2-28 竜人族
俺は突然のフィアの声に振り返った。
するとフィアが信じられないものを見たような顔をして固まっていた。
俺はもう一度バルザックを見た。何度見てもただ翼が生えただけだ。
何をそんなに驚いているのだろうか?
「どうしたんだよフィア。何か知ってるのか?」
「硬い鱗、空を駆ける翼、炎を吐くリザードマンのような姿……間違いないわ。あれは、竜人族……」
フィアはこっちの声が聞こえていないとばかりに震え、警戒心を強めている。それを見て、俺はフィアの元へと走り肩を揺さぶった。
「おいフィア、しっかりしろ! どうしたんだよ!」
するとフィアはようやく俺に気付いたようで、目が合うと首を振り頬を両手で叩いた。
「ごめんなさい、取り乱したわね」
「いや、それは良いんだが、その竜人族っていうのは何なんだ?」
「……私も口伝でしか知らないんだけど、七年くらい前、宇宙で最も強いと言われていた人型種族。それが竜人族よ」
「宇宙で……最も? あいつの言っていたことは本当だったのか」
俺が見るとバルザックはにやりと笑って見せる。
どこまでも余裕があるようだ。
「もちろん嘘は言ってないでござるよ。それにしても……そこの娘は拙者らのことを知っているのでござるな」
「……だけど、あなた達竜人族は……すでに絶滅したはずよ」
「それは……間違いでござるな。現に拙者はこうして生きているでござる」
……よく分からないが、話を聞く限りだと絶滅したとされていた種族が現れたから驚いていたわけか、しかし……。
「宇宙最強だったなら……何で絶滅したことになってたんだ?」
その疑問に対して、フィアが答えるよりも先にバルザックが反応する。
バルザックは腕を組みながら答えた。
「それに簡潔に答えるならば、当時の竜人族の長が阿呆だったから……と言わざるをえないでござるな」
「阿呆?」
どういう意味だろうか。
いや、そのままの意味なんだろうが、抽象的過ぎてよく分からない。
すると、バルザックは続けた。
「拙者らの種族が強いとされるのはあくまで、拙者ら全員がもつ特性のためでござる。頑丈で、炎を吐くことが出来、空も飛べた。これを全員が出来るから強かった。しかし、それだけでござる。あくまで、種族としてもつ力が強かっただけなのでござるよ」
「……七年前、竜人族は宇宙警察が率いた連合艦隊、星々の艦隊との戦いの末に滅んだと聞いているわ」
「連合艦隊との戦い? どういうことだ? 竜人族が強かったから、それを恐れて滅ぼしたのか?」
俺が聞くとフィアは難しそうな顔をする。
「私は理由は知らないわ……。聞いたのはおよそ十万の竜人族を滅ぼすために、連合艦隊が百万人以上の死者を出したという事だけ」
「なっ!?」
十万人で百万人を殺しただって!?
一体どれだけ強かったんだよ!
バルザックはその言葉に大きく頷いた。
「その話は本当でござる。実に馬鹿なことをしたものでござるよ。当時の長は自身の強さに驕って宇宙全体を敵に回したでござる。詰まる所、自身の強さを過信して絶滅に瀕した。呆れるような話でござる」
「……その種族であるあなたがそんな事を言うのね」
「一般的な見方でござるよ。しかし、全員がそんな考えを持っているとは思わないで欲しいでござるな。……長話が過ぎたでござる。拙者の悪い癖でござるよ」
そう言ってバルザックは二本の刀を構える。
その目にはやはり余裕が見えた。俺はフィアから離れながら尋ねる。
「……今の話、それを馬鹿だとお前は言ったな」
「そうでござるな」
「ならどうして邦桜を襲う」
今の話が本当ならば、竜人族が強いからといってその力を過信して多数を相手取るのは分が悪いと理解しているはずだ。
であればなぜ、宇宙警察を敵にしかねないこんな事をするのだろうか?
話してないだけで何かがあるのかもしれないが……。
「……我らの種族が強いのは事実でござる。生きるために武力を使うのは当然のことでござろう?」
生きるため、それは本当の理由だろうか?
間違いではないだろうが正解でもない気がする。
……それはそれとして、一つ尋ねなければならないだろう。
これだけは譲れない。
「……お前は、そのためなら他人を傷つけても構わないって言うんだな?」
「当然、一番は己と真に親しき者のみでござるからな」
「……」
俺の夢は邦桜の皆を守れる、そんなヒーローになることだ。
例えこいつに何か理由があるとしても、ここで引くことはあり得ない。
ならばやることは一つだ。
「そうかよ。ならお前が竜人族だろうが何だろうが関係ない。俺は全力でお前を倒すだけだ」
「それでいい、では行くでござるよ!」
翼の生えたバルザックはさっきよりも速いスピードで突っ込んで来た。
刀速も上がっていて対応が遅れる。
腕に、脇腹に、頬に、切り傷が浮かび血が流れる。
だが、俺だって強くなっているんだ。
「負けるかぁぁぁ!」
属性刀をもう一本取り出し両手に持って全力で振る。
そうすることで、なんとか攻撃を全て受け切る事が出来た。
空中に盾を作り、それを足場に立体的に動き回るがあっさりと対応されてしまう。
やはり俺の速さでは足りないらしい。だが、俺は一人じゃないのだ。
「うらっ!」
バルザックの刀を上に弾き上げる。
だが全力で振り切ったので、防御は間に合わない。このままでは奴が振り下ろすだけで切られてしまう。しかし、抜かりは無かった。
バルザックが振り下ろすために腕が止まった瞬間、バルザックの腕に沿ってカナムで壁を作り出して腕を固定する。
いくら力が強かろうと、動きの止まったタイミングで固定すれば簡単には壊せないはずだ。
「ぬおっ! 小癪な!」
「唯、今だ!」
「はい!」
呼びかけに応じて唯が飛び出す。
小細工で動きを止められるのはせいぜい一瞬だ。
しかし、それで充分だ。唯が闇を帯びた聖剣を構えた。
「影縫い!」
突き出した唯の聖剣がバルザックの足元に突き刺さる。
バルザックはそれを見て笑みを浮かべた。
「ここで外すとは! 笑わせるでござ……。な、何でござるか!? 体が!?」
「雷人君にばかり良い恰好はさせませんよ」
「ナイス唯!」
唯の新しい力、影縫い。
相手の影に聖剣を突き刺すことで動きを止める技。
唯の五本の聖剣が象徴する三つ目の力だ。
これで奴は無防備、ここで決める!
「集中……被害を最小限に……聖なる光線!」
「加速、加速、加速、雷弾加速砲!」
唯が下から斜め上に向かって光線を放ち、俺はカナムを円形に回して雷輪を作り、その間を通すようにカナムの弾を撃ち出す新技雷弾加速砲を放った。
雷輪の面に垂直な方向に引力と斥力が働く事が分かったから、それを応用した技だ。
撃ち出した弾は雷輪に近付く時に引き付けられ、通り過ぎた時に押し出される力を受けるからより加速される。
初めてやったが上手くいった。
今はまだ雷輪を一つしか維持出来ないが、練習すれば幾つも重ねられるようになるだろう。
俺達の攻撃が交差し、光で視界が真っ白になる。
視界が回復した時にはバルザックの姿は消えていた。




