2-9 それじゃあ、始めましょうか?
「うわぁ……」
雷人は目の前の状況に置いてけぼりになっていた。
発射されたミサイルは突如空中に現れた鎖によって爆破された。
それで事なきを得た……と言いたいところなのだが、ミサイルが爆破すればまぁ当然のこと、巻き起こる爆風によって雷人は数メートル程吹き飛ばされていた。
顔を上げると辺り一面は砂が巻き上げられ、煙も相まって何も見えなくなっていた。
「いたっ」
砂が目に入らないように能力でガードしながら呆然とそれを見ていると、不意に背中を叩かれる。見上げるとそこにはゴーグルをつけて砂嵐の先を見据えるフィアが立っていた。
「ほら、ぼさっとしてるとやられちゃうわよ。ここからが本番なんだから」
「一応俺は少し前まで喧嘩したことがあるだけの学生だったんだぞ。驚かずにはいられないのは当然だろ」
俺がそう言うと、フィアはちらっとこちらを見降ろし手を差し伸べてきた。
「そうかしら? このくらいならもう慣れっこでしょ」
その時、遠くで爆発音がした。
その音に雷人の体がびくっと震える。
どうやらさっきの戦闘機が墜落したようだ。
俺が驚いたのを見てか、にやにや顔のフィアに恥ずかしくなり、照れながらもフィアの手を取って立ち上がる。
確かに最近の出来事からすれば、このくらいはなんでもないかもしれないな。
「確かにな。まぁあれだ。冗談だよ。冗談」
「ふふ、それは良かったわ。さ、そろそろ砂が晴れるわよ。気を引き締めて」
「あぁ、分かってる」
段々と砂嵐が晴れ、煙も散っていく。
すると先程の二人、レオンとニアベルさんがこちらを向いて立っていた。
レオンは手にマシンガンを持っている。ニアベルさんは素手だ。
レオンが忌々し気にこちらを睨み付ける。
「そこの新人、なかなかにやるではないか。それに、噂に違わぬ強さを持っているようだな。フィア・ライナック」
その言葉にフィアは油断なく刀を構えながら目を細める。
俺はこの時間も無駄にしないために電気を溜める事に集中する。
「それはどうも。あなた達も、噂に違わず厄介な能力を持ってるわね。でも、それだけじゃ勝てないわよ?」
フィアがそう言うとレオンはフィアに視線を向ける。
その双眸に闘志が見えた気がした。
「ふん、それはもっともな話だな。だがこの勝負、俺達が勝たせてもらうぞ! ニア!」
「えぇ、行きますわ!」
レオンが叫ぶと同時に構えたマシンガンが火を噴いた。
咄嗟に俺とフィアはそれぞれ横へと跳び、二人の間を弾丸の嵐が通り抜ける。
避けながら見るとニアベルの手元が光っている。
何かをするつもりだろうか?
「雷人! 一気に行くわよ!」
「あぁ!」
フィアの掛け声に地面を蹴って駆ける。
すると、レオンがマシンガンを俺の方に向けて駆け出してきた。
すぐさま盾を斜めに向けて矢印の様に正面に配置し、その全てを後ろへと受け流す。
正面から受ければ数発が限界だが、受け流せばその限りではない。
レオンとの距離が縮まる。
相手は銃なのだ。接近してしまえばこちらのものだ。
そう考えて異空間収納から属性刀を取り出して突っ込む。
「もらった!」
そのまま、一度サイドステップを入れて銃弾をやり過ごしつつ切り掛かった瞬間、俺はレオンが笑うのを見た。そして、視界は光に包まれた。
*****
「雷人!?」
フィアは突然の光に距離を取りつつ雷人達の方向を確認する。
しかし、光が収まった後には雷人もレオンもおらず、そこにはただ足跡のみが残されていた。
周囲を見渡すが、二人の姿は疎かその足跡さえ見当たらない。
フィアは口を開けたまま一瞬固まってしまうが、すぐにニアベルを見据えた。
いなくなったのは雷人だけじゃない。
レオンも一緒に消えたとなれば、方法は分からないけど分断されたのだと考えるのが自然ね。
ニアベルの手元が光り、手に銃と盾が現れた。
そして、服装が一瞬で可愛らしいドレス姿に変わった。相変わらず戦闘には向かなそうな格好だが、あれが彼女の戦闘服なのだろう。
「……雷人はどこへ行ったの?」
フィアは切っ先をニアベルへと向けながら尋ねる。緊迫した空気が流れる。
私にとっても二人の実力はまだまだ未知数。状況からしてレオンと雷人は一緒にいると思うけど、雷人が勝てる保証はどこにもないわ。
元々状況を整えたらメインは雷人にやらせるつもりだったけど、これじゃ危なくなった時に手助けが出来ないじゃない。
「……焦っているみたいですね。どこへ行ったかまでは私も分かりませんが……今頃はレオが彼を倒している頃合いですわ。残念ですが、私のするべき事は全力で状況を整える事だけです」
「全力で来いと言ったのは私だけど……、雷人にレオンを倒させる件、あなたは同意してなかったの?」
「全力を出して負けないと意味がないですから。彼にそれが出来るとまでは思っていませんわ。それでは、すみませんがレオが戻るまで付き合って頂きますわね」
フィアは状況に歯噛みしたが、ふと思い出した。
レオンの敵意になんとなく熱くなっちゃったけど、よくよく考えてみればこれは訓練の一環であって実戦じゃない。
この戦いでは死ぬ事も怪我をすることも無いのよね。
雷人が負けて自信を無くす事はあるかもだけど、そこまで軟弱じゃないはず。
そんな弱い心なら、もうとっくに折れているはずよ。
それに、こっちがニアベル達の力量を把握していないように彼女達もこっちの力量を把握してない。雷人が勝つことは充分に考えられるわ。
勝てれば自信もつくし、負けたとしても実戦的な訓練になって良い経験になるはずだし。何だ、何も問題はないじゃないの。
そう思い直しフィアは落ち着きを取り戻した。
「……?」
フィアの態度が変わった事に気付いたらしく、ニアベルが警戒を強める。
しかし、この時既にフィアは流して様子を見る事に決めていた。
ニアベルを倒してしまったら、手助けに向かわなかったことについて後で文句を言われるだろうから。
「それじゃあ、始めましょうか? 準備運動を」
フィアは笑いながらそう言った。




