2-39 豹変
廃ビルの窓から飛び出して行ったシルフェを追いかけて外に出た時、離れた所で幾つもの爆発が起こったのが見えた。
あの爆発の規模には見覚えがある。
恐らく、誰かと戦闘中の大型ロボットが放ったミサイルね。
あれは爆風が凄まじくてそれなりに危険だから皆が少し心配だけど、それよりもシルフェが向かってしまう事の方がよっぽど問題だわ。
……さっきまでは戦闘に集中してて気にならなかったけど、結構な数の銃声が聞こえる。
これまでそんなに多くの銃持ちが攻めて来たことは無かったけど、今回はなかなか数が多いみたいね。皆無事だといいけど……ん?
その時、急ぐように飛んでいたシルフェの動きが滞空する形で止まった。
それを見たフィアは十メートル程離れた位置に滞空し、シルフェに話しかけた。
「残念だけど、今更遅いわよ? あなたが向かっても私は逃がさないし、もう大部分は倒されちゃってる頃合いじゃないかしら?」
「……」
返事は無い。シルフェはこちらに背中を向けたまま翼をはためかせて滞空しているだけだ。
どうして止まっているのかしら?
私達を倒すにしろロボットを守るにしろ、シルフェの立場なら何かしら動くはず。
シルフェの実力はまだ底が見えない。
もしかしたら本気で戦えば私をあっさり倒せるだけの力さえあるのかもしれない。
少なくとも、同程度の力はあると考えた方が良いわよね。
なら、私は皆がロボットを倒して駆け付けるのを待った方が良い。
逆にシルフェにとってはそれをさせないことがやるべきことのはず。
何かを迷っているの?
「あは……あははははははははははははははは!!」
「っ!?」
突然笑いだしたシルフェにビクッと驚き属性刀を構える。
シルフェの動きに即座に反応するべく神経を集中させる。
何を考えているのかが、さっぱり分からない。
理解できない、その不気味さがこれまでの敵とは違った恐怖をフィアに与えていた。
「な、何がおかしいのかしら?」
シルフェがゆっくりとこちらを振り向いた。その顔には先ほどまでとはうって変わって、悪い笑顔とは確かにこんなだろうと思わせるような笑みが張り付いていた。
その不気味さに体が無意識に震える。
分からない。理解出来ない。未知は人に強烈な恐れを与える。
鎖が体を縛るように、沼が足をとるように、毒がじわじわと体を蝕むように、恐怖は精神にするりと入り込み、体の動きを鈍らせる。
体が……重い。その恐怖は確実にフィアの心を蝕んでいた。
そんな中、シルフェは口を歪めたまま喋り始めた。
「うーん、甘く見てたよ。仕事がダメになっちゃった。やっぱり遊ぼうって考えが良くなかったんだね。最初からさ、すぐに殺さなきゃいけなかったんだなぁって。ねぇ、あなたもそうだと思わない?」
「……そう、正義の味方っていうのは遊びだったのね。今までの奴らとは違うのかと思ってたのに、思い違いだったみたい」
私の言葉に反応したようにシルフェの口元がさらに歪み、聞こえた声に耳を塞ぎたくなるような感覚に襲われる。
「悪党に何を思ったのかは知らないけど、残念だったねぇ。あぁ! 本当に残念! だけど……もうお別れだよ」
途端に歪んだ笑顔が屈託のない満面の笑みに変わる。
本来ならば好ましいはずのその顔は、酷く恐ろしいものに見えた。
次の瞬間、気付くとシルフェが目の前にいた。
「はっ!?」
「あはははははははははははははははは!」
叩きつけられる短剣をギリギリで弾き、続くハンマーの一撃をバックステップでいなし、追撃の槍を紙一重で躱す。
更なる追撃の蹴りを躱し切れずに腹に受け、一瞬怯んでしまうが何とか体勢を立て直す。
しかし、シルフェの勢いは止まらず、次の瞬間には目の前まで接近していたシルフェに押し倒される。強い! やっぱりさっきまでは本気じゃなかったのね!
「あははははは、本気で抵抗しないとさ……このまま終わっちゃうよ?」
下半身は馬乗りされていて上手く動かず、両手首を地面に押さえつけられているために身動きが取れない。
そのまま、シルフェの髪が少しずつ伸びて近付いて来る。
その髪の先端がだんだん尖って来た。
自由に動かせる髪は正しく腕が増えたのと同じだ。
そのまま私を串刺しにするつもり!?
「くぅ! 誰がやられるもんですか!」
その声と共に氷の槍が地面から飛び出しシルフェに襲い掛かるが、すぐさま飛び退いて躱されてしまう。氷の槍が標的を見失ってフィアの傍らに突き刺さった。
「ひゃっ! 危な!」
びっくりしたがそのまま氷を掴み、くるっと体を回して起き上がる。
それと同時にシルフェが突っ込んで来て鍔迫り合いになった。
「あは、一息なんてつかせないよ」
「の、望むところよ!」
刀を振り切ってシルフェの武器を弾き、距離を取ろうとする。
だが、結局すぐに打ち合いになってしまった。
攻撃が上手い。
明確な隙が無い。
離れてもすぐに距離を詰めて来るし、こまめに武器の形状も変えている。
慣れる暇は与えられない。
その後も次々と変わる武器による猛攻に間合いも掴めず、だんだんと精神は疲労し、細かな傷ばかりが増えていく。その都度傷口を凍らせる事による止血を行うが、すぐに新たな傷が出来る。
その度に体に激痛が走り、凍らせたことによる体温の低下と血の流出、言い表せないような恐怖により体はどんどん動かなくなっていく。
「あはははははははは!」
それに伴って受ける攻撃の数も増えていく。
全身を感じたことの無いような激痛が走り、意識が遠のいていく。
耳にはシルフェの笑い声が木霊のように響いていた。
「どうして……動かないの……? ダメ……ダメよ……私が、やらないと……」
「……」
気付くといつの間にか、全身にあらゆる武器が突き刺さっていた。
剣、槍、斧、矢、木、鎌、氷、石、等々。
いつの間にこんなに攻撃を受けたのだろうか?
もはや記憶も曖昧で、考えることも難しくて、頭には靄が掛かっているかのようだった。
そんな中顔を上げると、悪魔のような顔をした天使が私を見降ろしていた。
その双眸が黄色く輝く。
手が、足が、体が、冷たい。
寒い。凍えてしまいそうだ。
しかし、炎の一つも出す事が出来ない。
そうか、私はここで……死ぬのか。
どうしてだろうか、抗う気力すら湧いて来ない。
空、唯、芽衣ちゃん、哨ちゃんそして……雷人……、ごめんね。
それを最後に目の前が真っ暗になった。




