表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双生のインプロア  作者: クロレキシスト
一章:梟の秘めたる事の顛末
19/34

EP19:天使と悪魔の邂逅と白い食人少女の死


        《1》


 スイコウが行方不明だった期間、ヒロは延々ルリの話に付き合わされた。その中に、こんなものがあった。

「私はこうして物語を紡ぐものとして生きようとしているわけなのだが……一つ悩んでいることがあってね。『ストーリーに登場させるキャラの数は絞っておきたい』ということについてなのだが……私の腕が未熟だからなのか、それとも世の物書きは皆悩んでいることなのかは分からないが、どうにも一つあたりの話に登場させるキャラを増やし過ぎてしまうと、回収が面倒になるんだよ」

「……その面倒な作業をうま〜くやってあげてこそ、世界観に深みが出るんじゃないのか?」

 この会話は、二人の「物語像」の違いを浮き彫りにした。

 彼女は「物語は一人称で語られ、主人公の主観から見た世界が描かれる」ことが望ましいと言った。そこにはある一つの価値観から語られるからこそ、他の登場人物の表と裏が映えるという魅力があるという。だから、そういう「掘り下げの対象」を多く作りすぎると、主人公への負担が大きくなりすぎるというのが彼女の意見だった。

 しかしヒロは、物語は天の視点によって語られることが望ましいと考えていた。彼は、物語とは一つの世界であり、そこに住まう多くの人々が交錯し、価値観の違いを見つめ合うのが面白いのだと言った。仮に掘り下げをしたいのであれば、回想やモノローグを使いこなせば良いのであって、大切なのは現在地点で生まれるものなんだとしたのだ。

 結局その議論は結論を迎えないままうやむやに終わってしまったが、突然ヒロはこれを思い出した。恐らく、それは己がルリの言うところの「本筋とは関係ない話」に首を突っ込まされ、それを全力で演じていることに気づいたからであろう。


「——死ネ」

 剣を構える彼に迫るのは、八本の白い装甲を備えた触手。それを辿った根本では、一人の裸足の少女が、攻撃性のみを備えた真紅の双眸を大きく見開いていた。

 ヒロはその触手らを、剣で受け、蹴りで弾き、巧みなステップで回避しながら攻撃の機会を伺う。だが彼がいくらここで暴れたところで、実際に《羊飼い》の手下をおびき寄せられていなければ、「ルリを守る為のデコイになる」という目的は果たせない。

 しかし、彼は剣を振るう。何故ならば、彼が対峙している純白の少女は、己の《ツインズ》に自我を乗っ取られている可能性が高かったからだ。

(——俺は何度もフェニックスに乗っ取られてたから、なんとなく分かるのかもしれない……それに、あの取り込んだ弓を積極的に武器として使おうとしないのは、あの子の体を動かしてるのが《ツインズ》だからってことの証明になり得る)

 頭の中で止まない考察の嵐を携えながらも、彼は戦う。その命の灯火によって、少女の体を蝕む白い魔物を弾き出すために。

 それはルリを守り、《羊飼い》を止める上では確かに邪魔なタスクだ。が、見過ごす訳にはいかない重大事項には変わりなかった。


        《2》


 籠目市内の某所にある、住宅が密集するエリア。右も左も新しめの一軒家が立ち並ぶ中を格子状に道路が走る、どこもかしこも同じ情景のこの場所の一角に、一際目立つ小さな公園がある。

 市が子持ち世帯を多く取り込むために設置したこのエリアには、もちろん子供のための公園も点在している。といっても、質より数を優先した結果か、広さはそこまでなく、一つ一つの遊具も正直言ってチープな、どこか残念なオーラを放っていた。

 その公園に、突如として白い光が現れる。それは空間を引き裂くようにして現れた、棺のような六角形のフォルムを持つ「ゲート」のようなものから発せられたものだ。時折白黒のマーブル模様になるそれは完全に開き切ると、中から一人の女性を出して、空間に飲まれるようにして消えた。

「……ありゃ、もう夜? そんな長い時間あっちにいたつもりはないんだけど……あ、そっか。転移の時に時間の流れがおかしくなるんだったか……あちゃー、フツーにやらかしたわ」

 体のラインが出るタイトなズボンとヘソの出る短い丈のTシャツを合わせ、その上から真っ赤なライダースーツを羽織った女性。

 彼女、メア・ヒュノプスは、ちょうど《冥界》に《羊飼い》と名乗る何者かが起こそうとしている籠目市転覆についての相談をしてきた帰りの身だった。

 彼女は左手に持った《ツインズミラー》の鏡面を指でなぞり、現在時刻を確認する。ヒッテから借りた万能デバイスは、静かにこの世界が深夜一時を迎えようとしていることをメアに告げた。

「……あいつら、多分もう寝てるよなぁ……チッ、居候生活二日目にして外泊……交渉失敗の後にコレは辛い……ッ!」

 ギリギリと《ツインズミラー》の外装を握り締める彼女が言う通り、彼女は《冥界》に援軍を頼もうと申請をしたのだが、それは無慈悲にも却下されてしまったのだ。

 なんでも、《冥界》が《基礎世界》に干渉できるのは、本当に危険な《ツインズ》の出現が確認できた時だけだからだという。相手の総戦力が分からない以上、下手に動かせば民衆に悪魔の存在がバレ、余計な混乱を招くことになるリスクがあるからだとも言っていた。

「んなこと言ったって……《焚書図書館》の奴らは信用しきれねぇしよぉ、アタシは別に前に立って戦いたいわけでもねぇし……」

 メアの《インフェルノ・ムーン》は、あくまで対象の無力化を得意とする能力であって、敵を武力や威圧で退けたりするのには向いていない。この前習得した能力の応用方法である《インフェルノ・ムーン「レッド・リアリティ」》なら多少は戦いに活きるかもしれないが、あれは消耗が激しい上発動にもコツがいるので、あまり使いたい手ではなかった。

 このままビジネスホテルに向かおうか、でもそもそもここはどのあたりだったか、あとこの《ツインズミラー》はいつヒッテに返そうか、などと考えていると、どうにもエネルギーが頭のほうに向かっていって足が動かなくなる。

 いっそベンチで夜を明かそうか、なんて考えが頭に浮かび、そこになんとなく座ってみたその時だった。

「あ、良さそうなお姉さん発見〜」

 公園の入り口から、男の声がした。咄嗟にそちらを見ると、そこには典型的な不良の格好をした、自分と同い年か、もしくは少し下かくらいの金髪の青年の姿があった。

(——うげ……こんな時間にこんな場所でナンパかよ……)

 頻繁に夜の街に出歩いているメアからすれば慣れたことだったが、今は色々切羽詰まっているせいでいい感じの断り方が思いつかない。

 そうこうしているうちに、青年はメアの隣に座る。酒の匂いがしないだけマシだったが、チャラついた雰囲気は十分鼻につく不快さだった。彼は座ってすぐ、メアの顔を覗いて話しかけてくる。

「ねえねえお姉さん、今一人なの?」

「……見りゃ分かんだろ……気安く話しかけんじゃねぇ」

「おお怖い怖い……でも、そこが気に入っちゃったんだなぁ〜」

「……っ」

 心の底から、面倒ごとに巻き込まれたという確証が持てた。このむせ返るような甘い感じ。不良というよりかは、どちらかといえばホストのような、ある層には刺さりそうな感じがとても嫌いだ。顔立ちが良い部類に入るものというのも、余計に腹が立つ。

 だが、青年が次の言葉を繰り出すよりも前に、メアはその青年が発するオーラが、何か異様なものであることに気づいた。

 それはまるで教会で祈りを捧げる様を眺めているような、心洗われる感覚であると同時に、深淵のさらに奥の奥から引き上げてきたような、ゾッとするほど黒く、粘っこく、今にも吐きそうになるほど悍ましい負の感情の片鱗でもあった。

 絶対に同居することなど無さそうな二つが共に迫ってくる様は、それが単一のオーラで、かつ二つの側面を持っているというよりかは、二つのオーラが一つの物体から発せられていると表現した方が正しいような気がした。

 そしてさらに、こんな濃いオーラをただの人間が出せるわけがないとも考えた。仮に《ツインズ》を持っていたとしても《サイダーズ》に匹敵する程度の出力は必要だ。ならば、考えられる選択肢は二つ。メアと同じ出生か、もしくは——。

「……テメェ、どの世界から来た野郎だ」

「あ、やっと興味持ってくれたんだねぇ! 俺の生まれかぁ、そうだな……『上の方から落ちて来た』、って言えばわかるかな?」

「やっぱりな……良かったな。お前はちょうど、アタシが一番興味のあるジャンルのヒトっぽいわ……野良の堕天使さんよ」

「!」

 ——堕天使。そのワードを聞いた青年は、一瞬固まった。そして頭を元の位置まで持ってくると、正負のオーラを一層強くした。

「そういうアンタは悪魔さんか……こんな偶然ってあるんだねぇ」

 堕天使であることを認めた青年——熾羽篝火は、とびきり爽やかで、それでいてとびきり悪趣味な満面の笑みを、弟の顔で作った。


          《3》


 その幼さが残る顔立ちの少女は、気が遠くなるような純白の中で目を覚ました。

 いわゆる「アルビノ」である少女は、全身が白く、瞳はルビーのように赤い。白いワンピース以外に身につけているものはなく、少し風が吹けば、彼女の美しい柔肌は日の光の下に晒されてしまうだろう。彼女がいるのが日の光の下であればの話だが。

「?」

 少女は体を起こしてその場に座り込むと、首を傾げた。彼女の意識は、自分の身に何が起こっているかを理解しようと助走をつけ始めたばかりで、まだ完全に目が覚めるには時間がかかりそうだった。

 この真っ白な空間にいては、溶けて無くなってしまいそうなほど白く、か弱そうなその少女は、自分が何者かということすら、未だよく分かっていなかった。かといって手掛かりになるようなものは何もなく、彼女はただ座り込んでいることしかできなかった。


 ——キュルルルル……。


 ふと、彼女の腹が鳴った。どうやら長い間その繊細な体は食べ物を口にしていないようで、その音によって、彼女は自分の空腹を認識させられた。それと同時に。

「……っ!」

 彼女は身を伏せた。それは意識的に行ったことではなく、ただ「腹が減った」という己の状態に対して、とてつもない恐怖がのしかかったためであった。

 しかし考えてみてほしい。人間は普通、自分の腹減り如きに怯えるだろうか。いや、「普通なら」そんなことはあり得ないはずだ。

「……い……いやッ!」

 少女は初めて、明確な言葉を口にした。拒絶の言葉だ。直後、彼女は自分の口と腹をそれぞれ押さえ、その場でうずくまる。絶対に空腹を感じてはいけない、食欲を感じてはいけないというように。

(——いやだ、もう、たべたくないよ、しんじゃいやだよ)

 少女は幼い頭ながらも、必死に己の欲求を抑え込もうと足掻いていた。脳内を埋め尽くさんと迫る本能の波にも耐えようと、目一杯の力で口を押さえて。

(——みんなはおいしくないよ、だからやめて、ハッピー)


         《4》


 ヒロの振るった剣が、暴れる少女の左腕の肘を切断した。

「……痛イな」

 口ではそう言いつつも、そこまで痛み自体には執着せず、自分の体に攻撃を加えられたということに激しい怒りを覚えた様子で、少女は二本の触手をドリルのように突き出した。

「おっと」

 ヒロはその二つの間を縫うようにして回避する。図らずも、それは側から見ればいわゆる「舐めプ」とも取れるような、あえて死地に突っ込み、ギリギリを楽しんでいるかのようにも受け取れた。

「危なかった……少しズレてれば肩を抉られるところだったよ」

「……オマエ、ムカつく」

 断面が燃え、復元されていく左腕を見つめた後、少女は獣が唸るような声音で呟く。彼女は両手の指を祈るように組むと、さらに八本の触手を己を取り囲むように絡み合わせた。

「次こそ殺ス、殺しテその肉ヲ貪り食ってやル」

「……」

 ヒロはその様を観察し切らないうちに、少女の意図を読み取った。

(——生命力の流れが一点に集中して大きくなってるな。あれを全身に巡らせたらどうなる……そうか、きっとあの姿になろうとしてるんだ。さっき戦ったあの姿に)

 彼の脳裏に、花弁のような口を持った怪物の姿が蘇る。あれにもう一度変わられると、また攻撃の通りが悪くなって厄介だ。今すぐにでも止めたいところだった。が。

(——でもどうやってあの生命力の流れを止めればいいんだ? 仮に生半可な攻撃をしたら、俺の生命力まで吸収されて、むしろ変貌までの時間が短くなるだけだ。でもこのまま放っておくのは絶対にダメだ……)

 これもまた、《ツインズ》の相性の問題だろう。《スーサイド・フェニックス》の生命力でオーバーロードを引き起こし、激痛をもたらす攻撃と、《ホワイト・ハッピー》が異形に化けるために生命力を必要とする特性。この二つが噛み合ってしまった結果、普通の《ツインズ》能力者を相手した時の何倍も酷い、最低のいたちごっこが展開されようとしていたのだ。

(——やっぱり、さっきの怪物化を解除した時みたいに、アホみたいなレベルの生命力を叩き込んで、一気に《ツインズ》本体を引き剥がすくらいしかない……でもこんな短いスパンで撃ったことなんて一度もないし、そもそもあれはある程度弱らせてから使うのが正解だったし、決まる保証なんて一つも……あーダメだダメだ!)

 ヒロは激しく首を横に振り、己の心の弱さを振り払う。どうせ、いくら考えたところで最適解は出ない。ならばさっさと行動に移してしまって、運に任せたほうが結果はついてくるかもしれない。

(——俺は知ってるのにやろうとしてないだけだ……なんで前はできてたくせに、こんな簡単なことができねぇんだよ臆病野郎が!)

 今のヒロは『不殺人鬼』になり切れていない。あの残酷さを取り戻せとは言わないが、恐れを押し殺し、大胆不敵に行動するだけの力はあってもいいはずだ。

 生命力を練り上げた結果、《ホワイト・ハッピー》の触手の表面は溶け始めている。恐らくは、変異の前兆。

 ヒロは剣を構え、身を低くする。剣は地面と平行に、切先は少女の胸元を正確に狙って。心が死ぬまで殺し続ける、それが恐怖の象徴たる『不殺人鬼』の己だったではないか。

「俺の非情さ……出し入れできるようにならねぇとな……!」

 体内の生命力を、ヒロは少女と同様に練り上げる。一部は足先へと向かい、一部は腕を通って剣へと流れ込む。

「食らえ——」

 足に力を込める。アスファルトが砕ける。刀身を命の灯火が覆い尽くす。触手の絡んだその奥、緋色の瞳に映る、それよりさらに濃い緋色で浮き上がった少女のシルエットに、狙いを定めて。

「——《血刺・百舌鳥》……うおおォォォォォォ——ッ!」

 バォ! と、一瞬でヒロの少女の間合いが詰まる。推進力全てに加え、突き出すときの爆発的な速度までもが乗った剣先。それは厚い壁となった触手を貫き、少女の心臓を破る。その衝撃が背中側まで突き抜け、トンネルの内壁にクレーターを作り出す。

「がァッ!? ……馬鹿ガ、オマエがワタシに攻撃した所デ、ソレをも糧にすルだけダ!」

 ヒロの握る《スーサイド・フェニックス》の刀身が生命力で赤熱化するとともに、その剣に焼き鳥のように串刺しになっていた触手が溶ける。変異が加速しているのだ。

「だったら……そんなん関係なくなるくらい送り込んでやるよ!」

 彼は剣の柄を握る手に、血管が浮き出るほどの、目一杯の力を込める。剣は全体から炎を噴き、それどころかヒロの体にも古傷が開き、煌々と燃え上がる生命力の炎が全身の傷口から噴き出した。

「食事は生きるためには必要不可欠、でも食べ過ぎたら胃の中身を吐き出す……生命力もそれと同じだ。生命力を吸収されるなら、吸収できないくらいその体に送り込んでやるってだけのこと!」

「何ィ……!? やめロ、このままでハ溢れてしまウっ!?」

 少女の左肩から、人体由来の物ではないであろう硬い何かが顔を出す。それは少女の体を操る《ツインズ》の本体……機械のスクラップを継ぎ剥いで白と赤に塗装し、無理やり整った感を出しているような見た目の弓だ。

「アアアアアアア!?」

 少女は触手でヒロを引き剥がそうとした。だが、肝心の触手はすでに融けてなくなっている。すでに王手は決まっていたのだ。

「嫌ダ! ワタシはまだ喰らい足りなイのだ! ワタシに喰わせロ、もっと、もっとォォォ!」

「それは……俺には無理な相談だ」

「クソがァッ! クソがァァッ!」

 過剰な生命力が肉体に回り、全身から炎を噴き出しながらも、少女は大きく口を開き、ヒロの首筋に犬歯を立てようとした。

「ガァァァッ——」

 しかし、それは叶わなかった。


 ——ドゴアァァァァァッ!


 注ぎ込まれた生命力が、とうとう自由を求めて爆発したのだ。津波のように血潮が暴れ、夜すらも包み込まんと暴れる。人の体に収まるわけがない圧倒的な生命力が、メチャクチャに放出された。


         《5》


 一部始終をスマートフォンで撮影していた狭霧真は、その爆発を聞くと、そっと配信終了のアイコンを押した。

「……まさか、倒してしまうとはな」

 怪物の正体を知る彼は、不完全な力で、なおかつ依代が表に出ていたにも関わらずそれを討ち倒した、《サイダーズ》第一座、《スーサイド・フェニックス》の強大さを思い知った。


 このトンネルに居着く『怪物』、そして少女の正体とは、複数の量産型として流通している《ツインズ》、《ザ・ピンク》を無理に体に宿させられた少女。そして同時に、それを《ホワイト・ハッピー》という独自の《ツインズ》に昇華させ、体の内にそれを宿している少女である。その名は、食堂(じきどう)淡雪(あわゆき)。数年前に発生した女児連続誘拐猟奇殺人事件、その被害者にして唯一の生還者だ。

 ——数年前の夏、ある信仰宗教組織の信者の男性数名によって、儀式の依代に用いるために、九人の女児が連れ去られた。警察が彼女たちの居場所を特定して突入するも時既に遅し、アワユキを除く八人は既に、その体から臓物を取り除かれ、代わりに綿を詰め込まれていた。彼女たちはどれも、祈るようなポーズで姿を固定された、剥製となっていたのだ。

 かくしてアワユキは警察に保護されたが、犯人の男たちは捕まらないまま、表向きにはこの事件は終わったものだとされた。

 しかし、《焚書図書館》の面々は、この事件が《ツインズ》に関係するものであり、かつまだ続いている気配を察知していた。

 そして彼らの予想通り、この事件は超常的な現象とともに続いていくこととなる。なんと一ヶ月後、保護されていたアワユキが、施設の職員を虐殺して逃亡したのだ。

 トウジが施設内の監視カメラをハッキングして調べたところ、アワユキが異形と化す《ツインズ》を宿していることが確認できたため、オウルはこの事件の存在を抹消。芋蔓式に誘拐事件そのものも無かったことになり、世界には《ツインズ》を宿し虐殺を行ったという記憶を持つ、出自不明の少女だけが残ることとなった。

 引き続き《焚書図書館》が捜査を行っていたところ、彼らの元にある知らせが入ってきた。誘拐事件を引き起こしたカルトが壊滅したという知らせだ。オウルはすぐさまこの事件を抹消することを決め、さらにトウジたちにアワユキの足取りを追わせた結果、アワユキは籠目市の西側、市の境目にほど近い、人の気配のないトンネルに潜伏しているということを割り出した。

 事件の存在が公から消された後、アサカゲは件のトンネルを訪れた。話に聞いていた通りに人気のない人口の洞には、その体を構成するあらゆる要素が白く、ただ一点、悲しみと憎悪に満ちた双眸だけが、血の滲んだ赤色に彩られた少女がいた。

 彼女はアサカゲを見た途端に、八本の触手を展開して襲いかかった。アサカゲは即座に《ノイジー・マイノリティ》を呼び出し、少女の触手を斬りつけ、無効化しようとした。

 しかし、それはアサカゲにとって、むしろ不利となる結果を呼び寄せてしまった。斬りつけた触手の断面からは、少女のものと思しき悲鳴が鳴り響き、アサカゲはそれに激しい頭痛を覚えたのだ。

 そして彼の脳裏には、目の前で八人の少女の腹が裂かれて中身が取り出され、それを食わせられるかのような悍ましいイメージが広がったのだ。

 ——アサカゲの《ノイジー・マイノリティ》は、《ツインズ》の根幹を成す「宿主の抱える現実」を破壊することで能力を無効化する仕組みだ。その結果、破壊されたイメージが外に放出され、アサカゲの脳内に流れ込むことも少なくない。

 漆黒の刀に切断された触手は、程なくして再生されていった。その間、少女は「やめて、ハッピー」としきりに繰り返していた。

 そうして、アサカゲは気づいてしまったのだ。食堂淡雪という少女が、一体何を経験してきたのか。そして、彼女の体に巣食う《ホワイト・ハッピー》という《ツインズ》が、一体何から生まれたのか。


 ——食堂淡雪は、人を食した。


 彼女は八人の少女の肉を食わされ、さらにその体に、少女たちの魂を素材にした《ザ・ピンク》八本を埋め込まれた。彼女は自らの罪を自覚した結果、《ツインズ》に自我を奪われ、虐殺と食人行為を繰り返す怪物と化したのだ。

 そして少女は、アサカゲの前で《ツインズ》を暴走させ、あの巨大な白いミミズのような怪物の姿になった。アサカゲはその怪物が繰り出す猛攻のもとに、心身ともに叩き潰されることとなった。

「……あれを生み出したということは、絶対に許されるべき所業ではありません……ですが、裁きを与えるべき人間も、救われるべき人間も、もう、いないのかもしれません……」

 それが、少女を救えずに帰還したアサカゲの言葉だった。


「……アサカゲ。お前の後悔は晴らされたぞ」

 マコトは感慨深い表情で、トンネルの方を見る。余すことなく緋色に塗りつぶされた、アスファルトの曲面と路面が見える。ところどころ緋色の炎が立ち上っているのが見えるが、おそらくあれは爆発に巻き込まれて散華した、二人の怪物の残骸だろう。あれらももう少し時間が経てば生き返るだろう。

(——不死鳥の持つ、生命力を活性化させる力。今回は救済になったが、やはり危険な力であることに変わりはないな)

 その凄惨な光景を前に、《サイダーズ》第一座がその肩書きを名乗り、さらにはそれを名乗ることを許されている所以を思い知るマコト。だが、そうやって思考に更けている暇はないということも、同時に思い知らされることになる。

「……『海老で鯛を釣る』という諺がある」

 マコトは、冷酷な響きを纏わせた言葉を放った。その声の向く方は、トンネルとは逆の、街から続いてきた道路の方だった。

「あれは、『僅かな労力で大きな成果を得る』ことを表す。それを元に今の状況を表すためには、『鯛で海老を釣る』という言葉を拵えるのが良いだろうな」

 彼は振り返る。そこに立っていたのは、一人の青年だった。

「……初対面のくせに、僕のことを雑魚の小海老呼ばわりか」

 青年は、僅かに青みがかった灰色の髪の生えた頭を掻きつつ、静かな口調ながらも腹立たしさを混えて言った。

 その格好は、おおよそ荒事を好む人間のものには見えない。彼の黒地に青ラインのジャンパー、白いズボン、その他も含め全てがかなり新しいものに見える。恐らくはああいう小綺麗な服を着ることがないくらい、外に出ることが少ない生活を送っているのだろう。

「えっと、あんたは『不殺人鬼』じゃなさそうだけど。あれ、リストにも顔が載ってない。じゃあたまたまこんなところにいるだけの一般人? いやいや、そんな人いるわけないか」

 スマートフォンのブルーライトで照らされた彼の不機嫌そうな目の下には、幾晩を経てできたものなのか想像したくもないほどに濃い隈が刻まれていた。

「どうせこんなところにいるんだからマトモな人間な訳ないし。確か、《焚書図書館リコール》、だっけ。そこの人だったりするんでしょ、あんた」

「ご明察だな。俺は《焚書図書館》の人間だ」

「やっぱりか。じゃあ、あんたはこのバイトの『シークレットボス』ってやつになるのかね。もし倒せたら、討伐金出るのかな」

 青年の声音は不気味だ。今にも倒れそうな不健康さの中に、底の知れないエネルギーが隠されている感じがある。実体どころか存在している確証もないような幽霊が、確かな存在感を持って目の前に立っているような感覚が、マコトを襲う。

(——この気配、この男も《ツインズ》能力者か)

 マコトは一切の予備動作を必要とせず、その両手に《クロノサイド・オウル》を実体化させた。マコトの声帯に無理を強いた不気味なハイトーンで話す梟仮面の人格は、梟の羽根を模した双剣に姿を変え、自らが消しきれなかった少年の手に納まった。

「お前が《羊飼い》の手下なら、手加減する理由は無い」

「その肩書きだけで僕の全てを判断するのはやめてほしいね。僕はただ巻き込まれただけのストリーマーだよ。まあ、《ツインズ》能力者であることは確かだけど、さ」

 青年は右手を前に突き出し、その手を何かを握り締めるように閉じた。同時に、青い力の奔流が彼の手のひらへ収束していく。

「僕は手枕後光。『夜更かしウシミツ』って名乗った方がピンと来る人も多いと思うけどさ。あと、これが僕の《ツインズ》だ」

 ウシミツと名乗った青年の手のひらから、「ピッ、ピピピッ」という電子音がなった気がしたかと思えば、青い光の流れはいつの間にか完全に青年の手のひらに呑まれ、そこには六時丁度を指し示す時計の針を模した、一本の長槍が握られていた。

「名前は《テンポラル・シフティング》。能力は、僕が近い将来に通過することになる『未来の姿』を前借りしてくること」


         《6》


 グチャビチャッ、というような聞いていられない酷い音と、直視できないほど眩しい炎が交錯した果てに、ヒロは五体満足な肉体を取り戻した。

「あーあ。……やりすぎちゃった」

 ヒロは極めて客観的に、その状況を評価した。トンネルの内部はヒロと少女の血液によって余すことなく塗り潰され、このままホラーゲームに登場しても誰も文句は言わないと断言できる出来の「地獄絵図」が、我が物顔でそこに存在していた。この戦場をかろうじて夜闇から遠ざけていた白色電灯も、その多くが破壊されていて、生存者もチカチカと不規則な明滅を繰り返すばかりだった。

 この場合、このトンネルに恐怖の光景を作り出した「怪物」は、『不殺人鬼』か『人喰いの少女』か、はたまたその両方か。運動機能や関節の接合を確認するヒロは、そんなことを考えてみる。

 最後に首の骨をゴキっと小気味よく鳴らしてみたところで、ヒロはその光景の爆心地たる場所に、赤ではない色彩があることに気づいた。完全に破壊されたはずの肉体は、攻撃によって叩き込まれた莫大な生命力の残滓を材料に、完全に修復されていたのだ。

 ——食堂淡雪。

 その少女の名をヒロが知る機会、それが訪れることは今のところ無いだろう。確認してみたところ息はあるようなので、このまま放置しておけば《焚書図書館》の誰かが回収してくれるだろうか、と考えてみる。

 しかし、これだけは彼が果たさなければいけないということが、あと一つだけ残っていた。その少女の傍には、スクラップ製の弓が転がっていたのだ。それはまるで最後の抵抗と言わんばかりに、カラン、カランと揺れて、徐々に少女の方に近づいていっている。

「《ホワイト・ハッピー》。お前みたいに執念の強い奴は嫌いじゃない。その志が人を傷つけないことに向いていたら、どんなに素晴らしい未来が訪れていたか」

 ヒロは《スーサイド・フェニックス》を即座に顕現させ、剣先を真っ直ぐ弓の中核に向けた。

「残念だ」


 ——バギン!


 剣先が深々とスクラップに突き刺さり、その継ぎ接ぎの体は、バラバラに粉砕される。破片はそのまま生命力となって、そのまま霧散した。ヒロの頭には、まるで耳元で悲鳴を聞かされたかのような感覚が通り抜けていった。

「……」

 彼は、《ツインズ》を破壊した。少し前まで慣れ親しんでいたはずの、生命力の結晶、人格を宿した異能力の「殺害」。

「……久しぶりだ……吐き気がする」

 心臓を圧迫するのは罪悪感か、はたまた高揚か。どちらにせよ、彼にとっては不快なざわめきだった。平常心が乱され、抑えていたものが一気に溢れ出しそうになる。中に何があるのかからも目を背けていたヒロにとっては、自身の感情とはパンドラの箱に他ならない。

 自分は『不殺人鬼』なのだから、何を考えているかは人間の尺度では分からない。だから落ち着いていなければならない。そうやって、ヒロは自分に言い聞かせた。喜怒哀楽のどれにも、偏ってはいけない。極めて平常心で、まるで死んだような心の平穏を——。


「……なんすか、これ……ッ!?」

 しかしヒロの願いとは裏腹に、彼を見出す災難は猛ダッシュで彼に近づき、その背中に手をついたようだった。

 トンネル内部に広がる、現実感のない赤。それから外れた夜闇を背負う位置に、人影が見えた。まばらな蛍光灯の光ではその全容を捉えることはできなかったが、体格から考えるに、それは青年であるようだった。

「赤い……これって血なんすか……この壁、全部……嘘、っすよね?」

 最初こそ驚きが優っていた様子だったが、徐々に冷静になっていくうちに、彼の脳内には入れ替わるようにして恐怖が満たされていっているようだった。無理はない、普通の人間は、ここまで大量の血が撒き散らかされているところなど決して見ないのだから。

「……」

 ヒロは青年の存在を察した途端に、全身から汗が噴き出すのを感じた。彼のような者の到来は、決して予測していなかったわけではない。むしろ作戦の結果としては、百点満点以上の成果のはずだ。脅威たり得た怪物を排除した上、本来の目的であった「《羊飼い》の手先を呼び寄せる」ことも果たせたのだから。

 しかし、今のヒロの視界には、彼の存在は「脅威」としか映らない。暴れた痕跡を見られること、それはヒロのような表立って生きることができない立場でなくとも、人間全てが恐れることだ。

 おそらくこの青年とは、ルリのように友好関係を築くことは到底不可能だろう。ネジが数本飛んでいるからこそ手を差し伸べてきた彼女とは違い、彼は真っ当な人間だ。狂気は狂気としか混ざり合わないのだから、汚らしい油に清い水を注いだところで、一体何が生まれるというのだろうか。

 やがて青年は、血が扇のように広がる中心にくたっと座り込んだ少女の存在に気づく。彼女の純白のワンピースの胸元には、鮮血の花が開いていた。

「……そうか、あの子を、アンタが」

 青年の眼光が、暗闇の奥からヒロの姿を捉える。漆黒の炎が如きその視線から読み取れるのは、青年がヒロのことを敵とみなしたということ。そして和解の道、説得の道は完全に絶たれたということ。

 彼の抱いた感情とは、「邪魔だから排除する」というような利害故のものではなく、人間元来の倫理観に基づいた善悪の次元で語られるもの——つまりは、年端もいかぬ少女を殺したことへの「怒り」。

「……どうしてっすか」

 ボウ、と光が灯った。それは青年の首の後ろから喉仏のところまで伸びていき、正面で結ばれたところで下に垂れ、光輝く太陽を模した首飾りとなった。おおよそ普段使いには向かない、古代遺跡から見つかって儀式に使われていたとでも説明をつけたくなる、ゴテゴテとした首飾りだ。そこから発される強烈な光によって闇は切り裂かれ、青年の全容が明かされる。

 青年の服装からして、大学生だろうと推測することができた。清潔感のあるベージュのベストに代表されるように、華美でなく大人しい色味で統一されている。

 長く伸ばされた茶色の長髪は、動く時に邪魔にならないようにするためか、後ろの低い位置で一本結びになっている。黒縁のメガネも落ち着きがある雰囲気を演出していたが、激情に荒れ狂う彼の表情の前に、その演出は意味を為していない。茶色の双眸を怒りに歪め、牙のように鋭く尖った歯を食いしばる様子はさながら、子孫を残すための激闘に身を投じる前の雄獅子のようでもあった。

「どうして……どうして殺したんすか!?」

 噛み付くように叫ぶ青年。その言葉に呼応するように、首飾りがさらに強い光を発する。その光は首飾りそのものから飛び出して球になると、青年の目の前でサッカーボール大まで大きくなった。

 その時、ヒロは彼からある気配を感じていた。《血眼・大鷭》を用いずともはっきり感じ取れるもの。あまりにも眩しく、ヒロのような日陰で戦ってきたものは、思わず目を背けてしまうもの。

(——ああ、そうか)

 それはすなわち、

(——俺はまだ、悪役のままだったな)


 誰からも認められる、眩しい「正義」。


「《アド・アストラ・ペル・アスペラ》……!」

 それを体現するが如く、正義の炎に燃える青年が《ツインズ》で生み出したのは、小さな太陽だった。もちろん本物の太陽と比べれば、その大きさと熱は可愛いものだったが、それでも人体を一瞬にして焼き焦がし、金属を歪めるのには十分な力は持っているようだった。

 太陽は青年の呼吸や心拍と同調するように、その表面で波打つ炎を一定のリズムで揺らめかせている。そして自ら意思を持っているかのように、青年の周りを漂っていた。

「答えるっす、『不殺人鬼』……どうしてあんなか弱そうな女の子を殺したんすか!? ……答えないなら、アンタの体を焼くっすよ」

「……それが、正しい選択だと思ったからだ」

 ヒロは肌を焼く太陽の光を全身に受け、汗を滲ませながら答えた。

「俺は『不殺人鬼』、日暮飛路。……お前は?」

「……シュウ。安条蹴っす」

「シュウ……いい名前だ。それじゃあ、質問にも答えたし——」

 ヒロは《スーサイド・フェニックス》の柄を強く握った。

「——シュウ。お前の正義を、俺に好きなだけぶつけてくれよ」

 実は、3月に投稿する五回分はすでに書き終わっているクロレキシストです。この前この小説のために作ったキャラクターの数を数えていたら、驚異の120人越えという結果が出ました。全員が出るのは何年先になるのやら……。

 現実時間はついに三月、今年度もあと一ヶ月で終わりですね。……それはつまり、私が作品を書くのに充てる時間がどんどん減っていくということでもあり……皆さんには寂しい思いをさせてしまうかもしれませんね。「別に寂しくなんかないやい」と言ってくれる方がいましたら、ぜひコメントの方をしていってください。

 さて、今回も『不殺人鬼』の戦闘回です。回想も交えながら、激しい戦闘を演じてくれました我らが主人公。主人公らしくないネガティブさと倫理観の彼ですが、強さだけはピカイチです。またフェニックスが変な真似をしなければ良いのですが……それはまだ先のお話ということで、次回もお楽しみにしていただけると嬉しいです。

 というわけで、今日はここらでお別れです。来週もガッツリバトル回、《テンポラル・シフティング》と《アド・アストラ・ペル・アスペラ》が暴れます。最近は風と花粉が暴れ狂ってますので、どうぞお体に気をつけて、次回もお互い健康な状態でお会いしましょう。それでは、また来週。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ