2-15 悩み相談
夕食も終わり二階の自室へと戻って来た雷人は、ベッドに大の字で寝転がった。
今日の夕食、フィアの料理は自信満々だっただけあって実際に美味かった。
しかし、残念ながら味とは別の所に問題があったのだ。
問題、それは使われていた食材だ。
これも定番のパターンなのに俺は完全に失念していた。
出て来た料理はフロラシオン産ではない、宇宙産のよく分からない食べ物満載の肉じゃがもどきだった。
見た目は青色で、とてもじゃないが人の食べる物では無いと思った。
だが、遠慮しようとするとフィアが捨てられた子犬のような目をしたので、居たたまれなくなって思い切って食べたのだ。
思いの外、味は良かったからいいのだが、そうは言ってもあの見た目の食べ物は……あまり好んで食べたいとは思わない。……というか見たくない。
とはいえ、フィアが今後は邦桜の食べ物を研究して料理を作ると約束してくれたので、今後あんな物が出てくることは無いだろう。
フィアが物分かりの良い娘で本当に良かった。
どこぞのヒロインなら言い聞かせても作るだろうが、フィアならその心配は無いだろう。……無いよな?
なんにせよその約束をしたうえで、今後は俺とフィアが交互に料理を作ることになった。
フィアが作る時の食費はフィアが出してくれるらしいので、食費が浮くのは大助かりだ。
そんな事を考え少しうとうとしていると、不意に携帯電話が鳴った。
俺の携帯が鳴るのは非常に珍しい、一体誰だろうか?
手探りでベッドに放り出してあった携帯を探して掴み取り、電話に出る。
「もしもし」
「あらー、雷ちゃん久しぶりー。ふふふ、元気だったかしらー?」
携帯からは何やらテンションの高い声が聞こえて来た。
少し頭が痛くなってくる……。
「母さんか。何の用?」
「母さんだなんて余所余所しいじゃない。ちゃんとマ・マって呼んでくれなきゃ。うふっ」
正直、創作物ではたまに見るが、こんな事言う奴が現実にいるか? いるわけないだろと本気で思う言葉が飛び出した。
ママ? 高校生相手にママだって?
はい、そうです。うちにはそんな事を言う人がいるんです……。
「……呼ばないからな」
「つれないわねー。ぶー」
ほら出たよ。母さんは頭の年齢が凄く低いのかもしれない。
こういうのがなければ良い親だと思うんだけどな。
「なぁ、もういい年なんだからさすがにぶーは止めろよ。恥ずかしい。それで、何の用?」
「あら、用がないと愛する息子に電話しちゃいけないっていうの?」
「……切るぞ」
「あー、待って待って、用ならあるからー。雷ちゃん明日お休みでしょ? 芽衣ちゃんと哨ちゃんが遊園地に行きたいって言ってるのよ」
「遊園地?」
なんとなく要件が分かってしまった。もしかしなくても俺に子守をさせる気だな?
「行けばいいだろ。……俺に連絡なんてしなくてもさ」
「それがねー? 芽衣ちゃんがね? どうしても雷ちゃんと一緒に行きたいって言うの。それにママが行けるわけないでしょ? 手続きとか大変なんだから」
まぁ、確かに母さんが一緒に行くのは無理があるが……。芽衣、芽衣かー。
それに哨まで一緒なんてな。
一体フィアのことをどう伝えればいいのか、面倒臭いことになる気しかしない。
「……頭が痛くなってきた」
「またそんなこと言ってー、一日くらい良いじゃないの。可愛い妹達のお願いなのよ? あっ、そうだ! 報酬ってわけでもないけど、ママ今暇だから悩み相談なら聞いてあげちゃうわよ?」
悩み相談? 話のタネのつもりだろうか?
うーん、電話はこっちからはなかなかしないし、話しをするのも久しぶりだ。
母さんは普段一人で寂しいだろうし、幸い今なら時間もある。
たまには話し相手になるべきだろうな。
とはいえ、悩み相談か。
何か相談することなんてあっただろうか?
「はぁ、悩み相談ね……。今の悩みといえば……そうだな。名前を考える事くらいかな」
「名前? まままま、まさか雷ちゃんに子供が……? ダメよ! まだ早過ぎるわ! ママ認めないからね!」
「違うわ! そんな事になるわけがないだろ!? ったく、つい最近、俺の能力が実は電気じゃなくて未発見の粒子だったって事が分かったから、その粒子の名前を考えてるんだよ!」
「未発見の粒子の名前? なるほど、なるほどー。うーん、そうだなー。うん、ママはカナムって名前が良いと思うなー」
「カナム?」
語呂は悪くはないが、カナムって何だろうか? ピンとくるものが一つも無い。
なので、確認する事にした。
「ちなみに理由を聞いても?」
「理由? そんなの直感に決まってるじゃないのー。なんというか、ビビッと来たのよ、ビビッと!」
頭が残念な母に理由を尋ねたのは間違いだったかもしれない。
「せっかくの機会なのにそんな適当につけられるわけないだろ」
「あら、ママの直感って凄いのよ? ほらほら、どうせ雷ちゃんはどんな名前にしても悩み続けるんだから、カナムにしときなさい。使ってればしっくりくるようになるわ」
「ぐ……痛いところを突いて来るな」
確かに、俺は名付けは苦手だしなんやかんやでずっと悩み続ける気がする。
まぁそうだな。語呂は悪くないんだし、変な意味がないなら別にいいか。
「分かったよ。じゃあ、そのカナムっていうのにするよ」
「ほら決まり! ママは役に立つでしょー? 他にもママに相談事があったらどんどん言ってね? うふふ」
母さんのテンションがかなり高くなっている。
これはもしや、今なら行けるのではないか? あの禁断の相談が!
「そうだな。じゃあ母さん仕送りを」
「ダメよ」
「……すこ」
「ダメ」
取り付く島もないとはこのことか……。
今ならいけるかと思ったのだが、母さんの財布の紐はとんでもなく固いようだ。
「隠してもママ知ってるんだからね? 今は寮から出て一戸建てに住んでるって。そんなお金があるなら仕送りだって要らないんじゃないかしら?」
「ちょっ! そんなのどこで聞いたんだよ!? 俺は好きで寮を出たんじゃないからな! 仕送りないとやばいんだって!」
今日引っ越したばかりなのにどうして知っているんだ!?
空か? 空だな? 後でシメよう。
「……まぁいいけど、変な様子があったらママ仕送り減らしちゃうから! しっかりしなさいね!」
「分かったよ。じゃあ、また」
「またね。……でもやっぱりママしんぱ」
いつまでも喋りそうな勢いだったので電話を切る。
母さんが俺達子どもを心配していることは言われなくとも知っている。
稼げるようになったら親孝行でもするとしよう。
まぁ、一旦それは置いておくとして、目下一番の問題は芽衣と哨だ。
フィアと一緒に住んでいると分かれば、変な勘繰りをしてきそうだ。
どうにか遠ざけなければならない。そんなことを考えていると、突然インターフォンが鳴った。
時計を見ると現在の時刻は夜の九時頃、一体こんな時間に訪問とは何だろうか?
とはいえ引っ越したばかりの今、家を訪ねて来る者など心当たりが無い。
非常識な勧誘だろうか?
それともご近所さんとか?
その時、フィアの「はーい、ちょっと待って下さーい」という声が聞こえた。
フィアが余計な対応をする前に止めようと思い、慌てて階段を降りる。
すると玄関でフィアと誰かが何やら言い争っているらしき声が聞こえてきた。
やはり迷惑な勧誘とかだったのだろうか?
「はいはい、俺が応対変わるから」
そう言いながら覗いた瞬間、誰かが飛び込んで来てぶつかった。
そして、勢いそのままに上に乗られると、俺は尻餅をついて床に転がった。
「いって、何……?」
「一体この人は何なの!? お兄ちゃん!」
俺の上にはひらひらのスカートを履き、花柄のポーチを提げたショートカットで片側だけ髪を結んだお転婆娘、妹の芽衣がいた。




