2-16 成神芽衣と常盤哨
現在時刻は午後九時半、場所は一階のリビング。
どういうわけかこんな時間に訪ねて来た妹の芽衣と空の妹の哨を交えて俺達はテーブルをはさんで向き合っていた。
「いやぁ、芽衣ちゃん久しぶりだね。一年とちょっとぶりくらいかな?」
「入学式以来だからそのくらいかな。空君も元気そうで何よりだね」
「兄さん? 私も久しぶりなのですが、どうして芽衣にだけなんですか?」
妹である哨から目を逸らして芽衣に話しかける空に、哨が突っ込んだ。空は若干引き攣った笑みを浮かべた。
「いやだって、哨はちょくちょく連絡とってるじゃん」
「へぇ、兄さんは声さえ聴いてれば会わなくても問題ないって言うんだぁ。私寂しいなぁ」
「……あなた達ってそういう。へぇ」
「ちょっと!? 何でちょっと面倒臭い彼女風味なのさ! 変な風に勘違いされちゃってるじゃん!」
フィアの反応に空が若干涙目になっている。それを見て哨は何も言わずにほほ笑んでいた。
……そういえば哨って少しブラコン入ってたっけ。
未だにそうなのか、それとも揶揄っているだけだろうか?
よく分からないが空も大変だな。もっとも、こっちも似たようなものだが……。そんな事を考えていると芽衣がいきなり立ち上がって身を乗り出すように詰めよって来た。
「……そんなことよりさ。何でお兄ちゃん達の家に女の人がいるの? この人誰!」
芽衣がそんな事を言いながらじーっと目を合わせて来る。
こんなに早く来るとは思わなかったが、これは予想できた事態だ。驚く事ではない。
こういう時、慌てると変な風に勘繰られるからな。ここは冷静に対処するべきだろう。そう考えた雷人は誤魔化すために吹き出したように笑って見せた。
「ぷっ、ははははは! 芽衣、今変なこと考えてるんだろ? フィアとはそんな関係じゃないよ」
雷人の反応が予想外だったのか、芽衣と哨は呆気にとられたような表情を浮かべた。
よーし、上手くいってる、上手くいってる。
なぜかフィアが不安げな表情をしているのが気になるが、今はそれどころではない。このまま畳みかけて……と思ったところで芽衣が疑問を口にした。
「え、え? フィアって邦桜の人じゃない名前だよね。もしかして外国の人?」
芽衣の指摘に雷人の表情が一瞬強張る。
空も目を逸らしている。
なかなか鋭い指摘だ。
だがまだその程度、躱せないことはない。
「おい、失礼だろ。フィアはちゃんと邦桜の生まれだぞ。このくらいの名前ならこのご時世珍しくもないだろ。あれだよあれ、キラキラネームとかいう奴だよ、多分」
咄嗟に考えた言い訳に隣に座っているフィアが脇腹を肘で突いて来る。
目が据わっていてなんか怖い。
誰がキラキラネームですって? っという声が聞こえて来るかのようだ。
……キラキラネームが何か分かるのだろうか?
俺の説明を聞き芽衣は少し悩んでいたが、何かを思いついたのかハッとした顔をした。そして、なぜか腕を組んで勝ち誇ったような顔をした。
「ふっふっふー」
「な、なんだよ」
「お兄ちゃん。今そんな関係じゃないなんて言ってたけど、さっきから名前を呼び捨てにしてるよね? 果たしてただの知り合いを名前で呼んだりするのかなぁ?」
自慢げに言って来るが、詰めが甘くて正直そこ? と言いたくなる。
流石うちの妹は頭があまり回らないな。
……何でフィアはその通りだと言わんばかりに頷いているんだ?
「別にそういう関係じゃなくたって呼び捨てくらいするだろ」
「な!? まさか、まさかお兄ちゃんがそんな事を言うなんて……」
なぜかショックを受けたみたいになって下を向いて手をワキワキさせている。
果たして妹の中の俺はどんな奴なのだろうか? いや、聞きたくないな。
……どうして隣でフィアも衝撃を受けたみたいな顔をしているんだ?
「じゃ、じゃあ、フィアさんとお兄ちゃんはどんな関係なの!?」
「まさか、兄さんが……とは言わないですよね?」
「それはだな……」
「居候よ」
突然そんな事を口走ったフィアの顔を空と二人で窺う。
何か……声が怒ってる?
「え? ちょっ、フィアさん?」
「何を……」
「寮を追い出されて途方に暮れていた二人を私が住ませてあげてるの。この家は私が全部お金を払ってるのよ」
なぜかフィアが据わった目でそんな事を言った。
止めてくれ! それだと……それだと俺達がヒモみたいじゃないか!
いや、間違った事は言ってないけどさぁ!
っていうか、いきなりどうしたんだよ!?
「フィア、ちょっ……」
「そうだったんだね!」
「そうだったのですね」
問おうとした雷人の声は遮られ、芽衣と哨がフィアの手を握る。
何か二人の目に涙が溜まっている。
これはまさか……本気でこんな話を信じたのか!?
「おかしいと思いました。兄さん達が寮を出てこんな良い家に引っ越すなんてありえません」
「うんうん、お兄ちゃん達にそんなお金があるはずもないのにね! フィアさんが助けてくれてたんだね! ありがとうございます!」
「ちょっ、哨?」
「芽衣、お前何言って……」
「いえいえ、仲の良い、ゆ・う・じ・ん達を放ってなんておけないものね」
何だろうか、空も否定がし辛いみたいだし、反論が出来る空気じゃない。
何かフィアを怒らせるような事をしただろうか?
「足りない所も多いですが、兄さん達にも良い所はたくさんありますので、どうか宜しくお願いします」
「私からも、お兄ちゃん達をお願いします!」
「ええ、任されたわ。うふふ」
何も言えないままになぜかフィアが任されてしまった。
しかし、どうやら妹達の中では纏まったようだし、掘り返したところで事実には間違いないから反論も出来ない。
これは……諦めるしかないか……。
そう思い、言葉を無くしている空の肩に手を置いたのだった。




