1-4 戦う覚悟
巨大なロボットを蹴り飛ばしながら乱入して来た少女。
ボブカットで両サイドに着けている星形のヘアピンが何とも可愛らしく、髪の間からちらちらと見えているダイヤ型のイヤリングが少し背伸びしている女の子を思わせた。
年齢は恐らく俺達と同じくらいだろうか?
その少女は立ち尽くしているこちらに気が付くと、叫びながらこっちに向かって走って来る。
「そこの人達、早く逃げて! ここは危険よ!」
その言葉に咄嗟に巨大ロボットの方を見るが、未だに巨大ロボットは氷漬けになったままだ。
まさかあの状態からまだ動くのか?
身構えるが、見ていても特に動き出しそうな気配はない。
「……大丈夫、じゃないか? もう動きそうにないぞ!」
そう走ってくる少女に声を掛ける。
しかし、少女の顔は真剣そのもので変わらない。
「違うっ! あれじゃなくて!」
次の瞬間、突如として隣のビルの窓を割って、俺達と変わらない大きさの人型ロボットが剣を手に跳び掛かってきた。
「あっ、上から来てます!」
「雷人、危ない!」
巨大ロボットに注意を割いていた俺はそれに反応する事が出来ず、衝撃と共に地面に倒れ込んだ。
「うわっ! ……って、あれ? 痛くない」
咄嗟に瞑ってしまった目を開けると自分が少女に押し倒されている事に気が付いた。
近くには人型ロボットが胴体を斜めに切断されて倒れていた。
そして、何かが頬に当たった。それが何なのかは目の前の少女を見てすぐに分かった。
「おい、血が……」
少女の体から流れ出る血を見て状況を理解する。
その少女が俺を庇ってロボットの斬撃を受けたのだ。
「わ……悪い、俺の所為で……」
俺が狼狽えていると少女は傷が痛いだろうに、苦しいだろうに、それを押し殺して笑顔を見せた。
「良かった、無事みたいね。これで分かったでしょ? ここは危険よ。早く逃げて……っつ」
「そっ、そんな事出来るか! 俺の所為で怪我をさせたんだ。俺だって……」
俺の言葉はそこで口に手を当てられ遮られた。
そして、少女は俺の上から立ち上がった。
「その気持ちだけで大丈夫よ。これくらいは何ともないから。それに……」
少女の視線に俺は自分の足が震えている事に気が付いた。
恐怖の所為か足に上手く力が入らない。こんな状態では足手纏いだと思われるのは無理もないだろう。
同い年くらいの女子に怪我をさせて、助けられて、何も出来ない。
くそっ、自分の無力さに腹が立つ。
その時、巨大ロボットが曲がって来た角から、さらに十体程のロボットが現れた。
それを見ると少女は軽く微笑み、何も言わずにそれらに向かって走っていく。
「雷人!」
「成神君!」
それと同時に空と朝賀さんが俺に手を差し出して来た。
俺が二人の手を握るとそのまま引っ張り起こしてくれた。
「誰だか分からないけど、彼女が戦ってくれてる今のうちに逃げよう。このままここにいても邪魔になるだけだよ」
「常盤君の言う通りです。彼女は戦い慣れているみたいですし、能力もかなり強力みたいです。私達がいては全力が出せないかもしれません」
空と朝賀さんはそう言うと俺の手を握って引っ張っていこうとするが、足が動かない。
俺は未だにどうするべきか迷っていた。
「……あの子は怪我をしてるんだぞ。こんなに情けない俺を庇って。能力はあるのに……、いざ必要になったら動けないばかりか人に迷惑まで掛けて。……俺だってあの子と同じ能力者だ。出来ないはずはない! 手伝うべきなのに……!」
口では言える。
彼女を手伝いたいと思っている。
でも、震えは一向に収まらない。
情けない。本当に俺は情けない。
そうして動くことも出来ずに俯いていると、突然両頬に痛みが走った。
顔を上げると朝賀さんの手に両頬を挟まれていて、顔を叩かれたのだと分かった。
突然の行動に驚いていると、朝賀さんが真剣な面持ちでゆっくりと口を開いた。
「……成神君はあの人を助けたいんですよね? ならしっかりして下さい。ここで立っているだけなら彼女の邪魔にしかなりません」
「あ、朝賀さん?」
突然の事に俺は目を白黒させる。
そんな俺の様子を見ても朝賀さんの勢いは弱まらない。
ブレない瞳がじっとこちらを見つめて来る。
「彼女を助けたいなら行動して下さい。……まずは顔を上げて、前を向いて下さい。逃げる勇気もないのなら、覚悟を決めて下さい」
「朝賀さん……」
朝賀さんの真剣な表情に呆気にとられながらも、既に自分の手が震えていない事に気が付いた。
体を縛っていた鎖が緩んだような。
そんな気がした。
手を握ったり開いたりしてみる。
問題ない、ちゃんと動く。
「あっ……えっと……、偉そうに言っちゃってごめんなさい」
我に返ったのか、朝賀さんが顔を赤くしてぱっと両手を離す。
見ると朝賀さんの足も震えていた。
自分も怖いのに、怖くて堪らないのに、それでも俺を励ましてくれたのだ。
「びっくりしたぁ。朝賀さんがこんなカッコいい事を言うなんて思わなかったよ。……でも、そうだよね。どうせ後で後悔する事になるんだからさ。行ってきなよ。……いい顔してるよ雷人。今の雷人ならきっと大丈夫だよ。親友の僕が保証する!」
空がそう言いながら背中を強く叩いた。
じんわりと痛みが広がる。でも……この激励は心に響いた。
「……ありがとう、二人とも。いい気付けになった」
俺が頬の血を拭いながら言うと朝賀さんは微笑み、空は親指を立てて見せた。
少女の方を見るとちょうど三体目のロボットを倒したところで、別のロボットが切り掛かり鍔迫り合いを始めていた。
やはり一人に対して数が多い。
すぐに助けに入らないと。
「僕達は邪魔だろうから離れてるよ。カッコいいとこ見せてね」
「頑張って下さい。見守っていますから」
「ああ、任せておけ」
俺は震えて動けない自分から変わりたい。
二人のおかげで、本気でそう思えた。
俺は二人に向かって手を上げ答えると、すぐに地面を蹴って走り出した。
ロボットと鍔迫り合いをしていた少女はロボットを凍らせ撃退するが、さらに別のロボット二体が剣を振りかざして少女へと躍り掛かる。
まさに少女が二体の剣に切り裂かれようとしたその時、ズバジィという音が響いた。
飛来した青白の電光は片方のロボットを破壊し、もう片方の剣を青白の光の尾を引く刃が弾き返した。それを見た少女が目を大きく開く。
「あなた……何で逃げなかったの!? って、その力は……」
盾が作れたのだから出来るとは思ったが予想通りだった。
今、俺の手には上腕全体を覆うように青白の刃が形成されている。電気の剣だ。
俺は切り掛かって来たロボットの剣を刃で受け止めると、そのまま後ろへと逸らしながら足払いを掛ける。
倒れた所に上から刃を突き刺すと、そのロボットは動かなくなった。
それを見届けると、俺は目線を残りのロボットに向けたまま少女へと声を掛ける。
「助けてくれた事、礼を言わせてくれ。おかげで覚悟が出来たよ。怯えるだけで何も出来ないなんてのはもうたくさんだ。俺も戦う」
俺がそう言うと少女は一瞬躊躇ったようだったが、諦めたようにため息を吐いた。
「……はぁ、分かったわ。あなた何を言っても聞かなそうな気がするし、素直に力を借りるわ。話はこれを片付けた後にね」
そう言うと少女は剣に炎を纏わせた。