2-45 光の雨
雷人がそれに気付いたのは奇跡だったのかもしれない。
体が震えている事に気付き、少し意識を向けると声が聞こえた。それは空の声だった。
「雷人! 聞こえる!? 雷人!」
このタイミングでの通信。
恐らく、あの巨大な光の矢のことだろう。
「空か……俺は今からあの天使を切る。それであの光の矢も消えるはずだ。差し違えてでもやってやる。俺に任せておけ」
「差し違えてって、そうじゃないよ! あの天使を攻撃しないで欲しいんだ!」
「……は? おい、今何て言った? あいつは……あいつはフィアを殺したんだぞ!」
俺は空の言葉に頭に血が上り、端末に向かって怒鳴った。
俺はもう、そんなに甘いことを考えられない。
そんな殺意で頭が一杯になった俺に、空ははっきりとした声で告げた。
「雷人……大丈夫。フィアさんは生きてるよ」
「……え? フィアが……生きてる? ……だって俺は、血塗れのフィアを見て……、あ」
そう言った時、俺は気付いた。俺はただ見ただけだ。フィアが死んでいることを確認したわけじゃない。だったら、もしかしたら、空なら治せたんじゃないのか?
そうだよ、空の治療は一級品だ!
死にかけの状態からだって治すことは出来るはずだ!
そう思った瞬間、胸の苦しさが一気に和らいだのが分かった。
心の底から嬉しいと思った。涙が溢れ、零れ落ちた。
いつの間にかフィアはそれだけ、俺にとってかけがえのない存在になっていた。
だが、だからといって今の状況であの天使を攻撃しない判断は出来ない。
フィアの事がなくても、あの光の矢は止めないといけないのだ。
「いや、しかしだな。あの光の矢を消すにはあいつを倒さないといけないんだぞ? それじゃあ、あれはどうするんだよ?」
「それに関しては多分大丈夫。あの矢じゃラグーンシティは壊せないよ」
「……何でそんなことが言えるんだ?」
空の言っていることが分からなかった。
どうしてあの光の矢には破壊の力がないと言える?
あの巨大な矢からは確かに大きな力の奔流を感じた。
何かがあった時、出来ることをやらなかったことを俺は絶対に後悔する。
しかし、今の俺には情報が足りていない。空の言葉を疑って良いのかも分からなかった。
そんな俺に、空は落ち着いた声で言った。
「もし仮にダメでも、芽衣ちゃんが何とかしてくれるはずだよ。今、唯ちゃんが傍にいるから」
「芽衣が?」
言われて町の方角を見ると、巨大な幹が天に向かって伸びていくのが見えた。
芽衣の力は十分と言っていい程に知っている。
ここまでされれば、もう反対の言葉などなかった。
「はははっ! そっか、それなら俺も信じるしかないな。それで? 俺はどうすればいいんだ? 親友」
「ありがとう。それじゃあ、あの天使を説得して来てよ。今彼女の所に行けるのは雷人だけなんだよ? ね、親友」
「説得か……はは、そりゃあいいな。どういう事かはさっぱり分からないが……、親友の頼みとあっちゃ仕方がないな。分かったよ。やってやるさ」
そう答え、俺はすぐに翼を広げると地面を蹴って飛び上がった。
状況は正直全く分からないし、そんな状態で動くのは普通ならダメなことだ。
だけど、どうしたら良いのかなんてどうせ分からないのだ。
だったら、親友のことを信じてみるのも良いだろう。
今はただ、そう思った。
見上げると天使は両手で剣を握って振りかぶっていた。
「さぁ! これで終わりだよ!」
天使は叫ぶが、その手に力が籠っていないことは素人目にも丸分かりだった。
まさか本当に殺意がない?
接近しながらもどうするかを考えていると、天使はそのまま剣を振り下ろした。
しかし、その剣は全然速くなかった。
俺は両手を広げて天使をしっかりと受け止めた。
肩に剣がぶつかったが、軽い音を立てただけで切れるどころか痛くも無かった。
天使はそのまま気を失ったらしく、俺に体を預けたまま力が抜けている。
「……一体何だっていうんだ? まさかこれ、壮大なドッキリじゃないよな?」
俺は頭を掻きながら夜空を見上げた。
天使が気を失ったからか、光の雨は空中で爆ぜてそれぞれが小さな花火のように消えていく。
そんな中、芽衣の生やした大樹も綺麗で大きな花を咲かせていた。
弾けた光に照らされて、まるでライトアップでもされているかのようだ。
それは何というか、非常に綺麗で幻想的な光景だった。
「……綺麗だな。本当に空の言う通りになりやがった。あいつは預言者か何かなのか? こんなの、俺にはちっとも想像出来なかったよ」
俺は腕の中でスースーと寝息を立てている真っ白な天使を見た。
緊張が解けてふと気付いたが、この子の服、結構薄くて体の柔らかさがしっかりと伝わってくる。なんだかんだで、胸も結構大きくて存在感が半端ない。
「ダメだ、ダメだ。……そうだな。持ち方を変えよう」
俺はぶんぶんと首を振るとカナムの膜で天使を覆い、そのまま持ち上げるとお姫様抱っこに変えた。
若干服がはだけていて、胸や肌がちらちらと見えるので目のやり場には困るが、実際に触るよりも幾分かマシだろう。
そして、俺は地面に向かって降下を始めた。




