EP2:少女と蝶々と運命の脚本
《1》
少女は重厚なブックカバーで飾られた本に、目を疑う勢いで文字を書き綴っていた。
その必死さからは、後ろから刃物を突きつけられて強制されているとも例えられるほどの凄みを感じ取ることができる。
(——そろそろ休憩したほうが良いですよ……体調を崩しますよ……?)
少女の頭に、不意に声が降ってきた。彼女を純粋に心配するような、寄り添うような優しい声色。だが少女は描くのをやめない。
「心配してくれてありがとう、私の半身。でも私はすでに決めているのだよ。あれが一体何なのか、どんな経験をしてきたのか、全てを吐き出してもらうとね……!」
彼女は手を一切止めずにその声に返事をした。何も知らない者がこの情景を見ていたなら、それは彼女の独り言に見えただろう。
少女が文を書き綴る、その文庫本ほどのサイズの本から不意に、青い光の粒がこぼれ落ちた。それを合図にして、少女は見開き一ページ分を破り取った。
「『不殺人鬼』の動向を探れ。頼んだぞ」
破り取られたページを、彼女は月光に晒すようにして窓の外に出した。そうすると、一体何が起こったのか、見開きのページが青い光の粒子を帯びて、一羽の大きな蝶となったのだ。
(——ルリちゃんって、やっぱりちょっと変わり者だよね)
「なんだいその言い方は。私は能力の可能性を探っているんだよ、想定されていない使い方をする程度で『変わり者』呼びとは……君にとってこの世界は変わり者に溢れているということか? 私はただ単純に、私たちの限界が知りたいだけだ……『運命を書き換える』程度で、私が満足すると思って欲しくはないね」
少女はまた、独り言を声高に話した。
《2》
ヒロは特に目的もなく、隣町のターミナル駅の前で立ち止まって、周りの人混みを眺めていた。人間観察は、デジタルの世界から弾かれた、加えて一円も手元にないヒロにとっては唯一とも言っていい娯楽だ。
行き交う人の服飾品や表情に目を凝らし、会話内容に聞き耳を立てる。それだけでも、ヒロはどこか満たされたような気分になる。
(——相変わらず、君の趣味は変わってるね。人間を眺めることのどこが面白いんだい?)
不意に、フェニックスが彼の内側から語りかける。どこか嘲るようなニュアンスを含んだその声に、ヒロはムッとしながら答える。
「それ、もう聞き飽きたって……でも、お前もちょっとやってみろって。例えば……ほら、あそこの男女二人。一見幸せそうなカップルだけど、ほら、二人の手を見て。まだ二人の間には心の距離がある」
(——……どうしてそう言えるんだい?)
「手を繋いでないからに決まってるだろ。でもなフェニックス、いい? 今俺が言ったことは、事実二割憶測八割。つまり、『手を繋いでない』って事柄から、見たことの四倍の情報を作り出すことができたってことだ。人の想像力って、こう考えてみると恐ろしいと思わない?」
(——……ふぅん)
「……なんだよ、せっかく説明してやったってのに……じゃああっちは? ほら、あの熟年夫婦。手も繋いでるし、仲睦まじげだろ? でも俺はそうは思わない。どうしてだと思う?」
(——……さあ?)
「あの『目』だよ。あれは相当な不満足を抱えてる目だ。正直、もうお互いに愛想を尽かしてるんじゃないかなぁ……でもきっと、お互いが生活していくうえでは離れると困るから、ああやって『自分にはお前への愛情があるぞ』ってアピールして、最後の一瞬まで利用しようとしてるんじゃないかな?」
(——君……よく他人に性格が悪いと言われてこなかったかい?)
「そのセリフ、お前に言われるのはどうにも納得できないね。……それに、今の俺の性格にとやかく言えるのはお前一人しかいないから、『よく』もクソもないんだけど?」
ヒロはやや不機嫌な調子で、己の脳内に住まう不死鳥に語りかける。周囲の人からすれば、彼は独り言を繰り返しているかと思えば、徐々に怒りを露わにしていく異常人物に見えるだろう。そのせいなのか、彼は居心地の悪さを——周りからの痛い視線を感じていたようで、彼は背中を預けていた駅ビルから離れるように歩き出し、駅前のビル群の方へと進んだ。
(——もう行くのかい? てっきりもっと観察を続けたいものだとばかり思っていたのだけれど)
「場所変えるだけだよ。……多くの人を見ることができる場所は、その分多くの視線にさらされる場所でもあるからね。こうやって定期的に場所を変えないと、観察どころじゃなくなっちゃうから」
ターミナル駅というのは、絶好の人間観察スポットだ。様々な地域に暮らす人間が、どこかに向かうという目的のため、否が応でもこの場所に集められる。それは様々な人種が一堂に会するということでもあるし、決して交わらないであろう人が巡り会うという事象によって発生する化学反応は計り知れないということでもある。
よってごく稀に、その人々が織りなす「都会の喧騒」という音楽の中に、一つや二つの不協和音が見つかることがあるのだが……どうやら今日の不協和音の音階の一つには、『不殺人鬼』であるヒロ自身が含まれているようだった。
——キラ……♪
「ん?」
人混みに混じって歩いていたヒロだったが、不意に頭の上から音がしたような感覚を覚えた。例えるなら、細い金属のチェーンが打ち合うような、幻想的な響きの音。
音の源を知ろうと上を向けば、そこには、彼の頭上ピッタリを飛ぶ、瑠璃色の蝶の姿があった。その蝶は明らかに人間社会に生息する大きさではなく、羽ばたく度に、そのB5版の紙ほどの大きな羽から、はらはらと光り輝く鱗粉がこぼれ落ちている。
ヒロはしばらくその美しい姿に見惚れていたものの、すぐに首を振って考え直した。例えば、「どうしてこの蝶は自分の真上から離れない?」とか、「というかそもそも、どうしてこんな大きく美しい蝶が、こんな薄汚れたエセ都会に存在している?」などと。
しかし彼が答えを出す前に、答えの方から彼のもとに歩み寄ってきた。ヒロが蝶から視線を前に戻すと、人の流れに逆らうようにして、何者かが自分に近づいてくるのが見えた。
しばらくして距離が徐々に詰まると、それが少女であることが分かった。中性的なショートスタイルの黒髪から覗くようにして、瑠璃を思わせる青い瞳がこちらを見ている。その瞳は、意味ありげににったりと細められていた。まるで、罠にかかった希少な動物を見る密猟者のように。
ヒロはその少女に、どこか見覚えがあるような気がしてならなかった。もしかしたら記憶を失う前の知り合いかもしれないと、虫食いになった記憶を辿ってみる。が、思い当たる節はない。代わりに、もっと直近でその少女を見たような気がしてくる。少女が一歩を踏み出すたびに、なぜか息がしにくくなっていく感覚を覚えた。
「見つけたぞ……『不殺人鬼』……!」
ヒロはその一言が耳に届いた瞬間、疑念が確信に変わり、全身から血の気が引いた。フェニックスが脳裏で叫んだ。
(——間違いない……この女、俺たちの現場を見た奴だ)
《3》
(——どうして……? ただの目撃者に、俺を追う理由なんて……)
フェニックスの言った、「この前の女」という言葉の意味を、ヒロは即座に理解した。先日、彼から金品を奪い取ろうとした二人の《ツインズ》能力者。彼らを始末した後の現場にいた、あの少女。血溜まりとその中心に立つ《不殺人鬼》を見た少女。それが今、彼の目の前にいる。
「ははは……また会えて嬉しいよ」
ヒロの前方三メートルほどで、少女は立ち止まった。その場に立ち尽くすヒロと少女、そして二人の間は、まるで人々が成す川の流れを二つに裂く中洲のようになっていた。
「……っ」
「おや、もしかして私は警戒されてるのかな? 安心してくれよ、私は君が危害を加えない限り、もしくはこれ以上私から離れようとしない限り、何の手出しもしないつもりさ」
変に仰々しい不似合いな口調で、少女はヒロに問いかける。一方のヒロは、既にいつでも能力を使えるように呼吸を整えていた。だが彼が逃げ出すことも相手は想定済みのようなので、迂闊な行動には踏み出せない。
「……何が目的だ」
絞り出すように、ヒロは口を開いた。
「私の『目的』か……それを知る前に、君は私のことをもっと知るべきだと思うんだが……どうだろう?」
ヒロの頭上を飛んでいた蝶が、彼女の元へと飛んでいく。まるで、自分の役目を終えたというような感じで。
「私は稲葉瑠璃。君が根城にしている籠目市に住む、単なる女子高校生さ。私のことは気軽に『ルリ』と呼んでくれて構わないよ。ああ、あと君が知りたがっているであろう情報も付け足しておこうか」
彼女は、左手に抱えていた、青い表紙の本を開いた。文庫本ほどの大きさの本だ。彼女の開いたページは、おそらく彼女自身の手によって破り取られている。そのページに、あの青い蝶が留まった。そして次の瞬間、その蝶の姿は、破り取られていたページそのものに変化した。そこが元の居場所だった、とでも言いたげに。
「私は《ツインズ》をこの体に宿している。憶測だけれど、君も私と同じだろう?」
ルリは、ヒロの反応を楽しむように笑っている。
「……だったら何だ」
「いやぁ。不思議だなぁと、気になるなぁと思っただけさ。君が《ツインズ》能力者なら、君は同じ境遇の人間を殺して……いや、殺しても蘇らせてるから、この表現は適切じゃないか。えーっと……君が能力者なら、君は同族を『成敗して』いることになる。その理由が何か、実に興味深い」
「力に溺れて暴虐を働く人間の屑と俺とを、簡単に一緒くたにしないで欲しい。はっきり言って不愉快だ」
「まあ、そんなピリピリしないでくれたまえ。それに、ある意味においては君だって、その『力に溺れて暴虐の限りを尽くしている』ことになるのだけれど、それについてはどう考えてるんだい?」
「それは……『悪の悪は善』っていう風潮があるだろ。自然界だってそうだ。バッタにとって蛇は益獣だ、蛇はバッタを食べない上に、天敵のカエルを喰って、バッタの平穏を守ってくれるからね……世の中はそういう風にできている。『利害の一致』って言葉でも言い表せるけど」
「へぇ……面白い。思ったよりも頭の回転が速いようだ、私もその語彙力を見習いたいね」
軽快に話すルリを、ヒロは相変わらず警戒の目で見ていた。彼が何より恐れているのが、この少女が彼の正体を知っておきながら、ここまで話しているという事実だ。彼女は《ツインズ》能力者、すなわちフェニックスの駆除対象の条件に当てはまりかけている。それなのに態度を崩さないということは、彼女が絶対に悪行に手を染めないと誓っているということだろうか。それとも——
(——「自分は『不殺人鬼』に負けない」とか、そんなこと思ってるのか……?)
「おっと、少し話しすぎてしまったね。ここだと人々の邪魔になっているし、場所を変えようか」
彼女は不意に周りを見渡すと、そう言った。相変わらず、人の流れは二人を避けるようにして流れていっている。まるで二人とそれ以外が、違う世界に存在しているようであった。
《4》
「——要するに、私は君のことを作品に仕立て上げたいと思っているのだよ。もちろんそっくりそのままという訳ではない。多少なり私なりの脚色はするつもりだが——」
歩きながらしばらく時間が経った。駅前の人混みと喧騒を抜け、二人が歩く道の両側には、管理者も居なそうな一軒家や、雑草が隙間なく生えた空き地が増えてきた。そんな中で、とってつけたような芝居じみた口調のまま、ルリは喋り続けている。彼女がここまでに話した内容を軽くまとめれると、以下の通りになる。
・「自分の夢は脚本家になる事だ」
・「そのための経験として、新しい作品を作りたい」
・「そんな時に、あの殺人現場を見て、『不殺人鬼』を題にした作品を作りたいと思うようになった」
・「それを実現するため、他の誰でもない『不殺人鬼』本人に直接取材しようと彼の元を訪ねた」
ヒロは話を聞いている間、ずっと黙りこんでいた。
(——志の高さ、そしてそれを達成するためには一切手を抜かない、その姿勢は正直嫌いじゃない、でも)
そのためにここまでのことをするのは、狂っているとヒロは感じる。無罪の人間を切り伏せることは趣味ではないヒロも、こいつは何かことを起こす前に、一度切ってしまってもいいのではないかと考えてしまうほどだ。
彼女の言うところの「話しやすい場所」はまだまだ遠いようで、ヒロは彼女の後ろを、全身から流れる冷や汗の感覚に耐えながら歩いていた。
そんな彼の脳裏に、声が響いた。
(——もし逃げるとしたら、今だと思うぞ)
フェニックスの声だった。その声色は緊張感の中にあって、聞いただけで心臓の動きが早くなった。ヒロは言葉を声に出さず、フェニックスに向けてのメッセージを念じた。
(——逃げるったって……もし俺が逃げる姿勢を見せたら、この子は攻撃すると思うよ……?)
(——君がバレずにその女を振り切れば万々歳じゃないか)
(——それができる自信がないから素直に従ってるんだけど!?)
(——はぁ……。君はもっと自分に自信を持った方がいい。あるいは君に力を与えたのが一体誰なのか、改めて考えた方がいいよ。)
(——まさか……もし逃げ損ねたとしても、防御に徹しながら撤退すればいいとか、そういうこと!?)
(——いや、俺が言っているのはそういうことじゃない……ここはさっきの駅前と違って、人気が少ない。いくら激しい戦いに発展しても『不殺人鬼』騒ぎになる可能性は限りなく低いということが予測できる。……つまり、君が彼女を殺しても、後始末をする必要が限りなく低いということなんだ)
ヒロはチラリと、少女の背中に目線を送る。連れられてそれなりの時間が経っているはずなのだが、彼女の話が止まる気配は全くない。よくも飽きずに話し続けられるものだと、感心までしてしまう。
(——でも……もしバレたらどうするつもり? 今まで殺してきたのは全員前科者だ。疑わしい奴のことも、実際に罪を犯すまで手には掛けなかった。でも今回はどう? 相手は今まで何の罪にも手を染めてない、ただの女子高生……もし俺がここであの子を斬ったら、『不殺人鬼』の看板に泥を塗ることになるだろ!?)
(——ヒロ、どうしたんだい? いつにも増して慎重じゃないか)
(——当たり前だろッ!?)
(——はぁ……仕方がない。君にやる気がないというのなら、その体、少しの間貸してもらおう)
フェニックスがそう言うと、ヒロの体は彼の意思に反して、ルリに対して踵を返した。ヒロの意識が表面にある状態のまま、体の主導権だけを自分のものとしたのだ。
「——ッ!」
思わず息を殺すヒロ。進むべき方向を向いたまま話し続けるルリは、彼の異変に気づかない。フェニックスはこれに味を占めて調子に乗ったのか、このままなら逃げられるかもしれないとでも思ったのか、真後ろの方向に、スタートを、踏み切った。
——ゴトっ。
「あっ……!?」
しかし、その逃走の望みは、一瞬にして絶たれた。彼の足は、走り出そうとした瞬間、まるでエネルギーの供給を失ったように力を無くした。無様にアスファルトに転げるヒロ。
「……私の『舞台』に、アドリブは必要ないんだがねぇ」
ルリは、まるでこの展開がわかっていたかのように、口元に笑みを浮かべてこちらを振り返った。
(——何やってるんだ……立てッッ!)
(——待ってくれ……これは想定外だ……体が動かせないだと!?)
どうやら転んだ際に腰が抜けてしまったようで、まともに動けなくなっているようなのだ。
「まさか君は……『鱗粉』を浴びたことを気づいていなかったのか?」
焦るヒロを前に、ルリはたっぷりの余裕を纏いながら振り向く。そして彼女は手元の本を軽く揺さぶった。すると本のページの隙間から、「キラ……♪」という音を立てて、青い光の粒がこぼれ落ちる。
「この『鱗粉』は……私が書いた『脚本』そのもの。浴びた人間は私の脚本を、自分の『運命』として受け入れざるを得なくなってしまうんだ。君がそうやって転んだのも、私が書いた『不殺人鬼』が逃げようとするルートの脚本、私が書き上げた運命に従った結果……そう!」
ルリは手元の本の表紙を、そこに書かれた、羽を広げた蝶のイラストを見せつけるようにして言った。
「私の《ツインズ》、《バタフライ・テキスト》の能力は『私が書いた脚本を対象の運命にする』こと。私の術中にはまった君が、これからどんな抵抗をしたところで、全ては私の掌の上だということだ……!」
「——ッ」
ヒロは息を呑んだ。周囲の空気が張り詰める。少女の体から、さっきまでは一切感じることのできなかった、能力の放つエネルギーたる「生命力」がこれでもかと溢れ出ている。
「お見せしよう、我が《ツインズ》の真髄を!」
彼女は手元の本の適当なページを開くと、そこに本と同じ模様のペンを使って、何か文字を書き込んだ。書く時間からして、文章ともいえないような一単語程度の言葉だろう。すると文字を書かれたページが独りでに本から離れ、あの青い蝶の姿をとった。次の瞬間。
——ヒュパッ!
ヒロの頬の隣を一瞬にして、その蝶が宙を滑って通り過ぎていった。さらに数秒後、彼の頬に、浅い切り傷が生じた。ほんの皮一枚程度でしかないが、確かに頬に切れ込みが入っていたのだ。
「いっ……!?」
傷から流れた血が燃え、彼の頬を即座に再生する。それを見たルリは、愉快そうに笑った。
「……どうやら、『不殺人鬼』が不死身という噂は本当のようだねぇ? でも案外、大したことはなさそうだ。しかし……不死の力を持つ《ツインズ》か。いいねぇ、君は最高のインスピレーションを与えてくれそうだよ!」
彼女は更に数ページをむしり取り、それを投げる。それは瞬きする間に蝶に変じて、ヒロの元へと飛来する。
「——チッ、動けって言ってるんだよ! 俺の脚!」
ググッ! と、ヒロは動かない足の足首に、自分の手の爪を食い込ませた。刺激されたことによって彼の血液が活性化し、足に生命力が充填される。少し力を入れれば、問題なく動くことが確認できた。なんとか移動の自由を取り戻したヒロは、その射線から身を翻して逃げる。アスファルトに着弾した蝶々は、砕けるようにして消滅した。
「……ノートの端で指先を切ったことくらい、君でもあるだろう。今私が行っている攻撃はそれと同じ原理だ。能力ですらない、単なる『紙』の特性の応用……そこに、トリックなど何もない。だからこの程度の攻撃で散ってしまわないで欲しいね、『不殺人鬼』? そうなってしまっては、私と未来の読者が退屈してしまう」
彼女がそう語る間も、手元の本は絶えず蝶を放ち続けている。言葉に反して、その攻撃に手加減は一切ない。
ヒロは思う。この少女は、自分の《ツインズ》に何ができるのかを把握し切っている、と。《ザ・ピンク》や《ジャンキー・ナイト》の能力者、そしてヒロが今まで戦ってきた有象無象の能力者たちは、自らの《ツインズ》を「武器」として扱っていた感じがあった。だが、この少女は違う。彼女にとっての《ツインズ》は己の一部……今までの雑魚とは比べ物にならないほど、能力に対する理解が深い。
(——この蝶の弾幕、一向に勢いが弱まる気配がない……あの本の厚さ、そんなにページは無さそうだったのになんだよこの量!?)
右に左に、『不殺人鬼』はステップを踏む。
(——しかもここにプラスして「運命操作」って…… 神様はもっとバランス考えろよ!?)
ヒロは反射的にその蝶たちを回避し、切り伏せ、なんとか耐えてているが、このまま正面を切って戦うのは難しい。そもそものヒロも、持っている力こそ強大だが、能力の使用者としては初心者だ。さらに加えて、今は落ち着いて戦えるだけの余裕がない。
「……すぅ……はぁ……」
一度立ち止まって、深呼吸をしてみる。しかし、はやる鼓動が収まる気配は一向にやってこない。ならば、どうすべきか。
(——正面から切り抜けるのは、正直厳しい。能力の影響もまだ受けてるだろうし、下手に立ち向かうのは厳しいだろう。……でも、俺にはフェニックスが、不死身の力がついてる。だったら……)
ヒロは少し考えた末、内側の相棒に呼びかけた。
「……フェニックス。これはお前のせいで起きた『損』だってこと、分かってるよな……」
彼は自らのこめかみの血管が、ジクジクと脈打っていることを感じる。それは面倒事を回避しようとして余計な面倒事を増やした、自身の相棒への怒りから来るもの。加えて、こうなったからには早くケリをつけようという、彼の不本意な決意の表れでもあった。
「分かってるなら……全力出して『取り返せ』。俺に……少しの間だけ、恐怖を忘れさせてくれ」
その言葉の直後、蝶の群れがヒロの体を覆った。
《5》
その光景を見た少女が真っ先に抱いた感想は、「悍ましい」の一言だった。彼女は相手が回避する前提で弾幕を組んでいた。初弾を当てた時の反応を見て、彼女は『不殺人鬼』には、不死身の体を持っていても痛覚は常人同様に存在すると踏んだ。だから、相手が不死身の力を使わず、攻撃を回避することを前提にして、暴力的な手数で押し切る方向に舵を切ったのだ。
だが、『不殺人鬼』の少年は、前触れなく回避を止めた。その体は今、ページの蝶々が群がり、一つの球を成している光景の中にある。集合体恐怖症が前にしたならば、一瞬で卒倒してしまうような光景の中心に。
(——もし『不殺人鬼』が、私を相手にするのを諦めて回避をやめたならそれでいいのだが……何かがおかしい気がしてならない……それにあの台詞……「取り返せ」? 一体何のことだ……)
彼女は左手の上に開いた《バタフライ・テキスト》の白紙のページに、ラメのようにあの青い鱗粉がインクに混ぜられたペンを走らせた。そして、脚本を書き込む。
脚本の構成要素は、「人物」「風景」「時間」、そして「動作」。彼女の《ツインズ》は、このうち「動作」さえ書き込まれていれば発動することができる。その場合、脚本の効果は即時発動される。
だが、運命により効果的な変化を及ぼしたいのであれば、詳細に脚本を書き上げる必要がある。
今日の朝、ベッドから出て『不殺人鬼』に遭遇して、こうして戦闘に入るまでの流れは、「稲葉瑠璃」を発動対象として、寝る間も惜しんで書き上げた「脚本」によるものだ。『不殺人鬼』が取るであろう行動に合わせて、いくつかの分岐ルートも用意した。その分岐の中にはもちろん、『不殺人鬼』が逃げようとせず、大人しく自分についてきた場合のシナリオも書いておいた。その場合は穏便に済むはずだったのだが……概ね予想通り、『不殺人鬼』が選んだのは正面衝突の道だった。
こちらのルートを選んだ場合、『不殺人鬼』が不死身の力を持っていようがいまいが、持久戦の末自分が競り勝つようにシナリオを組んでおいた。……だがそのシナリオは、すでに崩れている。
(——もっとも、彼が回避を選ばなかった時点で、私の能力の効力はすでに切れている。早く脚本を書き上げ、彼の次の行動を絞り込まなければ……!)
例えこちらが運命を指定できても、それから逃れる術がないわけではない。大筋に沿いつつも執筆者の予想を外れた行動……ルリの言葉を借りるところの「アドリブ」は、脚本の効力を逃れる。もちろんそれを繰り返せば運命は脚本という敷かれたレールを徐々に外れていき、効果を失う。
また、執筆者が能力の対象の行動の傾向を読み違えた場合にも、脚本は運命に対する効力を失う。対象となった人物のリアルな人格と、執筆者の中にある対象者のヴィジョンがずれて「解釈違い」が生じた時、その閲覧者たる世界の運命は、彼女にそっぽを向けてしまうのだ。
彼女は少ない情報源からなんとか『不殺人鬼』のおおまかな人物像を捉えたつもりでいた。だが彼女の抱いていた「好戦的なダークヒーロー」というイメージは、飛ばしたページに動きを監視させていた時点で崩れていた。
道行く人の性格を読み取ろうとしている時に見せた観察眼、そして己の言葉に対する例えを交えた返し。彼は戦闘だけに知力を振っているわけではない。この少年は確かに、人としての理性と怪物の狂気を、一つの脳に両立させている。
要するに、彼女の能力は、とっくのとうに『不殺人鬼』に対する有効性が極めて不安定な状態にあった。あの時転ばせられたのは、不幸中の幸いだっただろう。把握しきれなかった部分の行動原理を持ち出されると、もう彼女の脚本には従ってくれない。それが意味することは、明白だった。
(——しかし……私はこれから、『不殺人鬼』の本気を見るということか……それはそれで、唆るものがある)
ルリの背中に嫌な汗が流れる。意識しないと、ふとした瞬間に体を支えるバランスが崩れそうになる。それは作品のネタに飢え、『不殺人鬼』を追いかける脚本家としてではなく、普通の女子高生が、命の危機を感じた末に覚えた恐怖であった。
「……がァっ」
蝶でできた繭の中から、狂気が漏れた。蝶々の隙間から、血溜まりが広がっていく。それはまるでガソリンのように火をまとった。ただの炎ではない。その血そのものが燃えていることが嫌でもわかる、緋色の、命の色をした炎だ。
「俺は『不殺人鬼』…… 俺は『不殺人鬼』……」
震える声が、ぽつぽつと聞こえてくる。だがどこかぎこちない。まるで、その内に秘める狂気をよしとせず、必死に腹の底へ隠すような、そんな響きを伴っているのだ。だがそれも長くは続かなかった。
「はははっ……そうだ、俺は……俺は『不殺人鬼』だ!」
声の主は、何かがはち切れたように、一際大きな声でそういった。そして同時に、蝶々の群れが弾け飛んだ。
「ははははははははッ! 俺はッ、俺はアアアアアアアアアアアアアッッッッ!」
現れた『不殺人鬼』の少年の姿を見るやいなや、ルリは思わず呼吸を止めてしまった。
服は至る所が切られてボロボロで、もはや布切れを纏っている様にしか見えない。その中に見える素肌には、大小様々な切り傷が刻み込まれている。治癒のスピードが追いついていないのか、ドクドクと燃える血を垂れ流し続けるその姿は、まるで炎の魔人のような、宗教的な畏怖すら感じさせる。
比較的元の面影を保っている首から上にしても、こめかみや頬から血を流し、瞳は「白目」が「赤目」と呼んだ方が適切と思えるほどに、充血しきっていた。そしてその開き切った瞳孔は、少女の姿をじっと見ている。
「はははっ、ははははははははははッッ!」
理知的な部分を消し去ったその姿はまさに狂人。ルリは思わず二、三歩後ろへ下がる。そして《バタフライ・テキスト》に、震える手で文字を走らせようとした。「『不殺人鬼』:何かを思い出したように動きを止める。」とだけ書ければ、彼女は逃げ切るチャンスを得ることができるのだ。
だが、それができない。その少年の悪魔じみた咆哮が鼓膜を揺らすたびに、心臓が全身の血液を掻き乱すのだ。
「《スーサイド…………」
悪魔が身を低くした。その右手に、剣が握られた。攻撃が、来る。
(——書け、何をしてるんだ、私。こんなはずじゃない。書けば逃げられるんだ。書けば……!)
涙が出そうだった。自分の無力さ、迂闊さを嘆きたかった。今は声すらも出ない。「私はこれで終わりなんだ」と、本能が叫んだ。
「……寝る間も惜しんで描いた……私のシナリオが……!」
「……フェニックス》ゥァァァァァァァァァァァァ!」
直後、悪魔の姿を捉えようと顔を上げたルリの鼻先を、血みどろの剣が貫いていた。
《6》
「……あぁ……フェニックス……俺、ここまでやっちゃったか……」
ヒロは顔に剣が刺さったままで、自分が踏みつけている、全身がアザだらけになった少女を見て言った。
彼の全身から吹き出る炎が、彼の傷を焼き塞ぎ、治療していく。その痛みは想像を絶する、一般人ならまず耐えられない代物だが、ヒロはもう慣れてしまっていて、顔をしかめる程度にしか感じない。
そして彼の血をたっぷり吸った彼の服も、同様に復元していった。黒いズボンにスカーレットの上着、無地の白いTシャツに、頭に乗ったキャスケット帽。体そのものに加え、彼の血を浴びすぎた結果、彼の肉体に近い性質を持ってしまったらしい服飾品も、地によって再生されていく。
「……」
だが彼は、顔から引き抜いた剣で思い切り、治った直後の右足の甲を突き刺した。復元されていた黒いスニーカー越しに皮膚を破って、また血が溢れ出す。それは彼なりの、自分への咎めであった。
彼はいつも、過酷な戦いの中に身を置いている。一見超然として戦いに臨む彼だが、その精神にかかる負荷は、想像したくもないほどの重みを持っている。彼はそれをいつも押し殺して、フェニックスの言う「この街から《ツインズ》を一つでも減らす」という目標と対峙しているのだ。
それ故、数十戦に一戦、その我慢が効かなくなり、必要以上に攻撃的になってしまう時がある。フェニックスの唱える甘い「正義」という、聞こえのいい言葉に正当化された、ただの「八つ当たり」だ。
「なんの罪もない……女の子を……」
いつもなら、それは相手が犯罪者だったから、多少なり自分が「やってしまった」ことに対する自責の念を減らせていた。必要以上に痛ぶったとて、それは裁きのうちに入るだろう、と。だが今回は違う。ただの女子高生相手に暴走してしまった。夢を叶えることへの執着と好奇心が強いだけの、ただの女子高生を。
見るも無惨に、嬲り殺しにしてしまった。
「……っ……ぁあ……」
思わず、消えてしまいたいと叫びそうになった。ここで首を絞めて死んでしまいたくなった。《スーサイド・フェニックス》の不死の力は「傷」に対してしか発動しない。窒息死、感電死、中毒死、溺死……出血を伴わない死に頼れば、この命を絶つ事は不可能ではない。だが、その程度のことが「逃げ」でしかなく、「償い」になり得ないことも分かっている。だから、ヒロは犯罪者のトラウマになることしかできないのだ。
……しかしながら、今回は不幸中の幸いだった。この少女には一撃で止めをさせていたし、まだ死んでからそこまで時間が経っていない。
ヒロは依然として己の傷ついた体から流れ落ちる血の一滴を、息をする器官をごっそり失ったルリに、ぽとりと落とした。彼の血は一瞬にして「ボゥッ!」と豪炎を生み出し、彼女の肉体を完全に再生した。服に切り傷はついていなかったはずなので、汚れを落としてしまえれば、彼女は完全に元通りになる。……その記憶を除いて。
冒涜的な光景だった。だが、こうして蘇らせられるなら、その方が確実だった。確実にこの少女は、そして自分は「救われる」と思えるのだから。
彼女の傷を癒すことは終わったが、まだヒロには仕事が残っている。彼は静かに眠るルリに頭を下げ、彼女の持つバッグに手を突っ込んだ。そして少しの間その中を探り、財布を取り出した。だが、これはかつて彼自身がされたような蛮行のためではない。
「稲葉……さん、だったよね……」
財布の中には予想通り、生徒手帳が入っていた。制服を着た、固い顔の彼女の写真が貼られた身分証明書が。
(——えっと……住所は……)
彼はルリの住む場所を確認すると、彼女を抱えて、静かな道を走り出した。
ルリの家は、街の再開発で量産された、個性のない一軒家のうちの一軒だった。隣の家も、その隣の家も、似た様なモノトーン調の外壁を持っていた。
透明の「稲葉」と書かれた表札がついた家は戸締りがずさんで、ヒロは二階の窓から簡単に、彼女の家に上がり込むことができた。そして偶然にも、そこは彼女自身の部屋だった。
(——……ここが、この子の部屋……日常の、象徴)
机の上は解きかけのワークや文房具で散らかっていて、その中心だけ、表面が見えている様な状態だ。きっとあそこに《バタフライ・テキスト》を置いて、『不殺人鬼』ともう一度出会うための脚本を書いていたのだろう。
ヒロは彼女を、ベッドに置いた。そんな彼の体は、先ほどのルリに似てあざまみれだった。これは彼の身体能力強化の代償だ。血管の壁が血流の促進に耐えきれず壊れ、内出血が起きているらしい。普通の人間と違って、そう時間がかからず治るだろうものだが。
彼は窓からまた外に出る時、もう一度彼女の方を向いた。窓とは反対側を向いて寝ていて、ルリの表情を見ることはできない。だが、それでいい。
彼女がどんな顔をしていようと、彼はきっと心を痛めるだろう。「彼女もきっと俺の顔なんてもう見たくないはずだ」というのが、ヒロの思いだった。彼の手は無意識に、己の服の胸元を掴んでいた。
「——ごめんなさい、稲葉さん」
まだ春も半ばだというのに、吹いている風は随分と寒く感じた。
《8》
——一週間後。
「……今日も今日とて、みんな顔が暗いなぁ」
また彼は意味もなく、駅の前に陣取って人間観察をしていた。
(——どうだい、調子はもう戻ったかい?)
「全快……ってわけじゃないけど、まあそれなりにはね。いちいちあーゆーのに躓いてちゃ、『不殺人鬼』は務まらない。でしょ? おかげで、また罪悪感無くクズを斬れるようにはなったよ」
(——それは良かった。だけど、それは君個人としてはどうなんだい?『不殺人鬼』としての立場を捨てた、『日暮飛路』としては)
「……それを言ったらお終いだろ。そりゃ一人の人間としては、絶対にしちゃいけないことをしたと思ってるよ。俺は、今目の前を歩いているような、ああいう人のうちの誰かを手にかけたってことだから」
ヒロはまた、人混みに視線を向けた。例の事件もあって、今の彼はいまいち頭が回っていない。現実感の乖離というか、夢から抜けきれないような感じというか、とにかく今自分が地面を踏み締めて立っていることが、実感としてうまく感じ取れないのだ。
今日の彼の人間観察、もとい「人間考察」は不調だ。だから彼は何も考えず、ただ人混みを眺めている。心象的な要素を除いて、体つきやファッションなどに注目している。
「こうやって見てみると、今の人の服装って地味というか、個性がないよなぁ……ベージュとかブラウンとか無彩色ばっかで、ほんとに『無難』って感じ。そんなに目立つのが嫌いなのかなぁ?」
(——……少なくとも、俺がいたところよりかは地味だな。ケバいとまではいかないけれど、君たちと違って布の使い方がダイナミックだったし、実質常に武具を纏っていたようなものだったし……)
「へぇ……フェニックス、人間の心理には興味ないけど、ファッションには興味あるのね……」
(——勘違いしないで欲しいけど、俺は「ファッション」がってわけじゃなくて「俗世の文化」について知りたいだけだよ? だから食事とか衣服とか音楽とか……そういうのを知るために「普通の人間」……君を依代に選んだつもりだったんだけどなぁ……なーんて言ってみたり)
「何それ初耳なんだけど、てか俺のこと『普通の人間』だと思ってたの? 記憶を失う前のことはよく分かんないけど、俺は元から『不殺人鬼』適正あったって話だったんじゃないの? 一体全体どこが『普通』なんだか」
(——身分的な話をしているんだよ。君は普通の家庭に生まれ普通に育った人間だったから)
「……そうなんだ。フェニックスは俺の家を知ってるんだ」
(——……一応言っておくけど、俺が君に手を出した時点で、既に君は記憶喪失だった。だから君の詳しい過去とかは全く……うん、全くわからないよ。君の手助けは出来ない)
「……その言葉、今だけは信じといてやるからな」
(——ありがたいね…………さてと)
不意に、フェニックスがヒロの左手だけの主導権を握った。不完全な肉体掌握によって感覚が遮断された彼の腕は、何者でもないフェニックスの意志によって、ヒロの正面の人垣を指差した。
(——そろそろ、待たせているお客さんの相手をしないと)
「え——?」
フェニックスの人差し指の先が指し示すモノを、ヒロは目で追った。人混みの中に、青い本の表紙が見えた。羽を開いた蝶の絵が描かれた表紙が。他でもない、《バタフライ・テキスト》の表紙が。
「あっ」
流れの中に消えるそれを追いかけようとして、感覚が戻ってきた左手が空を掴んだ。そして左手を見て、「追いかけるのはやめよう」と、自分だけに呟いた。自分には、彼女を殺した自分には、彼女に会う資格は既にない。自責の念が、また彼の心臓をギリギリ締めた。
「……あの!」
人垣の中から、そのやり場のない左腕を掴む手があった。繊細で、少し力を加えればバラバラに崩れてしまいそうな、細い指の手。
「私のこと……分かりますか?」
その少女は、ヒロの見知った顔で、ヒロの知らない表情で、ヒロを知らない声色で彼に問いかけた。
「お前は……稲葉瑠璃じゃないな」
稲葉瑠璃の肉体を借りて話すその何者かは、ヒロの体を傷つけた者。発狂のトリガーとなった、あの無数の蝶の主。彼女の書き綴った運命の脚本を、発動対象へ注ぎ込む仲介人。
「……正解です、さすが、ルリちゃんが題材に選んだ人なだけありますね、『不殺人鬼』さん」
ルリの声帯を震わせて、彼女の女子高生であり脚本家であるという独自性に則らない、はらはらと月夜の下で舞い踊る蝶のような、儚い幻想を纏った印象の声が鳴らされた。
「私は『モルフォ』、ルリちゃんの《ツインズ》です。『不殺人鬼』さんには、《バタフライ・テキスト》と言った方が伝わると思いますけどね。……今日は、ルリちゃんの代わりに、あなたと話をしにきました。ルリちゃんが聞きそびれた、あなたの『事情』を知りに」