2-42 激情と走馬灯
遅かった? 何が?
遅くなんかないだろう。
だって……。
「何を、言ってるんだ……? フィアが……死ぬわけないだろ……?」
何だろう。胸が痛い。
俺は何かの攻撃を受けたのだろうか?
「酷い顔だね。もう分かってるんじゃないの?」
天使の目が歪に笑う。
酷い顔? 何を言っているんだ?
俺は今、どんな顔をしている?
「何の話だよ……」
「決まってるでしょ? これだよ」
天使が指差す。
まるで、ただの物でも指すかのように。
苦しい。言葉が頭の中を回る。
おかしい。あり得ない。
そんなこと、フィアが、フィアが!
「こんなの、|死んでるに決まってるよね《・・・・・・・・・・・・》?」
「うるさい!! そんなの! 嘘だ、嘘に決まってる!!」
何かが内側から込み上げてくる。体が熱い。
何だろう。溢れて、溢れて、溢れて、何かが空っぽのようだ。
違う、違う、違う!
これは何かの間違いだ!
なぁ、そうだろ……?
「次は……君だよ?」
「死ねええええええぇ!!」
何かが切れた気がした。
気付くと手には属性刀が握られていて、いつの間にか天使目掛けて切り付けていた。
しかし、それは突如として現れた大剣に阻まれる。
「あははっ! そんな大振りじゃあ、当たらないよぉ!」
「お前は! 絶対に! 許さない!」
何も考えられない。
ただ手が足が、目の前の天使を切らんと伸びる。
「許さなくていいよ! ほらっ、さぁ! 空で踊ろう?」
黄色の瞳を爛々と輝かせ、真っ白な翼を羽ばたかせ、天使は空へと舞い上がる。
「あああああああああああぁ!!」
「あははっ! あははははははっ!」
無我夢中で目の前の天使を追いかける。
考えられる事はたった一つだけだった。
こいつを殺す。
ただ、それだけだった。
「死いいいぃねぇえええぇ!!」
「そうれっ!」
「ぐぅっ! うあぁっ!?」
ハンマーだろうか?
強い衝撃が全身に走るが、そんなことは気にもならない。
今は後の事など、考える余裕は無い。
もうどうなってもいい。だが、この天使だけは、絶対に殺す!
「この! 悪魔があああぁ!!」
「もういっちょお!」
がむしゃらに放った追撃は空を切り、続けて衝撃が体に走るとみるみるうちに天使が離れていく。
頭が衝撃に揺れる。力が抜ける。
霞んでいく視界の中、ぼんやりと何かが頭の中に響いた。
「……ちょっと、何やってるの! 私との修行でそんな風に戦えなんて言った事、一度も無いでしょ!」
それはフィアの声だった。幻聴だろうか?
今はそれでも……声が聴ける事が嬉しい。
「……あぁ、そうだな。……闇雲にやっても勝てるわけがない」
「あんたはやれば出来るんだから。しっかり頑張りなさいよ」
「頑張ったら……、勝てるかな?」
「勝てるかな? じゃないでしょ。勝つのよ」
「はは……、そう……だよな」
「ん」
フィアが手を差し伸べて来る。それをしっかりと掴んで起き上がった。
すると、目の前に立つフィアが照れ臭そうに俺の胸を軽く叩いた。
「カッコいいとこ。見せてよね」
「……おう!」
目を開けるとアスファルトが見えた。
少し冷静な思考が戻る。頭にかかっていた靄が晴れるような感覚だ。
俺はアスファルトの上に転がっていて、目からは涙が零れていた。
さっきのシーンは記憶にないが……、走馬灯に近いものか?
何にしても、怒りに囚われてあんな戦いをすることなんて、フィアが望んでるはずがないよな。
「カッコいいとこ……か。はは、皆それを言うな」
起き上がると、ちょうど目の前に天使が降り立った。
その顔を見ると再び怒りの感情が湧いて来るが、もうそれに任せたりはしない。
「んんん? あれ、目つきが変わった? もしかして、もっと楽しませてくれるのかなぁ?」
天使が口を歪めて笑う。
しかし、それを見ても冷静な自分がいる。
あぁ、もう大丈夫だよ。
期待に応えるにはカッコよくいかないとな。
「悪かったな。ようやく頭が冷えた。……ここから先は一味違うぞ」




