2-8 電撃作戦
「転送が終わったか」
転送直後、レオンが周囲を見渡すとそこは大小様々なビル群の立ち並ぶ地帯だった。
恐らく市街地だろう。下のアスファルトを軽く蹴り、傍に転送されてきた赤髪の少女に顔を向ける。
「ニア、まずは状況を確認するぞ」
「そうですわね。マップ」
ニアの声に応じてホログラムで地図が表示される。
仮想空間を使うのは初めてではないが、その緻密さは驚嘆に値するものだ。
仮にも商家の出であるレオンからすると、なぜこの技術力で稼がないのかが分からないレベルだ。
「ふむ、恐らく俺達が北で奴等は南か。南はどうやら砂漠地帯のようだな」
レオンは地図を見ながら口に手を当て考える。
自身に有利な状況を作る事は基本中の基本だ。
レオンはそのことを決して失念していない。それは相棒であるニアとて同じである。
「そのようですわね。私達の戦い方からして、ここよりも遮蔽物の無い広い場所の方が良いと思いますわ。こちらから向かって砂漠地帯で仕掛けるのはどうですか?」
ニアの言葉にレオンが少し考え、口の端を上げる。
「そうだな。ニアの言う通りだ。せっかくだからな。奴等に考える暇も与えずに仕掛けるとしよう。ふはははは、さぞや驚いてくれる事だろうな。ニア、例のあれを出してくれ」
「分かりましたわ。創造」
ニアの声と共にその手の平を向けた先の空間が淡く輝き、ものの十秒程で立派な戦闘機が出現した。
ニアの能力、創造は、仕組みや構造を理解している物であれば何でも作る事が出来る能力だ。
とはいえ細部まで理解している必要はなく、およそどんな原理で動くのかが分かっていれば再現可能な便利能力なのだ。
早速ヘルメットを装着し搭乗席に乗り込んだ。
安全装置を確認し、ハンドルを握る。
レオンの能力はあらゆる物を使いこなす事の出来る能力である。
レオンが使えばどんな物でも通常以上のスペックを発揮する事が出来る。
まさに、レオンとニアのタッグは最高の相性であり、レオンは二人ならば無敵だとさえ考えている。レオンの頭にはもう勝利する自分しか思い浮かばなかった。
「では行くぞ! 奴等もすぐに攻めて来るとは思っていないだろう。サプライズと行こうではないか!」
レオンの言葉に後ろの席に座ったニアベルが心配そうに声を掛けて来る。
「レオ、油断は大敵ですわ。さぁ、まずは滑走路を確保しませんと」
「あぁ、分かっている。さぁ、まずは準備運動だ。ニア、ミサイルを頼む」
「ええ、分かりましたわ」
ニアの言葉にも特に気を悪くすることなく、レオンは答える。
ニアの能力で両翼の下にミサイルが設置されると、すぐさまそれを前方に放った。
盛大な爆発と共に前方の建物が吹き飛び、道が出来る。
そして、すぐさま発進し離陸する。空に上がったことで視界が一杯に広がり、遠くまで見渡す事が出来た。
「まだ彼等はそれほど動いていないみたいですね。このまま向かいましょう」
「了解だ! 速度を上げる、備えろ!」
「はい!」
レオンがハンドルを握り直しスピードを上げると、少しして砂漠地帯に辿り着き、小さな人影が見えた。
「目視した! それではこれより戦闘だ! ……気を抜くなよ!」
「もちろんですわ!」
レオンがボタンを押すと目の前に照準が現れる。
センターに人影を捉えると即座に引き金を引いた。
「まずは小手調べだ!」
ドガガガガガガガガ! という音と共に機首に備え付けられたマシンガンが火を噴く。するとあっという間に地面が土煙に覆われた。
「ふははははは! 見たか! あの男の驚いた顔を! 愉快だな!」
「はい、ですがフィアさんが氷壁を作り出していたようなので、恐らくそこまでダメージはないと思いますわ」
レオンはニアの答えに口元に手を当てた。
男の方にはダメージを与えたとは思うが、確かにフィア・ライナックは驚いた様子もなく、冷静に氷壁を作っていた。
予想していたのか、知っていたのか。
なんにせよ噂通りの実力はあるようだ。油断はしない方が良いだろう。
「そのようだな。まずは男の方を退場させ、フィア・ライナックを全力で相手するとしよう。もう一度攻撃する。ニア、両翼に機銃を増やしておいてくれ!」
「はい、創造!」
レオンはすぐさま旋回を開始し、標的を探す。
そして、フィア・ライナックを発見し、そちらへ舵を切った。
しかしその時、男がフィア・ライナックと逆の方向へ走り出すのが見えた。
「何!? フィア・ライナックだけでなく、あの男も無傷だと!?」
「想定以上ですね。どうしますか?」
「……ふん、構わん。やる事は同じだ。まずはあの男を片付けるとしよう」
レオンはすぐさま男の方へと舵を切る。そして、照準を合わせた。
すでに両翼には機銃が付いていた。ニアの仕事の早さに口の端を上げる。
「食らえ!」
引き金を引くと、再びドガガガガガガガガガ! という音が響き渡り、空中に青白の光が瞬いた。
どうやら男が何かを撃ってきたらしい。
しかし、それも撃ち落とされてレオン達までは届かない。
レオンは笑みを浮かべる。
「無駄だ! 機銃は俺の力で強化しているのだ! その程度で防げるものか!」
レオンの言葉とは裏腹に、撃ち出した弾の多くはその青白の弾に弾かれたようだった。
しかし、やはり全ては撃ち落とせないようで土煙が上がった。
どうやら、男は横に盛大に転がって射線から外れたようだ。男が後ろへと遠ざかっていく。
「馬鹿な! 弾かれただと!? 奴は新人ではなかったのか?」
レオンが驚いていると、ニアが後ろから落ち着いた声で話し掛けて来る。
「新人とはいえ弱いとは限りませんわ。時間を掛けるわけにもいきません。ミサイルを使いましょう! この空間ならば被害を考える必要もありませんわ! 全力で行くべきです!」
ニアの提案にレオンは頷いた。
先の一撃は小手調べのつもりではあったものの、並みの者ならば無傷とはいかないはずだった。
本番のフィア・ライナックの前に躓くわけにもいかない。
あの男はすぐに、潰すべきだ。
「分かった! 準備は頼むぞ!」
レオンはすぐに旋回を開始した。
男はこちらを見上げ先程の光る球を周囲に浮かべている。
しかし、その顔は驚愕に彩られていた。
どうやら、ミサイルの準備が出来たようだ。
今更気付いたところでもう遅い。レオンは勝利を確信して叫んだ。
「それでは前座には退場願おうか!」
レオンが照準を合わせ引き金を引くとミサイルが発射される。
しかし、ミサイルは目標まで到達することなく、突如として空中で爆発した。
機体が爆風に煽られるのをハンドルを操作して何とか抑え込む。
「何ですか!?」
「何だ!? 何が起こった!?」
その時、レオンは煙から無数の鎖が飛び出して来るのを見た。
レオンは危機を察知し、即座に脱出レバーを引きながら叫ぶ。
「ニア! 脱出だ!」
「えっ!? わ、分かりました!」
コックピットが開き二人は椅子ごと空に投げ出された。
そしてパラシュートが開いた瞬間、全身が引っ張られ全身に衝撃が走った。
「ぐっ! ……ニア! 無事か!?」
すぐに辺りを見回す。
すると少し離れた所にニアのパラシュートが見える。
それを見て安心するが、まだ危機の中にいると思い直し、気を引き締める。
「ニア! 聞こえるか!? すぐにベルトを外して何か飛べる物を出してくれ! このままゆっくりと降下するのはまずい!」
「はっ、はい! 少し待って下さい。んぅっ、それっ!」
ニアがベルトを外して飛び降り、すぐさま下に何かを創り出した。
どうやら空飛ぶボードの様な物のようだ。
レオンもすぐさまベルトを外し、飛び降りる。
次の瞬間にはパラシュートは鎖に捕まっていた。
ニアの操作するボードに飛び乗り、何とか体勢を整える。
戦闘機が墜落したのか、遠くで爆発音が響いた。
「すまん、助かった。間一髪だったな」
「そうですわね。レオの判断が早かったおかげで何とかなりましたわ。煙が晴れる前に早く下に降りましょう」
辺りはまだミサイルの爆発による煙に満ちている。
先程の鎖から察するに、別の方向へと走って行ったフィア・ライナックが戻って来たようだ。思うように事が進まずレオンは歯噛みする。
「そうだな……。まずは体勢を整える。地上に降りるぞ!」
「分かりましたわ」
ニアがレオンの指示に従ってボードを地上へと向かわせる。
出鼻を挫く作戦は失敗してしまったが、まだ手はある。
失敗しても止まってはいけない、次の策を頭に巡らせるのだ!




