2-40 橋を守るは要塞シスターズ
「バシャッ」
何? 何かが顔に、体にかかった様な感覚がある。
何だろうこの感触は、ヌメッとしてる?
ここはどこ? どれくらい経ったのかしら?
体は怠く、力を入れようとしても動かない。
頭は未だに靄が掛かったかのようにぼんやりする。
そういえば、私は死んだんだっけ? ここは死後の世界?
真っ暗。何も見えない。
あれ? そもそも私は目を開けてたかしら?
分からない。開けてないような気がする。
目ってどうやって開けるんだっけ? 分からない。
とりあえず、頑張ってみる。すると少し光が差した。
月の明かりが眩しく感じる。そんな中に影が見えた。
あれは……、雷人……?
*****
「むー、どれだけ待っても何にも来ないじゃん! もしかしなくても私達って乗せられちゃっただけなの?」
「まぁ、それはそうですね。でも芽衣、この橋を守るのが重要っていうのは本当ですよ」
「そうは言ってもさぁ。後でお兄ちゃんに文句言わなくちゃ!」
芽衣はラグーンシティ市街地と廃墟の立ち並ぶ侵入不可区画を結ぶ橋の淵に腰掛けて、足をブラブラさせながら廃墟の方を眺めていた。
哨はそのそばにしゃがんで何やら手に持ったカメラを布で拭いていた。
「うーん、この艶、質感……完璧です。記念に一枚」
「こんな所を撮っても意味ないよ。むー……」
二人の役割は敵が万が一にもここを突破しないようにこの橋を死守することであり、敵が来ようが来なかろうが、二人がいることに意味があるということが分からないわけではない。しかし、理屈が分かっているからと言って納得出来るというわけではないのだ。
能力者が当たり前になっているこの島でも、自由に能力は使えない。
自由に使えたら危険だっていうのは分かるし、私は中でも強力な力を持っている自覚はあるけど。そうは言っても、力があるのに使うことが出来ないっていうのは何とももどかしいものだよね。
使うためには大義が必要で、目線の先にはその大義があるんだ。
こんなことを考えるのは不謹慎だろうけど、戦っているお兄ちゃん達が羨ましいよ。
お兄ちゃん達を守りたいって気持ちは本物だし、決して嘘じゃないけど。
でも、この能力を使いたいって衝動も本物なんだよ。
その考えがリスクを負っていると理解はしていても、やっぱり考えてしまう。
「敵さん来ないかなー」
様々な種類の種を手の中で遊ばせる。
私は常に幾つもの種を鞄に入れて持ち歩いてる。
それは予め調整してある種だけど、状況に合わせてさらに調整を加える事も出来る。
それには時間が掛かるけど、その間くらいの時間稼ぎは自分でも出来るよ。
足止めは得意分野だからね。
そんなことを考えながら足をブラブラさせていると、橋の近くに小さな影が現れた。
「ありゃ? 哨ちゃん何だろあれ?」
「え? 何ですか?」
手を庇の様にして目を細め、小さな影を見据える。
高さは三十センチくらいかな? 八本の足が生えた蜘蛛のような物体がこっちに向かって来る。
静かに耳を澄ませると、硬い物同士をぶつけるような音が聞こえた。
多分生物ではないよね。もしかしてあれがお兄ちゃん達の言ってたロボット?
想像していたのとずいぶん違う。
こっちに気付いたのか、ロボットの動きが止まった。
「……うーん、ロボットみたいですね」
「むむむー、やっぱり?」
すると次の瞬間、それは凄まじい速さで走り出した。
そのまま一メートルほど横の位置を一瞬で走り抜けて行く。
「へぇ、まぁまぁ速いですね」
「うひゃー、気持ち悪いね……」
凄い速さで足を動かしながら通り抜けていく蜘蛛型ロボット、私は植物は好きだけど虫は嫌いだ。
そして、さらに見てみるとまだまだたくさん……四十体くらいがこっちを覗いていた。
「うへぇ、まさか相手があんなのだとは……ここの担当で良かったかも。ていうかお兄ちゃん達ってば、これはさすがに逃がし過ぎじゃない?」
「えーと、見えてるだけじゃなくてまだまだ来そうですね。良かったですね、芽衣。忙しくなりますよ」
「全然良くないけど……もう、お兄ちゃんたちはしょうがないなぁ。私達がいないと全然ダメなんだから! やるよ、哨ちゃん!」
「うん、ダメダメな兄さん達の尻拭いをしないとね。展開、幻想兵装、殲滅モード」
そう言うと哨のカメラは形を変え、哨を中心に何門もの機銃や砲塔が現れた。その様は小さな要塞と言っても過言ではなかった。
「えぇ!? 哨ちゃんそんな事まで出来たの!?」
「万全を期して全力です。……変かな?」
「んーん、かっこいい! よーし、じゃあやっちゃおう!」
「はい、一体たりとも通しません」
そう言って二人は気合を入れた。
ちなみに先ほど通り過ぎたロボットはきっちりと植物に握り潰されていた。
ふふん。準備は万端だよ。時間はたっぷりあったのに何も仕掛けてないわけないじゃん?
まぁ、ロボットに言っても無駄だろうから言わないけど。
そして、芽衣は手に握っていた種を前方に投げた。
「キモイのを見せられた復讐だよ! やっちゃえ! 激しばくん!」
その掛け声と共に無数の蔦が伸び、蜘蛛型ロボットを次々と捕まえ、握り潰していく。
ついでに橋を横断するように広がってセンサーの役割も果たしている。
触れた物は問答無用で握り潰す完璧な網だ。
一体だって逃がすつもりはない。だってそうでしょ?
私の視界を避けてこそこそとなんて、性根が腐ってるよね。
哨の掃射で多くのロボットが弾けとび、何とか抜けて来たロボットも蔦に潰される。
明らかな過剰戦力に、ロボット達が全滅するまでそれほど時間はかからなかった。
「ふぅ、キモいけど生き物じゃないのがせめてもの救いかなー。これでおしまい?」
「えーっと、次が来るまでは少し空きそうですね」
「そっかぁ。ふー、ちょっと疲れちゃった。横になってよ」
「うん、もう少し近付いたら教えますね」
離れた所から爆発の音と振動が聞こえてくる。
明らかに普通の生活からかけ離れた。日常では体験出来ない振動が体を走る。
でも、心配はない。お兄ちゃん達ならどんなことだってきっと乗り越えるから。
根拠はもちろん、私達のお兄ちゃんだから! だね。
そんなことを考えてちょっと笑いながら、響く破砕音の中で芽衣は目を閉じた。




