2-35 正義の天使
天使族。話には聞いた事があったけど、実際に見るのは初めてね。
私は勝てるのかしら? そんなことを考えつつもフィアは駆けた。
もちろん、勝てそうかどうかなど問題ではなく。
ただ、勝つことだけが自分達に残された道ではあるのだが。
その神々しいとさえ思うほど純白に輝く翼を見据え、ビルの壁面を駆け昇る。
そして、その屋上に降り立った時、その黄色く輝く双眸は確実に私を捉えていた。
肩程度までに緩やかに流れる純白の髪、短めの前髪と少し癖っ毛なのが特徴的な女の子だった。
見た目では自分と変わらないくらいの年に見えるが、種族が違えば見た目の年齢など当てにはならない。
もしかしたら私とは年季が違うかもしれない。
様々な可能性を頭に巡らせながら、私は声を掛けた。
「こんばんは、あなた天使族よね? この星に一体何の用かしら?」
こちらの質問に少女は目を爛々と輝かせて、ポーズを決めながら明るく答えた。
「こんばんは! 私はいかにも天使族だよ。よく分かったね!」
……何とも軽い感じのノリだ。
さっきまでは黙っていたから、周りの雰囲気も相まって厳かな感じがしていたんだけど……。
そうは思うが気を抜くわけにはいかない。
フィアは深呼吸をして冷静に返す。
「そんな見た目の種族、他には知らないわ」
「うんうん、なるほどね。確かに私も知らないよ。あ、そうそう、用は何かって話だっけ? それはもちろん、あなたの悪事の阻止だよ! 私が来たからには悪事は働かせないからね! キラーン!」
「……」
私は思わぬ返答に言葉を失った。そのテンションは何なのかとか、悪の成敗って悪はそっちじゃないのかとか、それにその話し方って……いや、それは今関係ないか。とにかく突っ込み所が多すぎる。
でも、こっちがどうして何も言わないのかなんて向こうには分からない。沈黙が伝えることは、いつだって受け取り手次第だ。
そして、大体こういうタイプは自分に都合の良いように解釈する。
「ふふふ、自分が悪いことをしてるのを見破られて絶句しているみたいだね? でも、私は見逃がさないよ? なんと言っても私は正義の味方! シルフェさんなんだからね!」
シルフェと名乗った少女はまたもやポーズを決めながら言った。
このポーズ、頭にチラつくジャスティス……いやいやこの状況でまさかね。
それにしても、正直痛い子にしか見えないけど、どう判断するべき? 言葉をそのまま受け取るべき?
何にしても今までの連中とは一風変わった感じね。
そう思ったフィアは尋ねてみることにした。
「あなたは私の事を悪というみたいだけど、この星に無断で入り込んだあなたは既に法を犯してるって事は分かってるのかしら?」
「お姉さん……世の中にはね。必要悪というものがあるんだよ」
シルフェはちっちっちっと指を揺らしながら答える。
やっぱりジャスティスがチラつく……いや、意識を散らしちゃダメ。集中しないと。
「うん。必要悪。所謂……あれだね、あれ。そう……何だっけ? んー?」
「……えっと、とりあえず分かってるのね」
言いたい言葉が思い出せず、目を瞑ってこめかみを人差し指でぐりぐりとしながら首を傾げるシルフェにフィアはどうしたものかと苦笑する。
そして、少しの沈黙の後ようやく思い出せたらしくシルフェが目を見開いた。
「んー……そうだ! 義賊! 義賊みたいな! うんうん、法に従っているだけじゃダメなことがあるっていうことだね、うん」
義賊……もしなりきってるとしても自分に儀があると思ってるってことよね。
説得出来そうかとも思ったけど、なんか思い込みが強そうだし難しいかも……。
「そう。それで、私が何をしたというのかしら?」
「ふふん、惚けても無駄だよ? あなた達が調査を邪魔してるってことは知ってるんだからね!」
「調査? 一体何のこと?」
組織は何かを調査をしている?
ジェルドーもバルザックもそんな事は言っていなかったけど、言わなかっただけ?
そうなると何の調査なのかが気になるけど、この子はそこまで知ってるかしら?
「だから惚けても無駄だって! 調査用のロボットがあなた達に破壊されているのは知ってるんだよ!」
「……そりゃね? あんなロボット送り込んできたら返り討ちにするわよ」
私がそう言った途端、シルフェの目がまたもや爛々と輝いた。
「ふふふ、尻尾を出したね! 調査ロボを破壊するって事は調査されたら困る事があるってことでしょ! もう、問答は無用だね! 行くよ!」
そう叫ぶとシルフェは満月の光を背に纏いながら一直線に突っ込んで来た。
「あぁ、もう! 結局こうなるのね!」
フィアは異空間から属性刀を一本取り出し、迎撃しようとするとシルフェが目の前でくるりと回った。
刀は真っ白な翼に突き刺さり、羽が宙に舞う。次の瞬間、左から襲い掛かってきた。
フィアは攻撃を鎖を何重にも張って受け止めるが、そのあまりの衝撃を殺し切る事が出来ずに吹き飛ばされた。
空中で体を捻って手で地面を押し、バク宙の要領でなんとか足から着地し攻撃元を見据えた。
「目暗ましのつもり!? 翼を犠牲にした攻撃なんて聞いたことないわよ!」
「ふぇ? えっと、お姉さんは私達にあんまり詳しくないみたいだね。確かにこの翼は私の一部だけど、その部分には血も神経も通ってないから、効かないよ!」
シルフェは胸を張ってそう答えた。
言われてみれば、信じがたいが翼は真っ白なままだ。血が流れたような様子もない。
そして、手にはどこから出したのか巨大なハンマーがあった。
私達は指輪のおかげで瞬時に武器を手に出来るが、彼女は一体どうやったのだろうか?
以前の二人が帯剣していたことから、コスモスルーラーとかいう組織の技術ではないだろう。さっきは確実に丸腰だったし、あんなハンマーを用意出来るはずもない。
「……天使族って、なかなかに奇天烈な種族なのね」
「あっ、奇天烈は失礼じゃない? 生命の神秘を授かった種族だって言って欲しいなぁ」
シルフェがぷくーっと頬を膨らませる。何と言うか、悪党って感じが薄くてやりづらいわね。緊張感が保てないじゃない。
そんな事を考えていると、端末から通信が入った。




