2-43 放たれる矢
「悪かったな。ようやく頭が冷えた。……ここから先は一味違うぞ」
「一味? んっ!?」
大きく一歩を踏み込んで、体重を乗せた一撃を叩き込む。
渾身の一撃は受け止められるが、棒立ちだった天使は後ろに大きく仰け反った。
「おおおおおぉ!」
それを見逃さず、すかさず追撃を加えるべくもう一歩踏み込む。
そして、がら空きの腹に蹴りを叩き込んだ。
「うぇ! ……あっ、は! そう来ないと困るよね! ……ん? って、あれぇ……?」
何やら違和感でも感じたのか、不思議そうな顔をして腹を擦る天使。
そして、自分の腹から血が流れているのを見て驚きの声を上げた。
ただの蹴りなどしてやるものか。
もちろん、カナムで足に刃を形成している。
「あはっ……、随分と変わったんだね?」
「むかつく喋り方だな。挑発してるつもりか?」
天使の動きが止まったが、こっちまで律義に止まってやったりはしない。
カナムの壁を足場にして三次元的に動きながら斬撃を加えていく。
これは軽い牽制などではない。
その一撃一撃にしっかりと体重を乗せ、命を取るつもりで刃を振う。
しかし、そんな中でも天使は歪んだ笑みを剥がさない。
「あは、一撃一撃が重く、鋭く、なってるよぉ!」
マリエルさんやフィアの教えを思い出しながら、全力で攻撃を加える。
だが、天使はその尽くを躱し、いなして見せた。
それでも止まってはやらない。
俺が止まるのは、この天使を切った時だ!
「当たらないなら! 当たるまでやってやる!」
「あはぁ、それじゃ、そろそろいいかなぁ!?」
そう言うと天使はまたもや空へと舞い上がった。
俺も逃がすまいと翼を引っ張る雷輪を制御し、すぐに後を追う。
「逃がすか!」
属性刀にカナムを目一杯流し込み、刃を覆って刀身を長くする。
天使は凄まじい速さで飛ぶが、負けるつもりは全くない。
翼の制御にも意識を向けて一気に加速する。
空中で離れては接近するのを繰り返し、互いの武器同士を打ち付けあう。
その度に電撃を流し込んで攻撃を加える。
恐らく、傍から見ていれば空に青白の軌跡が描かれ、所々で小さな花火が弾けているみたいな感じに見えるだろう。
だが、これはそんな綺麗なものでは決してない。紛れもない、殺し合いだ!
「うぎぃっ、ダイナマイトアロー!」
「ぐぅ!」
天使の放った矢を躱しきれず、属性刀で受け止めると矢が一気に膨張して俺を弾き飛ばす。
咄嗟に飛ばされないように耐えたものの、大きく減速してしまった。
「あはっ! もーらいっ!」
「この! うぐっ! がぁ!?」
その隙を突くように大上段からハンマーが叩き込まれ、地面へと叩き落とされる。
打撃に加えて地面への衝突。
そのあまりの衝撃に、再び意識が霞んだ。
視界が土煙に覆われて、天使の位置が分からない。
そんな中、声が聞こえた。
「あはははは! はぁ……もう飽きちゃった。うーん、君達の動きからしてあっちに行かせたくないのかなぁ? ……あの大きな島を守ってるんだ? ロボットももうほとんどやられちゃったみたいだし……怒られないためにもあの島くらいは落としていこうかなぁ」
「やめ……ろ」
痛む体に必死に力を込めて起き上がる。
土煙が晴れて空を見上げると、遥か上空に一際輝く巨大な弓を構えた天使がいた。
天使はこちらをちらりと見るとにやりと笑った。
あの弓がどんな代物かは分からないが、ラグーンシティを落とすと言って構えている以上あれを撃たせるわけにはいかない。
しかし、ここからでは距離が遠い。
「じゃあ、撃つよ? これを止める方法はただ一つ、私を殺すこと。あなたに出来るかなぁ?」
「やめろおおおおぉ!!」
天使は俺の叫びを聞くと口を大きく歪ませ、一際輝くそれを天に向けて撃ち放った。
巨大な光の流星は天高く上がった後、幾千もの光へと分かれる。
まるで、本当の流星群かのようだ。それはさながら生物を根絶させる光の雨。
奪うのか? お前は……フィアだけじゃなく。
俺達の日常の全てを奪っていくのか?
それを見た時、俺の頭はまた何かに埋め尽くされようとしていた。
体は、静かに震えていた。




