2-21 立ててしまったフラグ
「お待たせしましたー」
手を振りながら唯がこっちに走ってくる。
ひざ丈程のフレアスカートが特徴的で全体的にふわっとした印象を受ける服装だ。
そう、フィアの事は唯に任せていたのだ。
やはり女性の服装は女性を頼るべきだよな。
「おはよう。遅くに連絡したのにありがとな。助かったよ」
「僕達も突然のことでさ、どうにもしようがなかったんだ」
「はい、大丈夫ですよ。フィアさんの事情は分かってますから、その子達が妹さんですか? 可愛らしいですね」
そう言われて見ると芽衣が俺の後ろに隠れながら様子を伺っていた。
「また可愛い人……。おかしいよ。こんな綺麗な人ばかりが友達だなんて。お兄ちゃんも空君も特別イケメンってわけでもないのに」
「兄さんはダメダメですから、間違いなく本命は雷君の方ですね。うん、そうに違いないです」
「失礼な事言うなよな。確かにイケメンではないけどさ」
「あれ、僕今妹に凄いディスられなかった? おかしいな、好かれてると思ってたのに……。もしかして勘違い?」
「あはは、多分照れ隠しですよ、きっと」
俺は後ろに隠れている芽衣を掴んで前に押し出した。
「ほら、自己紹介だ」
「わっ、摘まみ上げないでよ、もう! えっと、お兄ちゃんの妹の成神芽衣です。お姉さん凄く綺麗だね。髪もサラサラだし、顔も小っちゃくて可愛い!」
「え、そうですか? ありがとうございます。二人のクラスメイトの朝賀唯です。今日は一緒に回らせてもらう事になりましたから、よろしくお願いしますね。芽衣ちゃん。それと……」
おずおずと頭を下げる芽衣に唯が微笑みながら自己紹介をし、哨の方に目を向けた。すると哨は行儀よく前で手を組みながら自己紹介を始めた。
「私は兄さん……空の妹で常盤哨です。ダメダメな兄さんと危なっかしい芽衣のお目付け役をしています。カメラが趣味で、今日は写真をいっぱい撮らせてもらいますね」
「わぁ、カメラが趣味なんですね。それに服も可愛い。髪もインナーカラーにしてるんですね。凄くおしゃれだと思います」
唯が胸の前で手を合わせながらそんな事を言う。
哨は空の妹だが、常盤家とは昔から家族ぐるみの付き合いだったので感覚的には哨も妹だ。だからあまり意識していなかったが、言われてみれば確かにおしゃれだな。
芽衣は全然しゃれっ気がないから並ぶと引き立って見える。
「……哨ちゃん。インナーカラーって何?」
「これのこと。ほら、内側の髪を染めてるんです。アクセントがあっていいでしょう?」
言われて見ると確かに髪の内側が黄緑色に染まっていた。
昔はそんなことなかったと思うので、知らぬ間に染めていたらしい。
「ふわぁ、知らなかった。哨ちゃんはおしゃれさんだねぇ」
程よくパーマの掛かった銀色の長髪にちらちらと混ざるインナーカラーが良く映える。
ファッションはよく分からないが、多分ゆるふわコーデと呼ばれる類のものだろう。
その服装だけでなく帽子や小物もよく似合っていて纏まった印象だ。
昔は癖っ毛なのを気にしていた印象があるので、結構手間が掛かっているのではないだろうか? 知らぬうちに随分とおしゃれさんになっていたようだ。
芽衣にもいつかこんな時期が来るのだろうか?
「でも唯さんも凄いおしゃれ。落ち着いた雰囲気で大人っぽい可愛さですし、ちょっとしたアクセントがあるのも良い感じだと思います」
「へ? アクセントですか?」
「お揃いですね」
「え、……あっ!」
哨がそう言って笑うと何やら唯が鏡を取り出して髪を整え始めた。
普通に可愛かったと思うが、なんかミスでもあったのだろうか?
紳士としてはこういうのは見ない方がいいよな。
目を逸らしていると少しして落ち着いたらしく、唯が誤魔化すように笑っていた。
もう大丈夫かな。
「あはは、お待たせしました」
「いや、大丈夫。ところでフィアはどこだ?」
「あぁ、慣れない格好に戸惑ってるみたいです。その辺りにいると思いますが」
キョロキョロと探してみると、建物の影からこっちを覗いているフィアを見つけた。
手を振り呼んでみると迷ったような仕草をした後、ゆっくりとこっちへと歩いて来た。
「お、お待たせ。変じゃないかしら」
凄くもじもじしている。
いつもは気が強いフィアだが、自信がない時はいつもこんな感じだな。
しかし、服装は普通に可愛い感じだ。
ミニスカートとボンチョコートでこれもフワッとした印象だ。
頭にベレー帽を載せているのも良い。
「大丈夫。可愛いよ」
面と向かって言うのは非常に恥ずかしいが、ここで顔を背けたらいらぬ誤解を招きそうなので耐える。フィアはそういうのですぐに自信をなくすところがあるからな。
「うんうん、フィアさんも唯ちゃんも似合ってて可愛いよ」
「わぁ、フィアさん私服も可愛いね! お兄ちゃん達にはもったいないよ!」
「そ、そう? ありがと、そう言ってもらえると嬉しいわ」
「うん、何と言っても素材が良いです。あっ、一枚どうですか?」
女性陣はそのまま集合写真を撮り始めた。
フィアももじもじしながらも嬉しそうだ。
「いやー、本当にお兄ちゃん達にはもったいないねー」
「ほんとです。これはもう両手に花どころじゃありませんね。こんなにダメダメな兄さんが、こんな美人に囲まれるだなんて、一体前世でどんな善行を積んだのでしょうか?」
「ねぇ、やっぱり僕嫌われてない?」
「そうかしら? あれって照れ隠しじゃないの? お兄ちゃんが取られそうで気にしてるとか」
慣れて来たのか、フィアがすっと空と俺の間に入って来た。
ん、ちょっと風に乗っていい匂いがしたような……考えないでおこう。
「あはは、それが本当なら可愛いものなんだけどねー」
「妹の言う事を一々真に受けるなよ。例え事実だとしてもさ」
「へぇ、事実なんだ?」
そう言ってフィアがこっちを見上げて来る。
ここで変に反応するとなんか意識してるみたいで嫌だな。平然と返しておこう。
「そりゃ、そうだろ」
「ふーん、そうなのね」
そう言って視線を逸らすとフィアが離れて行く。ふぅよく分からんが、何とか平静を保てたかな。
下手な事を言うと不機嫌になるかもしれないからな。楽しい遊園地にするためにも気を付けないと。
……ん? 唯がなんかじーっとこっちを見ているが、何だろうか?
気になるがそろそろ並びに行かないとあまり回れなくなってしまう。
「よし、じゃあ皆揃った所で列に並ぶか。本島の遊園地に比べれば人は少ないだろうけど、ぐずぐずしてたら全部は回れなくなるぞ」
「うん、行こ行こ! まずはハイエスト・デス・マウンテンから行こうよ!」
「え、デス? それちゃんと大丈夫な乗り物なんですよね?」
「大丈夫大丈夫。遊園地の乗り物で人死にが出るなんてありえない、ありえない」
「兄さん、フラグみたいな発言は控えて下さい。一度立ったら折るのは大変なんですよ」
「あはは、まぁどんなアトラクションか知らないけど、多分余裕でしょ? 何かあっても私が助けるから安心しなさいよ」
「フィアさんは頼もしいですね。万一の時はよろしくお願いします」
唯は不安がっているみたいだが所詮は遊具。
普段からとんでもない速さで動き回っている俺達からしたら大したことは無いだろう。
今日は芽衣と哨の付き添いで来たようなものだし、二人が楽しんでくれれば何よりだ。
そうして俺達はアトラクションの列に並ぶのだった。




