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双生のインプロア  作者: クロレキシスト
一章:梟の秘めたる事の顛末
31/34

EP31:辛勝と復縁と狂気に委ねた二連の聖拳


          《1》


 山奥の廃工場にて、一人の青年がのんびりと、屋根の端に座り込んでいた。彼の足元では時折爆炎が上がり、次元が歪み、黒やら赤やらの液体が飛び交っている。

 男は天然パーマの白髪を、両サイドで団子結びにした、奇異なヘアスタイルをしていた。ただ、褐色の肌や右手に持つ先端にランタンのついた杖などを見ると、そんな奇抜な要素も単なる「パーツの一部」にしか見えなくなってくるのだから不思議だ。

 要するにこの男の構成要素は全て、一般の価値観からは離れているのだ。その姿からは、彼は俗世に馴染もうとするような、我の弱い人間で無いことが伺える。

「——侵入者たちは、本気で私たちを潰すつもりらしいですね」

「俺らの間じゃ、ああいうのは『挑戦者』って呼ぶべき奴らだな」

 見かけによらず紳士的な口調で話す白髪の青年の隣には、刺青の入った屈強な体躯を持つ青年が、身の丈ほどもある巨大なハンマーを携えて立っていた。

 見た者に色気と悍ましさを同時に与えるその男は、千賀藪蛇。《羊飼い》の計画にて、下っ端の協力者たちをまとめる立場に立っている。かつて《焚書図書館》の成員二人を一度は亡き者にした、正真正銘の危険人物だ。

 しかしながら白髪の青年は、その非力そうな体躯からは信じられないほど肝が据わっているようで、ヤブヘビの圧に全く屈していなかった。

「……時に、千賀さん。君が《ツインズ》の可能性をどこまで信じているのか、聞かせていただくことはできないでしょうか?」

「それに何の意味がある?」

「単なる暇つぶしですよ。ここには優秀な同胞たちも呼んでありますから、しばらくは私たちの出番もないと思っていますので」

「……『不殺人鬼』もいるのにか?」

「まあ、そこは追々でも大丈夫と言うことです」

 青年は足元に再び目線を向けた。計画の邪魔になる、鬱陶しい虫たちが暴れる様子を、物理的にも精神的にも、上から眺めている。

「《ツインズ》やそれを宿す能力者というものは、はっきり言ってデタラメな存在なんです。彼らに『できる』と信じ込ませれば、森羅万象を手中に収めることだって容易い。反対に『できない』と信じ込ませれば、今まで備わっていた異能力が、一瞬で使えなくなってしまうのです」

「それは……知らなかった」

「私の同胞にも、『生命力』だの『狂気』だの色々な話がありますが、ああ言うのはきっかけに過ぎません。一度能力を手にした人間は、誰しも上を目指す権利を持っているのですよ」

「……それで、どうしてその話を俺に?」

「あなたは、もっと強くなることに興味は無いのですか? 私はそう聞いているのですよ。我が陣営最強の、《ツインズ》能力者様」

「何を言っているんだ。真に最も強いのは……アンタだろう」

「何をおっしゃいますか……私はただの堕落した男でしかありませんよ。だからこそ、底なしの力を求めるのです」

 青年は羊のようなふわふわとした白髪を揺らしながら、目を細くして笑う。子供のように体を揺らしながら、目下で繰り広げられる死闘を、嘲るように俯瞰していた。

「私の《淫蕩派(いんとうは)》も、そのためにここまで大きくしたのですから」


          《2》


 その少女が《ツインズ》の可能性を知っていたかどうか。それは些事に過ぎない。それが意識的であれ偶然であれ必然であれ、《ツインズ》の可能性は、彼女に味方した。

「あああああああああああああああああああああ——ッ!」

 熱い。痛い。苦しい。

 肌が焼ける。肉が焼ける。骨が焼ける。

 でもどこか、暖かい。

 彼女は姉の葬式の様子を思い出した。姿は互いに見えないけれど、家族みんなに囲まれながら、棺がガス室に入っていく光景。自然と、忘れていたそのワンシーンが、鮮明に思い出された。

(——私は、死んだ。アイツの血で)

 それが冠する銘は『自殺』。自分に絶望し、環境に絶望し、世界に絶望した人間の末路。だけれどあの少年は、それをやり直しのきっかけに変えてしまった。人道を踏み躙る代わりに、人に希望を与えたのだ。

 それは限りある命への侮蔑。それは去らざるを得なかった先人たちへの冒涜。それは必死に生きようとしている人たちへの侮辱。

(——私の姉は死んだ。あの日の不幸で)

 それでも。

(——それを利用しでも救いたいヒトが、目の前にいるの)

 彼女は目の前に杖を構えた。一つの宝玉を包み込むようにして抱き合う、精巧な天使の装飾が取り付けられた、美しい金色の杖。それが彼女の姉の魂の具現であり、彼女の内面の象徴。

「……ねぇ、ヒナタ」

(——好きにすればいいわ。いくら止めようとしたところで、アンタはウチを説得しようとするでしょ?)

「……うん」

(——それに、ウチはとっくに死んでるはずの人間だもの。あと何回死んだところで、変わらないようなモノでしょ?)

 それが姉への冒涜になることは百も承知。そして自分の中にある姉への敬意を踏み躙ることもまた、重く理解しているつもりだ。

「……いくよ」

(——覚悟はできてるわ。やるなら、思いっきりお願い!)

「わかった……」

 彼女は杖の両端を持って、

「フンッ!」

 その真ん中に、全力で膝を叩き込んだ。


 ——バキン!


 杖は容易く、二つに折れた。

「あがッ……!」

 全身に激痛が走る。仮にも自分の魂の一片を破壊したのだ、反動がないということは絶対にない。

 折れた杖を、彼女は握りしめる。それは炎の熱で溶け出し、彼女の両腕を包み込んでいく。そして新たな金色の光と共に、それが新しい形を成していく。

((——私たちは、生まれ変わる。不死鳥の血と、蝶の頁で——!))

 それが亡き姉妹たちの意志が生み出した、聖なる力の産声だった。


 ——ガギン!


 パンドラは自らの感覚を疑った。

(——この衝撃、この虚無感、さっきの天使と近い……一体何が起きているの、確かにあの天使は引っ込ませたはずじゃない!?)

 《ツインズ》の自我を乗っ取る力は、個体によって大きく異なる。《サイダーズ》ともなればそれは絶大だが、宿主の内側から生まれたものなどは、あまりその力を持たない。

 加えて、《ツインズ》自身が能力を行使することによって弱まっていく場合がある。目の前の少女を支配していた天使は、その典型的な例だったはずだ。

(——どうして……どうして!?)

 彼女は若草色の縁の鎖を、背後の地面に繋ぐ。もう片方は、かろうじて防御した少女の拳に。

 少女の拳はパンドラに受け流され、「ドガァァァッ!」と地を砕いて停止する。同時に光が弾け、それに触れた瞬間、気が遠くなるような感覚がパンドラを襲った。

「……《ポイズン・アンド・オア・アフェクション》、あるいは『パンドラ』……よく聞きなさい!」

 少女は立ち上がる。

「私は伊織日凪! たった今、私は不死鳥と蝶々の力を借りて生まれ変わった。あなたがその体に幽閉した、旧い友達を救うために!」

 ヒナギは振り向いた。

「私の《ツインズ》の……私たちの名は《ウィル・オブ・シスターズ》!」

 少女は両腕をクロスさせる。彼女の腕には血管のように光の束が現れ、それが腕を覆い尽くし、さらに新しい実体を生み出して、その異能力の実在を模っていく。

「最愛の姉から借り受けた、天使に由来するの力!」

 彼女が両腕を真横に伸ばし、手のひらを目一杯広げると、そこに完全な実像が生み出された。それは簡単に言えば、神々しい色のグローブだ。元の拳の二から三倍はあろうという巨大な金色にして剛健なる拳が、彼女の両腕に備わっている。

「覚悟しなさい、ミオ! アンタの目は……私が覚まさせる」

 ヒナギは腰を落とす。空気がビリビリと震える感じが、周囲に伝播していく。それは彼女の「覇気」であり、そして彼女が人の身でありながら体内で練り上げた《アイテール》の脈動だ。

 ヒナギは悔しさのために、狂気に堕ちた。それは彼女に、目につくすべてを利用することを促した。

 ルリの持つ《バタフライ・テキスト》に「伊織日凪は更なる力を得る」と記し、そのスーサイド・フェニックスの力で自らの生命力を極限まで活性化する。それによって、運命を捻じ曲げ、自分の身に奇跡を起こしたのだ。

 親友を救うための力を得るという奇跡を。

「すぅぅぅぅ……ふゥゥゥゥゥゥ」

 体の奥底、芯の芯まで、呼吸を通して生命力を巡らせる、そんなイメージを練り上げる。その空想は「姉」の意志との共鳴によって補強され、真実となって彼女に力を与える。

 バッ、と音もなく彼女は飛び上がり、次の瞬間にはその巨大な拳がパンドラに振り下ろされる。

「!」

 ビィィン! と煌めく光は、放出された《アイテール》。視界を白く染め上げる天使の力が、拳をモロに受けたパンドラの体内で弾ける。

 それは物理的に影響するわけではなく、彼女の精神に変調を及ぼした——まるで宇宙に漂っているかのような、一糸纏わぬ姿で海中を漂っているかのような。全てを超越し、全てを俯瞰しているような。そんな、「無感情」という「感情」が彼女に降りかかったのだ。

「これ……はっ……!?」

 拳に吹き飛ばされたパンドラは、ハッと我を取り戻す。そして即座に地面と自分を桜色の鎖で繋ぎ、安全に着地した。

(——今のは……何? 空っぽで、何も感じていないような、それでいてどこか幸せなあの感じ……いやいや、こんなことで揺るがされるな、私! 全ては「私」の存続のため……!)

 彼女は周囲の瓦礫を見渡す。まだ利用価値がありそうな、とびきり攻撃的な形をしたガラクタが、ここにはありったけ転がっている。

「《ポイズン・アンド・オア・アフェクション》!」

 彼女はその全てとヒナギを、若草色の鎖によって繋いだ。今この瞬間より、ここに転がる有象無象の欠片全てが、あの天使モドキに牙を剥くのだ。

「あの子の敵を殺しなさい! 今! すぐ!」

 一部の「悪縁」が、ヒナギの内側に巻き取られるように吸い込まれていく。つまり、その先端につながっている瓦礫も、とてつもない速度で彼女に向かうと言うことだ。

 最早それが「縁」によるものなのかどうかさえ怪しい、極めてシンプルな異常現象。ヒナギへと襲いかかる、砲丸が如き瓦礫。


 ——ドゴガガン!


 なんとヒナギは、それらを一瞬にして砕き壊し尽くした。《アイテール》を攻撃的なベクトルで放出した……ということなのだろうか、彼女の周囲には、不死鳥のそれに似た、金色の炎が尾を引いていた。

 しかしながら、それで終わりではない。更に砕かれた無数の破片からも「悪縁」が伸び、ヒナギとつながったのだ。

「……」

 ヒナギは駆け出す。それを弾丸が如きスピードで追いかける石ころたち。右、左、上、下と、三次元的な軌道で彼女は欠片を悉く回避していく。それでもなおまとわりつく欠片は、全て蹴り払った。

 ほとんどはなんとかなったものの、全体の一割ほどは回避しきれず、彼女の頬や脚にはアザや切り傷が生々しく刻まれていた。

 その様子を見て、パンドラは笑う。

(——なんだ、さっきに比べればトロくなってるじゃない……このまま物量攻撃で押し切れば……勝てる!)

 彼女は借り物の全身に、自らの『桎梏』の力を一気に巡らせた。相反する「良縁」と「悪縁」の力が折り重なり、その肉体を能力使用に最適化する。その影響は外見にまで表れ、彼女の黒髪の先端は、そのオッドアイと同じ色に変化していた。

 そうして彼女が繰り出したのは、「良縁」と「悪縁」の鎖の束。だが彼女はそれを何かに繋がず、直接武器として振い始めたのだ。

「伊織日凪! この戦いは無意味でしかないわ……あの子はあなたのせいで堕ちたの。分かる? あなたは自分を殺そうとした人間に救われて、素直に感謝ができるの!? 違うでしょ!? アハハハハ!」

「……私の、せい」

 鎖がビュンビュンと鞭同然に振るわれ、ヒナギに襲いかかる。ヒナギは最小限の体重移動でそれらを避けながら、更に新たに襲いかかってくる欠片にも気を払いながら、隙を伺う。

「そうよ。ミオを放置したのは私。苦しめたのは私。でも……あの子はそれでも私を求めようとした。それに——」

 ヒナギの体には、着実にダメージが蓄積している。それでも彼女は攻撃を避け、受け流し、勝機を狙っている。

「——私は『自分を殺そうとした』……いや、『自分を殺した人間に救われて、感謝した』経験がある。だから、あなたからの話は通じないと思ってもらっていいわ」

「少しでも言葉でねじ伏せられると思った私がバカだったわ……あなたはこの手で殺す、あの子に二度と顔を見せるわけには——!」

 パンドラが、大きく鎖を振り上げた。


(——今よ、ヒナギ!)


(——ええ分かったわ、ヒナタ!)

 拳を通じて流れ込む姉の言葉に頷き、彼女は身を屈める。同時に彼女の全身を、金色の、炎のように揺らめく光が覆い尽くした。

「私の『新生』の《ツインズ》よ——」

 ググッ、と足に力を込め、一気にそれを解放する。全てのエネルギーを二つの拳に乗せ、敵の体の中で、それを一気に解き放つ!

「——無垢なる心を取り戻させて!」

 彼女の動きの軌跡は光の螺旋となって、大きく腕を振り上げたパンドラの胸に抉り込んだ。

「がはっ……!?」

「うおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオ——!」

 パンドラの体に、光が流れ込む。果てない宇宙の真理にすら近づけそうな、極限の「虚無感」が彼女の肉体に行き渡る。

(——あ、ああ、ああああああああああ)

 世界が白く透き通っていく。怒りも、憎しみも、その全てが客観的な事実に、脳細胞に記された、思い出すことしかできない履歴に変わっていく。かけていた色眼鏡が吹き飛ばされて、本来の世界のカタチが、徐々にわかってくる。

(——私は……なんでこんなに……存在することに執着して……)

 パンドラは真っ白な状態へ近づいていく意識の中で、

(——私があの子の幸せを……純粋に応援して上げられれば……)

 彼女は目を閉じて、全身の力を抜いた。

「《ウィル・オブ・シスターズ》ッッッ!」

 全ては内側に囚われた少女を救うため。旧い友達に、もう一度声をかけるため。姉妹の意思が、鎖に包まれた本心を解放する。


 ——ビュオオオオオオオオオン……!


 光がミオの背中から突き抜ける。暴風がヒナギに襲い掛からんとしていた欠片を吹き飛ばす。そして——黒い大鋏が打ち上げられて、離れた地面に突き刺さった。

「……」

 正真正銘純粋な「舞原美緒」は、その場に崩れるように倒れた。


           《3》


「……オ、ミオ!」

「うぅ……ヒナ……ギ?」

 舞原美緒は、《烏丸珈琲店》の店内で目を覚ました。彼女の視界には、「親友」の姿がいっぱいに映し出された。

「ミオ! ……っ!」

 ヒナギは涙ぐんだ目で、ミオの可憐な顔を覗き込んでいた。アザだらけの体でもお構いなしに、彼女が目を覚ますよう看病していたのだ。

「よかった……よかったッッッ!」

 彼女は強引にミオの体を起こすと、その心配全てをぶつけるくらい強く、彼女のことを抱きしめた。

「バカ! 久しぶりに会えたと思ったら、こんなことになって……ほんと、アンタって手のかかるヤツなのね!」

「……」

 ミオはヒナギの背中に手を回そうとしたが、躊躇った。彼女ははっきりと、自分がもう一人の自分に唆されて何をしたのか、それらを全て覚えているのだ。

「ヒナギちゃん……私、許されないこと、して……」

 彼女を抱きしめるより先に、謝らなくてはいけない。許されなくてもいいから、二度と会えなくなっても構わないから——

「私……私……!」

「……やめて」

「え?」

 ヒナギの言葉に、ミオは耳を疑った。彼女は、謝られることを拒絶したのだ。……謝られるのも嫌ということなのだろうかと、ミオが彼女の抱擁から抜け出そうとした時。

「……元はと言えば、アタシがアンタに冷たくしたのがことの起こりじゃない。なら、責任を負うべきなのは……アタシだから」

「でっ、でも、それでも私……!」

「そ・れ・に!」

 ヒナギの手がミオの方に置かれ、二人は見つめ合う構図になる。

「アンタのしたことはもう……アンタとアタシの『ごめんね』『いいよ』じゃ解決しないことなの! だから、アンタには働いてこの罪を償ってもらうから! だから!」

 ヒナギはミオを睨む。誓うように、彼女は言った。

「謝ったところでアタシはアンタを許さない。代わりに、アンタは皆に許されるまで、アタシと肩を並べて戦うの! いい!?」

「……ヒナギ……ちゃん……」

 ミオは泣いていた。彼女が何をしようとも、許されないのは変わらない。だけれど、ヒナギはミオに、まだ自分の側にいてもいいと言ってくれたのだ。

「私……私……!」

 ミオは思わず、ヒナギに抱きついて——。

「ヒナギちゃん……んっ!」

「んむっ!?」


「ギャーーーーーーーーキマシタワァァァァァァァァ!」


「馬鹿野郎ォォォォッッッ!」

「あガッ——」

 ——二人の様子を見ていたチヒロが悶絶、発狂し、それを隣のルリが思いきり、頭を《バタフライ・テキスト》の角で殴りつけて止めた。

「チヒロォ……良いところで水を差すんじゃないよッッッ!」

「だってだって、あんまりにもお二方が尊くてェ……!」

「壁に徹したいと言い出したのは君だろう!? それにここはねぇ、二人がようやく真の再会を果たす感動のシーンになる予定だった箇所なんだ、美しいシナリオを汚すんじゃない!」

「うわーん理不尽! 美しいシナリオを前に感動するのも人間でありましょう!? ワガハイもそれに抗えず……」

「純粋な人間じゃない君に言われてもなァーーーーー!?」

 二人が騒がしくしたせいで、場のムードは一気に感動からギャグへと引き摺り下ろされた。それによって怒りを覚えたのは——他でもないヒナギであった。

「アンタたち……再会を喜ぶ時間もロクにくれないわけ!?」

「エッ、いや、これは違うのであります、その、ワガハイのようなタイプの人間の性というか生態というか発作というか」

「言い訳を聞く気は無いの! アンタたち覚悟しなさい、生まれ変わったヒナタの力でボコボコにしてあげるわ!」

「ヒィーッ!? それだけはご勘弁を!」

「アンタ『たち』ということは……待て、どうして私まで君の制裁を受ける対象になっているんだ!? むしろ私は止めた方だぞ」

「叫んだことに変わりはないでしょうよ! ほら歯ァ食いしばりなさいバカ! その不純な心洗い流してやるわ! ビカビカビカァッて!」

ヒナギが立ち上がり、カウンター席に座って怯える二人に見せつけるように《ウィル・オブ・シスターズ》を展開する。狭い店内だからこそ、その圧はより増していた。

「オラァァァァ! 喧嘩上と……う……?」

「……ヒナギちゃん」

 ヒナギは拳を振り上げたところで動きを止めた。彼女の背には涙目のミオが、ヒナギの肩に顎を置くように張り付いていた。

「また、他の子のところに行っちゃうの?」

「いや……それは……」

「ヒナギちゃん、言ったよね……私が……『ミオおかしくなった原因は、自分が冷たくしたことにある』って。なのに、また放っておくつもりなの?」

「ちょっと……!」

「また構われなかったら……私、本当におかしくなっちゃうかも♡」

ミオはとびきり小悪魔に、刃物のように冷たくありながら、蕩けそうなほど誘惑的な笑顔をヒナギだけに見せた。

「アンタ……さては反省してないわね!?」

「ぶはっ」

「機織美緒ォ! 君がすぐそういうことをするから、チヒロが血反吐を吐いて倒れたぞ! どうしてくれるんだ!」

「アンタらに一体何が起きてるわけ!?」

「紳士淑女を極めるとこうなるのさ! 困ったものだよ全く!」

「ちょっと見せてみなさい、アタシがなんとかできるかも……」

「ヒナギちゃん? 私のことは?」

「だァーッ八方塞がりッ!?」

 以前にも増してとてつもなくうるさくなった《烏丸珈琲店》だったが、今の状態すら完全体でないことを、以前よりここに足繁く通っていたメンバー達は知っている。


 ——カランカラン……。


「あのさ……外に会話漏れてたからちょっと聞いてたんだけど、もしかして……みんな、僕のこと完全に忘れてない!?」

「あ、ヒッテ」

「『あ、ヒッテ』じゃなぁぁぁぁいッ!」

 一体今の今まで何をしていたのか、シャツの前を開けてはだけさせた、ボロボロの姿の店主代理の帰還によって、《烏丸珈琲店》の賑わいはさらにヒートアップした。


          《4》


「人形の軍勢が……《ツインズ》を持って襲ってきただって?」

 向かい合って座るルリの言葉に、ヒッテは頷く。

「危なかったよ……最初はミオさんを警戒して飛び出したっていうのに、まさかそれ以上の災難に遭うとはね……いや、そっちも十分に災難だっただろうから、比べるのは難しいか……」

 どうやらヒッテはミオ達が激戦を繰り広げる間、不気味な容姿をした謎の《ツインズ》能力者軍団と死闘を演じていたという。全員が養殖の《ツインズ》である《ザ・ピンク》を持ち、言葉を全く発しなかったという。

「でも……どうしてそれだけで人形だと断定できるんだい?」

「もちろん根拠はそれだけじゃないよ? ……僕がそいつらに超強力な金棒の一撃をバーン! ってお見舞いしたら……そいつら、火花を散らしながらバラバラになったんだ!」

「ふむ……人形というより、ロボットに近い感じなのか……」

「ロボットに《ツインズ》が宿ることなんて、あり得るわけ?」

 テーブル席から話しかけてくるのは、ミオを背負ったまま席に座るヒナギ。その片手は、背中に乗る少女の頭に伸びている。

「……一応、前例がないわけではないのでありますよー」

 それに答えたのは、ヒナギとミオと同じテーブル席を囲むチヒロだった。どうやら尊さに耐えかねた彼女は、目を覆うことによって身を守っているようだった。

「ロボットのような非生物だったとしても、ワガハイたち付喪神のように生体部品を組み込めば……あと、人並みの知性さえ持っていれば、《ツインズ》は宿るものなのでありますー」

「ふーん……物知りなんだね、チヒロさん」

「ぎゃふん!? おっおお、推しに話しかけられたでありますか!?」

「ただ相槌を打っただけなんだけど……ヒナギ、この人怖い」

「ぎゃーッ! 耳も、耳も塞がなければッ!」

 なんとなく相槌を打ったミオの声に、チヒロが悶絶する。それを理由に、ミオはさらに深くヒナギにのしかかっていた。

「……それで話を戻すが……君はそのロボットどもを叩きのめし、退けたんだな? だから、こうも帰りが遅くなった、と」

「退けたっていうか、さっきも言った通り、僕あいつらのこと倒しちゃったんだよね……ほら、これがその証拠……」

 ヒッテがルリに差し出したのは、三枚のカードだった。材質はしっかりしており、変に折れ曲がったりすることも、折れることもまずなさそうだ。表面には古代エジプト文明の壁画のような、あるいはピクトグラムのような抽象化したタッチでピンク色のチェーンソーが描かれていた。

「これはまさか……《ツインズカード》というやつか」

「うん、多分それだと思う。僕が人ぎょ……ロボットを倒した後、そいつらの中から出てきたんだ。人形本体のパーツは、気づいたら無くなってて回収できなかった」

「ふむ……ますます不思議だな……でもまあ、戦果がゼロじゃなかったことは褒めてやる。私の仲間として、上出来だ」

「うん……そう……そっか……一応、一体三の不利状況からこうやって完全勝利を勝ち取ったっていう、大金星のつもりなんだけど」

「君の《マックスエンド・スパイス》を以てすれば、余裕だろう?」

「嬉しいけど違うんだよ……ちょっとは讃えてくれたっていいじゃーん……ルリってそんな気難しい性格だっけー?」

「今日はたまたま、賛美の言葉を思いつくほどの体力が残っていないというわけだ。後日、手紙にして送りつけてやればいいか?」

「それはやりすぎだよ……っていうかチヒロさん言ってたけど、ルリとチヒロさんが頑張ったの序盤だけで、後半はほとんど伊織姉妹の独壇場だったらしいじゃん?」

「……黙りたまえ」

「それは僕の言わんとしていることを認めたようなものだよ?」

 ——というわけで、ヒナギ、ルリ、チヒロ、そしてミオ。あと、ついでにヒッテの戦いは一旦の幕を閉じた。

 今回の戦いは今までと違い、とてつもない物理的損害をもたらしてしまったわけだが——それらに関しては、チヒロの連絡で《焚書図書館》に情報が行き、関連情報の隠蔽、目撃者の記憶処理、そして建造物の修復などが行われる予定だという。

 今は図書館の人員の多くが黒崎亜玖斗の捜索に充てられているため、作業は一連の騒動が落ち着いてから行われるらしい。というわけで、今日は建造物の修復だけが終わった状態で放置されている。

「……まさか、図書館の『館長』自ら修復に赴いてくれるとは思わなかったけどね」

「本当であります。非常事態とはいえ、滅多に人前に顔を出す人間ではないはずなのでありますが……」

 ルリとチヒロは思い返す。ミオが倒れ、ヒナギが放心状態になっている最中、いつの間にかそこにいた仮面の少年のことを。

 甲高い不気味な声で色々言った後で、彼は瓦礫の山に手を翳し、その全てを元ある姿に戻してしまった。ついでに、戦場に落ちていた鋏をカードに封印して回収していった。

 その強大な力、不気味さ、神出鬼没さは、まさしく最強の《ツインズ》集団、《サイダーズ》の座に相応しいものと言えるだろう。

「ま、今までに比べたら大規模な損害でありましたからね。オウル様も見逃すわけにはいかなかったのでございましょう」

「ホホホッ、それだけではなかったのですがね」

「本当にそうでありま……どわアアアアアアア!?」

 チヒロは椅子から転げ落ちた。店のカウンターの内側、厨房にその少年はいつの間にか立っていたのだ。

「オウル様!? また戻っていらっしゃったのでありますか!?」

「ホホホ。少し、伝え忘れたことがありましてねぇ」

 不気味な目を細めた笑顔を作った、面梟のような仮面を身につけたローブの少年。背丈はヒロよりも少し高い。だが入ってくる情報はそれくらいで、正体が一切掴めないのがこの男——《サイダーズ》第六座、《クロノサイド・オウル》。時系列を超越して事実を抹消する、『時殺し』の《ツインズ》だ。

「この人が——ッ!?」

 初対面のヒナギ、ヒッテ、ミオはそれぞれ警戒の色を見せる。《ツインズ》の実体化——とまではいかなかったが、その仕草は敵を相手する時に近い。

「ホホホッ、これは心外ですねぇ……初対面でこうも警戒されてしまうとは。まあ、無理もないでしょう。ご友人を連れていってしまったことは事実ですので。……それか、この格好が悪いのでしょうか?」

 オウルは三人の様子を見渡すと、自分の格好を確認し直した。

「まあ……多少は。味方っぽくないですから」

「ヒッテどの、不敬ッ!」

「あだっ……別に叩かなくてもいいじゃんか……」

 二人のコントを前に、オウルは「ホホ……」と、少ししょんぼりしたような(?)様子を見せる。そして不意に仮面に手をかけると、

「だとしたら、後は『止まり木』に任せましょうかね」

 それを引き剥がした。


「……というわけで、残りの伝言は俺が伝えよう」

「マコトどの!」

 通称『梟の止まり木』こと、《クロノサイド・オウル》の依代である冷徹な少年、狭霧真は口を開いた。

 そしてそのキャラ変に驚いたのは、《焚書図書館》に足を踏み入れたことのない、チヒロ以外の全員。

「……同じ体……なのよね? 声が全然違うけど……」

「あの甲高い声か? あれはオウルがキャラ付けでやっていることだ。俺の体そのものの地声はこんなものだ……おかげ様で、最近はのど飴に世話にならざるを得ん」

 不服そうに呟くマコトは、「それはさておき」と、ローブのフードを下ろしながら話を始める。

「俺が……もとい、オウルが伝え忘れていたことは一つだけだ。ズバリ、黒崎亜玖斗捜索の進捗についてだ」

「……計画の進行度を伝えるためだけに、オウル様直々にいらしたのでありますか?」

「人手不足なのだから仕方がないだろう。……それで、渦中の黒崎についてだが、発見自体はできた。憶測通り、暴力団《茉莉花組》絡みの施設——同時に《解放教会》の施設でもあるが——に存在が確認できた」

「アクトどのは……無事なのでありますか?」

「無事とは言えないが……少なくとも命に別状はなさそうだ。今はこちらで色々と処置を進めている。もちろん、《不殺人鬼》の手も借りながらだがな」

 マコトはカウンターの一席に座り、一度、ため息をついた。

「……実は、俺たちも全容を掴めているわけじゃない。複数箇所で戦闘が並行に展開され、場所によってはまだ続いている。今はひとまず、こうして信用できる他者に話すことで、情報を整理したい……しばし、俺の報告に付き合ってくれ」

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