインズ》能力者であることは前提だろう。ならば一体、どんな力を持った者が現れるのだろうか。

 アクトは《ツインズ》能力者になってから、それなりの時間を過ごしている。だが未だ《ツインズ》能力者と鉢合わせた経験をあまり持たない。深夜に活動していたためか、はたまた力を「盗み」などという小規模な悪事に使っていた「同業者」が、少なかったからなのか。とにかく彼は、《ツインズ》能力同士のぶつかり合いをはっきりと理解していないのだ。

 別に、戦闘に関してからっきしというわけではない。むしろ、裏社会にいた頃に仕込まれた、熟練の人間をも簡単に気絶させられる程度の技術を見るに、彼は凡人よりも何倍も秀でた戦いを演じることができるだろう。が、それが異能を持つ人々に有効な対抗手段だということにはならない。

(——……アクト、アクト)

 カビ臭い畳に胡座で座り、どうしたものかと考えるアクトの脳内に、不意に声が響いた。アクトと瓜二つの声で話すそれは、彼の宿すもう一つの人格に違いなかった。

「『影鰐(かげわに)』、どうかしたのか」

(——オレ、いいこと、思いついた。アクト、他の《ツインズ》と会ったこと、少ない。だから、そいつと戦え。オマエ、そいつと戦えば、戦いの心得、身につく)

「成程」

(——やるか?)

「悪くはない、とは言っておこうか。だが……初対面の相手に刃を向けるのは、人としてどうなのだろうか……」

(——アクト、イヤなら、オレ、戦う。オマエの代わりに、オレ、『不殺人鬼』と戦う)

「俺の体を借りて戦うということか?」

(——うん。これなら、アクト、戦わずに、済む)

「うむ……『不殺人鬼』とやらの戦闘能力は確認しておきたいところだが……『影鰐』、本当にいいのか?」

(——オレのせいにすれば、問題ないよ)

 アクトはしばらく黙ってから、肩の力を抜いた。

「なら……お前の言葉に甘えてみるとするかな」


          《2》


 ヒロが椅子から解放されたのは、ルリが学校から帰ってきてからのことだった。その時彼はようやく、自分が拘束されていたのが彼女の家だと知った。その家を無理やり出発させられて、ヒロはまだ縄で縛られていた跡が残っている腕をさすりながら、人気のない住宅街を歩いていた。

 前を歩く少女はパラパラと《バタフライ・テキスト》の内容を確認している。内容は確認できないが、能力を発動する素振りがないことから見るに、きっと過去の改変のログを見ているのだろう。

「ルリ」

「なんだい、ヒロ?」

「……俺は今、どこに連れて行かれようとしてるんだ?」

「おや、ヒナギから聞いてないのかい? 君の記憶を取り戻すための助っ人の元へ行くんだよ。私の貴重な放課後を削ってあげてるんだから、感謝してくれたまえ」

「……」

 ヒロは少女から顔を隠して、抱える不快さを全て表情という形で出力した。

 伊織日凪の《ディア・マイ・シスター》の力で思い出した記憶……自分が焼身自殺するあの記憶。ルリに記憶のことを言われるまで忘れていた、あの肉が焦げる感覚が、まだ自分の体に残っているようで落ち着かないのだ。

 加えて昨日の夜は、彼自身も驚くほど疲れていたようで、全く夢を見ることができなかった——フェニックスと冷静に話すことができなかったのだ。あれだけヒロが「人間」を取り戻しかけていたことに焦っていたのだから、今もきっと調子を狂わせているに違いない。

 このまま彼と会えなくなってしまうのではないか、などという不穏な考えが頭をよぎった。それほどに、昨日の夜は静かだった。

「……その……助っ人って、どんな人なんだ?」

 そんな他人に言えない恐怖とても弱々しい声色で、彼はルリに尋ねた。彼は自分らしからぬその声に驚いたが、ルリは特にリアクションすることなく、彼の質問に答えた。

「ちょいと警戒心が強いが、頼りになる男であることに変わりはないよ。……まあ、あくまで『彼そのもの』に限った話ではあるけれど」

「え?」

「深い意味はないさ。さ、早く行こう」

 ルリはまた歩き始める。が、ヒロはただ不安が増えただけでなんだか損した気分だった。ルリが言っていたところの「彼」が一体どのような人物なのか、ヒロはまだ確証を掴み損ねていたのだ。

「なんて言っている間に、ほら、もう着いたよ」

 そうして熟考する隙も与えられないまま、二人は空き家の前に立っていた。外から見て、中の様子は全く伺えない。ささくれだったドアやカーテンの閉め切られた窓は、外からの侵入者を絶対に許さない、寄せ付けないオーラを醸し出している。おおよそ人がいるとは考えにくい、心霊スポットにも似た不気味な場所だった。

 そんなところにルリは恐れることなく、雑草の生い茂る庭を慣れた手つきでかき分け進み、ドアの尖っていないところを三回ノックした。

「アクトー、約束どおり連れて来たぞー……あれ?」

 ルリは家の中から返事がないことを訝しげに、ゆっくりとドアを開けた。相変わらず埃っぽくて、お世辞にも住みやすいとは言えない家だったが、今日はいつも以上に不気味だ。なんというか……本当に誰もいないような気がしてならない。

 すぐに、《バタフライ・テキスト》のページを確認する。昨日の夜に急いで書き上げた脚本には、確かに「黒崎亜玖斗は家にいる」の文が書かれている。だがどうしたものか、彼の姿が見当たらない。

「……おかしいなぁ」

「おーい!ルーリさーん!?」

 ヒロは外から、家の中の少女を呼んだ。だがその声が届いたかどうかに関わらず、彼女からの返答はない。ルリは自分の脚本が発動していない原因を調べるのに夢中になって、ヒロの声など聴こえていないのだ。

「……はぁ」

 ヒロはため息をつく。『不殺人鬼』の威圧感はとうになく、どこか諦めたような眼差しで世界を見る、気怠げな少年がそこにいた。

 このままルリの背を追ってこの家に入ろうかとヒロは考えた、が。


(——何度も言わせないでくれよ。足元、気をつけなよ?)


「フェニックス——ッ!?」

 突然脳内に響いた相棒の声に、ヒロは咄嗟に周囲を見た。姿がないのは分かっているが、反射的にその姿を探してしまった。

 そして少し頭が冷えた後、彼が言っていたこと……「足元」を見てみた。だがそこには自分と日の光によって生まれる影以外には、特に目立ったものはない。

「まさか……?」

 ヒロが思わず声を上げた瞬間、影の表面が、まるで水の入ったコップを揺らしたように、波紋を作り始めたのだ。そう、ルリの消しかけたスイコウという名の少年の《ツインズ》と近いような——

「オイ、『不殺人鬼』」

 影の中から、聞き慣れない声がした。今まで文明に触れてこなかった人間が、人里から来た人間と出会い、その過程で覚えてきたような、ぎこちない日本語。


 ——バシャッ!


 影から、少年が飛び上がって現れた。衣服はスニーカー、ジーパン、Tシャツ、羽織ったベストに至るまで全てボロボロ。そのほのかに紫がかった黒の長髪の隙間から、冷たい灰色の瞳と、左目を縦断するように奔る三本の痛ましい傷跡が覗いていた。

「オレは『影鰐』。オレ、オマエと戦う!」

 ヒロの影から飛び出た少年……カゲワニは、そのまま無防備なヒロに襲いかかった。


          《3》


 少年はヒロを地面に押し倒し、右手を振り上げた。

「——《スーサイド・フェニックス》!」

 ヒロは咄嗟に《ツインズ》を顕現させ、剣でその右拳を受けていなした。そしてその剣を逆手に持ち替えて、相手の喉仏めがけて突きを放つ。

 カゲワニは全身をバネのようにして飛び上がり、瞬時にヒロの体から離れる。そして少し離れたところに着地すると、動物的な前傾の戦闘体勢をとった。

 ヒロは今にも次の攻撃を繰り出さんとしているカゲワニに剣先を向けて牽制をかける。

「待て! どうしていきなり攻撃して来たんだ!?」

「オレが、アクト、守る。それだけ」

「アクトって誰だよ!?」

「この体の主。オレの、相棒!」

「……そうか、お前はそのアクトってやつの《ツインズ》で、肉体の主導権を奪って、俺に攻撃してる……そうなんだな?」

「そうだ。オレ、オマエからアクト、守る」

 相手がどういう目的で自分に攻撃してきたかは聞き出すことができたが、それ以上のことを聞くのは、ヒロには難しそうだった。カゲワニはさっきと同じ勢いで、低い姿勢でヒロに突っ込んでくる。

「……っ」

 ヒロは剣道よろしく、フェニックスを中段で構えて相手の出方を窺った。このまままた跳躍して飛びついてくるか、それとも左右どちらかを通って背後を取ってくるか。

「ガァッ!」

 ——だがカゲワニがとったのは、彼の予想を大きく外れた行動だった。彼はヒロに接近するかと思いきや、突然方向を変え、空き家の塀に突っ込んだのだ。

 そして更にヒロを驚かせることとなったのは、彼の体が、陽の光と塀が作り出す影の中に潜っていったことだった。

「なっ……!?」

 ヒロは彼の行方を目で追おうとしたが、それはやはり無理なことだった。相手の体は影の中、本来ならば空間の存在しない領域に彼は入り込んでいるのだ。思えば先ほどの邂逅の時も、彼は影から現れていた。まさかあれも今と同じように、自分の影の中にカゲワニは潜り続けていたということなのだろうか。

 ヒロは塀から距離を取る。二人の戦うフィールドは車一台ほどの広さしかない道路だったが、影に触れることのない領域は十分存在した。眩しい光を直接見ないよう目を細めて、影の表面をじっくり観察する。さっきと同じように襲ってくるのであれば、また影の表面が不自然に波打つはずと考えたからだ。


 ——バシャッ!


 ヒロは音に身構えた。だが、おかしい。明らかに飛び出した音は鳴っているはずなのに、目の前の塀の影は揺らめき一つ起こしていない。困惑に、思わず剣を持つ手が緩んだ。

「どこだ……ああッ!?」

「オマエ、トロい!」

 次の瞬間、後ろの家の塀の裏から、カゲワニが勢いよく飛び出した。そしてがら空きのヒロの背中に飛びつき、その首筋に勢いよく噛みついたのだ。

「グルルルル……ガゥッ!」

「——ッ!?」

 肉が激しく抉れ、ブチブチと繊維が千切れるような痛みが襲ってくる。たまらずヒロは、背後にしがみつく少年の脇腹に肘打ちを入れた。その攻撃は少年の想定外のものだったのか、少年は顎の力を緩めた。

「いッ……オラァッ!」

 ヒロはこれを好機と見て、更にもう一発肘打ちをかました。カゲワニは更に体勢を崩し、脇腹を咄嗟に押さえた。その隙にヒロは拘束を振り払い、首筋の噛み跡に熱を感じながら雑草をかき分け、空き家の中へと駆け込んだ。

「加勢しろルリ! 変なやつが攻撃してきてる!」

「んー? 君ほどの戦闘能力を持つ人間であれば、一人くらいどうってことないんじゃないのかい?」

「今回は特例だ! というか、俺は性能が素直な《ツインズ》としか殺り合ったことないんだよ!」

「へぇ。で、その変なやつってどんなやつだい?」

「影に潜って移動してくるやつだ!」

「……それは……まさか」

 ルリはヒロを押し退けて、空き家の外を眺めた。道の真ん中で、カゲワニはまだ脇腹を押さえて苦しんでいた。

だが、彼はこちらを……ルリの顔を見るやいなや、彼女の顔をまっすぐ見つめたまま固まって、青ざめていた。

「ル……ルリ……これ……は……」

「はぁ……これだから血気盛んな獣をエキストラに呼ぶのは骨が折れるんだ……カゲワニ、君の主人に代わってくれないか?」

「違う! ……これは……その……」

 カゲワニが何かを言おうとした次の瞬間。


 ——ガコンッ!


 額を銃で撃ち抜かれたかのように、突然カゲワニは大きく仰け反った。意識を失ったのか、彼はそのまま、地面に無防備に倒れる。

「……少し激しすぎたか」

 カゲワニは、流暢な日本語を発した。

「『不殺人鬼』。突然無粋な真似をしてしまい、すまなかった。宿主である俺が代わりに謝る」

 体を起こし、植物をかき分けて、少年は歩み寄ってくる。

「俺は黒崎亜玖斗。昔の名を『夜盗』という……お前の『助っ人』だ」

 カゲワニ改め、アクトは丁寧に頭を下げた。


          《4》


「……と、彼はそういう身の上でね。社会的には君と近い立場にあるから、お互いの過去に共感できることも多いだろうと思って、君と会わせたんだよ」

 ルリはアクトの立場について、過去に『夜盗』だったことや、その更に前、彼が没落した名家の生まれであることなどを交えながら、彼の今について、そしてなぜヒロと引き合わせたのかを説明した。

「……ルリがこいつと俺を会わせた理由は分かった。でも、」

 ヒロは隣に正座するアクトを見た。目を瞑って何かを集中して考えるその様は、武人めいてヒロの瞳に映った。

「ならどうしてアクトは……というかこいつの《ツインズ》は俺を襲ってきたんだ」

「……お前の技量を確認しておきたかったのだ。俺は『夜盗』、隠密行動や盗みの心得はあれど、《ツインズ》能力者相手に戦えるような心得はない。よって数多くの命を屠ってきた『不殺人鬼』……お前の戦闘能力を基にして己を鍛えようと思い、戦わせてもらった」

 アクトは重々しく口を開いた。そして手を横にかざす。ぼんやりと薄暗いこの部屋の床が突然波打ち、「ザン!」と、アクトの目の前に二振りの剣が現れた。

「これが俺の《ツインズ》、『影鰐』……またの名を《ホーンテッド・ファング》。能力は『影に潜航する』こと」

 アクトは部屋を包むぼんやりとした影から剣を引き抜く。露わになった漆黒の刀身は、鮫の牙を並べたようにギザギザと尖っていて、殺意の高い形をしていた。

「……アクトはあんなふうに言ってるけれど、《ホーンテッド・ファング》は、正確には『影を通じて異空間に出入りする』能力だ。彼が影に潜った先には、彼以外は自力で入れない空間が広がっていて、そこを経由して、入った影と違う影から出たりすることもできるんだよ。そこには、今までの盗品や食料が沈んでいるとも聞いたよ」

 ルリは補足するようにヒロに囁いた。

「なるほど、さっきの戦闘で俺の前の影に飛び込んだのに、後ろから飛び出して奇襲して来れたのはそういうことか」

 うむ、と頷きながらアクトは立ち上がり、《ホーンテッド・ファング》の剣先をヒロの喉に向けた。

「カゲワニは戦いに慣れていないとはいえ、あの一分程度の戦闘でできる限りの手の内を明かした……だが、お前はどうだ」

「……え?」

「お前は自分の総力を以ってしてカゲワニとの戦いに臨んだか、と聞いているのだ、『不殺人鬼』・日暮飛路。俺はカゲワニの視点でお前を見ていたが、あれではお前の実力を測りかねる」

 アクトは表情を変えなかったが、ギザ刃の剣を一切動かさないその姿勢からは、怒りを感じられた。彼は怒っていた。ヒロが自分の相棒に対して本気を出さなかったのを、「不誠実」と感じたためだと読み取れる。

「……」

「なぜ黙る。それはお前が己の不誠実を認めたようなものだぞ」

「……確かに、俺はあの時本気を出さなかった……出せなかった」

 少年は帽子のつばを下げて目元を隠すと、またしても思うことを全て吐き出す勢いで話し始めた。

「実は……お前が襲って来る直前、俺の《ツインズ》の声が聞こえたんだよ。俺、最近あいつと話せてなくてさ……俺がルリとかと繋がりを持ったのが気に入らないみたいで……流れでルリに協力しちゃってるけど、フェニックスからしたら、『俺に寄り添うのはあいつ一人だけで十分なのにどうして』って……このままだと俺、見放されるんじゃないかなって不安になっててさ……そういう時に聞く相棒の声……なんか怖くってさ……お前と戦うどころじゃなかった自分がいたんだ……ごめん」

 ヒロは萎れるように頭を床について謝った。

「これで君の独白を聞くのは三度目になるが……君はやはり『不殺人鬼』も、その《スーサイド・フェニックス》とかいう《ツインズ》の宿主もやめた方がいいんじゃないか?」

「それはごもっともなんだけど……そう簡単に離れられるものじゃないんだよ……」

「……『不殺人鬼』」

 アクトはヒロに向けていた剣先を下ろし、そのまま剣を影の中に沈めた。そして片膝をついて、少年の帽子をとった。

「顔を上げろ。その……お前の事情を知らないままだった俺も悪かったと思う、すまない、今まで独りで生きてきたもので、他人の感情を慮って行動するのは……少し苦手でな」

「……そんな気を使わないでくれ。逆に辛くなっちまうから」

 震える声をなんとか平常のトーンに保とうと、深呼吸をしながら言葉を紡いでいた。だがその呼吸も「深い」呼吸だが穏やかさはなく、むしろ肺の中のものを掻き出して、新しい空気を押し込み詰めているような忙しないものだった。


 と、ボロ家の中で三人が話しているその近く。閑静な住宅街に、真っ白なガーゼに落とされた一滴の鮮血のような異質さを伴って、真紅のバイクがエンジン音を鳴らしながら通行していた。

 バイクは家の前まで来ると、ドライバーが左足を下ろして停車した。男は空き家の外装を眺めると、一つ、ため息をついた。

「……この中に、ターゲットの関係者がねぇ」

 男は季節外れのウィンドブレーカーのポケットから一枚の写真を取り出し、それに映る人物のことを想像した。

「あーあ……上も焦ってるのかなぁ。いくらなんでもこれは……強引な手だと思うんだけどなぁ」

 次に男はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して、電話アプリを開いて一番上の番号に通話をかけた。

 ——ルルルルル……ブッ

 通話はすぐに繋がった。

「もしもし、フウリン? ターゲットの関係者は今取り込み中で間違いないよ。狙うとしたら今だ……ああ、もう近くにいるのか……お前は相変わらず仕事が早いなぁ。じゃあ俺から言うことはもう無いよ……あ、くれぐれも目立ちすぎないように、あと、お前の力は強大なんだから、易々と使っちゃダメだぞ」

 男は通話を切り、サイドスタンドを軽快に跳ね上げて、バルバルとエンジンを噴かし、当てもなく走り去っていった。


           《5》


 その少年は、昼を越した街の中、自分の手のひらを見つめていた。

「……僕は臆病……か……」

 その少年——スイコウは静かに、自分の無力を噛み締めた。友達に言われたその言葉は、胸を貫くわけでもなく、心臓の表皮を少し進んだところで止まったまま、抜けなくなっている。

 前々から己のことは、臆病だと思っていた。それは突然ツインズに目覚めてからも治らなかった。

 自分が人と違うこと、普通の「人間」から外れていること。それをポジティブに受け取ることができず、何かをきっかけに能力のことがバレて、誰もかもが自分の元から離れていくのを恐れていた。

 そんな中で出会ったのが、ルリの存在だった。生来宿す自らの《ツインズ》と上手く関係を築き、ここぞというときに能力を使う彼女とは、今日も高校で話した。『不殺人鬼』の物語を引き出すという今の目標までの道のりは、想定通り進んでいるらしい。

「僕がいなくても平気なんだよな……」

 たとえ唯一の力を持つ能力者であろうと、ルリの中でスイコウの存在は、計画においてはあくまで一ステップでしかなく、正直換えのきくポジションであったことは確かだ。

 だが、彼は彼女に必要とされたがっていたことを思い出してしまった。自分が恐れて仕方ない、公の前で能力を使うことを、「必要とあらば」容赦無く行う彼女への憧れ。それが、彼女に必要とされていないことが分かったせいで、連鎖的にわかってしまったのだ。

「……『唯一の僕』を認めてくれる人が欲しいな……」

 スイコウは密かに誰かに届くことを願って、その言葉を空に向けて小さく呟いた。

「……その願い、叶えてやってもいいぞぉ?」

 スイコウはとっさに振り向く。だが《レター・フロム・ブラックワールド》を衝動的に取り出すことはできなかった。

声の主は、女性だった。シワだらけのスーツを崩して着ていて、首からは新品のカメラを提げている。その出立ちからするに記者か何かなのだろうか、まさか、自分の《ツインズ》のことが公にバレたのではないかと、スイコウは警戒した。

「……誰ですか」

「うーん……その情報を開示するのはもっと後の方がいいだ・ろ・う・がぁ〜……まあ、ワタシはしがないニュースサイトライター、とでも自己紹介しておこうかな? 名前は、これを見るといい」

 彼女はポケットから名刺入れを取り出して、その中の一枚をスイコウに手渡した。そこに書かれていたのは——

「《焚書図書館(ふんしょとしょかん)リコール》 調査員 写絵(うつしえ)風鈴(ふうりん)


          《6》


「改めて誓おう。俺はお前に協力する」

 アクトは胸に手を当てて言った。それを告げられたヒロはというと、目に傷を負った少年ではなくルリの方を見ながら、何やら不服そうな視線を向けている。

「……ヒロ。聞いているのか」

「聞いてるけど……俺はルリに半分無理やり記憶を蘇らされてるようなもんだし……これを協力っていうのはちょっと違うんじゃないかなぁ〜……って」

「何っ、そうなのか、ルリ?」

 どうやらルリはアクトに、ヒロが自ら望んで記憶を取りもどそうとしている、という旨で協力を仰いでいたらしい。

「……だって、不自然に空白が空いていたら埋めたくなるのが人間というものじゃないか。今は気が乗らなかったとしても、いずれ知りたくなる時が来るのさ」

「それは今の俺が記憶を取り戻したくないと認めたようなもんだろ」

「確かに私は君の『今は思い出したくない』という感情は認める。だがそれはそれ、これはこれ。私は君の記憶を探るのをやめないよ。だって……聞いたことあるかい!? 自分が何者であるか知りたくない記憶喪失の人間なんて! 斬新で、創作物にするにはうってつけじゃないか!」

「だったら……俺のスタンスを肯定するんなら、なおさら俺の記憶を取り戻させようとする意味がわからない!」

「私が仮に、『記憶喪失だがその記憶を取り戻すのを拒み続ける少年』を物語に登場させたとしよう。だが彼の人間性を深掘りするためには、彼の知りたくない過去について触れざるを得ないわけだ! それと同じだよヒロ、私は君への理解を深めるにおいて、君の失われた記憶を知らなければならない、というわけさ!」

「ああ言えばこう言う……クソっ!」

 ヒロは律儀に帽子をとって、髪の毛を掻きむしった。

「……諦めろ、ヒロ。ルリは一度やりたいことを見つけたならば、例え命がかかろうともやめないタチだ。現に、俺はルリによって『夜盗』を辞めさせられたのだからな……」


 アクトは思い出す。かつて夜の世界を走り、家々にひっそりと蓄えられた財を奪っていた、虚しいあの頃。少女は突如として、彼の前に現れた。

「ここに来たということは……私の脚本に誤りはなかったようだ」

 電灯ひとつの光しか届かない雨降りの路地裏で、少女は傘の下でニヤリと笑った。そして手に持つ本のページを一枚破り、それを一羽の青い蝶にして見せた。

「私は君の物語を知りたい。だからここにいる……さあ、早速だけど教えてもらおうか。君が何故『夜盗』であるのかを」

「……ッ」

 アクトは咄嗟に《ホーンテッド・ファング》を取り出し、少女に切り掛かった。当時の彼の瞳には、自分の前に現れたその少女は、ただの「障害物」にしか見えていない。

 だが少女は咄嗟にその蝶を前方へと繰り出し、彼の鋸のような双剣を受け止めたのだ。彼が更に力を入れてその蝶々の群れを切り裂くと、そこに少女はいない。

「それもまた、私のシナリオの内だ」

 アクトは咄嗟に交差させた双剣で背中を守った。それと同時に、アクトの背中を衝撃が襲った。それは蝶の突進のものであり、少女の繰り出した攻撃であった。

 少女は本をパラパラとめくりながら、蝶々をデコイにしてアクトの背後に回っていた。それに気づいたアクトが振り向きざまに双剣の片方を投擲すると、少女はまたしても本を千切り、それが変化した蝶々で剣を受けた。

「私に対して、君は本気を出せない。それはこの脚本で定められた運命であり、同時に、君の良心の呵責でもある。自分の全てを理解されたつもりになっている気分は、どうだい?」


「……その話はよしてくれよ。あの時の私は今よりも……なんというか……傲慢だったんだよ」

「俺はあの頃のお前も嫌いでは無かったぞ。能力への自信と努力家の部分が双方とも出ていた……今よりも夢想的で無双的だったな」

「それが嫌なんだよ! あの時の私は少し……いや、かなりモルフォの力に酔いしれていた」

「今のお前は泥臭い。だがあの時は、今と同じで人間的だったが、それでいて夢を見ていた……」

「だからよしてくれと言っているだろう!?」

「あの……ルリ。それにアクト。昔の惚気話ならよそでやってくれ」

「何が惚気だって!?」「何を惚気だと!?」

「……」

 ルリとアクトは、ヒロの言葉をきっかけにして、過去のことを色々掘り返してやいのやいのと騒いでいる。

 二人の関係は、苦楽を共にした相方同士と言えるだろう、とヒロは考えた。きっと自分と出会う前のルリは、この男の、『夜盗』人生を綴ろうとしていたのだろう。

 だが、ルリは自らの力で、この男の『夜盗』としての物語を終わらせた。それはきっとハッピーエンドだったはずだが、それが逆にルリを困らせる結果となってしまった。

 物語の終幕とは、綴り手の仕事がなくなってしまうことを意味する。彼女はアクトを、一つの都市伝説から、一人の人間にした。その後に彼女の元に残るのは、ある意味「用済み」になった一人の少年と、熱い思いを込めた原稿のみ。

 だが見習いの彼女には、「数」が必要だ。数打ちゃ当たると言えば不誠実に聞こえるかもしれないが、それだけチャンスが増えるということ。

「……俺が記憶を取り戻すことが……ルリの夢につながる……」

「ん? 何か言ったかい?」

「……いや、大したことじゃないんだ」

「それはむしろ、聞き手側の興味を引くフレーズだよ?」

 ルリは揶揄うように笑うが、ヒロは笑い返せない。


 ——己の安寧を取るか、少女の夢への階段となることを取るか。


 その天秤は、ヒロの中でほぼ釣り合っている。出会ってからそこまで日の経っていない少女のために、今まで積み上げてきた『不殺人鬼』の己を投げ捨てるのは、生半可でない覚悟が必要だった。

(——フェニックス……は、どうせ俺に「『不殺人鬼』を続けろ」って言うんだろうなぁ……)

 ヒロが不意に、相棒の顔を思い浮かべた時。

「 あ っ 」

 彼は自分の首の後ろのあたりの血管に、違和感を覚えた。と思えば、その感覚は瞬く間に全身へと回り、彼の体を支配する。この感覚には覚えがあった。そして彼はゆっくりと意識を失い——

「……《血面(けつめん)(うそ)》」

 彼は自身の能力で仮面を作った。それはヒロの夢に現れるフェニックスと同じ、鳥の顔を模した、緋く、鋭角的な仮面だった。

「ヒロ、急に素っ頓狂な声をあげてどうし……本当にどうしたんだい!? その仮面は一体何だ!?」

「……っ」

 その様子を見た二人は驚きのあまり恐怖すら覚え、仮面の少年から飛び退いた。少年の体からは、先ほどまで感じることのできなかった、おどろおどろしいオーラが滲み出ている。少年は言う。

「俺は……《スーサイド・フェニックス》」

「スーサイド……まさか、君がヒロの《ツインズ》なのかい……!?」

「その通りだ。俺が日暮飛路を『不殺人鬼』に仕立て上げた張本人さ。……今はもう、そんなことを言ってられる場合じゃなくなっちゃったけどね」

「……それはどういう意味だ、ヒロの《ツインズ》」

「すぐに分かるさ」

 フェニックスは、ヒロの声帯を借りて飄々とした口調で話している。彼が扉を指差した、次の瞬間。

「ハァ……ハァ……ルリ! ……大変なことになってるわよ!」

 肩で息をしたヒナギが、ボロ屋のドアが破壊されそうな勢いで飛び込んできた。その目は緊張や恐怖で血走っている。

「スイコウが……スイコウが誰かに誘拐された!」

「……へ?」

 聞いたルリは、一瞬で余裕を無くした。アクトは目を見開いた。そしてフェニックスは、まるでそれが分かっていたかのように、俯いて目を閉じた。

「誘拐……? 待ってよ、待ってくれよ。……嘘だろう……!?」

「嘘じゃない……アタシがこの目で見た……でも……助けられなかった……アイツを誘拐したのは、《ツインズ》能力者よ」

「能力者……『不殺人鬼』の台頭によって、《ツインズ》を犯罪に使う不届者は減ったはずじゃなかったのか!?」

「それとこれとは話が違うよ、《バタフライ・テキスト》に《ディア・マイ・シスター》、そして《ホーンテッド・ファング》?」

 三人が狼狽える中、フェニックスは場違いに落ち着いて、むしろその状況を楽しんでいるかのように告げる。

「……俺の能力の根幹にあるのは、『生命力の過充填』だ。だからなのか知らないけど、他人の生命力にも人一倍敏感でね。空気を流れる生命力の流れで、どんなやつが行動してるのか、なんとなく分かるんだ。それで、さっきこの近くを、ここにいる四人の《ツインズ》能力者の誰とも違うヤツが通った。俺は、そいつのことを知ってる」

「……何故その時に言わなかった……答えろ」

「こういうのは事が起きてから言わないと、事態をややこしくするだけだろう。それに、今重要なのはそこじゃないんじゃないか?」

 フェニックスは怒りに身を震わせるアクトを鼻で笑った。未だ充血する瞳で不死鳥を睨むヒナギが、アクトの肩に手を置く。

「……じゃあ、そいつのことを教えなさいよ……」

「そうピリピリしないでくれよ。俺だってそいつのことをちゃんと把握しているわけじゃあないんだからさぁ。……俺が知ってるのは、そいつがどこに所属してるのかってことだけだ」

 フェニックスは言う。

「アイツがいるのは、《焚書図書館リコール》……俺と同じ《サイダーズ》の、第六座のお膝元……ってところだね」

読者の皆様、毎話私の小説を読んでくださってありがとうございます。そして、初めまして。「黒歴史を誇る者」、かつて酸化ナナニウムを名乗っていた者、クロレキシストです。

……今までの4話で後書きを書いてこなかったので、ここまで連続で読んでくれている方は驚いたかもしれません。というか、月の「第二日曜日」という、イレギュラーな投稿自体に驚いたかと思います。

今回初めて後書きを書くに至った経緯も、このイレギュラーなスケジュールに関して読者の皆様に伝えるためという側面が大きいです。

私クロレキシスト、少し生活を見直しまして、この小説を書くことにあてる時間を増やしました。そこから今回のように、筆が乗れば月2回投稿するという形に、投稿スケジュールを変更しようという決断に至りました。

もちろん今までの四ヶ月と同じように、最終日曜日の投稿も継続します。この投稿が終わり次第、小説の概要欄にある投稿ペースの内容を「月の最終日曜日に」から「月の最終日曜日に『必ず』」みたいな感じで変更しているはずです。

……ということで連絡は以上になりますので、ここから下は少し作品の裏話を。

今回で(作者的には)遂に登場した、《サイダーズ》という謎の単語。実は今回までは全て「前振り」で、次回から本格的に「双生のインプロア」本編が展開していきます。

そしてここで爆弾投下。今作に登場する名前付きの《ツインズ》能力者、その総数のお話です。実かなり前、このサイトに投稿する前から、この小説に登場する主要人物は、軽く「五十人」を超える計算になってしまっています。

はい、五十人です。そして今現在も増え続ける一方です。……明らかに、月一更新でたどり着ける人数ではありませんね。

今回の決断も、「これやばいだろ」と自分で思ってしまったが故の行動です。果たして全員が出切るのは、一体何年後になるんでしょうか。

これから本格展開する「双生のインプロア」。《焚書図書館》なる組織に連れ去られたスイコウは果たしてどうなるのか。ヒロは記憶を取り戻す決断ができるのか。そして、《サイダーズ》とは、一体何なのか。それらが明かされるのは、そう遠くないでしょう。

次に私が顔を出すのはいつになるか分かりませんが、機会がありましたら、また私の雑談に付き合ってくださると嬉しいです。

最後に、もし読者の皆さんがよろしければ、是非ブックマーク登録と評価、そして見つけた誤字の報告をよろしくお願いいたします。では。

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